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48 帝国の侵攻
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王城の前に馬車が着くと、エーリカは斜め向かいに座っているヘルムートを見つめた。その手には手錠が掛けられている。不要な気もするが、念の為にとフランツィスがわざわざ魔力を抑える魔術師用の手錠を用意したのだった。
「なんだそんなに見つめて。もっと近づきたいのか?」
ヘルムートが軽口を叩いた瞬間、フランツィスがフードを被せて視界を遮る。ヘルムートの胸には姿を変える魔石の首飾りが掛けられており、今からヘルムートは王城に入るまでフランツィスの侍従として付き従う事になる。とはいっても手に掛けられている手錠を見えなくさせる訳ではないので、すっぽりと身体をマントで覆うような格好になっていた。
城内の者達は行方不明になっていた結界魔術師のエーリカが戻って来た事に驚いていた。コソコソと聞こえるか聞こえないか位の声量で憶測が飛び交っていく。更には偽物説まで聞こえてきた時には思わず足を止めそうになった。しかしその声も、フランツィスの視線が辺りを巡るとぴたりと止んだ。
前を歩くフランツィスは王の間ではない方向に向かっている。その先の場所には心辺りがあり、なんとなく行きたくない場所だった。
「紫の離宮は今はすでに改装して魔術師達の住居になっているんだ」
――改装したのね。
二人の思い出の場所がもうなくなってしまったという事は、あの夜の事はクラウスにとってはあまり大事な出来事ではなかったのだろう。そう思うと少しだけ胸が痛むのは我儘だろうか。
「今紫の離宮には陛下が集めた臣下のみがいるから安心しろ」
「陰気な顔をするな。私がそばにいるから大丈夫だ」
「なんであなたがそんなに楽観的なのよ。一番危険なのはむしろあなたなのよ? 分かっているの?」
「私は命の保証がされている。だからなんの心配もない」
「処刑されなくても拷問は出来るぞ。ヴィルヘルミナ帝国の弱点を吐かせる事もな」
「ヴィルヘルミナ帝国の弱点は私だよ。言っただろう? 皇帝は私を恐れていると」
紫の離宮は改築されていたが、美しい庭は残っていた。離れのような部屋が増築され、数人の魔術師が歩いている。皆エーリカを見ると驚きはしたものの頭を下げるだけで近付いて来る事はなかった。
「あの離れだ」
屋敷から少し離れた場所にとんがり屋根が可愛らしい離れがあった。扉の護衛が頭を下げると扉を押し開いた。
「アインホルン侯爵家の皆様がご到着です」
フランツィスに続き部屋の中に入った瞬間、グレヴとユリウスはエーリカの姿を見て驚いていたが、ハンナとロシュは違った。
一瞬にして部屋の中に冷気と熱気が巻き起こる。その二つの魔力はうねる蛇のように絡み合いヘルムートの目前で止まった。ハンナとロシュには魔石で姿を変えても意味はない。妙な事をすればすぐにでも魔力で貫くといわんばかりの鋭さで牙をむいていた。
「ハンナもロシュも止めろ!」
ユリウスは魔術を放つ妻に近付く事が出来ないまま手を伸ばした。指先に霜がつく。それでもハンナは魔力を弱めようとはしない。
「会わせたい者がいるというのはこいつの事か?」
低い声には魔力が宿り、更に冷えた空気が肌を擦った。
「そうだ。事前に教えなかったのは、万が一にも他の者達に知れ渡らない為だ」
「最悪な気分だよ。今すぐに全てを氷漬けにしてしまいたいくらいにね」
「おいおい、俺に灰にさせてくれよ」
「二人共! 陛下のお近くでそこまで魔力を放出するな! それに今のこいつには魔力がない!」
するとハンナは鼻で笑った。
「魔力がないだと? 痛いくらいに伝わってくるぞ! 憎きヴィルヘルミナ帝国の魔力をな!」
クラウスとフランツィスはとっさにヘルムートを振り見た。
「やっぱり誤魔化せなかったか」
