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51 守らなければならないものの為に
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大地の裂け目。
それがこの地を見た時に湧き上がった言葉だった。四ヶ月前、オルフェンと共にこの大公領に来て別れた。オルフェンはこの地を守り、自分は王都を守る為に。
「もうすぐで到着しますよ。足元に気を付けてくださいね」
亀裂近くの地面は酷いひび割れを起こしていた。確かに気を抜けば夜の視界の悪い中で隙間にはまり怪我をしてしまうかもしれない。割れた地面に気を付けながらヴィルヘルミナ帝国と目に見えて大地を分断している亀裂に到着しようとした頃、クラウスが足を止めた。
「何を見ても取り乱さないと約束してくれ」
ここまで来て今更何に驚くというのだろう。一際大きな亀裂の手前に突き出た石柱がある。そしてどこを探してもオルフェンの姿はない。その石柱は人ほどの高さで、近付くと次第に鼓動が速くなっていくのが分かる。とっさに振り返るとクラウスは申し訳なさそうに頷いた。オルフェンの姿をしたその石柱は、地面に向け何か呪文を発しているような表情で固まっていた。
「師匠! 生きてますよね? 私もずっと水の中にいたんです。信じられませんよね? だから師匠も四ヶ月も石になっていても生きているんでしょう?」
しかし返事はない。恐る恐る腕に触れると、ざらりとした質感に思わず手を離した。
「師匠目を覚まして! 最強の結界魔術師オルフェンが石になった位で死ぬ訳ないでしょう? 起きて下さいよ!」
それでもやはり返事はない。
「エーリカもう戻ろう。ここは敵軍に近づき過ぎている」
「嫌です! なんとかして師匠を連れ帰ります! 地面ごと取れませんか?」
「無理を言うな。オルフェンは大地と一体化しているんだ。無理に外す方が危険になってしまう」
「でもこんな所にずっと放置なんで出来ません」
「俺達もずっと考えてきたんだ。でもこの国で一番魔力があり、魔術に精通しているのはオルフェンしか……」
思わずクラウスと視線が合う。クラウスはエーリカから離れない為に付かず離れずの距離で連れて来ていたヘルムートが待つ壁の内側へマルコを走らせた。しばらくして嫌そうな顔をしたマルコがヘルムートを引いてくる。結局魔獣はヘルムートの姿を見ただけで立ち消えてしまった為、手錠を外す事はなかった。
「連れて来ましたよ。全く猛獣と歩いている気分でした」
「猛獣の方がまだ可愛らしいだろ」
「お前達私をこき使い過ぎているぞ。オルフェンが死んでいるならもう興味ないんだが?」
「師匠は死んでいるの? 私と同じ仮死状態という事はない?」
「お前な、オルフェンは魔力を使い果たしたんだ。そして地の魔力と一体化した」
ヘルムートはオルフェンに近付いていくと身体を隅々まで見た。
「やはり全く魔力を感じない。もうこれは死んだんだ」
「あなたもオルフェンに会いたかったのよね? どうしてそう簡単に諦められるの?」
「あのなぁ、死んだら諦めるもんなんだよ。分かるか? もういないんだ!」
「やめろ! エーリカの気持ちを考えてやれ!」
「無駄に形が残っているから妙な希望なんて持つんだ。私が壊してやろう。もともとオルフェンを殺したくて探していたんだからな!」
ヘルムートはマルコの腕を逃れると、石柱に向かって蹴りを入れた。オルフェンの身体は真っ二つになり地面に倒れる。残っているのは腰から下のみが地面から生えたように立っているだけ。エーリカはその場に崩れかけて腕を掴まれた。
「ここにいるのはもう危険だ、エーリカ!」
腕を引かれるままに亀裂の大地を後にした。
「こいつを部屋に隔離しておけ! エーリカにはもう二度と会わせない!」
怒りに任せて兵士にヘルムートを投げた。
「エーリカは必ず私を選ぶぞ。二ヶ月もの間、二人きりで暮らしてきたんだからな」
