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19 愛しい人の腕の中
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暗くなった寝室で、エミリーはレティシアとミランダの間に入ってすでに眠りについていた。
「初夜なのにユリウスに悪い事をしたわ」
「こんなに甘えていたら、いつかユリウスに愛想を尽かされてしまうわね」
「またまた、思ってもいないくせに。昔から嫌になるくらい仲が良いんだもの。だから私、嫉妬して昔家出したのよ」
突然の告白に声を出しかけて口を覆われる。とっさにエミリーを見下ろすと小さな寝息が聞こえていた。
「……家出ってどういう事なの?」
「レティシアがいつもユリウスの話ばかりするから、なんだかレティシアを取られた気がしたからよ」
「いつの事かも思い出せないわ。だってミランダったら変装してよく遊びに行っていたじゃない。私はそんな風には出来なくて少し羨ましかったわ」
「その時にオヴァル様と出会ったの。年は少し離れていたけれど、好きになるのに時間はかからなかった。だからオヴァル様と出会って初めてレティシアの気持ちが分かったのよ。……アレッサの事は残念ね。もしかして陛下と繋がっていたのかしら」
「アレッサが何も話さない以上ただの推測だけれど、うちの領地には陛下からの監視があったみたいだし、接触があったとしても不思議じゃないわ」
アレッサはあの事件で捕らえられた後、辺境の修道院へと送られた。ロイはそれについては何も言わず、三人は今もサンチェス領で働いている。アレッサの話は一切しないが、前に一度だけ聞いた事があった。
――あの人は何よりも旦那様の方が大事なんですよ。
そう寂しそうに呟いたロジェの横顔が忘れられない。アレッサの胸の内は誰にも分からない。それでもなぜエミリーを狙ったのかは頑なに口にせず、自分の一存だと最後まで言っていたのだという。
「ロイはもしかしたら……」
二人で顔を見合わせる。そしてどちらともなく首を振った。
「でも案外お父様がエミリーを可愛がる日も来るかもしれないわよ。パーティーの最中もずっとチラチラとエミリーを見ていたもの。気付かない振りをしたけれど、きっとあれは声を掛けてもらいたかったのよね」
「知らない! 仕方なかったとはいえエミリーへの態度には怒っているんだから。話したいなら自分から話しかけるべきよ」
「お父様も頑固だけどあなたもそうよね。でも意外と一番怖いのはユリウスかもしれないわ」
とっさに顔を上げると、ミランダは不敵な笑みを浮かべていた。
「だってレティシアが他の男性の子を身籠ったと言っているのに、それを否定出来るだけの証拠を揃えてしまうし、他国の王女との婚約を破棄してまで、悪い噂を払拭出来ていないあなたと強引に結婚してしまうんだもの!」
「ユリウスはただ私を信じてくれただけなの。でも、レア王女はこれで良かったのかしら」
すると、呆れたような声が聞こえてきた。
「恋敵の心配までするなんてね。そりゃ悪い人ではないわよ。ねぇ、ルナール王国で小耳に挟んだんだけど、レア王女にはすでに新しいお相手がいらっしゃるそうよ。気に入って王都から連れて行った騎士みたい」
「……それも噂でしょう。本当の事は分からないわ」
すると今度は盛大な溜息が聞こえてきた。
「本当に恐ろしいのはレティシア、あなたよ。ユリウスをそうまでさせてしまうあなたが一番恐ろしいわ」
その瞬間、エミリーが寝返りを打ってミランダに抱きついた。
「……いつか私をお母様と呼ばなくなる日が来ても、あなたはずっと私の愛しい人よ」
後ろから頭を撫でると、今度はこちら側に寝返りを打って、抱きついてきた。
「この子ったら魔性の女の匂いがするわね」
ミランダと二人、クスクスと笑いながら夜明け近くまでおしゃべりをした。
「それで今日は欠伸が止まらないと?」
結婚式の翌日だというのに午前の仕事を片付けてやってきたユリウスは呆れたように言った。
