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7 我が家
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ようやく見えてきた見慣れた街並みに、前の座席からはアンナの嬉しそうな声が聞こえてきた。
「お嬢様! もうすぐ家ですよ! 我が家ですーー!」
感極まったような声に、レティシアも思わず窓から外を見た。まばらだった家が次第に密集していき、やがて大きな街を形成している。小高い丘に建っている屋敷が豆粒のように目に入った瞬間、レティシアは思わず目に涙が滲んだ。フランが心配そうに覗き込んでくる様子に心配かけまいと涙を拭き取ると、目を瞑ったままのロイに声を掛けた。
「ロイ、ようやく街に着いたわよ! すぐに屋敷にお医者様を呼ぶからね」
屋敷に着くなり、家の者達がぞろぞろと飛び出してくる。この時間にもこれだけの人々が起きているという事は、寝ずの番をしていたのだと想像がついた。メイド長のアレッサはフラン達を一瞥した後、馬車の中を見て小さく溜息をついた。
「原因はこれですか」
ロイを見るなり、使用人達に声を掛け屋敷の中に運び込ませる。そしてロジェの頬を思い切り叩いた。乾いた音が玄関前に響く。レティシアは思わず口を押さえて二人を見た。
「アレッサ! ロジェのせいじゃないわ!」
「いいえお嬢様。この事態の全てはこの者の責任です。レティシア様をご無事にこの屋敷まで送り届ける事がこの者達に課した責任だったのです。何か反論は?」
「……ありません。申し訳ございませんでした」
「ロジェ! 悪いのはあの峠の盗賊達よ!」
「盗賊に襲われたのですか!? お前達が付いていながらなんという失態ですか!」
アレッサは再びロジェの頬を殴ろうとした。しかしレティシアはその間に入ってロジェの前に立つと、アレッサは何か言いたげに、それでも何も言わずに屋敷の中へと戻ってしまった。ふと足を止めたアレッサは応接間を指差した。
「お嬢様はこちらへ」
不思議に思いながら応接間を覗くとカウチにこんもりと出来た膨らみがある。その膨らみを見た瞬間、涙が溢れていた。
「エミリー!」
駆け出してすぐに床に座り込むと、毛布を鼻まですっぽりと被っていたエミリーは寝ぼけ眼でレティシアを見た。
「おかあさま?」
その瞬間、ガバっと起き上がりレティシアにしがみついてきた。眠っていた体温の高い身体がしがみついてくる。大声で泣きながら全力で抱きついてくるエミリーをレティシアも力一杯抱き締めた。
「ごめんなさい、遅くなって心配したよね」
エミリーは言葉にならない言葉を言いながらぐりぐりと頭を擦りつけてくる。その後ろに立ったカトリーヌは小さく笑いながら言った。
「本邸から迂回して帰宅するという手紙は届いていたのですが、それでもさすがに遅いのではと心配していたのですよ。昨日はここに寝てお母様を待つと言って聞かなかったんです」
長く柔らかい金色の髪を撫でながらレティシアも涙が溢れた。
「それにしても、お嬢様は湯浴みはされていないのですか?」
アレッサの冷静な声にハッとすると、腕の中のエミリーも顔を上げた。
「おかあさまおふろは? くちゃい」
確かにドレスは汚れていたし、医者の家で濡れた布を借りて身体を拭いたくらいで、風呂に入ったのは峠を超える前に立ち寄った宿屋が最後だった。レティシアはエミリーの身体を離そうとしたが、エミリーは更にくっついてきた。
「昨晩はエミリー様も入浴は拒んでおられたのです。すぐに準備致しますので、ご一緒に入られてはいかがですか?」
「エミリー、お母様と一緒にお風呂に入ろっか?」
するとエミリーは嬉しそうに頷いた。
アレッサは客間の扉を叩くと、中にいたロジェとフランは気まずそうに顔を逸した。
「ロイの様子は私が見ているから、あなた達も使用人棟に行ってお風呂に入って着替えていらっしゃい。間もなくお医者様も来るわ」
「側にいる。もうすぐ目が覚めるかもしれないから」
そういうフランの腕を引き、立ち上がらせた。
「そんな汚い格好で屋敷の中をウロウロされたら困ると言っているのよ。この部屋だってレティシア様が寛容だからすぐに寝かせられるお部屋を使わせて下さったの。今回は運が良かっただけよ。本当なら盗賊に襲われた時に殺されていたか、女のあなた達はどこかに売り飛ばされていたかもしれないのよ。お嬢様を危険な目に遭わせてしまったという自覚が全く足りていないようね」
アレッサの言葉に、ロジェは拳を握り締めた。
「ロイの心配はしないんですね。ずっと目を覚まさないのに心は痛みませんか?」
鋭い視線を受けてもロジェは引くことなく続けた。
「ロイはまだ十六歳で生死の境を彷徨っているんですよ。俺達はともかく、ロイはあなたの子供でしょう!」
「私はこの家のメイド長よ。この屋敷を守る事以上に優先するべき事などないの」