クラウスはヘルムートを思い切り睨みつけると扉を激しく閉めた。
エーリカは部屋の奥で膝を抱えたまま座り込んでいた。
「師匠はこんなに簡単に死ぬような人じゃないんです。絶対に」
「あの者のしぶとさはよく知っている」
「そうでしょう!?」
ぱっと顔を上げたエーリカの目に、泣き出しそうなクラウスの表情が目に入る。その時、オルフェンは死んだのだと分かってしまった。
クラウスは何も言わないままエーリカを抱き上げるとベッドに横たわらせると、その後ろから包む込むように抱き締めた。
夜明け前、疲れ切って眠っているエーリカを眺めていると扉が叩かれる。朝方にやっと眠ったエーリカを起こしたくなくてそっと腕を抜くと扉を開けた。
「陛下、夜明けを待ってヴィルヘルミナ帝国の軍隊が攻めて来ると思われます」
「動きがあったのか?」
「亀裂を渡れるように橋を架けています。届く前に破壊したいのですが、橋は魔術で守られているようで魔術も弓も届きません」
「そうだとしても橋から来るなら一網打尽じゃないか。妙だな」
「私もそう思います」
ユリウスも同じように押し黙った。
「大公はなんと? 俺達よりも奴らに詳しいだろう」
「大公様は必ず進軍してくると仰っておられました。城に残っていた民はまだ僅かしか避難出来ていませんし、拒否している者もいるようです。元々動けなくてここに残った者達ですから、この地に骨を埋める覚悟なのでしょう」
「俺もすぐに行くが少しだけ時間をくれ」
扉を締めると後ろにエーリカが立っていた。
「起こしてしまったな。気分はどうだ?」
「私だけ寝ている訳には参りません。もう私には魔力はないので戦いには参加出来ませんが、私にしか出来ない事をします」
「もう逃してやる事も難しいしな」
「戦場にはヘルムートをお連れ下さい。きっと力になってくれます」
「この国に力を貸すとは思えない」
「私も結界魔術師として死ぬべきでした。師匠のように。でも生きながらえてしまった。本当はあの時に死んでいたはずなのに。それなら出来る事をしなくては私が守れなかった人達に申し訳が立ちません」
クラウスは伸ばしかけた手を引き戻した。
「この戦争が終わったら、私はヘルムートと共にヴィルヘルミナ帝国に行きます」
「……どんな時でもエーリカは眩しいくらいに強いんだな」
「奴らの動向は?」
クラウスは皆が待っていた執務室に入ると窓から外を見た。間もなく夜明け。戦いはもうすぐに始まるだろう。予めヘルムートの手錠は外しておく事になった。そしてそのまま戦場に連れて行く事になる。
「本当にあの皇太子を連れて行くのですか? 危険過ぎます」
「ですがヘルムートの魔力は大きな助けとなるでしょう。ヘルムートが国に戻ればしばらくの間はヴィルヘルミナ帝国も帝位争いで外に目を向ける余裕はなくなるはずです。その間に国の守りを強固にしていきます」
「エーリカは? このままあの者と離れれば命が散ってしまうのでしょう?」
クラウスは返事はしない。ただ唇を強く噛み締めていた。
「まさか、エーリカを共に行かせる気ですか?」
「……生きてさえいればいいんです。もう生死の分からなかった時のような苦しみは味わいたくありません。認めたくないですが、あの者ならエーリカを連れ帰っても守り切るでしょう。それだけの力があるんです」
「第三皇太子が帝位を継ぎ、エーリカが正妃となればおそらくヴィルヘルミナ帝国と和平が結べる。そうなれば戦争の憂いはなくなるでしょう。しかし陛下はそれでいいのですか?」
「俺は酷い人間です。今まで辛い目に遭ってきたエーリカを、魔力を失ったのならこれからは沢山甘やかして幸せにしようと思っていたのに、また恐ろしい場所に一人で行かせようとしているのですから」
「エーリカは立派な女性です。魔力や身分を笠に着ず、生まれながらに与えられた使命を最大限に全うしようとしておられる。それ程の人間が一体どれだけこの世にいるでしょうか。そして私はそれを送り出す息子を誇らしく思う」
