妹が子供を産んで消えました

山田ランチ

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12 異国の姫

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「わざわざまたあの町に戻るなんて馬鹿げています! どうかお止め下さい!」

 ロイはもうすっかり良くなった身体で何度もレティシアの前に躍り出た。その度に躱されて追い越されてしまう。二人のやり取りを少し離れて見ていたロジェとフランは、呆れたように積荷を馬車の荷台に括り付けていた。
 ロイの回復を待って準備を進め、小麦や野菜、調味料に衣類、燃料などを荷台一杯に積み込み、レティシアは満足そうにロイ達を振り返った。

「それじゃあ行きましょうか。ロイはお留守番でもいいのよ?」
「ロジェ! 止めないのか? 本当にそれでいいのかよ!」

 御者台に登りかけていたロジェはさも当たり前のように返事をした。

「お前を助けて貰ったんだ。お礼をして下さるというお嬢様には感謝しているよ。お前も早く来い」

 その瞬間ロジェが一瞬塀の方に視線を向けた。周囲には緊張が走ったが、ロジェは安心させるように首を振った。

「気のせいだったみたいだ。驚かせてすまない」
「何か見えたの?」
「なんとなく人の気配を感じたものですから。でも少し過敏になり過ぎていたようです」
「それじゃあ行きましょうか。行ってくるわねエミリー! アレッサもエミリーを宜しくね」

 呆れ顔で立つアレッサに声を掛けると、その目はうっすら赤くなっている気がした。

「おしとやかに見えて一度言い出したら聞かないですからね。お前達、絶対にお嬢様をお守りするのよ。お嬢様は戻られたら旦那様に存分に怒られて下さいね」

 父親は先日の話し合いの後、顔を見せずにすぐに王都に戻ってしまっていた。でも今回の事はきっとアレッサが連絡を入れているに違いない。おそらく戻った時にはまた顔を合わせる事になるだろう。そう思うと気持ちが重たくなったが、馬車はゆっくりと動き始めた。
 共に出かけると言ってきかなかったエミリーはヘソを曲げたまま部屋から出てくる事はなかった。それでもアンナに抱っこされたまま、結局窓からレティシア達を見ていたエミリーは、大きく手を振っていた。それを目に焼き付けながら見えなくなるまで屋敷を食い入るように見つめ続けた。

「本当にあの子には寂しい思いをさせてばかりだわ」
「あとでモリス様も遊びに来て下さると思いますし、きっとすぐに寂しさなど紛れますよ」

 気を使って言ってくれたフランの言葉に頷きながら、窓に向けていた視線を戻した。




 城に一台の馬車が到着すると、美しい装飾で飾られた馬車が城の前に止まる。その馬車の到着を正装をして待っていたユリウスは出てくる者を出迎える為に階段を降りた。
 扉が開きゆっくりと出てきたのは、白銀の長い髪に愛らしい目元のスラッとした美女で、ルナール王国の第三王女レア・ルナールだった。手袋越しでも分かる華奢な手が伸ばされたユリウスの腕に添えられる。そして小さく微笑んだ。

「久し振りねユリウス。共に学んでいた時よりもなんだか凄く老けたみたいよ?」

 ユリウスは愛想笑いするでもなく、無表情のまま軽く頭を下げると歩き出した。

「素っ気ないのは相変わらずね。でも今は私が婚約者なのだから優しくね」

 するとユリウスは鼻で笑った。

「まだ正式な書類は交わしていませんよ」
「あと数刻もすれば正式なものになるわ。それとも、もしかして緊張しているのかしら」

 遠くから見れば絵になる二人の姿に、隣国の姫をひと目見ようと集まった者達で城の出入り口付近は人集りが出来ていた。しかし護衛の騎士達が人の流れを止めている。ユリウスとレアは王の間に向かいながら言葉の応酬を続けていた。

「まさかこんな眉唾物の話を信じて下さるとは思いもしませんでした」
「あなたからの手紙だもの。なんて、こちらの国では当たり前の話よ。それに私欲しいものは絶対に手に入れたい主義なのよね。お城に滞在中にどれだけ私が誘ってもあなたったら靡いてくれないんだもの。用意した夜着が泣いていたわ」
「それはどうか別の相手の為にお使い下さい」

 白い頬がぷくっと膨らむ。通路で通りすがった文官達は顔を赤らめてレアを見つめていた。

「ここでの視線は新鮮でいいわね。楽しくなりそう」
「どうか羽目を外すのはお止めくださいね」

 するとレアは楽しそうに笑った。

「それはあなた次第ね。それに羽目を外したのはあなたの元・婚約者ではなくて?」

 その瞬間、射殺しそうな程冷たい視線がレアに向いた。それでもレアは楽しそうな表情を崩さず、ユリウスの腕に自分の腕を絡めた。

「さあ入りましょう、国王陛下がお待ちよ」




 王の間で受けた歓迎は異様なものだった。二国を繋ぐ結婚だと国王陛下は大いに喜び、明日にでも式を挙げる勢いで祝福された。
 ユリウスは深く息を吐きながら自室で上着を脱ぎ捨てると、ソファに座り込んだ。腕で顔を覆うと、この所増えた溜息が何度も出てしまう。疲れているのに眠る事が出来なくて、頭痛がし始めていた。扉が叩かれる音にも返事をしないでいると、勝手に扉が開く音にとっさに顔を上げ、渋い顔になってしまった。

「お邪魔だったかしら?」

 レアは付いてこようとする侍女を制すると扉をぴたりと締めた。扉が閉まる寸前、侍女と目が合う。困惑しているのは明らかだった。男と二人きりになり状況が不利になるのは女性の方。それなのにレアは楽しそうに近付いていくるのが滑稽でユリウスは顔を背けた。

「書類を交わし正式な婚約者となったんですからもう満足でしょう」

 するとレアは着ていたドレスを脱ぎ始めた。さすがにぎょっとしたユリウスは立ち上がると急いでその手を止めた。掴んだ手首は華奢で、見上げてきた瞳は濡れている。レアは服を脱ぐのを止める変わりに、ユリウスの首に腕を回してきた。

「婚約者になったのだからもういいでしょう?」

 ユリウスが首に回った腕を解こうにもぶら下がれる程に力を入れられ、不意に屈んでしまう。その瞬間、逃れられない近距離で唇が押し当てられた。柔らかいその感覚に、ユリウスは最初何が起きているのか分からず、レアを押し返した。

「止めてください!」

 するとレアは満足そうにドレスを元に戻した。

「その顔を見れただけでも十分ね。一応言っておくけれど、私これでもモテるのよ?」
「存じ上げておりますよ。でも私は興味ありません」

 きょとんとした顔をした後、可愛らしい声で笑い出した。

「やっぱり、だから私はあなたが好きなの。それじゃあお楽しみは初夜まで取っておくわね」

 そういうと部屋を出ていく。扉の真ん前で待機していた王女付きの侍女に、キッと睨まれた気がしたが、もうそんな事はどうでもよい。痛みが増す頭痛を我慢しながら、今度こそ浅い眠りについたのだった。
 
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