アレッサはロジェとフランを部屋から出るように言うと、ロイの側に腰掛けた。
「あなたに何があっても私の優先順位は変わらないのよ。今も昔もね」
「お嬢様! もうすぐ家ですよ! 我が家ですーー!」
感極まったような声に、レティシアも思わず窓から外を見た。まばらだった家が次第に密集していき、やがて大きな街を形成している。小高い丘に建っている屋敷が豆粒のように目に入った瞬間、レティシアは思わず目に涙が滲んだ。フランが心配そうに覗き込んでくる様子に心配かけまいと涙を拭き取ると、目を瞑ったままのロイに声を掛けた。
「ロイ、ようやく街に着いたわよ! すぐに屋敷にお医者様を呼ぶからね」
屋敷に着くなり、家の者達がぞろぞろと飛び出してくる。この時間にもこれだけの人々が起きているという事は、寝ずの番をしていたのだと想像がついた。メイド長のアレッサはフラン達を一瞥した後、馬車の中を見て小さく溜息をついた。
「原因はこれですか」
ロイを見るなり、使用人達に声を掛け屋敷の中に運び込ませる。そしてロジェの頬を思い切り叩いた。乾いた音が玄関前に響く。レティシアは思わず口を押さえて二人を見た。
「アレッサ! ロジェのせいじゃないわ!」
「いいえお嬢様。この事態の全てはこの者の責任です。レティシア様をご無事にこの屋敷まで送り届ける事がこの者達に課した責任だったのです。何か反論は?」
「……ありません。申し訳ございませんでした」
「ロジェ! 悪いのはあの峠の盗賊達よ!」
「盗賊に襲われたのですか!? お前達が付いていながらなんという失態ですか!」
アレッサは再びロジェの頬を殴ろうとした。しかしレティシアはその間に入ってロジェの前に立つと、アレッサは何か言いたげに、それでも何も言わずに屋敷の中へと戻ってしまった。ふと足を止めたアレッサは応接間を指差した。
「お嬢様はこちらへ」
不思議に思いながら応接間を覗くとカウチにこんもりと出来た膨らみがある。その膨らみを見た瞬間、涙が溢れていた。
「エミリー!」
駆け出してすぐに床に座り込むと、毛布を鼻まですっぽりと被っていたエミリーは寝ぼけ眼でレティシアを見た。
「おかあさま?」
その瞬間、ガバっと起き上がりレティシアにしがみついてきた。眠っていた体温の高い身体がしがみついてくる。大声で泣きながら全力で抱きついてくるエミリーをレティシアも力一杯抱き締めた。
「ごめんなさい、遅くなって心配したよね」
エミリーは言葉にならない言葉を言いながらぐりぐりと頭を擦りつけてくる。その後ろに立ったカトリーヌは小さく笑いながら言った。
「本邸から迂回して帰宅するという手紙は届いていたのですが、それでもさすがに遅いのではと心配していたのですよ。昨日はここに寝てお母様を待つと言って聞かなかったんです」
長く柔らかい金色の髪を撫でながらレティシアも涙が溢れた。
「それにしても、お嬢様は湯浴みはされていないのですか?」
アレッサの冷静な声にハッとすると、腕の中のエミリーも顔を上げた。
「おかあさまおふろは? くちゃい」
確かにドレスは汚れていたし、医者の家で濡れた布を借りて身体を拭いたくらいで、風呂に入ったのは峠を超える前に立ち寄った宿屋が最後だった。レティシアはエミリーの身体を離そうとしたが、エミリーは更にくっついてきた。
「昨晩はエミリー様も入浴は拒んでおられたのです。すぐに準備致しますので、ご一緒に入られてはいかがですか?」
「エミリー、お母様と一緒にお風呂に入ろっか?」
するとエミリーは嬉しそうに頷いた。
アレッサは客間の扉を叩くと、中にいたロジェとフランは気まずそうに顔を逸した。
「ロイの様子は私が見ているから、あなた達も使用人棟に行ってお風呂に入って着替えていらっしゃい。間もなくお医者様も来るわ」
「側にいる。もうすぐ目が覚めるかもしれないから」
そういうフランの腕を引き、立ち上がらせた。
「そんな汚い格好で屋敷の中をウロウロされたら困ると言っているのよ。この部屋だってレティシア様が寛容だからすぐに寝かせられるお部屋を使わせて下さったの。今回は運が良かっただけよ。本当なら盗賊に襲われた時に殺されていたか、女のあなた達はどこかに売り飛ばされていたかもしれないのよ。お嬢様を危険な目に遭わせてしまったという自覚が全く足りていないようね」
アレッサの言葉に、ロジェは拳を握り締めた。
「ロイの心配はしないんですね。ずっと目を覚まさないのに心は痛みませんか?」
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「ロイはまだ十六歳で生死の境を彷徨っているんですよ。俺達はともかく、ロイはあなたの子供でしょう!」
「私はこの家のメイド長よ。この屋敷を守る事以上に優先するべき事などないの」
アレッサはロジェとフランを部屋から出るように言うと、ロイの側に腰掛けた。
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