クラウスからの返事はない。組んだ手を口元に当てたまま俯いたまま。甲には小さな水滴が一つ落ちた。
それがこの地を見た時に湧き上がった言葉だった。四ヶ月前、オルフェンと共にこの大公領に来て別れた。オルフェンはこの地を守り、自分は王都を守る為に。
「もうすぐで到着しますよ。足元に気を付けてくださいね」
亀裂近くの地面は酷いひび割れを起こしていた。確かに気を抜けば夜の視界の悪い中で隙間にはまり怪我をしてしまうかもしれない。割れた地面に気を付けながらヴィルヘルミナ帝国と目に見えて大地を分断している亀裂に到着しようとした頃、クラウスが足を止めた。
「何を見ても取り乱さないと約束してくれ」
ここまで来て今更何に驚くというのだろう。一際大きな亀裂の手前に突き出た石柱がある。そしてどこを探してもオルフェンの姿はない。その石柱は人ほどの高さで、近付くと次第に鼓動が速くなっていくのが分かる。とっさに振り返るとクラウスは申し訳なさそうに頷いた。オルフェンの姿をしたその石柱は、地面に向け何か呪文を発しているような表情で固まっていた。
「師匠! 生きてますよね? 私もずっと水の中にいたんです。信じられませんよね? だから師匠も四ヶ月も石になっていても生きているんでしょう?」
しかし返事はない。恐る恐る腕に触れると、ざらりとした質感に思わず手を離した。
「師匠目を覚まして! 最強の結界魔術師オルフェンが石になった位で死ぬ訳ないでしょう? 起きて下さいよ!」
それでもやはり返事はない。
「エーリカもう戻ろう。ここは敵軍に近づき過ぎている」
「嫌です! なんとかして師匠を連れ帰ります! 地面ごと取れませんか?」
「無理を言うな。オルフェンは大地と一体化しているんだ。無理に外す方が危険になってしまう」
「でもこんな所にずっと放置なんで出来ません」
「俺達もずっと考えてきたんだ。でもこの国で一番魔力があり、魔術に精通しているのはオルフェンしか……」
思わずクラウスと視線が合う。クラウスはエーリカから離れない為に付かず離れずの距離で連れて来ていたヘルムートが待つ壁の内側へマルコを走らせた。しばらくして嫌そうな顔をしたマルコがヘルムートを引いてくる。結局魔獣はヘルムートの姿を見ただけで立ち消えてしまった為、手錠を外す事はなかった。
「連れて来ましたよ。全く猛獣と歩いている気分でした」
「猛獣の方がまだ可愛らしいだろ」
「お前達私をこき使い過ぎているぞ。オルフェンが死んでいるならもう興味ないんだが?」
「師匠は死んでいるの? 私と同じ仮死状態という事はない?」
「お前な、オルフェンは魔力を使い果たしたんだ。そして地の魔力と一体化した」
ヘルムートはオルフェンに近付いていくと身体を隅々まで見た。
「やはり全く魔力を感じない。もうこれは死んだんだ」
「あなたもオルフェンに会いたかったのよね? どうしてそう簡単に諦められるの?」
「あのなぁ、死んだら諦めるもんなんだよ。分かるか? もういないんだ!」
「やめろ! エーリカの気持ちを考えてやれ!」
「無駄に形が残っているから妙な希望なんて持つんだ。私が壊してやろう。もともとオルフェンを殺したくて探していたんだからな!」
ヘルムートはマルコの腕を逃れると、石柱に向かって蹴りを入れた。オルフェンの身体は真っ二つになり地面に倒れる。残っているのは腰から下のみが地面から生えたように立っているだけ。エーリカはその場に崩れかけて腕を掴まれた。
「ここにいるのはもう危険だ、エーリカ!」
腕を引かれるままに亀裂の大地を後にした。
「こいつを部屋に隔離しておけ! エーリカにはもう二度と会わせない!」
怒りに任せて兵士にヘルムートを投げた。
「エーリカは必ず私を選ぶぞ。二ヶ月もの間、二人きりで暮らしてきたんだからな」
クラウスはヘルムートを思い切り睨みつけると扉を激しく閉めた。
エーリカは部屋の奥で膝を抱えたまま座り込んでいた。
