妹が子供を産んで消えました

山田ランチ

文字の大きさ
上 下
15 / 20

15 大切な人

しおりを挟む
「お前達も救出に向かえ!」

 アランは控えていた騎士達に声を掛けた。

「許さぬぞ! 誰も動く事は許さん!」
「いいから行くんだ」

 アランの声に騎士達が坂を駆け下りていく。兵士の放った数本の矢が騎士達の足元近くに落ちて岩肌に跳ね返った。

「私の騎士達ですから私の命しか聞きませんよ。もしオヴァル様に何かあれば兵力を持って対抗するとルナール王国の使者から伝言を預かっております」
「使者だと? ルナール王国から使者など来ておらんわ!」
「いいえ来ております。陛下もお会いになられ、歓迎しておられました」

 するとみるみる内に国王の表情が変わっていく。そしてぽつりと呟いた。

「レア王女か」
「レア王女はオヴァル様とは異父兄妹にあたられます。王妃はオヴァル様をご出産された時はまだ若く、前国王の命令を聞くしかなかった事をとても後悔されておられるようでした。王妃はどうしてもオヴァル様にお会いしたいと仰っているようです」
「ユリウスめ。だからレア王女との縁談を受けたのだな」

 地を這うような声にも臆さず、アランは淡々と続けた。

「レア王女は今回王妃の使者として正式な書状を持って来られております。そのレア王女の婚約者のユリウスが無事に戻る事も、レア王女は望んでおられます」

 国王の手綱を握る手が震えている。

「父上、もう諦めてください。オヴァル様は王位を望んではおられません! これ以上深入りすればルナール王国と戦争になってしまいます!」
「だがオヴァルには娘がいるだろう。その者はむしろオヴァルよりも厄介な存在になるぞ。このままルナール王国に渡す訳にはいかん」

 一瞬、国王の口元が笑ったのをユリウスは見逃さなかった。

「陛下もしや……」

 その後の言葉が続かない。アレンはすぐにイヴを探した。その瞬間、イヴは馬に飛び乗り駆け出していた。




 オヴァルは崖を転がり川まで落ちていた。幸いな事に真っ逆さまではなく、坂を転げるように落ちていったのが良かったようですぐに目を覚ました。
 すぐに出血の酷い肩をドレスに付いていたリボンを外して止血に使う。きつく巻いて結ぶとオヴァルは小さな呻き声を上げた。

「早く医者に診せた方がいいな。馬を……」

 ユリウスがそう言い掛けた瞬間、目の前に馬が躍り出てきた。

「レティシア! 君の子が危険かもしれない、ユリウスと向かうんだ!」
「レティシア行って! エミリーをお願い!」

 迷っている間はなかった。ユリウスの手を掴むと一気に馬上に乗る。

「舌を噛むからしゃべるなよ。何かあれば背中を叩いてくれ」

 返事をする間もなく全身を風が通り過ぎていく。激しい揺れの中、ユリウスを掴む手が外れない事だけを気をつけていた。




 レティシアは見えてきた屋敷の惨状に息を止めた。
 サンチェス家の屋敷の周りには人だかりが出来ている。屋敷は轟々と火の燃える音と、黒煙で異様な光景と臭いに満ちあふれていた。
 ユリウスの馬が突っ込んで来る勢いに、集まっていた人々は崩れるように一気に逃げていく。門まで来たユリウスは手綱を引いて馬を止めながら近くにいた男に声を掛けた。

「中で何があった!」

 声を掛けられた男を見てレティシアは馬上から声を掛けた。

「モリス! 無事だったのね! エミリーはどこにいるの?」

 モリスの頬には煤が付いている。レティシアを見るなり、モリスは男泣きをしながら屋敷を指差した。

「エミリー様はまだ中だよ。ごめん僕ッ」
「取り残された者達がどの辺りにいるか分かるか?」

 モリスは怯えたまま燃える屋敷を見つめている。

「しっかりしろ! 今は一刻を争うんだ!」

 すると震える指が一箇所を指差した。それはこの所エミリーのお気に入りだった使用人棟の方だった。ユリウスは馬から降りると、置かれたのバケツの水を頭から被ると走り出した。

「ユリウス様! 私も!」
「駄目だよレティシア! 危険過ぎる!」
「離してモリス! エミリーを助けに行くんだから!」

 しかしレティシアの腕を掴む力はむしろ強くなった。

「君は行っちゃ駄目だ。君だけは」
「どういう、意味?」
「……アレッサが、アレッサが、エミリーを殺そうとしたんだ」

 一瞬、頭の中は真っ白でレティシアは何も答えられなかった。

「アレッサが遊んでいたエミリーの後ろから刃物を向けたんだ。絨毯を引いてとっさに避けたのはよかったけれど、机の上にあった蝋燭が倒れてしまって、燃え広がったんだよ」
「なんでアレッサが」

 子供の頃から母親代わりであり、先生でもあったアレッサがエミリーを殺そうとしたなど考えられない。ミランダがエミリーを産むまでずっとそばにおり、ミランダが消えて子育てをする事になったレティシアに、子育ての全てを教えてくれたのもアレッサだった。それこそ小さく柔らかい赤子の抱き方に、ミルクの上げ方。それに遊び方まで。レティシアはモリスの腕を振り切って走り出していた。
 真っ赤になった使用人棟の出口に人影が見える。そこには小さな身体を抱くユリウスと、引きづられるようにして暴れながら出てくるアレッサの姿があった。

「エミリー!」
「大丈夫、気を失っているだけだ」

 ユリウスの手からエミリーを抱き取ると、辺りを見渡した。

「アンナは? アンナはいなかった?」
「中に居たのはこの二人だけだった。早く離れろ!」

 ユリウスに押されるようにして走り出したすぐ後ろで大きな崩壊の音がした。燃え尽きていく棟からどんどん火が屋敷に燃え移っていく。

「アンナ――! どこにいるの――!」

 轟々と火の燃える音と臭いが充満している。赤と黒の火が立ち昇る空を見上げながら放心して立ち尽くした。

「お嬢様? こっちですよ! お嬢様!」

 後ろからした声に振り向くと、柵の向こうでアンナが手を振っていた。人並みを掻き分けるように柵を掴んでいた。

「アンナ! ユリウス、アンナがいたわ!」

 後ろを振り向いた時、ゆらりとユリウスが倒れてくる。とっさに支えるが体がぐらついてしまう。すると代わりにアレッサが抱き留めてくれた。

「すぐに運びましょう」

 アレッサは駆け寄ってくる男達に指示を与えると、エミリーとユリウスを運んでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

処理中です...