「せっかく初夜という男の夢を差し出した挙げ句、妻の領地に来てまで仕事をこなしているというのに、その妻は夫との時間を楽しみにしていないようだね」
「そ、そんな事ないわよ! 寝不足だけれど今日は、今日こそ……」
恥ずかしくて俯いていると返事がない。恐る恐る顔を見上げると、ニヤニヤと笑っているユリウスの顔が目に入った。
「申し訳ないと思っているのにその顔はないんじゃない?」
思わず振り上げた手首が掴まれる。そしてその内側に頬擦りしてきた。
「今日は初夜じゃないよ。ついで言うと明日もそうじゃない」
「どういう意味?」
「悪いけれどあと四日間、仕事漬けの毎日になる思う」
「どうしてそんな意地悪をするの!」
「その代わり二週間の休みをアラン様からもぎ取ったよ。新婚旅行に行こう。誰にも邪魔されずに二人きりで過ごすんだ」
「それってもしかして……」
「新婚旅行の一日目の夜が初夜になるんだ。疲れているレティシアじゃきっと俺の愛を受け止めきれないだろうから猶予をあげるよ。しっかりと休んで体調を万全にしておいて欲しい」
恥ずかしさと緊張で声が出せずにいると、ユリウスは熱っぽい視線を向けながら掴んでいた手に口づけを落としてきた。
ユリウスはどこまでも優しい。新婚旅行を延ばして久し振りのエミリーとの時間をくれた事も、こうして気を使わせないように告げてくれる事にも、ありがとうだけでは感謝を伝えきれないくらいに。
「レティシア返事は?」
「は、い」
すると満面の笑みが返ってくる。そして鼻先に口づけが落とされた。
「っ!」
「唇への口づけはその時に取っておこうかな。そうじゃないと俺の方の理性が保ちそうにないから」
「ユリウスったら、この頃色気が増していると思う」
苦し紛れに言うとユリウスは嬉しそうに笑った。
「それは多分君のせいだよ。随分待たされたから、本当にもうこれでもかってくらいにね」
そう言うユリウスは笑っているのに笑っていない。それでもこの心地よい執着を見せるユリウスの腕の中に抱き寄せられると、捕まって、もう二度と抜け出したくないと思えた。
「初夜なのにユリウスに悪い事をしたわ」
「こんなに甘えていたら、いつかユリウスに愛想を尽かされてしまうわね」
「またまた、思ってもいないくせに。昔から嫌になるくらい仲が良いんだもの。だから私、嫉妬して昔家出したのよ」
突然の告白に声を出しかけて口を覆われる。とっさにエミリーを見下ろすと小さな寝息が聞こえていた。
「……家出ってどういう事なの?」
「レティシアがいつもユリウスの話ばかりするから、なんだかレティシアを取られた気がしたからよ」
「いつの事かも思い出せないわ。だってミランダったら変装してよく遊びに行っていたじゃない。私はそんな風には出来なくて少し羨ましかったわ」
「その時にオヴァル様と出会ったの。年は少し離れていたけれど、好きになるのに時間はかからなかった。だからオヴァル様と出会って初めてレティシアの気持ちが分かったのよ。……アレッサの事は残念ね。もしかして陛下と繋がっていたのかしら」
「アレッサが何も話さない以上ただの推測だけれど、うちの領地には陛下からの監視があったみたいだし、接触があったとしても不思議じゃないわ」
アレッサはあの事件で捕らえられた後、辺境の修道院へと送られた。ロイはそれについては何も言わず、三人は今もサンチェス領で働いている。アレッサの話は一切しないが、前に一度だけ聞いた事があった。
――あの人は何よりも旦那様の方が大事なんですよ。
そう寂しそうに呟いたロジェの横顔が忘れられない。アレッサの胸の内は誰にも分からない。それでもなぜエミリーを狙ったのかは頑なに口にせず、自分の一存だと最後まで言っていたのだという。
「ロイはもしかしたら……」
二人で顔を見合わせる。そしてどちらともなく首を振った。
「でも案外お父様がエミリーを可愛がる日も来るかもしれないわよ。パーティーの最中もずっとチラチラとエミリーを見ていたもの。気付かない振りをしたけれど、きっとあれは声を掛けてもらいたかったのよね」
