15 / 40
15 美しい場所の秘密
しおりを挟む
ネリ―は本当に精霊だった。
手を引かれて辿り着いたのは小さな可愛らしい家。後ろを振り向くと靄が立ち込めており、来た道が分からない。それでもネリ―はぐいぐいと手を引き家の中へと入って行ってしまった。
「嘘みたい……」
家の中は実際に暮らしていた家と同じ作りになっていた。それは聖女になる前に暮らしていた施設ではなく、祖母と二人で暮らしていた古い記憶の中にある小さな家だった。
覚えているのは、入り口を入ってすぐの丸いテ―ブルと少しぐらつく椅子が二脚。その奥に小さな寝台が置いてあり二人身を寄せ合って眠った。カ―テンは薄くて夜明けと共に目が覚めてしまう。でももっと眠っていたくて毛布の中に潜り込んでいたのを覚えていた。しかし祖母は七歳の時に忽然と姿を消した。そして二週間後、教会から来たと名乗る男達が現れた。祖母が消えた後はなんとか備蓄していた食材もほとんど食べており、七歳の子供には限界があった。教会から来た人達と対面した時には意識はすでに朦朧としていた。そして気がついた時には、今でも記憶に新しい施設にいた。それから少し大きくなって知ったのは、その施設は教会が運営するもので、主に邪気の犠牲になった者達の子供達が暮らせる場所だと聞いた時に、初めて祖母の死と理由を知ったのだった。
「懐かしい?」
「……どうしてネリ―が知っているの?」
「どうしてって僕達は二人でよくこの家や周りで遊んだじゃないか」
突然の言葉に思考が追いつかない。驚いてネリ―を見ると、少し困ったように眉を下げた。
「この家を見たらもしかしたらと思ったんだけれど、やっぱり覚えていないか」
「私達はそんなに昔から会っていたの?」
「そうだよ。僕はまだ生まれたばかりでこの姿じゃなかったけれどね」
「まさか人間の姿じゃなかったっていう事?」
「そうそう! 僕はそりゃもうとっても愛らしい姿をしていたんだよ」
楽しげに笑うネリ―の肩を掴むと、その顔を覗き込んだ。
「ちゃんと教えて欲しいの! もちろん幼かったというのもあるけれど、ネリ―の事も覚えていないし、祖母がなぜ邪気に飲まれたのかも分からないの!」
「ブリジットのおばあちゃんの事は僕も知っているよ。でも覚えていないなら無理に思い出さない方がいいんじゃないかな」
「もしかして何か知っている? それならちゃんと教えて」
「ごめん、ウンディ―ネ様にきつく言われているから駄目なんだ。話せないんだよ」
「それじゃあウンディ―ネ様にお伺いすればいいのね?」
するとネリ―は更に困ったように唸った。
「ウンディ―ネ様にお会いするのは、ウンディ―ネ様の意思がないと叶わないよ。今回はたまたまブリジットと交流を持とうとされていたから何度か会えていただけだからね。何年も会えていない妻達もいるくらいだから」
「テスラ様や他の奥様達は何も思わないのかしら」
「夫婦だけれど、相手は大精霊様なんだよ。妻になるっていうのはね、つまりは水の精霊への生贄っていう事なんだ」
そこで思考は止まってしまった。言葉の意味を考えた時、体が震え出していた。
「……私、もしかして死んでいるの?」
「ウンディ―ネ様と夫婦になれば生きられるよ」
満面の笑みとは裏腹にその言葉に選択肢はなかった。
ウンディ―ネは決定権はこちらにあるかのようは口振だった。夫婦にならなければ死んでしまうとは教えてくれなかった。それはウンディ―ネの優しさだったのだろうか。それとも夫婦にならないのならば死んでも構わないと思っていたのだろうか。
「出来れば話さずにウンディ―ネ様と夫婦になった方がいいと思ったんだけれど、やっぱりそれは難しかったかな。ねえウンディ―ネ様?」
とっさに後ろを振り返ると、誰も家に入ってきた気配はなかったのに、ウンディ―ネが立っていた。何を考えているのか分からない双眸が見下ろしてくる。
「今は私に会いに来てくれたという事でいいんですよね? ネリ―の話は本当でしょうか? 私はもう死んでいるのですか?」
「今はまだそのどちらでもない。どうするかはお前次第だよ」
「でも、私には死の記憶がありません」
「死の間際の記憶が無い事は別に珍しい事ではない。特に事故に遭った者はその衝撃で記憶を失う事の方が多いからな」
「もしも私が夫婦になる事を拒んだなら、私はどうなるのでしょうか」
「いずれ消えるだろう。ただ消滅の痛みはないと保証しよう」
「駄目だよ! ブリジット死なないでずっと僕と一緒にいてよ!」
ネリ―が懇願するように腕に縋り付いてくる。それでも顔を上げる事も声を出す事も出来なかった。
「猶予はある。ここにいる限りは時の流れには乗らないから好きなだけいるといい」
そういって踵を返すウンディ―ネの後ろ姿に思わず声を掛けていた。
「ずっと決めずにここにいることも出来ますか?」
「それを望むならそうすればいい。でも人間は変化を求める者だ。最初にそう言いながら、今までずっとここにいた者はいない」
そう言って去っていく背中はどこか寂しげに見えた。