「師匠はこんなに簡単に死ぬような人じゃないんです。絶対に」
「あの者のしぶとさはよく知っている」
「そうでしょう!?」
ぱっと顔を上げたエーリカの目に、泣き出しそうなクラウスの表情が目に入る。その時、オルフェンは死んだのだと分かってしまった。
クラウスは何も言わないままエーリカを抱き上げるとベッドに横たわらせると、その後ろから包む込むように抱き締めた。
夜明け前、疲れ切って眠っているエーリカを眺めていると扉が叩かれる。朝方にやっと眠ったエーリカを起こしたくなくてそっと腕を抜くと扉を開けた。
「陛下、夜明けを待ってヴィルヘルミナ帝国の軍隊が攻めて来ると思われます」
「動きがあったのか?」
「亀裂を渡れるように橋を架けています。届く前に破壊したいのですが、橋は魔術で守られているようで魔術も弓も届きません」
「そうだとしても橋から来るなら一網打尽じゃないか。妙だな」
「私もそう思います」
ユリウスも同じように押し黙った。
「大公はなんと? 俺達よりも奴らに詳しいだろう」
「大公様は必ず進軍してくると仰っておられました。城に残っていた民はまだ僅かしか避難出来ていませんし、拒否している者もいるようです。元々動けなくてここに残った者達ですから、この地に骨を埋める覚悟なのでしょう」
「俺もすぐに行くが少しだけ時間をくれ」
扉を締めると後ろにエーリカが立っていた。
「起こしてしまったな。気分はどうだ?」
「私だけ寝ている訳には参りません。もう私には魔力はないので戦いには参加出来ませんが、私にしか出来ない事をします」
「もう逃してやる事も難しいしな」
「戦場にはヘルムートをお連れ下さい。きっと力になってくれます」
「この国に力を貸すとは思えない」
「私も結界魔術師として死ぬべきでした。師匠のように。でも生きながらえてしまった。本当はあの時に死んでいたはずなのに。それなら出来る事をしなくては私が守れなかった人達に申し訳が立ちません」
クラウスは伸ばしかけた手を引き戻した。
「この戦争が終わったら、私はヘルムートと共にヴィルヘルミナ帝国に行きます」
「……どんな時でもエーリカは眩しいくらいに強いんだな」
「奴らの動向は?」
クラウスは皆が待っていた執務室に入ると窓から外を見た。間もなく夜明け。戦いはもうすぐに始まるだろう。予めヘルムートの手錠は外しておく事になった。そしてそのまま戦場に連れて行く事になる。
「本当にあの皇太子を連れて行くのですか? 危険過ぎます」
「ですがヘルムートの魔力は大きな助けとなるでしょう。ヘルムートが国に戻ればしばらくの間はヴィルヘルミナ帝国も帝位争いで外に目を向ける余裕はなくなるはずです。その間に国の守りを強固にしていきます」
「エーリカは? このままあの者と離れれば命が散ってしまうのでしょう?」
クラウスは返事はしない。ただ唇を強く噛み締めていた。
「まさか、エーリカを共に行かせる気ですか?」
「……生きてさえいればいいんです。もう生死の分からなかった時のような苦しみは味わいたくありません。認めたくないですが、あの者ならエーリカを連れ帰っても守り切るでしょう。それだけの力があるんです」
「第三皇太子が帝位を継ぎ、エーリカが正妃となればおそらくヴィルヘルミナ帝国と和平が結べる。そうなれば戦争の憂いはなくなるでしょう。しかし陛下はそれでいいのですか?」
「俺は酷い人間です。今まで辛い目に遭ってきたエーリカを、魔力を失ったのならこれからは沢山甘やかして幸せにしようと思っていたのに、また恐ろしい場所に一人で行かせようとしているのですから」
「エーリカは立派な女性です。魔力や身分を笠に着ず、生まれながらに与えられた使命を最大限に全うしようとしておられる。それ程の人間が一体どれだけこの世にいるでしょうか。そして私はそれを送り出す息子を誇らしく思う」
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