9 / 20
9 葛藤
しおりを挟む
アランの執務室では、気まずい沈黙が続いていた。
サンチェス領から戻ってきたユリウスは今までにも増して黙々と仕事をこなし、イヴの仕事まで手を付けそうになった所でさすがにアランが声を掛けた。
「ユリウス、少し休憩しろ」
しかしその声も聞こえてはいない。すると、イヴは書類の上に手を置いて止めた。
「殿下からの問いかけを無視するとはいい度胸だね」
にこりと笑ってはいるがそれが笑っているとは思わないユリウスは、はたと手を止めた。
「何も聞こえていなかった、すまない」
「少し休憩しようと言ったんだよ。お茶の時間にしよう。皆も少し休んでくれ」
メイドが入れた紅茶を飲みながらソファに移動した三人の中で、アランとイヴは互いに目配せをしながら、やがてアランが口を開いた。
「それで、愛しの婚約者とは喧嘩をしてきたのかな?」
ユリウスからの返事はない。イヴは溜息をつくとアランの言葉に続けるように言った。
「サンチェス領に向かった事は殿下には話しているんだよ。だって君はすぐにサンチェス領に行ってしまったから仕方ないだろう?」
紅茶にも手を付けず、返事もしないユリウスは明らかに異常だった。何を聞かれても話す気はないという意思表示のように、じっと机の一点を見つめていた。
「陛下がユリウスの新たな婚約者を選定したというのは本当なのかな?」
「ユリウス! 本当なのか?」
慌てて立ったイヴの膝が机に当たる。その時初めてユリウスが顔を上げた。
「レティシアには子供がいた」
「「……」」
二人共、言葉を失ったままユリウスを見つめた。
「聞きたかったんだろ? レティシアは俺に黙って他の男の子供を産んでいたんだよ」
「そんな馬鹿な……」
アランは背もたれに倒れた。イヴも固まったまま動かない。そんな二人を見てユリウスは自嘲気味に笑った。
「二歳だったよ。レティシアをお母様と呼んでいたんだ」
「相手は? 父親は誰だ」
「知らない。聞いても答えなかった」
「二歳という事は、まだレティシアが王都に居た頃だな。調べれば相手が分かるかもしれない」
イヴはぶつぶつと思案し出した所で、アランがイヴの膝を叩いて首を振った。
「それでお前はどうしたいんだ?」
「どうって……」
「このまま本当にレティシアと婚約を解消するのかと聞いているんだ」
「他の男の子を産んだ女を娶れと?」
怒りを顕にするユリウスに、アランは続けた。
「だからお前はどうしたいかと聞いているんだ。婚約中に妊娠するなど、お前を裏切ったんだ。然るべき罰を与える事も出来る。相手の男を見つけてその者を罰する事も出来るし、事を荒立てない事も出来る。私はいつでもお前の味方だから協力すると言っているんだ」
「俺は……」
ユリウスの目に涙が溜まっていく。
「俺はレティシアと結婚したかったんだ。本当に、本当に……」
「子供を引き離して妻にするか?」
「それでも裏切った事実も、子供がいる事実も変わらないじゃないか」
イヴは確かめるようにユリウスに近付いた。
「と言う事はお咎めなしか? お前はそれでいいのか?」
ユリウスは返事をせずに部屋を出ていった。
「アラン様はどう思います? 今の話」
イヴはぬるくなった紅茶を飲みながら、深い溜息をついた。
「まさかレティシアがそんな女性だったとは思えないのですが」
「少し調べてみる必要がありそうだな」
「でも、もし本当にレティシアがユリウスを裏切っていたら?」
「その時はそれ相応の罰を受けてもらう。友人を傷つけた罰だよ」
イヴは久しぶりに見たアランの怒りを湛えた表情にごくりと息を飲むと、頷いた。
サンチェス領から戻ってきたユリウスは今までにも増して黙々と仕事をこなし、イヴの仕事まで手を付けそうになった所でさすがにアランが声を掛けた。
「ユリウス、少し休憩しろ」
しかしその声も聞こえてはいない。すると、イヴは書類の上に手を置いて止めた。
「殿下からの問いかけを無視するとはいい度胸だね」
にこりと笑ってはいるがそれが笑っているとは思わないユリウスは、はたと手を止めた。
「何も聞こえていなかった、すまない」
「少し休憩しようと言ったんだよ。お茶の時間にしよう。皆も少し休んでくれ」
メイドが入れた紅茶を飲みながらソファに移動した三人の中で、アランとイヴは互いに目配せをしながら、やがてアランが口を開いた。
「それで、愛しの婚約者とは喧嘩をしてきたのかな?」
ユリウスからの返事はない。イヴは溜息をつくとアランの言葉に続けるように言った。
「サンチェス領に向かった事は殿下には話しているんだよ。だって君はすぐにサンチェス領に行ってしまったから仕方ないだろう?」
紅茶にも手を付けず、返事もしないユリウスは明らかに異常だった。何を聞かれても話す気はないという意思表示のように、じっと机の一点を見つめていた。
