妹が子供を産んで消えました

山田ランチ

文字の大きさ
上 下
10 / 20

10 束の間の幸せ

しおりを挟む
 応接間からキャッキャと楽しげな声が聞こえてくる。レティシアが部屋の中を覗くと、男性の背中に馬乗りになって遊んでいるエミリーとそれを支えるアンナがいた。

「なんだか楽しそうだと思ったらモリスが来ていたのね」

 背中にエミリーを乗せていたのは昔からの友人でシュルツ男爵家のモリスだった。シュルツ男爵が父親と友人関係という事もあり、昔から割と頻繁にこの家に出入りしていた。特にモリスは三男だと言う事もあり、割と自由奔放にあちこち飛び回って暮らしているらしく、たまに連絡もなくこうして遊びに来てはエミリーの相手をしてくれていた。エミリーもモリスを気に入り、アンナとモリスがいれば多少レティシアにも自由が時間が出来るのだった。

「酷い顔だな。泣いてたのかよ」

 割と直球な物言いのモリスを横目で見ながらエミリーを背中から抱き上げると、解放されたモリスは腰をさすりながら床に突っ伏した。

「はあ、だんだんエミリーも重くなっていくよぉ。もう乗せてやれないかも。僕はもう引退かなぁ」
「モリスいたい? ここ?」

 エミリーが小さな手をモリスの腰に伸ばそうとする。しかしレティシアはそのまま抱きしめてソファに座った。

「エミリーは優しいのね。でも大丈夫よ、あのおじさんはただの運動不足だからね」
「おじさんって言うな。まだ二十代だぞ!」
「いつまでもフラフラしている可哀想なおじさんなのよ」
「せっかく様子を見に来てやったのにさ。そう言えば王都で妙な噂が立っているらしいぞ。お前とユリウス様が婚約解消したって」
「本当よ。という事は書類にサインしたのね」
「それってもしかしなくてもエミリーのせいなの?」
「モリス!」

 レティシアはエミリーをぎゅっと抱き締めた。

「子供の前よ」
「悪かったよ、ごめん。ごめんなエミリーも。それじゃあユリウス様の次の相手も知っているか?」

 びくりとして固まる。すると、モリスは言いにくそうに答えた。

「ルナール王国の第三王女だって」
「ルナール……」

 確かユリウスが留学の最後に訪れていた国だった。陛下にはもう相手は決まっていると告げられていたから、それなりに覚悟を決めたつもりでいた。それでもはっきり相手が誰なのかを聞くのとは訳が違う。思った以上の辛さに何も言えないでいると、エミリーがぎゅっと抱き着いてきた。

「おかあさまのこといじめないで! モリスきらいになるよ!」
「えぇ! エミリーに嫌われるとか辛すぎる」

 そう言ってそのままぱたりと床に寝そべった。そのままチラチラとエミリーを見ているがエミリーはもうモリスに興味が失せたようで、アンナにお菓子を要求し始めたところだった。

 陛下が自信満々だった相手。確かに王女様が相手ならばこの上ない最高の相手だろう。ジクジクと痛む胸の痛みにはただ耐えるしかなかった。
 



「ロイ? 具合いはどう?」

 ひょっこりとエミリーと共に覗いたのは使用人棟の一室。本当はこうして主人が頻繁に赴く場所ではない。それでもロイが目覚めてからというもの、こうして日に一回顔を出すのが習慣になっていた。

「お、お嬢様! 毎日いらっしゃらなくても僕は大丈夫ですってば」
「エミリーがロイに会いたいって言うんだもの」

 エミリーがロイのベッドの上にちょこんと乗ると、ロイは不慣れな様子で相手をしてくれる。
 ロイは最初目が覚めた時は困惑していた。元々主人と御者としてしか過ごしていなかったのに、目が覚めたら自分の名を呼び、何かと気にかけてくるレティシアに驚いていた。それでもフラン達が事情を説明してくれると、ロイは目を赤くして何度も礼を言ってきた。ロイいわく、あの峠で襲ってきた盗賊達に怪我をさせられたのではなく、驚いた馬が身体を振り、岩壁にぶつかったまま擦られたとの事だった。それでも盗賊達のせいに違いはない。でも今はロイが無事に目を覚ました事にただ感謝していた。

「それにしてもあなたがアレッサの子供だったなんて驚きだったわ。アレッサが結婚していた事も知らなかったもの」
「あぁ、母は未婚で僕を産んだんですよ。だから僕はずっと町の祖母の家で育ちました。ロジェとフランは姉妹で、近所に住んでいたんです」
「お父様は分からないの?」
「知りませんし、知りたいとも思いません」

 困ったように笑ったロイの笑顔に一瞬ミランダの面影が重なった気がした。

「私はたまに屋敷には来ていたけれどあなた達に会ったのは今回が初めてだったわ。今まではどうして暮らしていたの?」
「少し前から使用人として働いていましたが、今回お嬢様をお迎えに上がるというお役目を任されたんです。ロジェはああ見えて剣の腕がたちますし、僕も厩で働いていましたから」
「そうだったのね。でも本当にアレッサから子供の話を聞いた事が一切ないのよね。不思議だわ」

 その瞬間、ロイの表情が曇った気がした。それもそのはず、母親が自分の存在を消していたなどいい気分の訳がない。レティシアは慌ててロイの手を取った。

「ごめんなさい、気遣いのない言葉だったわ」

 その瞬間、恐る恐る手が握り返された。

「お気になさらないで下さい。本当の事ですから。それよりも、あの、お嬢様。僕の治療するのに、あの辺鄙な町で難しい約束をしたと聞きました。大丈夫でしょうか」

 ずっと聞きたかったのだろう。毛布を掴むロイの手に力が入っている。レティシアは安心させる為にその手に触れた。ロイはびくりと肩を跳ね上げたが避けはしなかった。

「どのみち、うちの領地でそんな場所があるなんて放おってはおけないもの。もうその件についてはお父様に手紙を送っているの。もし突っぱねられても策はあるから心配しなくても大丈夫よ」
「策ですか? 危険な事ではないですよね?」
「大丈夫よ。簡単ではないけれど、盗賊達と対話をしようと思うの」
「対話って、盗賊とですか!?」

 思わず上げた大声にエミリーが驚く。しかしそのロイの顔が気に入ったのか、エミリーは何度も驚く顔を真似して笑っていた。

「絶対に駄目です!」
「実はね、頭って呼ばれていた人がエミリーへのお土産を見た時に気のせいかもしれないけれど、どこか悲しげな顔をしたのよ。それに私達を傷つけはしなかったし馬車も奪われなかったわ。もしかしたらそこまで悪い人じゃないかもしれないでしょ」
「悪いに決まっています! 相手は盗賊なんですよ、危険に決まっています!」
「もし仕方なく盗賊になってしまったのならそれを解決してあげればいいじゃない」

 レティシアはロイの手をポンポンと叩くと、ベッドからエミリーを抱き上げた。

「この分だともう少しでベッドから出られそうね」

 ロイはレティシアに抱かれながら手を振る小さなお姫様に手を振り返してから、毛布に突っ伏した。

「盗賊と対話なんてどうかしてるって……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

処理中です...