目の前にある二つの魔術で出来た双頭の蛇を恐れもせずにそう言った。
「生かす理由は? 納得できる理由があるのだろうな?」
「その者はエーリカと命が繋がっているんだ」
「それだけでは理由にならないよ。必要があればそうだとしても殺す」
「第三皇太子を捕虜にしているとヴィルヘルミナ帝国に使者を送るつもりだ。魔力があるというのには騙されたが、やる事は同じ。そいつを盾にしてヴィルヘルミナ帝国が侵攻出来ないようにする」
ハンナはしばらく考えた後、魔力を解いた。ロシュの魔術だけになった室内の気温は一気に熱くなったが、ロシュは魔術を解く気はないらしい。一匹の蛇の姿になった輪郭から飛んできた火の粉にエーリカの髪が数本燃える。その瞬間、ロシュは魔術を解いた。
「すまないエーリカ……」
しょんぼりとするロシュに笑みを浮かべると歩み寄った。
「二人がそうなるもの分かるけれど、ここはヘルムートを最大限に利用しましょう。国を守る為に」
フランツィスは手錠を引くと前に歩かせた。
「貴様、魔力がある事を隠していたな」
引いた鎖が金属音を立てて揺れた。
「まあすぐにバレると思っていたけど、やっぱり見破ったのは結界魔術師だったか」
「お前は何を企んでいるんだ。魔力があるのに国には戻らず、なぜこの国に残ろうとするんだ!」
ヘルムートは部屋の中を見渡しながら目を閉じた。それ意向全く動かない。心配になり近づき掛けた時、ヘルムートはぱちっと目を開けた。
「オルフェンはどこにいる? 城の中にはいないようだな」
「そんな事まで分かるのか? つくづく食えない奴め。オルフェンはずっと大公領にいる」
「生きているのか?」
言い淀んだように見えたクラウスだったが、それは見間違えだと思う程に一瞬だった。
「今言える事は、今も昔もオルフェンはアメジスト王国を守護しているいう事だけだ」
その時、外から扉が激しく叩かれた。クラウスが許可すると一人の兵士が飛び込んでくる。そしてその兵士はエーリカの姿を見るなり、膝から崩れ落ちた。
「エーリカ様、エーリカ様ご無事で……」
戸惑ったままでいるとクラウスは耳元に顔を寄せてきた。
「覚えていないか? エーリカを誤って刺した兵士だ」
兵士は涙を流しながら肩を震わせていた。エーリカは堪らず膝を着くとその肩にそっと触れた。肩がびくりと跳ねる。上がった顔はくしゃくしゃに歪み、涙と鼻水で濡れていた。
「あの状況であなたは恐れもせずによく立ち向かったわね。兵士の鑑だわ。力及ばずでごめんなさい」
すると兵士は更に顔を歪めて泣き崩れた。そしてずっと小さく謝り続けた。
「だからエーリカは責めないと言っただろう?」
兵士ははっとしたように顔を上げると、膝を付けたままクラウスの前に進んでいった。
「陛下! 申し上げまます! 大公領の地平にヴィルヘルミナ帝国の軍を確認致しました!」
「軍だと!?」
「結界魔術師長様の魔術によりそう簡単に進軍はされないでしょうが、ヴィルヘルミナ帝国は本格的に戦争を仕掛けてくるようです! 大公様は戦争になるからその準備をするよう仰っておりました」
クラウスは怒りの籠もった目でヘルムートを見た。
「お前の読みは外れたようだな。ヴィルヘルミナ帝国は第三皇太子を見捨てたらしい」
「……なるほど」
「なるほどだと? あれだけ息巻いておいて情けないとは思わないのか?」
するとヘルムートは兵士に近付くとその顔を間近で見るようにしゃがんだ。
「掲げていた旗の紋章は何だった?」
目の前に迫る男の気迫に圧倒され、兵士は少し身体を引いた。ヘルムートの手が兵士の後頭部に差し込まれる。とっさにクラウスとフランツィスが剣を抜き、ヘルムートの首に押し当てた。
「今の時点で旗の紋章など見える訳がないだろう、その者から手を離せ」
しかしヘルムートは更に瞳を覗き込んだ。
「ハハッ、そういう事か。皇帝はどうやら殺されたらしいな。よく知っている旗だ」
「なぜ分かるんだ。それも魔術なのか?」
