妹が子供を産んで消えました

山田ランチ

文字の大きさ
上 下
18 / 20

18 誓いを胸に

しおりを挟む
 冷たい風の季節が過ぎ、花々が野に咲き始めた頃。

「本当にこれで大丈夫? 子供っぽくない?」
「大丈夫ですよ、十分に素敵です!」

 編み込んだ髪が気になり何度もいじろうとする手を押し戻したアンナは、扉を叩く音にパッと顔を輝かせた。
 扉から入ってきたのは、婚礼衣装に身を包んだユリウスだった。金の刺繍が施された白のタキシードに、いつもは降ろしている前髪も今日は上がっているせいかどこか男らしく見える。しかしユリウスは扉の前で固まったまま部屋の中に入って来る事はなかった。

「ユリウス? どうかした?」
「綺麗だ……」
「今なんて?」
「綺麗過ぎる。レティシア、君は天使だったのか」
「ぶッ」

 不意に笑ったアンナにもお構いなしに今度は大股で近付いてくると、唐突に両腕を広げた。その間にアンナが入り二人が抱き合わないようにすると、ユリウスは不満を顕にした。

「お衣装が乱れてしまいます。綺麗に御髪も整えたんですから、触れ合いは夜までお待ち下さいませ」
「ふ、ふれあい……」

 顔が一気に熱くなり、掌で覆おうとした所でその手を素早い動きのアンナによって止められてしまった。

「あぁ! 手袋にお化粧が付いてしまいます! もう会場へ向かいましょう、皆首を長くしてお待ちですよ!」

 結婚式の会場に選んだのは、サンチェス領にある屋敷の温室だった。レティシアはゆっくり歩きながらユリウスの横顔を覗き見ていた。
 夢のような感覚がずっと続いている。ユリウスが諦めないでいてくれたから今がある。その感謝が募り過ぎて胸が苦しくなる程だった。

「ユリウス、私を諦めないでいてくれて本当にありがとう。エミリーにもこの姿を見て欲しかったな」
「ミランダの体調不良で遅れているんだから仕方ないよ」

 結婚式を開催する地にここを選んだのは王都よりも思い入れがあるというのもあるが、何よりこの地がルナール王国に近いというのが一番の理由だった。
 目の前の扉が一気に開いた瞬間、大歓声が上がる。ユリウスとレティシアはゆっくりと祭壇の前までいくと、祭祀の衣装に身を包んだアランが国王の名代として祝福の賛辞を述べる。

「……これで二人を夫婦と認める。末永く幸あれ!」

 大きな拍手と共に席には見知った顔が並んでいる。父親は何も言わずに手を数回叩いていた。
 ユリウスに手を取られ顔を上げると、緊張で少し冷たいユリウスの唇が押し当てられた。その瞬間、心臓を鷲掴みにする声が後ろから聞こえた。

「もういい?」
「まだ駄目よ。いい所なんだから……」
「でもはやくおかあさまにあいたい!」

 ユリウスの目配せに会場の中を逡巡する。そしてコソコソと話す姿を見つけた瞬間、レティシアは走り出していた。

「エミリー!」

 名前を呼ばれ、ぱっと嬉しそうに顔を上げたエミリーも走ってくる。別れた時よりも大きくなった身体を強く抱き締めた。数ヶ月だというのに離れている事がこんなにも辛いとは思わなかった。

「エミリー! 私の事を覚えている?」
「へんなおかあさま。あたりまえでしょ」

 小さな、でも確実に大きくなった手がまるで子供をあやすように頭を撫でてくる。目の間に来たミランダは目に涙を浮かべていた。


 レティシア達は場所を屋敷の応接間に移した。中庭をパーティー会場にした為、皆思い思いにダンスをしたり食事をしたり、そこには領民も招待し、果物屋のマリーが恐縮しながらイヴと踊っているのが見える。幸せが詰まった不思議な光景を眺めながら、ふと視線を不慣れながらもエミリーと遊んでいるユリウスに向けた。

「どうしてエミリーに本当の事を言わなかったの?」

 隣りに座っているミランダはどこか雰囲気が変わったのか、大人しくなっている。正直、戻って来たらエミリーはミランダを“お母様”と呼んでいると思っていた。でも相変わらずレティシアを母と慕い、そしてミランダをおばさまと呼んでいる。

「まだあの子には早いと思っただけよ。でもオヴァル様の事は何故かお父様と呼んでいるのよね」
「どうして!?」
「この間じっと見つめていたと思ったら急にそう呼んだの。その時のオヴァル様のお顔ったらもう泣きそうな嬉しそうな、だらしない顔をしていたんだから」
「そう、エミリーから……」
「どこからどう見てもあの二人は似ているものね」
「ふふ、大丈夫よミランダおば様! あなたとエミリーだってそっくりよ。本当の母親が誰かを話す時は近いと思うわ」

 すると、ふとミランダは視線を伏せた。

「それが怖いの。嘘を吐いていた事も、エミリーを置いて家を出た事実も」
「エミリーと離れる時にユリウスに言われたの。想ってくれる母親が二人もいてエミリーは幸せ者だって。私もそう思うわ。だってあんなに素直に可愛らしく育っているもの。それはあなた達も沢山愛情を注いできたって事でしょう?」

 するとミランダの甲に一滴の水滴が落ちた。長い髪で泣いているのかは分からない。レティシアはミランダの肩を抱き寄せた。

「おばさま! どうしたの?」

 駆け寄ってくるとミランダの膝にぎゅっとしがみ付いた。

「かなしいことあったの? そうだ、おにわにいこう? ここのおにわおはながいっぱいなの。ね、おじさま!」

 ユリウスはまだおじ様と呼ばれるのに慣れていない様子で頬を苦笑いを浮かべながらレティシアの肩に触れた。

「そうだね、後で案内してあげよう」
「大丈夫よエミリー。少しだけお腹を擦っていただけよ」
「おかあさまあのね、ここにわたしのおとうとかいもうとがいるの」

 レティシアは驚いてミランダを見ると、ミランダは嬉しそうに頷いた。

「本当なの?」
「本当よ。だから休み休みで到着が遅れてしまったわ」

 そう言いながらエミリーの頭を撫でるミランダは母親の顔そのものだった。

「でもおかあさまもおじさまと結婚したからあかちゃんできる?」

 とっさに固まっていると、ユリウスは嬉しそうに笑った。

「そうだね、きっと出来るよ。そうしたらエミリーは二人のお姉さんだから大忙しだな」
「だいじょうぶ。わたしちからもちだからこうしてだっこする!」

 エミリーは両腕で抱えるような仕草をしてみせるのがあまりに可愛らしくて、大人三人は我慢しきれずに笑ってしまった。

「それだとエミリーも赤ちゃんも大変だから、皆で順番に抱っこしましょうね」
「……でもそれだとおかあさまとミランダおばさまがだっこするでしょ?」

 レティシアは少し寂しそうにするエミリーを抱き上げると膝の上に乗せた。

「それなら一人の赤ちゃんはエミリーに抱っこしてもらって、エミリーを私が抱っこするわ。そうしたら皆一緒」

 するとエミリーは嬉しそうに頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の好きなお兄様

山葵
恋愛
私の好きな人は3歳上のお兄様。 兄妹なのに、この恋心は止められない。 告白する事も出来ない…。 いつか お兄様に婚約者が出来たら私は、どうなってしまうのだろう…。 *** 1話1話が短めです。

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...