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18 誓いを胸に
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冷たい風の季節が過ぎ、花々が野に咲き始めた頃。
「本当にこれで大丈夫? 子供っぽくない?」
「大丈夫ですよ、十分に素敵です!」
編み込んだ髪が気になり何度もいじろうとする手を押し戻したアンナは、扉を叩く音にパッと顔を輝かせた。
扉から入ってきたのは、婚礼衣装に身を包んだユリウスだった。金の刺繍が施された白のタキシードに、いつもは降ろしている前髪も今日は上がっているせいかどこか男らしく見える。しかしユリウスは扉の前で固まったまま部屋の中に入って来る事はなかった。
「ユリウス? どうかした?」
「綺麗だ……」
「今なんて?」
「綺麗過ぎる。レティシア、君は天使だったのか」
「ぶッ」
不意に笑ったアンナにもお構いなしに今度は大股で近付いてくると、唐突に両腕を広げた。その間にアンナが入り二人が抱き合わないようにすると、ユリウスは不満を顕にした。
「お衣装が乱れてしまいます。綺麗に御髪も整えたんですから、触れ合いは夜までお待ち下さいませ」
「ふ、ふれあい……」
顔が一気に熱くなり、掌で覆おうとした所でその手を素早い動きのアンナによって止められてしまった。
「あぁ! 手袋にお化粧が付いてしまいます! もう会場へ向かいましょう、皆首を長くしてお待ちですよ!」
結婚式の会場に選んだのは、サンチェス領にある屋敷の温室だった。レティシアはゆっくり歩きながらユリウスの横顔を覗き見ていた。
夢のような感覚がずっと続いている。ユリウスが諦めないでいてくれたから今がある。その感謝が募り過ぎて胸が苦しくなる程だった。
「ユリウス、私を諦めないでいてくれて本当にありがとう。エミリーにもこの姿を見て欲しかったな」
「ミランダの体調不良で遅れているんだから仕方ないよ」
結婚式を開催する地にここを選んだのは王都よりも思い入れがあるというのもあるが、何よりこの地がルナール王国に近いというのが一番の理由だった。
目の前の扉が一気に開いた瞬間、大歓声が上がる。ユリウスとレティシアはゆっくりと祭壇の前までいくと、祭祀の衣装に身を包んだアランが国王の名代として祝福の賛辞を述べる。
「……これで二人を夫婦と認める。末永く幸あれ!」
大きな拍手と共に席には見知った顔が並んでいる。父親は何も言わずに手を数回叩いていた。
ユリウスに手を取られ顔を上げると、緊張で少し冷たいユリウスの唇が押し当てられた。その瞬間、心臓を鷲掴みにする声が後ろから聞こえた。
「もういい?」
「まだ駄目よ。いい所なんだから……」
「でもはやくおかあさまにあいたい!」
ユリウスの目配せに会場の中を逡巡する。そしてコソコソと話す姿を見つけた瞬間、レティシアは走り出していた。
「エミリー!」
名前を呼ばれ、ぱっと嬉しそうに顔を上げたエミリーも走ってくる。別れた時よりも大きくなった身体を強く抱き締めた。数ヶ月だというのに離れている事がこんなにも辛いとは思わなかった。
「エミリー! 私の事を覚えている?」
「へんなおかあさま。あたりまえでしょ」
小さな、でも確実に大きくなった手がまるで子供をあやすように頭を撫でてくる。目の間に来たミランダは目に涙を浮かべていた。
レティシア達は場所を屋敷の応接間に移した。中庭をパーティー会場にした為、皆思い思いにダンスをしたり食事をしたり、そこには領民も招待し、果物屋のマリーが恐縮しながらイヴと踊っているのが見える。幸せが詰まった不思議な光景を眺めながら、ふと視線を不慣れながらもエミリーと遊んでいるユリウスに向けた。
「どうしてエミリーに本当の事を言わなかったの?」
隣りに座っているミランダはどこか雰囲気が変わったのか、大人しくなっている。正直、戻って来たらエミリーはミランダを“お母様”と呼んでいると思っていた。でも相変わらずレティシアを母と慕い、そしてミランダをおばさまと呼んでいる。
「まだあの子には早いと思っただけよ。でもオヴァル様の事は何故かお父様と呼んでいるのよね」
「どうして!?」
「この間じっと見つめていたと思ったら急にそう呼んだの。その時のオヴァル様のお顔ったらもう泣きそうな嬉しそうな、だらしない顔をしていたんだから」
「そう、エミリーから……」
