魔術師の恋〜力の代償は愛のようです〜

山田ランチ

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45 親子の再会

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 父親が着替えている間、広い客間ではずっと母親に手を掴まれていた。
 フランツィスとマリウスは窓側で何やらずっと話をしている。遠目から見ると兄弟のような姿に、何故か不思議な想いが込み上げてきていた。

「エーリカ待たせたね! ささッ、そばに来ておくれ」

 勢いよく部屋に入ってきた父親の事を睨みつけた。

「お父様、体調を崩しているというのは嘘だったのね」

 たじろいだ父親は擦り寄るように近づいてくる。まずは説明をしてもらいたいという思いで、その身体を押した。

「嘘ではないぞ。お前の事を心配するあまり心臓が張り裂けそうだったんだ。ほら、食事も喉を通らなくて痩せてしまったんだぞ」
「痩せたと言うよりは無駄な肉がなくなって引き締まったと言った方が合っているんじゃないかしら」

 すると後ろから笑い声が聞こえてくる。父親に似た少し丸い体型の男性がひょっこり顔を覗かせていた。口髭は生えているが、父親よりも少し若く見える。

「久しぶりだねエーリカ。相変わらず元気のよい子だな」
「申し訳ありません、実は私あまり幼い頃の記憶がないんです。お会いした事があるんですね?」
「ああそうだった。確か魔力酔いで記憶喪失になったと聞いていたよ。私はフェーニクス家当主のヴァルター・フェーニクスだ。叔父さんで構わないよ」
「はい叔父様、思い出せず申し訳ありません」
「幼くもあったんだから記憶が朧気なのも無理はないさ。みんな魔力酔いなどを起こさなくても幼い頃の記憶なんて曖昧なものだからね」

 そう言っておおらかに笑うヴァルターは、とても厳しい辺境伯の仕事をこなせるとは思えない程に優しく見えた。

「いやしかし、結界魔術師様にお会いできるとは思いもしなかったな。実は魔石について聞きたい事が色々……」

 途中で窓側から近付いてきたフランツィスが咳払いをする。エーリカに目配せをすると、フランツィスは父親とヴァルターを見据えた。

「父上、エーリカはどうやら魔力が枯れてしまったようなのです」

 誰もがしばらく沈黙した後、今度は一斉に歓声が上がった。特に喜んでいたのは父親だった。硬い豆の出来た掌で頬を包まれると、覗き込んでくるその瞳には涙が浮かんでいた。

「本当なのか? 本当にもう魔力は使えないんだな?」

 押さえられたままの頬を動かして頷いた。

「という事はもう魔術団には戻らなくていいんだな?」
「魔力がないから戻れないわ」

 すると力強く抱き締められた。背中を撫でる優しい手に首だけ動かすと、ふと見た母親も泣いていた。

「お父様達はあなたが魔術師をいつでも抜けられるように動いていたのよ」
「そんな事出来る訳ないじゃない。魔力を失わない限り無理だったわ」
「それでも結界がなくなった後の世界の変化が少なければ少ない程、国民は結界を取り去る事に承諾してくれるかもしれないと考えていたの。だからこうして食料確保の為の栽培や、季節ごとの自然の変化によって起こる災害などを他国で勉強して、防衛にも使える魔石の改良などをしてきたのよ」
「そんな事を? いつから?」
「あなたが魔術団に入った少し後からね。その後成人の儀を終えたクラウス様もご賛同下さったの」
「……国の人達が結界を外していいなんて、そんな事言う訳ないじゃない!」

 強めに放った言葉とは裏腹に嬉しくて堪らない。漏れ出る嗚咽を堪えるので精一杯だった。

「それでも、少しでも同意してもらえるようにその代わりの物を必死で用意していたのよ。前国王陛下とクラウス様はご存知だけれどそれ以外の貴族達では一部の者しか知り得ない事だったから、体調不良という事にして本格的にこちらに移ったの。結局不本意な形で結界は解かれてしまったけれど、あなたが魔術師でなくなった事に私達は皆喜んでいるわ」
「なんの力もないのに?」
「なんの力もないあなたがいいのよ」