手を引かれて辿り着いたのは小さな可愛らしい家。後ろを振り向くと靄が立ち込めており、来た道が分からない。それでもネリ―はぐいぐいと手を引き家の中へと入って行ってしまった。
「嘘みたい……」
家の中は実際に暮らしていた家と同じ作りになっていた。それは聖女になる前に暮らしていた施設ではなく、祖母と二人で暮らしていた古い記憶の中にある小さな家だった。
覚えているのは、入り口を入ってすぐの丸いテ―ブルと少しぐらつく椅子が二脚。その奥に小さな寝台が置いてあり二人身を寄せ合って眠った。カ―テンは薄くて夜明けと共に目が覚めてしまう。でももっと眠っていたくて毛布の中に潜り込んでいたのを覚えていた。しかし祖母は七歳の時に忽然と姿を消した。そして二週間後、教会から来たと名乗る男達が現れた。祖母が消えた後はなんとか備蓄していた食材もほとんど食べており、七歳の子供には限界があった。教会から来た人達と対面した時には意識はすでに朦朧としていた。そして気がついた時には、今でも記憶に新しい施設にいた。それから少し大きくなって知ったのは、その施設は教会が運営するもので、主に邪気の犠牲になった者達の子供達が暮らせる場所だと聞いた時に、初めて祖母の死と理由を知ったのだった。
「懐かしい?」
「……どうしてネリ―が知っているの?」
「どうしてって僕達は二人でよくこの家や周りで遊んだじゃないか」
突然の言葉に思考が追いつかない。驚いてネリ―を見ると、少し困ったように眉を下げた。
「この家を見たらもしかしたらと思ったんだけれど、やっぱり覚えていないか」
「私達はそんなに昔から会っていたの?」
「そうだよ。僕はまだ生まれたばかりでこの姿じゃなかったけれどね」
「まさか人間の姿じゃなかったっていう事?」
「そうそう! 僕はそりゃもうとっても愛らしい姿をしていたんだよ」
楽しげに笑うネリ―の肩を掴むと、その顔を覗き込んだ。
「ちゃんと教えて欲しいの! もちろん幼かったというのもあるけれど、ネリ―の事も覚えていないし、祖母がなぜ邪気に飲まれたのかも分からないの!」
「ブリジットのおばあちゃんの事は僕も知っているよ。でも覚えていないなら無理に思い出さない方がいいんじゃないかな」
「もしかして何か知っている? それならちゃんと教えて」
「ごめん、ウンディ―ネ様にきつく言われているから駄目なんだ。話せないんだよ」
「それじゃあウンディ―ネ様にお伺いすればいいのね?」
するとネリ―は更に困ったように唸った。
「ウンディ―ネ様にお会いするのは、ウンディ―ネ様の意思がないと叶わないよ。今回はたまたまブリジットと交流を持とうとされていたから何度か会えていただけだからね。何年も会えていない妻達もいるくらいだから」
「テスラ様や他の奥様達は何も思わないのかしら」
「夫婦だけれど、相手は大精霊様なんだよ。妻になるっていうのはね、つまりは水の精霊への生贄っていう事なんだ」
そこで思考は止まってしまった。言葉の意味を考えた時、体が震え出していた。
「……私、もしかして死んでいるの?」
「ウンディ―ネ様と夫婦になれば生きられるよ」
満面の笑みとは裏腹にその言葉に選択肢はなかった。
ウンディ―ネは決定権はこちらにあるかのようは口振だった。夫婦にならなければ死んでしまうとは教えてくれなかった。それはウンディ―ネの優しさだったのだろうか。それとも夫婦にならないのならば死んでも構わないと思っていたのだろうか。
「出来れば話さずにウンディ―ネ様と夫婦になった方がいいと思ったんだけれど、やっぱりそれは難しかったかな。ねえウンディ―ネ様?」
とっさに後ろを振り返ると、誰も家に入ってきた気配はなかったのに、ウンディ―ネが立っていた。何を考えているのか分からない双眸が見下ろしてくる。
「今は私に会いに来てくれたという事でいいんですよね? ネリ―の話は本当でしょうか? 私はもう死んでいるのですか?」
「今はまだそのどちらでもない。どうするかはお前次第だよ」
「でも、私には死の記憶がありません」
「死の間際の記憶が無い事は別に珍しい事ではない。特に事故に遭った者はその衝撃で記憶を失う事の方が多いからな」
「もしも私が夫婦になる事を拒んだなら、私はどうなるのでしょうか」
「いずれ消えるだろう。ただ消滅の痛みはないと保証しよう」
「駄目だよ! ブリジット死なないでずっと僕と一緒にいてよ!」
ネリ―が懇願するように腕に縋り付いてくる。それでも顔を上げる事も声を出す事も出来なかった。
「猶予はある。ここにいる限りは時の流れには乗らないから好きなだけいるといい」
そういって踵を返すウンディ―ネの後ろ姿に思わず声を掛けていた。
「ずっと決めずにここにいることも出来ますか?」
「それを望むならそうすればいい。でも人間は変化を求める者だ。最初にそう言いながら、今までずっとここにいた者はいない」
そう言って去っていく背中はどこか寂しげに見えた。
143
お気に入りに追加
781
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる