聖女だった私

山田ランチ

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28 婚約者と聖女

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 騒がしい食堂の前を通り過ぎたハイスは、凍りついたように後ろ足のまま食堂の前に戻った。ゆっくり中を見るとその渦中には神殿に着くなり置き去りにしてきた婚約者候補の姿があった。
 ルイーズは神官達に囲まれて和やかに話をしている。周りを囲む神官達も美しいルイーズを前に神官らしからぬだらしない表情をしていた。

「待たせてすまなかった」

 何気なく近づいていくと、ルイーズは満面の笑みを浮かべて微笑んだ。ハイスは一瞬身震いをするとぎこちなく微笑み返した。

「皆様がお話相手になってくださいましたから、私ちっとも退屈なんてしておりません。それよりも大変興味深いお話も聞けましたしむしろ有意義でしたわ」
「とりあえず部屋へ案内しよう。本来なら我が家へ招くつもりだったが、事情があってしばらくは神殿に滞在してもらう事になりそうなのだがいいだろうか」
「私の意見は通りますか?」
「すまないが今は通らない。しばらくはここに居てもらう事になりそうだ」
「それならそうと仰ってくだされば宜しいのですよ」
「ルイーズ様は寛容でいらっしゃる! こんなに美しくてお優しいお方を伴侶に持てるなんて神官長が羨ましいです!」

 がやがやと騒がしくなる食堂をルイーズを促して足早に出ると、ふと廊下で足を止めた。

「すまないルイーズ。どうしても急ぎの用があったとはいえ、君をあの場に置き去りにしてしまったのは本当に悪かったと思っている」

 しかし返事はなく、ルイーズはじっとハイスを見つめていた。

「ルイーズ?」
「私の名前まで忘れてしまいましたの?」
「だからルイーズと」
「ルウと呼んで下さいと申し上げました」
「あ、ああそうだったな。ルウ、本当にすまなかった」

 するとルイーズは小さく溜息を付いた後に、周りを見渡して言った。

「置き去りにされたのは正直面白くありませんでしたが、事情は先程神官の皆様にお伺い致しました。聖女様が戻られたとか。私もハイス様がずっと聖女様を探されていたのは存じ上げております。たまたま状況が重なってしまったのだと納得しております」
「君は本当に出来た人だな。大抵の貴族令嬢はこんな事をしたら怒り狂ってしまうというのに」
「そうなのですか?」
「私もよくは分からないが、友人から聞いた話だと機嫌を取るのがとても大変だそうだよ。美味しい食事を出したり贈り物をしたり、毎日花を送ったり、詩を書いたりする者もいるらしい」

 するとルイーズはわざとらしくぷいっとそっぽを向いてしまった。

「私本当はとても怒っているのです! そうですね、ハイス様の詩を送って頂けますか?」
「……今の中から選んだのは詩なのか? 宝石などではなく?」
「正直言って夜会にも出ない私には宝石など必要ございません。それよりも娯楽が少ないのでどちらかというと詩や本の贈り物の方が私としては嬉しいのですね」

 そう言い切ったあと、ルイーズと二人顔を見合わせて笑った。

「ルウみたいな令嬢は初めてだ」
「本当は怒ってなどおりませんからご心配なく。それと豪華な部屋も必要ございませんよ。愛馬と共に厩で寝た事もございますからね」

 しかし案内した部屋を見てルイーズはしばらく立ち尽くしていた。

「ルウ? どうかしたか?」

 ハイスは蝋燭の火を燭台に灯していきながら、立ち尽くしているルイーズを見た。

「やはりもっと綺麗な部屋がいいだろうがここではこれが限界……」

 その瞬間、ルイーズは部屋の中に飛び込んできた。そのままクルクルと部屋の中を見て回ると、嬉しそうにハイスの前に来た。

「凄く素敵です! こんなに昔の物が揃ったお部屋があるなんて私、感動しています!」
「昔の物? 確かに神殿の歴史は古いからいつからあるのか分からない年代物がごろごろしているし、使える物は今でも使用しているから私達には馴染みのある物だが、そうした考えもあるかもしれない」
「あるかもしれないですって? 大ありですよ! この寝台だってこれだけ巧妙な細工、果たして今でも出来るかどうか。模様からするに大体二百年くらい前ではないでしょうか。その頃がよく彫刻でこの百合の花を好んで取り入れていた時代なのです。それからこの燭台もかなり年代物のように見えます。実家に持ち帰ってちゃんと調べたいくらいです!」
「ルウは骨董品が好きなのか?」
「そうですね、先程のお詫びの品の件は訂正致します。こういった類いの物でしたら喜んで受け取りますよ」
「検討しておくよ。後で侍女代わりの者に食事を持って来させるから、必要な物があればその者に言ってくれ。勝手が違くて申し訳ないが、少しの間辛抱してほしい」
「ハイス様はどちらへ?」

 若干目の泳いだハイスを見据えてルイーズは真正面に立った。

「最初が肝心ですからちゃんとお話しておきましょう。ハイス様、私の目的はここへ来る前にお話致しましたね。ハイス様とお会いしてみて、愛情がなくとも友情として関係を築いていけるのでは思っておりました。ですがもしハイス様が心にお決めになったお方がいるのなら、決して手放してはなりません。私は結婚よりも今はやるべき事がございます。ですが勝手を言って申し訳ないのですが、その道が見えるまでは王都に滞在したいと思っております」
「それは、もし私に相手がいたとしたらそちらにいけという事か? ルウはそれでいいのか? 貴族女性で未婚だと後々生きづらくなるだろう?」

 するとルイーズは声を上げて笑った。

「その時は何か事業でも致しますのでご安心ください。これでもしっかりと根回しはしているんですから」
「それはまあ、なんとなく想像出来るな」
「まあ! 短期間でそこまで私の事を分かってくださったのはハイス様が初めてです。くれぐれもこの婚約が仮だという事を周囲には知られませんように。宜しいですね?」
「お父上はどうする気だ?」
「お父様が一番厄介なのです! 絶対にこの結婚を成立させようとしているのですから。でも婚約してしまえばきっと安堵して監視の目も緩むはずですから、その時に探し人をなんとしても見つけ出したいと思います」
「私に出来る事であれば協力しよう」

 ハイスは手を前に出すと、薄明かりの中で凛々しく微笑むルイーズと握手を交わした。

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