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4 夜逃げするように
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王都の屋敷に戻り書斎に飛び込むと、父親は待っていたかのように抱き締めてきた。
思ってもみなかった反応に、怒るつもりでいたレティシアは抱き締められたまま呆然としていた。
「すまなかったな、レティシア。力及ばずの父を許してくれ」
「……生涯領地から出るなとのご命令でした。お父様にもすでにお話はしていると、そう仰っておりました」
「お前が来る前に婚約破棄の書類にはすでにサインをしてきた。馬車の準備は出来ているからお前は急ぎ領地に戻りなさい。ユリウス様が戻られる前に出た方がいい」
「でもユリウスが諦めるとは思えません!」
すると、父親は優しい手付きで頭を撫でてきた。
「諦められないのはお前の方だろう? 誰も陛下のご決定には逆らえないのだよ。それに陛下が自ら采配されたのならきっとヴィンター侯爵家にとって最良のお相手なのだろう」
レティシアは何も言えないまま父親の腕の中から出ると、書斎を後にしようとした。
「待つんだ! ……やはり出発は後にしよう。ユリウス様の事だ、お前が城にいないと分かればすぐにここへ探しに来るに違いない。今出発して下手をしたら追いつかれてしまうかもしれん。お前は使用人部屋に隠れておいで。真夜中に出発しなさい」
「ひと目だけでもユリウス様にお会いしてはいけませんか?」
「陛下のお言葉に逆らうつもりか? ……お前まで私を裏切るのか?」
「そんなつもりはありません! ですがせめてユリウス様とお別れを……」
「私の娘はもうお前一人だけなんだ。我儘を言わないでくれ」
視線はレティシアを見てはいない。呟くようにそう言う父親から目を逸らすと、レティシアは書斎を飛び出した。
とっぷり日が暮れた頃、玄関から怒声が上がった。レティシアは灯りを消した一階の使用人部屋で、アンナと二人息を潜めていた。使用人部屋は一階だが屋敷の端にある為、何を話しているかまでは聞こえない。それでもユリウスの声だという事はすぐに分かった。それだけで胸が苦しくなる。父親とユリウスの言い争う声が屋敷に響いている。本当は今すぐにここを飛び出してユリウスの元に行きたい。でもそれは叶わない。無意識にアンナの手をきつく握り締めながら何度も小さく謝り続けた。
「ごめんなさい、ユリウス。ごめんなさい」
「お嬢様……」
アンナがきつく体を抱き寄せてくる。堪らずドアを少しだけ開いた。
「今から直接領地に向かいます。そこで直接レティシアと話をしてきます!」
「陛下はユリウス様に新しい縁談をご準備され、もうレティシアとは会わないようにと仰っていたはずです」
「俺はレティシアとの婚約を解消する気はありません!」
「やれやれ。先程から何度この問答をしたことか。ユリウス様にその権限はございませんよ」
「ユリウス、少し冷静になろう。サンチェス伯爵申し訳ございません。後日また出直させて頂きます」
「イヴ! 俺はまだ帰らないぞ!」
「ユリウス様に新しい婚約者が出来る事を、レティシアも納得して領地へと帰ったのです。どうかもうそっとしておいて頂きたい」
「ちがッ」
服の裾をアンナに引かれて声を引っ込める。じんわりと涙が出てくるのを我慢しながら、初めて聞くユリウスの鬼気迫った声に震えた。
「レティシアと直接話すまでは信じません」
「ユリウス様、あなた様の為に申しているのです。今後のヴィンター侯爵家の繁栄と安泰を考えれば、お受けする以外に最良の選択がありましょうか。そこまで娘を思って下さるのは父としては嬉しく思いますが、好き嫌いだけで結婚出来ないのが我々の生きる世界のはずです。それはお分かりでしょう? 我々には縁がなかったのですよ」
ユリウスの声が聞こえてこない。そして小さな声でのやり取りが幾つかあった後、玄関のドアが閉まる音がした。
しばらくして扉を叩く音がし隙間を開けると、そこには呆れ顔をの父親が立っていた。
「ユリウス様があんなに頑固だったとはな。さあ、もう少ししたら出発するんだ。道は少し遠回りになるが迂回する道を通るように御者には伝えてあるから、気をつけて行きなさい」
「でもユリウス様も領地に向かうんじゃありませんか?」
「それはイヴ子爵が止めて下さったよ。さすがに陛下の勅命に逆らえばヴィンター侯爵家も、ヴァルト子爵も終わりだからな」
廊下の肖像画を見ながらレティシアは涙を堪えた。
――お母様、私はどうしたらいいの。
肖像画の女性はまだ若く、どちらかというと妹のミランダに良く似ている。だからなのかもしれない。亡き妻によく似ているミランダが父親の知れない子を産み、そして失踪してしまった。父親の心の傷を思うとレティシアにはどうしても非情になれない部分があった。
台所の裏口から外へ出ると、一気に冷えた空気が全身を通り抜けていく。すでに控えていた兵士とメイドに促され、アンナと共に馬車へと入っていく。真夜中、鞭の音と共に車輪がゆっくりと軋む音を立てて動き始めた。
馬車の中に用意されていた毛布を肩から掛けると窓のカーテンを避けて外をそっと覗く。小窓から御者が声を掛けてきた。