「どこからどう見てもあの二人は似ているものね」
「ふふ、大丈夫よミランダおば様! あなたとエミリーだってそっくりよ。本当の母親が誰かを話す時は近いと思うわ」
すると、ふとミランダは視線を伏せた。
「それが怖いの。嘘を吐いていた事も、エミリーを置いて家を出た事実も」
「エミリーと離れる時にユリウスに言われたの。想ってくれる母親が二人もいてエミリーは幸せ者だって。私もそう思うわ。だってあんなに素直に可愛らしく育っているもの。それはあなた達も沢山愛情を注いできたって事でしょう?」
するとミランダの甲に一滴の水滴が落ちた。長い髪で泣いているのかは分からない。レティシアはミランダの肩を抱き寄せた。
「おばさま! どうしたの?」
駆け寄ってくるとミランダの膝にぎゅっとしがみ付いた。
「かなしいことあったの? そうだ、おにわにいこう? ここのおにわおはながいっぱいなの。ね、おじさま!」
ユリウスはまだおじ様と呼ばれるのに慣れていない様子で頬を苦笑いを浮かべながらレティシアの肩に触れた。
「そうだね、後で案内してあげよう」
「大丈夫よエミリー。少しだけお腹を擦っていただけよ」
「おかあさまあのね、ここにわたしのおとうとかいもうとがいるの」
レティシアは驚いてミランダを見ると、ミランダは嬉しそうに頷いた。
「本当なの?」
「本当よ。だから休み休みで到着が遅れてしまったわ」
そう言いながらエミリーの頭を撫でるミランダは母親の顔そのものだった。
「でもおかあさまもおじさまと結婚したからあかちゃんできる?」
とっさに固まっていると、ユリウスは嬉しそうに笑った。
「そうだね、きっと出来るよ。そうしたらエミリーは二人のお姉さんだから大忙しだな」
「だいじょうぶ。わたしちからもちだからこうしてだっこする!」
エミリーは両腕で抱えるような仕草をしてみせるのがあまりに可愛らしくて、大人三人は我慢しきれずに笑ってしまった。
「それだとエミリーも赤ちゃんも大変だから、皆で順番に抱っこしましょうね」
「……でもそれだとおかあさまとミランダおばさまがだっこするでしょ?」
レティシアは少し寂しそうにするエミリーを抱き上げると膝の上に乗せた。
「それなら一人の赤ちゃんはエミリーに抱っこしてもらって、エミリーを私が抱っこするわ。そうしたら皆一緒」
するとエミリーは嬉しそうに頷いた。
「本当にこれで大丈夫? 子供っぽくない?」
「大丈夫ですよ、十分に素敵です!」
編み込んだ髪が気になり何度もいじろうとする手を押し戻したアンナは、扉を叩く音にパッと顔を輝かせた。
扉から入ってきたのは、婚礼衣装に身を包んだユリウスだった。金の刺繍が施された白のタキシードに、いつもは降ろしている前髪も今日は上がっているせいかどこか男らしく見える。しかしユリウスは扉の前で固まったまま部屋の中に入って来る事はなかった。
「ユリウス? どうかした?」
「綺麗だ……」
「今なんて?」
「綺麗過ぎる。レティシア、君は天使だったのか」
「ぶッ」
不意に笑ったアンナにもお構いなしに今度は大股で近付いてくると、唐突に両腕を広げた。その間にアンナが入り二人が抱き合わないようにすると、ユリウスは不満を顕にした。
「お衣装が乱れてしまいます。綺麗に御髪も整えたんですから、触れ合いは夜までお待ち下さいませ」
「ふ、ふれあい……」
顔が一気に熱くなり、掌で覆おうとした所でその手を素早い動きのアンナによって止められてしまった。
「あぁ! 手袋にお化粧が付いてしまいます! もう会場へ向かいましょう、皆首を長くしてお待ちですよ!」
結婚式の会場に選んだのは、サンチェス領にある屋敷の温室だった。レティシアはゆっくり歩きながらユリウスの横顔を覗き見ていた。
夢のような感覚がずっと続いている。ユリウスが諦めないでいてくれたから今がある。その感謝が募り過ぎて胸が苦しくなる程だった。
「ユリウス、私を諦めないでいてくれて本当にありがとう。エミリーにもこの姿を見て欲しかったな」
「ミランダの体調不良で遅れているんだから仕方ないよ」
結婚式を開催する地にここを選んだのは王都よりも思い入れがあるというのもあるが、何よりこの地がルナール王国に近いというのが一番の理由だった。
目の前の扉が一気に開いた瞬間、大歓声が上がる。ユリウスとレティシアはゆっくりと祭壇の前までいくと、祭祀の衣装に身を包んだアランが国王の名代として祝福の賛辞を述べる。
「……これで二人を夫婦と認める。末永く幸あれ!」