「水の魔術にも長けているようだね。敵というのが実に惜しいよ」
ハンナは苛立ったようにクラウス達の刃の間から流れ込ませていた氷の刃をしまった。
「水は身体に満ちている。脳が、瞳が、感情が体中の水分や血液が覚えている。魔力を通してその者の記憶を見ただけだ」
「随分簡単に言ってくれるな。なぜ皇帝を弑したと言えるのか」
「皇帝は能力がないくせに野心の塊だった。その皇帝が生きて退くとは思えない。掲げられていた旗の紋章の三本の羽根は公爵家のもの。第一皇女と第二皇太子の母親の実家だ」
「謀反よ、許されないわ!」
「それが許されるのさ。そうやって第一皇女は王位継承権のある腹違いの兄と弟を二人殺している。数えた事はないが、王位継承権のない兄弟達や使用人を含めればその数はもっとだろう」
クラウスは苦い顔をしながら叫んだ。
「大至急で兵団の全てと火の魔術師の全てを大公領へ送る! 水の魔術師と騎士団は指示を待て!」
クラウスはヘルムートの手に掛かっている手錠を引き上げた。クラウスよりも小さな体が上に持ち上がる。
「こいつは地下牢に入れておけ。そして効果はないかもしれないが、ヴィルヘルミナ帝国には第三皇太子を預かっていると使者を送ろう。だが使者を危険には晒したくないな。ロシュ、出来るか?」
「それなら火の鳥でも飛ばしてやるか。奴ら度肝を抜かれるぞ!」
「クラウス様、私は屋敷に帰らせて頂きます。足手まといにはなりたくありませんから」
「城にいるよりもその方がいいだろうが、こいつと離れればエーリカにとって良くないんだろう?」
「それなら良い提案があるぞ。わざわざ魔術で知らせなくても、私自らが堂々と姿を見せてやろう。その方がずっと効果的だろ?」
「その手には乗らないぞ。お前はそうやってヴィルヘルミナ帝国に帰る気なのだろう!」
「馬鹿言うな。私だって単身で戻れば勝てるとは限らない。だからまず兵達に私が生きていると知らせる。そうすれば誰が帝位を継ぐにふさわしいか明確になるだろう」
「陛下、どうなさいますか」
クラウスは周りを逡巡した後、フランツィスの肩に手を置いた。
「城はお前に任せる。俺もこの者達と共に大公領へ行こう」
「なんだそんなに見つめて。もっと近づきたいのか?」
ヘルムートが軽口を叩いた瞬間、フランツィスがフードを被せて視界を遮る。ヘルムートの胸には姿を変える魔石の首飾りが掛けられており、今からヘルムートは王城に入るまでフランツィスの侍従として付き従う事になる。とはいっても手に掛けられている手錠を見えなくさせる訳ではないので、すっぽりと身体をマントで覆うような格好になっていた。
城内の者達は行方不明になっていた結界魔術師のエーリカが戻って来た事に驚いていた。コソコソと聞こえるか聞こえないか位の声量で憶測が飛び交っていく。更には偽物説まで聞こえてきた時には思わず足を止めそうになった。しかしその声も、フランツィスの視線が辺りを巡るとぴたりと止んだ。
前を歩くフランツィスは王の間ではない方向に向かっている。その先の場所には心辺りがあり、なんとなく行きたくない場所だった。
「紫の離宮は今はすでに改装して魔術師達の住居になっているんだ」
――改装したのね。
二人の思い出の場所がもうなくなってしまったという事は、あの夜の事はクラウスにとってはあまり大事な出来事ではなかったのだろう。そう思うと少しだけ胸が痛むのは我儘だろうか。
「今紫の離宮には陛下が集めた臣下のみがいるから安心しろ」
「陰気な顔をするな。私がそばにいるから大丈夫だ」
「なんであなたがそんなに楽観的なのよ。一番危険なのはむしろあなたなのよ? 分かっているの?」
「私は命の保証がされている。だからなんの心配もない」
「処刑されなくても拷問は出来るぞ。ヴィルヘルミナ帝国の弱点を吐かせる事もな」
「ヴィルヘルミナ帝国の弱点は私だよ。言っただろう? 皇帝は私を恐れていると」