「遠回りを致しますので、体調が少しでも優れない時にはご無理をなさらず仰って下さいね」
レティシアは頷くと毛布の中に蹲った。
思ってもみなかった反応に、怒るつもりでいたレティシアは抱き締められたまま呆然としていた。
「すまなかったな、レティシア。力及ばずの父を許してくれ」
「……生涯領地から出るなとのご命令でした。お父様にもすでにお話はしていると、そう仰っておりました」
「お前が来る前に婚約破棄の書類にはすでにサインをしてきた。馬車の準備は出来ているからお前は急ぎ領地に戻りなさい。ユリウス様が戻られる前に出た方がいい」
「でもユリウスが諦めるとは思えません!」
すると、父親は優しい手付きで頭を撫でてきた。
「諦められないのはお前の方だろう? 誰も陛下のご決定には逆らえないのだよ。それに陛下が自ら采配されたのならきっとヴィンター侯爵家にとって最良のお相手なのだろう」
レティシアは何も言えないまま父親の腕の中から出ると、書斎を後にしようとした。
「待つんだ! ……やはり出発は後にしよう。ユリウス様の事だ、お前が城にいないと分かればすぐにここへ探しに来るに違いない。今出発して下手をしたら追いつかれてしまうかもしれん。お前は使用人部屋に隠れておいで。真夜中に出発しなさい」
「ひと目だけでもユリウス様にお会いしてはいけませんか?」
「陛下のお言葉に逆らうつもりか? ……お前まで私を裏切るのか?」
「そんなつもりはありません! ですがせめてユリウス様とお別れを……」
「私の娘はもうお前一人だけなんだ。我儘を言わないでくれ」
視線はレティシアを見てはいない。呟くようにそう言う父親から目を逸らすと、レティシアは書斎を飛び出した。
とっぷり日が暮れた頃、玄関から怒声が上がった。レティシアは灯りを消した一階の使用人部屋で、アンナと二人息を潜めていた。使用人部屋は一階だが屋敷の端にある為、何を話しているかまでは聞こえない。それでもユリウスの声だという事はすぐに分かった。それだけで胸が苦しくなる。父親とユリウスの言い争う声が屋敷に響いている。本当は今すぐにここを飛び出してユリウスの元に行きたい。でもそれは叶わない。無意識にアンナの手をきつく握り締めながら何度も小さく謝り続けた。
「ごめんなさい、ユリウス。ごめんなさい」
「お嬢様……」
アンナがきつく体を抱き寄せてくる。堪らずドアを少しだけ開いた。
「今から直接領地に向かいます。そこで直接レティシアと話をしてきます!」
「陛下はユリウス様に新しい縁談をご準備され、もうレティシアとは会わないようにと仰っていたはずです」
「俺はレティシアとの婚約を解消する気はありません!」
「やれやれ。先程から何度この問答をしたことか。ユリウス様にその権限はございませんよ」
「ユリウス、少し冷静になろう。サンチェス伯爵申し訳ございません。後日また出直させて頂きます」
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「ユリウス様に新しい婚約者が出来る事を、レティシアも納得して領地へと帰ったのです。どうかもうそっとしておいて頂きたい」
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服の裾をアンナに引かれて声を引っ込める。じんわりと涙が出てくるのを我慢しながら、初めて聞くユリウスの鬼気迫った声に震えた。
「レティシアと直接話すまでは信じません」
「ユリウス様、あなた様の為に申しているのです。今後のヴィンター侯爵家の繁栄と安泰を考えれば、お受けする以外に最良の選択がありましょうか。そこまで娘を思って下さるのは父としては嬉しく思いますが、好き嫌いだけで結婚出来ないのが我々の生きる世界のはずです。それはお分かりでしょう? 我々には縁がなかったのですよ」
ユリウスの声が聞こえてこない。そして小さな声でのやり取りが幾つかあった後、玄関のドアが閉まる音がした。
しばらくして扉を叩く音がし隙間を開けると、そこには呆れ顔をの父親が立っていた。
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「でもユリウス様も領地に向かうんじゃありませんか?」
「それはイヴ子爵が止めて下さったよ。さすがに陛下の勅命に逆らえばヴィンター侯爵家も、ヴァルト子爵も終わりだからな」
廊下の肖像画を見ながらレティシアは涙を堪えた。
――お母様、私はどうしたらいいの。
肖像画の女性はまだ若く、どちらかというと妹のミランダに良く似ている。だからなのかもしれない。亡き妻によく似ているミランダが父親の知れない子を産み、そして失踪してしまった。父親の心の傷を思うとレティシアにはどうしても非情になれない部分があった。
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馬車の中に用意されていた毛布を肩から掛けると窓のカーテンを避けて外をそっと覗く。小窓から御者が声を掛けてきた。
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