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16 君がついた優しい嘘は……
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「……ん」
「あ、おはよう?」
幼く、柔らかい声が耳をくすぐる。それと同時にユリウスはお腹の上に重たいものを感じて、息苦しさに身体を動かした。
「おかあさま、おきた」
薄めを開けると、目の前には幼子が至近距離で見つめてきていた。丸い瞳に金色の髪の毛先が首筋に当たっている。ユリウスは大声を上げそうになった所で喉に痛みを感じた。
「まだ話せないと思うわ。お医者様を呼んでくるから大人しくしていて」
レティシアはそう言うと部屋を出ていってしまった。
「おじちゃまはここいたいの? あとここも?」
幼子はどうやら包帯を巻いている所を指差しているらしく、ツンツンと確かめるように突付いてきた。
「エミリーもね、ここいたいしたの」
自分の手の甲を指差して見せてくる。そこには赤い後が残っていた。
「はいはい、エミリーも後でお薬塗ってあげるわね。でもまずはユリウスからよ」
脇腹辺りにあった重みが消え、その代わりに老女がひょっこりと顔を出す。そしてにっと笑った。
「ようやくお顔を拝見出来ました。これはこれはやはり美男子ですね」
すると老女は何やら紙に書き出すと後ろに控えていたメイドに渡した。
「それらを煎じて日に二回飲ませるようにね。煙を吸って痛めたんだ。声はそのうち戻るさ」
その後はもうされるがままだった。包帯を巻いている所を剥がされて薬を塗られていく。その薬の臭いに完全に目が覚めてしまったユリウスは、処置をされている間中、エミリーを抱き締めながら優しく微笑んで何やら話をしているレティシアを見つめていた。
「あとは同じ要領で薬を塗っておやり。一日一回でいいからね。この水ぶくれは絶対に潰さないように」
そういう老女を見送ると、エミリーは椅子を使って再びベッドの上へとよじ登ってきた。
「もういたい、ない?」
「こらエミリー! 降りなさい、ユリウスが休めないでしょう」
「大丈夫だ。もう痛くないよ。心配してくれてありがとう」
「お礼を言うのはあなたの方でしょう。エミリー、ちゃんと教えた通りに言わないと駄目よ」
するとたった今までおしゃべりだったエミリーは、恥ずかしがるように毛布の中へと入っていってしまった。
「う、くすぐったい」
ユリウスはまだ動けない身体でもぞもぞと毛布の中を動くエミリーから逃れようと身体を捩った。
「エミリー! そんな事をするならもう今日から一人で寝なさい」
その瞬間、毛布がガバっと開けられる。寝間着全開になったユリウスは叫び声を上げながら、咳き込んでしまった。慌てたレティシアは急いでグラスを渡すと、ゆっくりとユリウスに水を飲ませてやる。笑顔のないレティシアの顔に怯えたのか、とうとうエミリーはユリウスの前で小さな手をモジモジと動かしながら言った。
「おじちゃま、ありがとう」
「君が無事で良かった」
「エミリーよ、わたしのなまえはエミリー」
「あ、ああ。えっと、エミリーが無事で良かったよ」
「エミリー様! おやつの準備が出来ましたよ。その後はお薬を塗りましょうね」
おやつと聞いた途端、迎えにきたアンナに手を伸ばす。抱っこされながらエミリーは嬉しそうに手を振って部屋を出ていった。
ようやく静かになった部屋の中で、レティシアは身の置き場所に困って部屋の中をウロウロとし始めた。
「あの後、どうなったか聞いても?」
「も、もちろんよ! あの後あなたは丸一日以上眠っていたの。ここはシュルツ家の屋敷よ。友人の屋敷なのよ。しばらくの間ここをお借りする事にしたの。アラン殿下からはしっかり傷を癒やしてから戻ってくるようにとご伝言があったわ」
「王弟殿下は?」
「オヴァル様はお怪我の治療の為にここで応急処置後、王都に行かれたわ。そう遠くない日にこの国を旅立つそうよ」
「という事はルナール王国に行かれるのか?」
「向こうの方が歓迎されるみたいだしね」
「そうか、それなら良かったよ。これで王位継承権問題も解決だな」
レティシアは声を潜めるようにベッドの縁に座った。
「エミリーはどうなると思う? オヴァル様は一緒にルナール王国に連れて行くのかしら」
「ミランダはなんて言っているんだ?」
「まだちゃんと話せていないわ。今は王都にいるし。あの、ちゃんと話せていなかったんだけど」
「うん」
「エミリーはミランダが産んだ子なのよ」
「うん、知っているよ」
じんわりと目に涙が溢れてきてしまう。包帯を巻いたユリウスの手がそっと背中に回った。
「でも私の子なの。私がずっと育てた子なのよ。ごめんなさいユリウス。そのせいであなたには辛い思いをさせたわ。私は自分の事ばかりだった」
「謝る事なんて何もないよ。君がしたいようにすればいいんだ」
「でも……でも本当の親子を引き離すのがいいとも思えないの。私は、私が産んだんじゃ、ないから!」
その瞬間、強く抱き締められた。
「エミリーは幸せ者だな。愛してくれる母が二人もいるんだから。皆で最善の方法を探そう」
