妹が子供を産んで消えました

山田ランチ

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13 動き出す真実

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 再度訪れた町は相変わらずレティシア達を歓迎してはくれなかった。見なれた顔の男が先頭に立ち、レティシア達が持ってきた荷物を確認していく。そして小さく呟いた。

「……少ないな」
「お前無礼だぞ!」

 ロジェが前に出ようとするのを手で制すると、レティシアは前に出た。

「あの時助けてくれた者はもうすっかり回復したわ。本当にありがとう」

 ロイは後ろからぺこっと頭を下げて見せると、男達は興味なさそうにそっぽを向いた。

「取り敢えずこれでお礼とさせてもらいたいの。足りなければもっと持ってくるわ。それと峠の整備の件だけれど」

 レティシアは数日前に父親から来た返答を伝えるのを億劫に感じながら口を開いた。

「峠の整備には少し時間がかかるかもしれないわ」
「別にもういいさ。最初からあそこがどうにかなるなんて思ってもいないからな。こんな辺鄙な場所の為の為に領主様がわざわざ動いてくださる訳がないんだ」
「そんな事ない! 必ず安全な峠にしてみせるから!」

 しかし町の人々は一人、また一人と散っていく。立ち尽くしていると、男はくいっと顎でレティシア達を案内し始めた。

 男はこの町の手前にある家に入って行く。部屋の中で出されたお茶にロジェは飲まないようにと目配せをしてきたが、せっかくだからとお茶を口に含んだ。

「……」

 お茶は到底茶葉が入っているとは思えない程に薄いもので、男はレティシアの様子を見てから僅かに笑った。

「口に合わなかったか?」

 そういって男もお茶を口に含んだその瞬間目が合う。男は怪訝そうに眉を顰めた。

「なんだよ。そんなに驚く程の味だったか?」
「ごめんなさい。ただ、あなたのお茶を飲む仕草が凄く綺麗だと思ったの」 

 男はぎょっとしてカップを落としそうになり、口を袖で拭った。ロジェ達も唖然としているようだった。

「変な事言うな! 男に向かって所作がどうこうなんてくだらない!」
「レティシア様、そろそろお暇致しましょう。長居すれば馬車の中で真夜中を迎えてしまいます」

 ロジェの耳打ちに立ち上がろうとした時だった。外で大きな雷鳴が轟く。その瞬間、信じられない程の豪雨が降り始めた。声も聞こえない程の雨の音に、思わず扉を開けたロジェは盛大な舌打ちをした。

「これじゃあ道がぬかるんで危ないな」

 ぬかるんだ道に馬が足を取られれば命に関わる。

「町に宿はなかったわよね」

 そもそもここに宿泊客が来るわけがない。だから旅人を目的とした商売は成り立たないのがこの町だった。

「この部屋しかないが一晩くらいなら泊めてやる」




 町の夜は静かなものだった。雑魚寝といっても主人と使用人、ましてや男女が同じ部屋で眠る事は不謹慎だと、結局ロジェとロイ、そして護衛の兵士の三名は馬車まで戻って交代で家の前の警備と仮眠を取る事になった。

「フラン? 寝てしまった?」
「まだですよ。……エミリー様がご心配ですか?」
「私を待ってまたソファで眠ってしまったりしていないかしら。いつも我慢ばかりさせて、私って本当に駄目な母親ね」

 すぐ横で衣擦れの音がする。目を開けると、フランが起き上がっていた所だった。

「フラ……」

 ひんやりとした手が口に当てられる。フランの視線が扉の方に向いて初めてその音がレティシアの耳にも入った。砂利を静かに踏む音、そして誰かが倒れた音。部屋の中にはロジェが念の為にと置いていった短剣があった。フランがそれを握り構えると、扉が揺れた瞬間後ろからきた衝撃にレティシアはそのまま前に倒れた。後ろから伸し掛かられたフランも体制を崩し、そこで意識は途絶えた。




 外気にぶるりと身体を震わせ半身を起こすと、すぐ隣りに倒れていたフランを見て飛び起きた。薄暗い場所で恐る恐るフランの肩を揺すると眉が顰められる。

「レティシア様?」

 起きたフランは目を覚ますとすぐに辺りを見渡した。抱き合うように今いる場所を確認する。そこは部屋になっているが、剥き出しの岩壁に鉄格子があり、自分達の下には毛布が敷き詰められていた。