紫の離宮は改築されていたが、美しい庭は残っていた。離れのような部屋が増築され、数人の魔術師が歩いている。皆エーリカを見ると驚きはしたものの頭を下げるだけで近付いて来る事はなかった。
「あの離れだ」
屋敷から少し離れた場所にとんがり屋根が可愛らしい離れがあった。扉の護衛が頭を下げると扉を押し開いた。
「アインホルン侯爵家の皆様がご到着です」
フランツィスに続き部屋の中に入った瞬間、グレヴとユリウスはエーリカの姿を見て驚いていたが、ハンナとロシュは違った。
一瞬にして部屋の中に冷気と熱気が巻き起こる。その二つの魔力はうねる蛇のように絡み合いヘルムートの目前で止まった。ハンナとロシュには魔石で姿を変えても意味はない。妙な事をすればすぐにでも魔力で貫くといわんばかりの鋭さで牙をむいていた。
「ハンナもロシュも止めろ!」
ユリウスは魔術を放つ妻に近付く事が出来ないまま手を伸ばした。指先に霜がつく。それでもハンナは魔力を弱めようとはしない。
「会わせたい者がいるというのはこいつの事か?」
低い声には魔力が宿り、更に冷えた空気が肌を擦った。
「そうだ。事前に教えなかったのは、万が一にも他の者達に知れ渡らない為だ」
「最悪な気分だよ。今すぐに全てを氷漬けにしてしまいたいくらいにね」
「おいおい、俺に灰にさせてくれよ」
「二人共! 陛下のお近くでそこまで魔力を放出するな! それに今のこいつには魔力がない!」
するとハンナは鼻で笑った。
「魔力がないだと? 痛いくらいに伝わってくるぞ! 憎きヴィルヘルミナ帝国の魔力をな!」
クラウスとフランツィスはとっさにヘルムートを振り見た。
「やっぱり誤魔化せなかったか」
目の前にある二つの魔術で出来た双頭の蛇を恐れもせずにそう言った。
「生かす理由は? 納得できる理由があるのだろうな?」
「その者はエーリカと命が繋がっているんだ」
「それだけでは理由にならないよ。必要があればそうだとしても殺す」
「第三皇太子を捕虜にしているとヴィルヘルミナ帝国に使者を送るつもりだ。魔力があるというのには騙されたが、やる事は同じ。そいつを盾にしてヴィルヘルミナ帝国が侵攻出来ないようにする」
ハンナはしばらく考えた後、魔力を解いた。ロシュの魔術だけになった室内の気温は一気に熱くなったが、ロシュは魔術を解く気はないらしい。一匹の蛇の姿になった輪郭から飛んできた火の粉にエーリカの髪が数本燃える。その瞬間、ロシュは魔術を解いた。
「すまないエーリカ……」
しょんぼりとするロシュに笑みを浮かべると歩み寄った。
「二人がそうなるもの分かるけれど、ここはヘルムートを最大限に利用しましょう。国を守る為に」
フランツィスは手錠を引くと前に歩かせた。
「貴様、魔力がある事を隠していたな」
引いた鎖が金属音を立てて揺れた。
「まあすぐにバレると思っていたけど、やっぱり見破ったのは結界魔術師だったか」
「お前は何を企んでいるんだ。魔力があるのに国には戻らず、なぜこの国に残ろうとするんだ!」
ヘルムートは部屋の中を見渡しながら目を閉じた。それ意向全く動かない。心配になり近づき掛けた時、ヘルムートはぱちっと目を開けた。
「オルフェンはどこにいる? 城の中にはいないようだな」
「そんな事まで分かるのか? つくづく食えない奴め。オルフェンはずっと大公領にいる」
「生きているのか?」
言い淀んだように見えたクラウスだったが、それは見間違えだと思う程に一瞬だった。
「今言える事は、今も昔もオルフェンはアメジスト王国を守護しているいう事だけだ」
その時、外から扉が激しく叩かれた。クラウスが許可すると一人の兵士が飛び込んでくる。そしてその兵士はエーリカの姿を見るなり、膝から崩れ落ちた。
「エーリカ様、エーリカ様ご無事で……」
戸惑ったままでいるとクラウスは耳元に顔を寄せてきた。
「覚えていないか? エーリカを誤って刺した兵士だ」