「知らない! 仕方なかったとはいえエミリーへの態度には怒っているんだから。話したいなら自分から話しかけるべきよ」
「お父様も頑固だけどあなたもそうよね。でも意外と一番怖いのはユリウスかもしれないわ」
とっさに顔を上げると、ミランダは不敵な笑みを浮かべていた。
「だってレティシアが他の男性の子を身籠ったと言っているのに、それを否定出来るだけの証拠を揃えてしまうし、他国の王女との婚約を破棄してまで、悪い噂を払拭出来ていないあなたと強引に結婚してしまうんだもの!」
「ユリウスはただ私を信じてくれただけなの。でも、レア王女はこれで良かったのかしら」
すると、呆れたような声が聞こえてきた。
「恋敵の心配までするなんてね。そりゃ悪い人ではないわよ。ねぇ、ルナール王国で小耳に挟んだんだけど、レア王女にはすでに新しいお相手がいらっしゃるそうよ。気に入って王都から連れて行った騎士みたい」
「……それも噂でしょう。本当の事は分からないわ」
すると今度は盛大な溜息が聞こえてきた。
「本当に恐ろしいのはレティシア、あなたよ。ユリウスをそうまでさせてしまうあなたが一番恐ろしいわ」
その瞬間、エミリーが寝返りを打ってミランダに抱きついた。
「……いつか私をお母様と呼ばなくなる日が来ても、あなたはずっと私の愛しい人よ」
後ろから頭を撫でると、今度はこちら側に寝返りを打って、抱きついてきた。
「この子ったら魔性の女の匂いがするわね」
ミランダと二人、クスクスと笑いながら夜明け近くまでおしゃべりをした。
「それで今日は欠伸が止まらないと?」
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「せっかく初夜という男の夢を差し出した挙げ句、妻の領地に来てまで仕事をこなしているというのに、その妻は夫との時間を楽しみにしていないようだね」
「そ、そんな事ないわよ! 寝不足だけれど今日は、今日こそ……」
恥ずかしくて俯いていると返事がない。恐る恐る顔を見上げると、ニヤニヤと笑っているユリウスの顔が目に入った。
「申し訳ないと思っているのにその顔はないんじゃない?」
思わず振り上げた手首が掴まれる。そしてその内側に頬擦りしてきた。
「今日は初夜じゃないよ。ついで言うと明日もそうじゃない」
「どういう意味?」
「悪いけれどあと四日間、仕事漬けの毎日になる思う」
「どうしてそんな意地悪をするの!」
「その代わり二週間の休みをアラン様からもぎ取ったよ。新婚旅行に行こう。誰にも邪魔されずに二人きりで過ごすんだ」
「それってもしかして……」
「新婚旅行の一日目の夜が初夜になるんだ。疲れているレティシアじゃきっと俺の愛を受け止めきれないだろうから猶予をあげるよ。しっかりと休んで体調を万全にしておいて欲しい」
恥ずかしさと緊張で声が出せずにいると、ユリウスは熱っぽい視線を向けながら掴んでいた手に口づけを落としてきた。
ユリウスはどこまでも優しい。新婚旅行を延ばして久し振りのエミリーとの時間をくれた事も、こうして気を使わせないように告げてくれる事にも、ありがとうだけでは感謝を伝えきれないくらいに。
「レティシア返事は?」
「は、い」
すると満面の笑みが返ってくる。そして鼻先に口づけが落とされた。
「っ!」
「唇への口づけはその時に取っておこうかな。そうじゃないと俺の方の理性が保ちそうにないから」
「ユリウスったら、この頃色気が増していると思う」
苦し紛れに言うとユリウスは嬉しそうに笑った。
「それは多分君のせいだよ。随分待たされたから、本当にもうこれでもかってくらいにね」
そう言うユリウスは笑っているのに笑っていない。それでもこの心地よい執着を見せるユリウスの腕の中に抱き寄せられると、捕まって、もう二度と抜け出したくないと思えた。
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