「町の家ではないようね」
「あの男ッ」

 フランは拳を握り締めた。

「家に泊めてくれたあの男が犯人でしょう。もしかしたら町の全てが敵だったのかもしれません」
「どうしてそんな事を……」
「伯爵家に慰謝料でも要求する気なのではないでしょうか」
「でもすぐにお父様達に捕らえられてしまうわ」
「この場所、そもそもあの町なのでしょうか」
「分からないけれどロジェ達が心配ね」
「もしかしたらもう死んでいるかも」
「ッ、今は一刻も早くここを出る方法を考えましょう」

 遠くから足音が近づいてくる。レティシア達はまだ気がついていない振りをする為に横になった。

「まだ目覚めてないのか」

 声の主は町で泊めてくれたあの男の声だった。

「起きているわ! 私達をこんな目に遭わせてどうするつもりなの!」

 突然起き上がったレティシアにぎょっとした男は、驚いた様子で格子の中を覗いてきた。

「怪我はないか? 痛む所は?」
「いいから目的を言いなさい」

 レティシアの言葉には返事をせず男が中に入って来る。

「大人しくしていれば傷つけない」

 大人しくするつもりはなかったが、状況が分からない以上ここにいても何も解決しない。腕に縄を掛けられるとそのまま格子の外へと出た。
 中は洞窟になっていた。天井は高く、とても広い。灯りは外から射し込んでいる場所もあるが、基本的には壁に掘られた場所に燭台が置かれそこに蝋燭が置かれている。もちろん町の中でなく、考えたくはないがあの岩山の中のどこかなのかもしれない。洞窟内は幾つかに枝分かれしており時折人の気配も感じたが、レティシア達の姿を見るなり奥へと引っ込んでしまう。そうして幾つかの通路を曲がった時、突然広間のような場所に出た。
 薄暗い中に二つの影がある。ゆっくり近付いてその姿が見えた時、走って来たのは向こうの方だった。

「レティシア! 会いたかった!」

 身体をがっちりと抱きしめてくるその姿に驚きながら立ち尽くした。

「……ミランダ? 生きていたの?」
「当たり前じゃない!」

 その瞬間、レティシアは抱き締められないせいでミランダに強くぶつかった。

「腕の早く縄を解いて」
「しかし……」
「早く!」

 ミランダの言葉に男が従う。違和感を感じながらミランダの腕を掴んだ。

「今までどこで何をしていたの!」
「心配かけてごめんね。本当に会いたかった」
「ずっとずっと心配していたんだから。そうだ、あの子が、エミリーが二歳になったのよ!」

 その瞬間、ミランダは後ろを振り返った。視線の先には見覚えのある男がどかりと椅子に座っていた。足を組み、久しぶりの姉妹の再会に水を差さず黙っていた男は、終わったか?とばかりに目を見開いてミランダを見た。

「久し振りの再会はもういいのか? なら今度は俺の番だな」
「さあ、レティシア」

 ミランダに手を引かれるままその男に近付いていく。

「お嬢様!」
「あなたはそこにいなさい」

 ミランダの有無を言わせない視線がフランと押し止めるのを見ながら、椅子に座る男に近づいていく。その男は馬車を襲った盗賊達が頭と呼んでいた男だった。レティシアの荷物に子供の物があったのを見て手を止めた男。男は立ち上がるとミランダの腰に腕を回した。

「逼迫していたとはいえあの時は申し訳なかった。少年の怪我はどうだろうか」
「回復したわ。でも私はあなたを許さないわよ」
「私からも謝るわ。裕福な馬車がここを通るのは珍しくて、何か食料が欲しかったの」

 レティシアは握られていた手を振り払った。

「子供を捨てて姿をくらましてまで何をしていたの?」
「ちゃんと話してやれ。そうでないとお姉さんはずっと君を許しはしないだろう」

 これだけ怒っているというのに男の態度は冷静そのものだった。

「まずは私が家から姿を消した事について話すわね。私が産んだ子供を、お父様は当初すぐに王家に引き渡すおつもりだったの」
「なぜ王家に?」
「子供の父親が王弟殿下だからよ」
「王弟!? ……陛下に弟君がいらしたなんて聞いた事がないわ」
「お母様はルナール王国の王女だったらしいのだけど、子を産んだ記録は抹消されているみたいなの。だから私達が知る由もないわ」
「他国の王女が嫁いできて子を産んだのに?」
「あの時期災害で国内が荒れていたルナール王国は、この国に王女を嫁がせて援助をして貰っていたんだ。だが思いのほかすぐに復興が出来た途端、その王女をすぐに引き上げたんだたよ。子供だけをこの国に残してな」
「……どうしてそんな事をあなたが知っているのよ」

