妹が子供を産んで消えました

山田ランチ

文字の大きさ
上 下
19 / 20

19 愛しい人の腕の中

しおりを挟む
 暗くなった寝室で、エミリーはレティシアとミランダの間に入ってすでに眠りについていた。

「初夜なのにユリウスに悪い事をしたわ」
「こんなに甘えていたら、いつかユリウスに愛想を尽かされてしまうわね」
「またまた、思ってもいないくせに。昔から嫌になるくらい仲が良いんだもの。だから私、嫉妬して昔家出したのよ」

 突然の告白に声を出しかけて口を覆われる。とっさにエミリーを見下ろすと小さな寝息が聞こえていた。

「……家出ってどういう事なの?」
「レティシアがいつもユリウスの話ばかりするから、なんだかレティシアを取られた気がしたからよ」
「いつの事かも思い出せないわ。だってミランダったら変装してよく遊びに行っていたじゃない。私はそんな風には出来なくて少し羨ましかったわ」
「その時にオヴァル様と出会ったの。年は少し離れていたけれど、好きになるのに時間はかからなかった。だからオヴァル様と出会って初めてレティシアの気持ちが分かったのよ。……アレッサの事は残念ね。もしかして陛下と繋がっていたのかしら」
「アレッサが何も話さない以上ただの推測だけれど、うちの領地には陛下からの監視があったみたいだし、接触があったとしても不思議じゃないわ」

 アレッサはあの事件で捕らえられた後、辺境の修道院へと送られた。ロイはそれについては何も言わず、三人は今もサンチェス領で働いている。アレッサの話は一切しないが、前に一度だけ聞いた事があった。

――あの人は何よりも旦那様の方が大事なんですよ。

 そう寂しそうに呟いたロジェの横顔が忘れられない。アレッサの胸の内は誰にも分からない。それでもなぜエミリーを狙ったのかは頑なに口にせず、自分の一存だと最後まで言っていたのだという。

「ロイはもしかしたら……」

 二人で顔を見合わせる。そしてどちらともなく首を振った。

「でも案外お父様がエミリーを可愛がる日も来るかもしれないわよ。パーティーの最中もずっとチラチラとエミリーを見ていたもの。気付かない振りをしたけれど、きっとあれは声を掛けてもらいたかったのよね」
「知らない! 仕方なかったとはいえエミリーへの態度には怒っているんだから。話したいなら自分から話しかけるべきよ」
「お父様も頑固だけどあなたもそうよね。でも意外と一番怖いのはユリウスかもしれないわ」

 とっさに顔を上げると、ミランダは不敵な笑みを浮かべていた。

「だってレティシアが他の男性の子を身籠ったと言っているのに、それを否定出来るだけの証拠を揃えてしまうし、他国の王女との婚約を破棄してまで、悪い噂を払拭出来ていないあなたと強引に結婚してしまうんだもの!」
「ユリウスはただ私を信じてくれただけなの。でも、レア王女はこれで良かったのかしら」

 すると、呆れたような声が聞こえてきた。

「恋敵の心配までするなんてね。そりゃ悪い人ではないわよ。ねぇ、ルナール王国で小耳に挟んだんだけど、レア王女にはすでに新しいお相手がいらっしゃるそうよ。気に入って王都から連れて行った騎士みたい」
「……それも噂でしょう。本当の事は分からないわ」

 すると今度は盛大な溜息が聞こえてきた。

「本当に恐ろしいのはレティシア、あなたよ。ユリウスをそうまでさせてしまうあなたが一番恐ろしいわ」

 その瞬間、エミリーが寝返りを打ってミランダに抱きついた。

「……いつか私をお母様と呼ばなくなる日が来ても、あなたはずっと私の愛しい人よ」

 後ろから頭を撫でると、今度はこちら側に寝返りを打って、抱きついてきた。

「この子ったら魔性の女の匂いがするわね」

 ミランダと二人、クスクスと笑いながら夜明け近くまでおしゃべりをした。





「それで今日は欠伸が止まらないと?」

 結婚式の翌日だというのに午前の仕事を片付けてやってきたユリウスは呆れたように言った。

「せっかく初夜という男の夢を差し出した挙げ句、妻の領地に来てまで仕事をこなしているというのに、その妻は夫との時間を楽しみにしていないようだね」
「そ、そんな事ないわよ! 寝不足だけれど今日は、今日こそ……」

 恥ずかしくて俯いていると返事がない。恐る恐る顔を見上げると、ニヤニヤと笑っているユリウスの顔が目に入った。

「申し訳ないと思っているのにその顔はないんじゃない?」

 思わず振り上げた手首が掴まれる。そしてその内側に頬擦りしてきた。

「今日は初夜じゃないよ。ついで言うと明日もそうじゃない」
「どういう意味?」
「悪いけれどあと四日間、仕事漬けの毎日になる思う」
「どうしてそんな意地悪をするの!」
「その代わり二週間の休みをアラン様からもぎ取ったよ。新婚旅行に行こう。誰にも邪魔されずに二人きりで過ごすんだ」
「それってもしかして……」
「新婚旅行の一日目の夜が初夜になるんだ。疲れているレティシアじゃきっと俺の愛を受け止めきれないだろうから猶予をあげるよ。しっかりと休んで体調を万全にしておいて欲しい」

 恥ずかしさと緊張で声が出せずにいると、ユリウスは熱っぽい視線を向けながら掴んでいた手に口づけを落としてきた。
 ユリウスはどこまでも優しい。新婚旅行を延ばして久し振りのエミリーとの時間をくれた事も、こうして気を使わせないように告げてくれる事にも、ありがとうだけでは感謝を伝えきれないくらいに。

「レティシア返事は?」
「は、い」

 すると満面の笑みが返ってくる。そして鼻先に口づけが落とされた。

「っ!」
「唇への口づけはその時に取っておこうかな。そうじゃないと俺の方の理性が保ちそうにないから」
「ユリウスったら、この頃色気が増していると思う」 

 苦し紛れに言うとユリウスは嬉しそうに笑った。

「それは多分君のせいだよ。随分待たされたから、本当にもうこれでもかってくらいにね」

 そう言うユリウスは笑っているのに笑っていない。それでもこの心地よい執着を見せるユリウスの腕の中に抱き寄せられると、捕まって、もう二度と抜け出したくないと思えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

処理中です...