兵士は涙を流しながら肩を震わせていた。エーリカは堪らず膝を着くとその肩にそっと触れた。肩がびくりと跳ねる。上がった顔はくしゃくしゃに歪み、涙と鼻水で濡れていた。
「あの状況であなたは恐れもせずによく立ち向かったわね。兵士の鑑だわ。力及ばずでごめんなさい」
すると兵士は更に顔を歪めて泣き崩れた。そしてずっと小さく謝り続けた。
「だからエーリカは責めないと言っただろう?」
兵士ははっとしたように顔を上げると、膝を付けたままクラウスの前に進んでいった。
「陛下! 申し上げまます! 大公領の地平にヴィルヘルミナ帝国の軍を確認致しました!」
「軍だと!?」
「結界魔術師長様の魔術によりそう簡単に進軍はされないでしょうが、ヴィルヘルミナ帝国は本格的に戦争を仕掛けてくるようです! 大公様は戦争になるからその準備をするよう仰っておりました」
クラウスは怒りの籠もった目でヘルムートを見た。
「お前の読みは外れたようだな。ヴィルヘルミナ帝国は第三皇太子を見捨てたらしい」
「……なるほど」
「なるほどだと? あれだけ息巻いておいて情けないとは思わないのか?」
するとヘルムートは兵士に近付くとその顔を間近で見るようにしゃがんだ。
「掲げていた旗の紋章は何だった?」
目の前に迫る男の気迫に圧倒され、兵士は少し身体を引いた。ヘルムートの手が兵士の後頭部に差し込まれる。とっさにクラウスとフランツィスが剣を抜き、ヘルムートの首に押し当てた。
「今の時点で旗の紋章など見える訳がないだろう、その者から手を離せ」
しかしヘルムートは更に瞳を覗き込んだ。
「ハハッ、そういう事か。皇帝はどうやら殺されたらしいな。よく知っている旗だ」
「なぜ分かるんだ。それも魔術なのか?」
「水の魔術にも長けているようだね。敵というのが実に惜しいよ」
ハンナは苛立ったようにクラウス達の刃の間から流れ込ませていた氷の刃をしまった。
「水は身体に満ちている。脳が、瞳が、感情が体中の水分や血液が覚えている。魔力を通してその者の記憶を見ただけだ」
「随分簡単に言ってくれるな。なぜ皇帝を弑したと言えるのか」
「皇帝は能力がないくせに野心の塊だった。その皇帝が生きて退くとは思えない。掲げられていた旗の紋章の三本の羽根は公爵家のもの。第一皇女と第二皇太子の母親の実家だ」
「謀反よ、許されないわ!」
「それが許されるのさ。そうやって第一皇女は王位継承権のある腹違いの兄と弟を二人殺している。数えた事はないが、王位継承権のない兄弟達や使用人を含めればその数はもっとだろう」
クラウスは苦い顔をしながら叫んだ。
「大至急で兵団の全てと火の魔術師の全てを大公領へ送る! 水の魔術師と騎士団は指示を待て!」
クラウスはヘルムートの手に掛かっている手錠を引き上げた。クラウスよりも小さな体が上に持ち上がる。
「こいつは地下牢に入れておけ。そして効果はないかもしれないが、ヴィルヘルミナ帝国には第三皇太子を預かっていると使者を送ろう。だが使者を危険には晒したくないな。ロシュ、出来るか?」
「それなら火の鳥でも飛ばしてやるか。奴ら度肝を抜かれるぞ!」
「クラウス様、私は屋敷に帰らせて頂きます。足手まといにはなりたくありませんから」
「城にいるよりもその方がいいだろうが、こいつと離れればエーリカにとって良くないんだろう?」
「それなら良い提案があるぞ。わざわざ魔術で知らせなくても、私自らが堂々と姿を見せてやろう。その方がずっと効果的だろ?」
「その手には乗らないぞ。お前はそうやってヴィルヘルミナ帝国に帰る気なのだろう!」
「馬鹿言うな。私だって単身で戻れば勝てるとは限らない。だからまず兵達に私が生きていると知らせる。そうすれば誰が帝位を継ぐにふさわしいか明確になるだろう」
「陛下、どうなさいますか」
クラウスは周りを逡巡した後、フランツィスの肩に手を置いた。
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