 涙も鼻水も出てくる。エーリカは父親の胸に全てを擦り付けた。




 フランツィスは女同士の会話をする為に母親の寝室へと消えたエーリカ達を見送った後、アインホルン家とフェーニクス家の男達を集めた。

「陛下はエーリカとの結婚を強く望んでおられます。その承諾を貰ってくるようにと仰せつかりました」
「わざわざこちらの意向を汲んでくださるとは、陛下は随分お優しいお方ですね」

 嬉しそうに目を細めたヴァルターを尻目に、ヨシアスは様子の違う息子に気がついてた。

「何か憂いがあるようだな?」
「実は、落ち着いて聞いて欲しいのですが、我が家にヴィルヘルミナ帝国の第三皇太子ヘルムート・ヴィルヘルミナを隔離しております。この事を陛下はご存知ありません」

 三人の男達は絶句した。

「隔離とはどういう事だ? 捕らえている訳ではないのか?」

 するとフランツィスは小さく笑って頷いた。

「さすがは父上ですね。山が落ちた後、重症を負ったエーリカを救ったのは紛れもなくヘルムート殿下です。その後エーリカは傷を癒やす為に魔力の満ちた人柱のあった泉に二ヶ月間沈んでいたようなのですが、その間もその後も、エーリカを守っていたのはヘルムート殿下でした」
「何か意図があるんじゃないのか? 奴は兵士のみならず無抵抗の老人も女も子供も殺すような奴だ。それなのに敵国の、しかもヴィルヘルミナ帝国にとって邪魔なはずの結界魔術師を助ける意図が分からん」
「しかしエーリカがすっかり懐いてしまっているので困っているんです」
「まさかエーリカは敵国の第三皇太子に気持ちが向いている訳ではないだろうな? そうなれば陛下がお許しになる訳がない! ヴィルヘルミナ帝国と本格的な戦争になるぞ」
「そういう関係ではないようですが、エーリカは魔力を失った事に気後れして陛下との結婚に乗り気ではないですし、ヘルムート殿下の意図が分らない以上どうしたらいいものか。ヴィルヘルミナ帝国に返せば、憂いのなくなったあの国は必ず攻め入って来るでしょう」
「まあまあ二人共、そんなに思い詰めても仕方ないじゃないか」

 変わらずに朗らかな顔で言ったヴァルターは葡萄酒をグラスに並々注ぐと、一気に飲み干した。
 
「こちらも準備は出来ているんだ。何も恐れる事はないでしょう? 兄上」
「ヴァルターの言う通りだな。お前は王都に戻り、ヴィルヘルミナ帝国の第三皇太子を捕らえている事を陛下にご報告しろ。そしてヴィルヘルミナ帝国との交渉に上手く使え」
「ですがどうやらヘルムート殿下も魔力を失っているようなのです。そうでなければすでに逃げ出していた事でしょう」
「なるほど、山を落としたくらいなのだから魔力を失ってしまったか? しかしそれでは国には帰れないという訳だな。強大な魔力を振りかざして国を制していた男だ。そんな男が魔力を失ったとすれば殺されかねない。あの国ではすでに何人もの王族が死亡していると聞いている。腹違いの兄弟達が沢山いるのだから命の危険は常にあるだろう」

 そこでマリウスは眉を顰めた。

「女と魔力から始まった国だ。皇女も侮れないぞ」

 その時、部屋にグレタが飛び込んできた。顔面蒼白の様子にフランツィスはすぐさま駆け寄ると、珍しく狼狽える様子に肩を掴んだ。

「何があった、グレタ?」
「お嬢様が、エーリカお嬢様が、昏睡状態にございます!」
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