聖女だった私

山田ランチ

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19 神殿の変化

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 その日いつも静かな神殿の前は慌ただしくなっていた。
 今回新しく神官見習いとして迎えたのは六名。受け入れると決まった時からこうなる事は分かりきっていた。

「この者は庶民です! なぜ私が相部屋にならなくてはならないのですか!」 

 問題は部屋の割り振りにあるようだった。神殿は身分に関係なく門を開いている。貴族であろうと信仰深い者はいるし、庶民は生活に恵まれた貴族達よりも現状の環境に不満がある者が多いせいか、信仰心はより一層強い者が多い。しかしどんな者も一度神殿の門をくぐれば本来身分の差はなく、誰もが平等でなくてはならない。しかしそれを分かっていても貴族出者達からすれば幼い頃から刷り込まれた貴族絶対主義というものが根付いている。それを安々と捨てられる訳もなく、だから今起きているやりとりは当然といえば当然の事のようにも思えた。
 その対応をするのが、二年目から三年目の神官の役目だった。明らかに興奮している貴族の青年に迫られて、庶民出の先輩神官達はうんざりとしていた。

「神官長を呼んできてもらうか」
「こんな事であの御方のお手を煩わせる気か? それに確か一昨日からの視察からまだ戻られていないだろ。俺達で収めるんだよ」

 二人の神官達は声を潜めながら、怒りに任せて顔を真赤にしている貴族出の男ではなく、対照的に落ち着いている赤い髪の青年の方に声を掛けた。神官になる為に田舎から出てきたという青年は気怠げに怒っている貴族の青年を見ていた。

「君は少しの間だけ大部屋でもいいだろうか」
「俺は正直寝床さえあればどこでもいい気んですけど」
「それじゃあ……」
「でも、もしそうしたらずっとそこに押し込まれたままですよね。なんでも最初が肝心だってばあちゃんが言っていたんでお断りです」

 はっきりとそう言われ、神官二人はぐうの音も出ないまま頭を抱えた。
 大部屋とは神官に与えられる部屋ではなく使用人部屋の事だった。四から五名が一緒の部屋は雑魚寝をする程度の広さしかない。そもそも神殿の使用人になるというのは身寄りのない子供達ばかり。戦争や病気、貧困や邪気のせいで親を失った子供達の行き場はほとんどの場合、孤児院か神殿かの二択しかない。孤児院によっては劣悪な環境がある中で、神殿は寝床と食事が確保された安全な場所と言えた。
 八年前までは十歳未満の子供には読み書きを中心とした学びを得られる環境が整えられていたが、今ではその年齢は引き上げられ、十五歳まで勉学に励む事が出来る新しい環境を、神官長になったハイスが整えたのだった。
 神官になる以外で十五歳になった時に継続して神殿で働きたいと思えば使用人として残ってもいいし、他の仕事を望めばそれまでに得た知識の範囲で可能な限り神官長直々に紹介状を書いてもらえる。公爵家出身の神官長だから出来る事でもあるが、そうした子供達の将来に必要な長期的な育成制度を確立した事によって、やがては民度そのものが上がると国王からもお墨付きを頂いていた。
 王都の神殿から始まった試みは、規模は違えど各地の神殿や施設へも広がりを見せ、それに比例するようにハイスの視察も増えていった。

 今もまさに視察から戻ったと思われるハイスが馬に乗ったまま門を過ぎた所だった。本来ならそのまま神殿の横にある厩に行くはずだが、情けない顔でハイスの姿を追っている神官達をその目に捉えると颯爽と馬を降りて近づいてきた。がっしりとした肩に掛けたマントが風に靡いている姿は、神官というよりも屈強な騎士に見える。祈るよりも戦っている方が似合う容姿をしていた。

「おかえりまさいませ、神官長様!」

 二人の神官の言葉にさっきまで言い争いをしていた貴族の青年は、取ってつけたような顔で姿勢良くハイスに向き直った。声を掛けられるまでそわそわとしていたが、すぐにハイスが芯の通った声で話しかけると敬礼をした。

「私はユリウス・ジラールと申します。ジラール伯爵家の次男です。お会い出来て光栄ですリンドブルム公爵閣下!」
「ここでは神官長と呼べ。だがあまり堅苦しいのは苦手なんだ。宜しくなユリウス。そしてお前は?」

 ハイスの意識はすぐに赤い髪の青年に向いてしまう。ユリウスは面白くなさそうにその青年を睨み付けた。

「俺はアレクです。庶民の出なので名字はないです」
「良い名だな。して、見る限り揉めていたようだが、何か不手際でもあったのだろうか?」
「不手際などとんでもない事です! 相部屋となったアレクと今から共に部屋に向かう所でした」
「誰かと同室はいいぞ、神官の朝は早いから相手がいれば起こしてもらえる。俺も何度叩き起こされたことか」
「神官長は個室ではなかったのですか?」
「個室を与えられる者は基本的にいないよ。部屋数も足りていないんだ。でもただ単に部屋数が足りないから相部屋にするという訳ではないぞ。誰かと共に暮すという事は楽しくもあり時にぶつかる事もある。だからこそ修行になるんだよ。祈り以外の時間にも学ぶべきところは沢山あるんだ。きっと家では教えてくれない事だらけだろうから楽しみにしていてくれ」 

 不思議そうに目を丸くしているユリウスの表情がじわじわと変わっていく。そして先程とは打って変わって爛々とした視線をアレクに向けた。

「宜しくな、同志よ」

――同志?!

 先輩神官やアレクの呆れに満ちた表情など意に介せず、ユリウスは一人分の荷物とは思えない山のような荷物を、そばで待機していた少年二人に合図をした。

「くれぐれも慎重に運んでくれよ」
「それにしても大層な荷物だな。それは全てユリウスのなのか? そしてアレクのはそれだけか?」 

 ハイスは二人の荷物を交互に見比べると小さく首を捻った。

「……まあ、とりあえずなにか不便があったらこの二人にいつでも言ってくれ。宜しく頼むぞ」

 そう言って手綱を引いて歩き出すハイスの背に声を掛けたのはアレクだった。

「あの! 聖騎士団は活動休止中だと聞きました。そうなると聖騎士になる事も出来ないって事ですか? 俺は聖騎士団になりたくてここに来たんです」
「邪気なき今、国の治安は城の騎士や兵士、街の兵団達が守っているのは知っているだろう。なぜわざわざ八年も前になくなった聖騎士団に入りたいんだ?」

 するとアレクは視線を伏せてから言った。

「いいんです、すみません。そもそも聖騎士にはなりたいといっても望んでなれるものじゃないですよね」
「そうだな。一朝一夕でなれるものでもないからまずは祈る事が大事だ。しかしもう二度と聖騎士の出番がない事を願っているよ」

 アレクは少ない荷物を抱え直すを、声を出す代わりに頭を下げた。
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