大きな拍手と共に席には見知った顔が並んでいる。父親は何も言わずに手を数回叩いていた。
ユリウスに手を取られ顔を上げると、緊張で少し冷たいユリウスの唇が押し当てられた。その瞬間、心臓を鷲掴みにする声が後ろから聞こえた。
「もういい?」
「まだ駄目よ。いい所なんだから……」
「でもはやくおかあさまにあいたい!」
ユリウスの目配せに会場の中を逡巡する。そしてコソコソと話す姿を見つけた瞬間、レティシアは走り出していた。
「エミリー!」
名前を呼ばれ、ぱっと嬉しそうに顔を上げたエミリーも走ってくる。別れた時よりも大きくなった身体を強く抱き締めた。数ヶ月だというのに離れている事がこんなにも辛いとは思わなかった。
「エミリー! 私の事を覚えている?」
「へんなおかあさま。あたりまえでしょ」
小さな、でも確実に大きくなった手がまるで子供をあやすように頭を撫でてくる。目の間に来たミランダは目に涙を浮かべていた。
レティシア達は場所を屋敷の応接間に移した。中庭をパーティー会場にした為、皆思い思いにダンスをしたり食事をしたり、そこには領民も招待し、果物屋のマリーが恐縮しながらイヴと踊っているのが見える。幸せが詰まった不思議な光景を眺めながら、ふと視線を不慣れながらもエミリーと遊んでいるユリウスに向けた。
「どうしてエミリーに本当の事を言わなかったの?」
隣りに座っているミランダはどこか雰囲気が変わったのか、大人しくなっている。正直、戻って来たらエミリーはミランダを“お母様”と呼んでいると思っていた。でも相変わらずレティシアを母と慕い、そしてミランダをおばさまと呼んでいる。
「まだあの子には早いと思っただけよ。でもオヴァル様の事は何故かお父様と呼んでいるのよね」
「どうして!?」
「この間じっと見つめていたと思ったら急にそう呼んだの。その時のオヴァル様のお顔ったらもう泣きそうな嬉しそうな、だらしない顔をしていたんだから」
「そう、エミリーから……」
「どこからどう見てもあの二人は似ているものね」
「ふふ、大丈夫よミランダおば様! あなたとエミリーだってそっくりよ。本当の母親が誰かを話す時は近いと思うわ」
すると、ふとミランダは視線を伏せた。
「それが怖いの。嘘を吐いていた事も、エミリーを置いて家を出た事実も」
「エミリーと離れる時にユリウスに言われたの。想ってくれる母親が二人もいてエミリーは幸せ者だって。私もそう思うわ。だってあんなに素直に可愛らしく育っているもの。それはあなた達も沢山愛情を注いできたって事でしょう?」
するとミランダの甲に一滴の水滴が落ちた。長い髪で泣いているのかは分からない。レティシアはミランダの肩を抱き寄せた。
「おばさま! どうしたの?」
駆け寄ってくるとミランダの膝にぎゅっとしがみ付いた。
「かなしいことあったの? そうだ、おにわにいこう? ここのおにわおはながいっぱいなの。ね、おじさま!」
ユリウスはまだおじ様と呼ばれるのに慣れていない様子で頬を苦笑いを浮かべながらレティシアの肩に触れた。
「そうだね、後で案内してあげよう」
「大丈夫よエミリー。少しだけお腹を擦っていただけよ」
「おかあさまあのね、ここにわたしのおとうとかいもうとがいるの」
レティシアは驚いてミランダを見ると、ミランダは嬉しそうに頷いた。
「本当なの?」
「本当よ。だから休み休みで到着が遅れてしまったわ」
そう言いながらエミリーの頭を撫でるミランダは母親の顔そのものだった。
「でもおかあさまもおじさまと結婚したからあかちゃんできる?」
とっさに固まっていると、ユリウスは嬉しそうに笑った。
「そうだね、きっと出来るよ。そうしたらエミリーは二人のお姉さんだから大忙しだな」
「だいじょうぶ。わたしちからもちだからこうしてだっこする!」
エミリーは両腕で抱えるような仕草をしてみせるのがあまりに可愛らしくて、大人三人は我慢しきれずに笑ってしまった。
「それだとエミリーも赤ちゃんも大変だから、皆で順番に抱っこしましょうね」
「……でもそれだとおかあさまとミランダおばさまがだっこするでしょ?」
レティシアは少し寂しそうにするエミリーを抱き上げると膝の上に乗せた。
「それなら一人の赤ちゃんはエミリーに抱っこしてもらって、エミリーを私が抱っこするわ。そうしたら皆一緒」
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