妹が子供を産んで消えました

山田ランチ

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9 葛藤

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 アランの執務室では、気まずい沈黙が続いていた。
 サンチェス領から戻ってきたユリウスは今までにも増して黙々と仕事をこなし、イヴの仕事まで手を付けそうになった所でさすがにアランが声を掛けた。

「ユリウス、少し休憩しろ」

 しかしその声も聞こえてはいない。すると、イヴは書類の上に手を置いて止めた。

「殿下からの問いかけを無視するとはいい度胸だね」

 にこりと笑ってはいるがそれが笑っているとは思わないユリウスは、はたと手を止めた。

「何も聞こえていなかった、すまない」
「少し休憩しようと言ったんだよ。お茶の時間にしよう。皆も少し休んでくれ」

 メイドが入れた紅茶を飲みながらソファに移動した三人の中で、アランとイヴは互いに目配せをしながら、やがてアランが口を開いた。

「それで、愛しの婚約者とは喧嘩をしてきたのかな?」

 ユリウスからの返事はない。イヴは溜息をつくとアランの言葉に続けるように言った。

「サンチェス領に向かった事は殿下には話しているんだよ。だって君はすぐにサンチェス領に行ってしまったから仕方ないだろう?」

 紅茶にも手を付けず、返事もしないユリウスは明らかに異常だった。何を聞かれても話す気はないという意思表示のように、じっと机の一点を見つめていた。

「陛下がユリウスの新たな婚約者を選定したというのは本当なのかな?」
「ユリウス! 本当なのか?」

 慌てて立ったイヴの膝が机に当たる。その時初めてユリウスが顔を上げた。

「レティシアには子供がいた」
「「……」」

 二人共、言葉を失ったままユリウスを見つめた。

「聞きたかったんだろ? レティシアは俺に黙って他の男の子供を産んでいたんだよ」
「そんな馬鹿な……」

 アランは背もたれに倒れた。イヴも固まったまま動かない。そんな二人を見てユリウスは自嘲気味に笑った。

「二歳だったよ。レティシアをお母様と呼んでいたんだ」
「相手は? 父親は誰だ」
「知らない。聞いても答えなかった」
「二歳という事は、まだレティシアが王都に居た頃だな。調べれば相手が分かるかもしれない」

 イヴはぶつぶつと思案し出した所で、アランがイヴの膝を叩いて首を振った。

「それでお前はどうしたいんだ?」
「どうって……」
「このまま本当にレティシアと婚約を解消するのかと聞いているんだ」
「他の男の子を産んだ女を娶れと?」

 怒りを顕にするユリウスに、アランは続けた。

「だからお前はどうしたいかと聞いているんだ。婚約中に妊娠するなど、お前を裏切ったんだ。然るべき罰を与える事も出来る。相手の男を見つけてその者を罰する事も出来るし、事を荒立てない事も出来る。私はいつでもお前の味方だから協力すると言っているんだ」
「俺は……」

 ユリウスの目に涙が溜まっていく。

「俺はレティシアと結婚したかったんだ。本当に、本当に……」
「子供を引き離して妻にするか?」
「それでも裏切った事実も、子供がいる事実も変わらないじゃないか」

 イヴは確かめるようにユリウスに近付いた。

「と言う事はお咎めなしか? お前はそれでいいのか?」

 ユリウスは返事をせずに部屋を出ていった。

「アラン様はどう思います? 今の話」

 イヴはぬるくなった紅茶を飲みながら、深い溜息をついた。

「まさかレティシアがそんな女性だったとは思えないのですが」
「少し調べてみる必要がありそうだな」
「でも、もし本当にレティシアがユリウスを裏切っていたら?」

「その時はそれ相応の罰を受けてもらう。友人を傷つけた罰だよ」

 イヴは久しぶりに見たアランの怒りを湛えた表情にごくりと息を飲むと、頷いた。
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