涙が次々と溢れてくる。ユリウスはそっと、体を離すと額に口づけをくれた。
「あ、おはよう?」
幼く、柔らかい声が耳をくすぐる。それと同時にユリウスはお腹の上に重たいものを感じて、息苦しさに身体を動かした。
「おかあさま、おきた」
薄めを開けると、目の前には幼子が至近距離で見つめてきていた。丸い瞳に金色の髪の毛先が首筋に当たっている。ユリウスは大声を上げそうになった所で喉に痛みを感じた。
「まだ話せないと思うわ。お医者様を呼んでくるから大人しくしていて」
レティシアはそう言うと部屋を出ていってしまった。
「おじちゃまはここいたいの? あとここも?」
幼子はどうやら包帯を巻いている所を指差しているらしく、ツンツンと確かめるように突付いてきた。
「エミリーもね、ここいたいしたの」
自分の手の甲を指差して見せてくる。そこには赤い後が残っていた。
「はいはい、エミリーも後でお薬塗ってあげるわね。でもまずはユリウスからよ」
脇腹辺りにあった重みが消え、その代わりに老女がひょっこりと顔を出す。そしてにっと笑った。
「ようやくお顔を拝見出来ました。これはこれはやはり美男子ですね」
すると老女は何やら紙に書き出すと後ろに控えていたメイドに渡した。
「それらを煎じて日に二回飲ませるようにね。煙を吸って痛めたんだ。声はそのうち戻るさ」
その後はもうされるがままだった。包帯を巻いている所を剥がされて薬を塗られていく。その薬の臭いに完全に目が覚めてしまったユリウスは、処置をされている間中、エミリーを抱き締めながら優しく微笑んで何やら話をしているレティシアを見つめていた。
「あとは同じ要領で薬を塗っておやり。一日一回でいいからね。この水ぶくれは絶対に潰さないように」
そういう老女を見送ると、エミリーは椅子を使って再びベッドの上へとよじ登ってきた。
「もういたい、ない?」
「こらエミリー! 降りなさい、ユリウスが休めないでしょう」
「大丈夫だ。もう痛くないよ。心配してくれてありがとう」
「お礼を言うのはあなたの方でしょう。エミリー、ちゃんと教えた通りに言わないと駄目よ」
するとたった今までおしゃべりだったエミリーは、恥ずかしがるように毛布の中へと入っていってしまった。
「う、くすぐったい」
ユリウスはまだ動けない身体でもぞもぞと毛布の中を動くエミリーから逃れようと身体を捩った。
「エミリー! そんな事をするならもう今日から一人で寝なさい」
その瞬間、毛布がガバっと開けられる。寝間着全開になったユリウスは叫び声を上げながら、咳き込んでしまった。慌てたレティシアは急いでグラスを渡すと、ゆっくりとユリウスに水を飲ませてやる。笑顔のないレティシアの顔に怯えたのか、とうとうエミリーはユリウスの前で小さな手をモジモジと動かしながら言った。
「おじちゃま、ありがとう」
「君が無事で良かった」
「エミリーよ、わたしのなまえはエミリー」
「あ、ああ。えっと、エミリーが無事で良かったよ」
「エミリー様! おやつの準備が出来ましたよ。その後はお薬を塗りましょうね」
おやつと聞いた途端、迎えにきたアンナに手を伸ばす。抱っこされながらエミリーは嬉しそうに手を振って部屋を出ていった。
ようやく静かになった部屋の中で、レティシアは身の置き場所に困って部屋の中をウロウロとし始めた。
「あの後、どうなったか聞いても?」
「も、もちろんよ! あの後あなたは丸一日以上眠っていたの。ここはシュルツ家の屋敷よ。友人の屋敷なのよ。しばらくの間ここをお借りする事にしたの。アラン殿下からはしっかり傷を癒やしてから戻ってくるようにとご伝言があったわ」
「王弟殿下は?」
「オヴァル様はお怪我の治療の為にここで応急処置後、王都に行かれたわ。そう遠くない日にこの国を旅立つそうよ」
「という事はルナール王国に行かれるのか?」
「向こうの方が歓迎されるみたいだしね」
「そうか、それなら良かったよ。これで王位継承権問題も解決だな」
レティシアは声を潜めるようにベッドの縁に座った。
「エミリーはどうなると思う? オヴァル様は一緒にルナール王国に連れて行くのかしら」
「ミランダはなんて言っているんだ?」
「まだちゃんと話せていないわ。今は王都にいるし。あの、ちゃんと話せていなかったんだけど」
「うん」
「エミリーはミランダが産んだ子なのよ」
「うん、知っているよ」
じんわりと目に涙が溢れてきてしまう。包帯を巻いたユリウスの手がそっと背中に回った。
「でも私の子なの。私がずっと育てた子なのよ。ごめんなさいユリウス。そのせいであなたには辛い思いをさせたわ。私は自分の事ばかりだった」
「謝る事なんて何もないよ。君がしたいようにすればいいんだ」
「でも……でも本当の親子を引き離すのがいいとも思えないの。私は、私が産んだんじゃ、ないから!」
その瞬間、強く抱き締められた。
「エミリーは幸せ者だな。愛してくれる母が二人もいるんだから。皆で最善の方法を探そう」
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