魔術師の恋〜力の代償は愛のようです〜

山田ランチ

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〈番外編 粉々の初恋〉5 侯爵家当主は侍女が好き過ぎる

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「分かっていたわよ?」

 意を決してフランツィスとの関係を離した相手は、あっけらかんとそう言ってのけた。

「あの、お嬢様は反対なさらないので?」
「私が? なぜ?」

 王妃となったエーリカは、現在公務と同時に王妃教育も受けている。ほんの僅かな休憩時間に話す事でもないと思ったが、相談しなくてはいけない事態に迫られていたのも事実だった。
 城の庭園でグレタの淹れた紅茶を飲みながらほっと息をつくエーリカの髪は染めていた茶色の髪色の部分は少しずつ切っている為、半分ピンクブロンド、半分茶色の不思議な色になっていた。当のエーリカは全く気にしてないようで、むしろ社交界では自分の髪とは違う色に染めて楽しむ染色の流行りの波が起こり始めていた。

「むしろよく我慢していたと思うわ。お兄様のグレタを見る目は誰もが気づいていたはずよ。でも当の本人達は近すぎて気が付かなかったのかしら」

 グレタは拳を握り締めると、エーリカの足元に跪いた。

「実は、フランツ様が私と、私と、け、け、けッ」
「け?」
「結婚をしようとしているようなのです!」
「おめでとう! グレタが私の姉になるのね。ふふ、凄く楽しみだわ。でもずっと家族みたいなものだったから特別に何か変わる訳でもないわね」
「無理に決まっています! 私は使用人ですよ? フランツ様は侯爵家当主なんです! 駄目なんですよ」
「何が駄目だって?」

 思わずエーリカの膝に縋り付いていた首根っこを掴まれ立たされると、後ろにはフランツィスが立っていた。その後ろには陛下もいる。陛下はすかさずエーリカの元に行くとその唇に口付けを落とし、頬を指で撫でていた。二人共溶けそうな程幸せそうな顔だと見惚れていると、後ろから現実に引き戻される冷えた声がした。

「それで、何が駄目だと言っていたんだ? まさか俺がこの間申し込んだ話じゃないだろうな?」
「うッ」
「うじゃない! お前はどうしてそう暴走するんだ。俺に任せろと言ったろう?」
「任せられません! 結婚なんて恐れ多くて出来ません! ごめんなさい、無理なんです!」

 思わず涙が溢れてきてしまう。いい年をして子供のように泣きそうになってしまい、グレタは首根っこを掴まれたまま俯いた。

「陛下、すみませんがしばらく席を外しても宜しいですか?」
「構わん。じっくりと話し合うといい」
「ありがとうございます。グレタ、行くぞ」

 腕を掴まれたまま王城の中に連れて行かれる。その間も通り過ぎる者達の視線が気になって俯いていると、いつの間にか宰相の執務室に放り込まれていた。扉が閉まった所で、フランツィスは小さく溜め息をついた。

「申し訳ありません」
「何に対しての謝罪だ」 
「色々です」
「……そんなに俺と結婚するのが嫌か?」
「嫌ではなくて無理なんです! もう生まれた時から無理だと決まっているんです! どんなに好きでも……」

 言っていると余計に悲しくなってくる。涙は止まる気配がなくて流したままにした。

「俺が無理を言ったから、嫌われたかと思った」
「嫌うなんてありえません! 私は生まれた時からフランツ様をお慕いしているのですから」
「生まれた時は大袈裟だろ」
「でも、初恋はフランツ様です」

 そっとしまい込まれる腕の感覚が、いつの間にかこの世で一番安心する場所になっていた。

「それなら頼むから無理だなんて言うな。お前にそんな事を言われたらアインホルン家は俺の代で終わってしまう」
「私と結婚しても終わってしまいますよ。使用人なんかと結婚したらアインホルン家がなんと言われるか考えただけでも恐ろしいです」
「俺ではなく、お前自身が批判される事はどうだ?」
「怖くないといえば嘘になりますが、フランツ様が言われるよりもましです」
「俺はお前が心無い言葉を浴びせられるのは嫌だ。でもお前を諦めるのはもっと嫌だ。だからお前も諦めないでほしい。守らせて欲しいと言いたいところだが、共に頑張ってくれないか?」

 とっさに顔を上げると、フランツィスの顔は悲しげに微笑んでいた。

「……分かりました。一緒に頑張ってあげます。守るとだけ言われたら不安でしたが、二人で努力するのなら良いのかもしれません。片方にだけ負荷がかかっていてはいつか潰れてしまいますが、共にならきっと乗り越えられます。多分」

 抱き締め返すと、フランツィスは更に強い力で抱き締めてきた。

「ああそうだ。忘れていそうだから確認しておくが、俺は侯爵家当主で宰相だからな。大抵の事からは先に守らせてくれ。更に言うと、結界を失ってから国中の支援はほとんど陛下とアインホルン家、フェーニクス家の連名で行っているから、俺が誰と結婚しようとそうそう不満の声は上がらないと思うぞ」
「フランツ様! 騙しましたね?」

 すると眼鏡の奥で屈託のない笑顔が浮かんだ。

「周りを固めたって当の本人が首を縦に振らないと意味がないだろ?」

 そう言って腰を持ち上げられると、机の上に座らさせる。腰の横に手を付いて迫ってくる顔から眼鏡を外すと、唇を重ね合わせた。
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