 男とミランダは互いに目を合わせて頷いた。

「この御方は王弟殿下のオヴァル・シュトラール様。子供の父親よ」

 言葉が出ないまま盗賊の頭だったと思っていた男を見た。

「あの子は二つの王族の血を継ぐ王女なの。国王様の御母上のご身分はオヴァル様よりも低いから、オヴァル様はずっとお命を狙われていたのよ。僅かな支持者に守られながら生き長らえてきたのよ」
「殿下を長年このような場所に閉じ込めて何が守るでしょうかッ」

 町人の男は苦しそうに顔を歪めて地面を見つめていた。

「手荒な真似をしてすまなかった。あなた達をここに連れてきたのは、他でもない頼みがあったからなんだ。どうか子供を俺達に返して欲しい。ようやくルナール王国に戻る手筈が整ったんだ」
「勝手なのは分かっているけどあの子を連れてきて欲しいの」
「……エミリーよ」
「え?」
「あの子でも子供でもなく、名前はエミリーよ! あなたの捨てた子の名はエミリー! 私が二年間大切に育てた娘よ!」

 言い切ってミランダを強く見つめた。

「ミランダも好きでエミリーを置いてきた訳ではないんだ。サンチェス伯爵はすぐにエミリーの父親が俺だという事には気がついていたようでね。最初はこの国に内乱が起こらないように子供を国王に引き渡す算段を付けていたらしい。でもミランダが家を出た事により、いずれ俺の、ルナール王国の報復を恐れたんだろう。子供を人質として手元に置くにしたんだ」
「変だと思っていたの。……だから育てる事を了承されたのね」

 するとオヴァルは小さくため息をついて薄暗い洞窟の中を見渡した。

「話を本題に戻そうか。この山は遥か昔、虐げられてきた難民達が隠れ家として切り開いた場所なんだ。あの町も、ここから出て行った者達の子孫が代々暮らしている場所なんだよ。私は十三歳までずっと監禁されて生きてきた。この者達に助けられてからは孤児や身寄りをなくした者達を集め、この場所を住処とする事に決めたんだ。それでも見ての通りここには多くの物が足りないのさ」
「お父様は長年この場所に目を瞑り、あなたの正体も知っていたのでしょうか」
「噂としては承知していただろう。でもわざわざ確かめる事はしなかった。難民を受け入れる場所があるのは領主としても好都合だったのだろう。まあ、監視はされていたがな」
「……ミランダとの事は? 領主の娘と分かって近づいたんですか!?」
「違うわ! そうじゃないの」

 ミランダがオヴァルの手に手を重ねると、慰めるようにオヴァルがその甲に口づけをする。極自然なやり取りに、レティシアの胸の奥がツキンと痛んだ。

「ミランダとの出会いは偶然だったんだ。町に買い出しに出た時に出会ったんだよ。ほとんどここを出ないから本当に引き寄せられたのだと思う」
「でもそんな事一言も言わなかったじゃない!」
「言える訳ないじゃない! あなたは侯爵家のユリウスと婚約していて仕事も出来て器量も良くて、どこにいても人気者で、そんなあなたに町で出会った庶民の男を好きなったなんて言えると思う!?」
「でも、私には話して欲しかった」
「ミランダに出生を話したのは子を身籠ったと聞いた後だ。俺と共に生きるというミランダを諦めさせる為だった」
「……ミランダやあなたがどう生きようと別に構いません。でもエミリーをあなた達の事情に巻き込まないで下さい!」
「何も俺達はあなたから無理矢理子供を奪おうとしているんじゃない。ただ共に生きる道を探したいんだ」
「エミリーを大事に育ててくれてありがとう。レティシア」
「勝手な事だというのは十分に承知している。それでも俺達がどんな想いで娘を手放したかも分かって欲しい。出来る事なら本当の親子としてルナール王国で暮らしたいんだ。エミリーを大切にすると約束するよ」

 そう言うオヴァルが座っているのは簡素な木の椅子だったのに、一瞬玉座であるかのように輝いて見えた。
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