「陛下がユリウスの新たな婚約者を選定したというのは本当なのかな?」
「ユリウス! 本当なのか?」
慌てて立ったイヴの膝が机に当たる。その時初めてユリウスが顔を上げた。
「レティシアには子供がいた」
「「……」」
二人共、言葉を失ったままユリウスを見つめた。
「聞きたかったんだろ? レティシアは俺に黙って他の男の子供を産んでいたんだよ」
「そんな馬鹿な……」
アランは背もたれに倒れた。イヴも固まったまま動かない。そんな二人を見てユリウスは自嘲気味に笑った。
「二歳だったよ。レティシアをお母様と呼んでいたんだ」
「相手は? 父親は誰だ」
「知らない。聞いても答えなかった」
「二歳という事は、まだレティシアが王都に居た頃だな。調べれば相手が分かるかもしれない」
イヴはぶつぶつと思案し出した所で、アランがイヴの膝を叩いて首を振った。
「それでお前はどうしたいんだ?」
「どうって……」
「このまま本当にレティシアと婚約を解消するのかと聞いているんだ」
「他の男の子を産んだ女を娶れと?」
怒りを顕にするユリウスに、アランは続けた。
「だからお前はどうしたいかと聞いているんだ。婚約中に妊娠するなど、お前を裏切ったんだ。然るべき罰を与える事も出来る。相手の男を見つけてその者を罰する事も出来るし、事を荒立てない事も出来る。私はいつでもお前の味方だから協力すると言っているんだ」
「俺は……」
ユリウスの目に涙が溜まっていく。
「俺はレティシアと結婚したかったんだ。本当に、本当に……」
「子供を引き離して妻にするか?」
「それでも裏切った事実も、子供がいる事実も変わらないじゃないか」
イヴは確かめるようにユリウスに近付いた。
「と言う事はお咎めなしか? お前はそれでいいのか?」
ユリウスは返事をせずに部屋を出ていった。
「アラン様はどう思います? 今の話」
イヴはぬるくなった紅茶を飲みながら、深い溜息をついた。
「まさかレティシアがそんな女性だったとは思えないのですが」
「少し調べてみる必要がありそうだな」
「でも、もし本当にレティシアがユリウスを裏切っていたら?」
「その時はそれ相応の罰を受けてもらう。友人を傷つけた罰だよ」
イヴは久しぶりに見たアランの怒りを湛えた表情にごくりと息を飲むと、頷いた。
354
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~
山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。
この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。
父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。
顔が良いから、女性にモテる。
わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!?
自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。
*沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
【完結】探さないでください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。
貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。
あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。
冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。
複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。
無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。
風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。
だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。
今、私は幸せを感じている。
貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。
だから、、、
もう、、、
私を、、、
探さないでください。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる