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34 襲われた町
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小さな町の中は静まり返っていた。全ての戸口は締まり明かりも灯っていない。町長の家の前だけは騒がしく、松明の灯りに照らされていた。
玄関先で飲み食いをしている男達に見つからないように裏口に回った所で、突然出てきた者の腕をヘルムートが掴んで地面に押し倒した。
「待て待て、俺だよ俺!」
地面に押し付けられていたのは、パン屋の主人だった。
「ヘルムート手を離して!」
開放されたパン屋の主人はマッテオの後ろに隠れながら怯えた目でヘルムートを見た。
「おじさん今はどういう状況なの?」
「あぁエマちゃん無事で良かった。どうもこうもないさ。あいつらすぐに厩を制圧してきたんだ。自警団の拠点も抑えられちまって武器もほとんどないんだよ」
「統制が取れているのか。だから今はあんなに油断しきっているんだろう」
マッテオは我慢できないとばかりに走り出そうとした。
「落ち着け」
「妻が酷い目に遭っているかもしれない時に冷静でいられない! あんたならどうなんだ!」
するとヘルムートは冷ややかな視線を町長の家に向けた。
「私なら皆殺しだ、その一族もな。だから危ない目には遭うなよ。周りの為だ」
そう言って向けられた視線から逃れるように俯いた。
「怪我人が多いから今は診療所に集まって対策を練っている所なんだ。異変を察知して王都へ知らせに出た奴らがいるが、救援はまだ先だと思った方がいい。さぁ、エマちゃん達も来てくれ」
「でもおじさんはどうしてここにいたの?」
「妻が連れて行かれちまったからに決まっているだろ!」
――え???
三人の顔を見ると顔を真っ赤にして答えた。
「多分飯炊き要員だよ! 変な想像をするな!」
「外に集まっている奴らだけでも十人くらいだな。どのくらいで襲ってきたんだ?」
「二方向から襲ってきたからな。おそらく二十人……あぁでも三十人位いるかもしれない」
「統制が取れ、武器が扱える野盗ねぇ」
「話し合いはもう沢山だ! 無駄だと分かっていても助けに行く」
「私も行くわ!」
腰に腕を回されてエーリカは思わず上ずった声を出した。
「やめてよこんな時に!」
「こんな時じゃなかったらいいみたいだな」
さり気なく後ろに追いやられると、ヘルムートは手をヒラヒラと振った。
「私一人でいい。ああ、違うな。私達だけでいい」
ヘルムートの横にはいつの間にか大きなモフが現れた。
「一応聞いておくが、中にいる奴らを殺ったらもうここにはいられないぞ」
確かに、数日で王都から兵士達が来るだろう。そうすれば町は調べ尽くされるだろうし、当然助けに入った者についても話は普及する。それでもエーリカは頷くとヘルムートに一歩近付いた。
「任せてしまってごめんなさい」
「私が野盗ごときに負けるものか」
不敵な笑みだが今は不安で一杯だった。
「おい、こいつを安全な場所に連れて行け。なにかあれば俺がお前達を滅ぼすからな」
「俺も行く! 妻を助けたいんだ」
「剣は?」
「扱える」
「人を殺した事は?」
「ない」
「なら躊躇わずに斬れ」
ヘルムートの言葉にマッテオは力強く頷いた。
「エマちゃん、俺達は足手まといだろうし診療所に行こう!」
エーリカは急ぐパン屋の主人に続いて町の中を走った。
裏口から入ってすぐの廊下で見張りをしてたニ人の男達は、何があったのか分からないまま意識を失っていた。モフが二人を咥えてヘルムートの足元に転がすと、手慣れた様子で腰から剣を奪うと一本をマッテオに投げた。廊下は暗く、明かりは先の部屋から漏れ出ているだけ。酒を飲んでいるのか、大きな笑い声や話し声が聞こえてきていた。その音でヘルムート達の足音は掻き消えている。女達の小さな悲鳴と誰かに命令するような怒声が織り混ざっていた。しかし二階へと上がるにはその部屋の前を通らなくてはならない。ヘルムートは偵察の為に姿を消したモフを先に行かせると、ほどなくして躊躇いなく部屋に滑り込んだ。
通路の入り口付近に立っていた男の背後に首に剣の切っ先を当てて引く。ヘルムートは切っ先を抜き切ると同時に男の膝を素早く折って後頭部を押して床に向けた。男達には、仲間が急に座り込んだ事と、その後ろに見知らぬ男が立っている事に思考が止まったようだった。その隙にヘルムートは机の上に飛び乗ると円を描くようにして剣を振り、鮮やかに三人を仕留めた。驚いた女と目が合う。そのまま悲鳴に繋がりそうな口をとっさに塞ぐと、真下に剣を振り下ろす。切っ先は床を這っていた男の鼻先をかすめて床に突き刺さっていた。
「お前には聞きたい事がある」
机の下から出てきたのは中年の痩せた男。顔は酒なのか垢なのか、赤黒く染まっており、腰を抜かして座り込んでいた。
「仲間は何人いる」
「お、俺は関係ない! 飯があ、ある所に、連れて行ってやると、い、言われただけで」
「質問の答えと違うな。次間違えた小指から切り落としてやるぞ」
「わかった! 上に四人だ。いや、三人か」
「どっちだ!」
「三人だ。でも分からねえ、本当だ。俺も見張りの奴らも連れて来られただけなんだ!」
「誰に連れて来られた?」
「知らない! 上の奴らは仕事だから俺達には来るなと言って女達を連れて行ったんだ! 畜生ッ」
ヘルムートは床から剣を引き抜くと、座り込む男の胸に突き刺した。驚いた男が刃を握る。そのまま足で蹴り押すと廊下に出た。部屋の中を覗いたマッテオは青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「上にはおそらく三人だ。でも気を抜くなよ」
「あんた、人を殺す事をなんとも思わないのか」
部屋は二つ、どこにいるのかはすぐに分かる。聞き覚えのある声や音が部屋から漏れ出ていた。扉だけを押し開くと、廊下に身を隠した。室内からは肉を打つ音と女の悲鳴が露わになった。
「来るなと、言った、だろ!」
荒い呼吸で体格のいい男は、腰を激しく打ち付けながら開いた扉に目を向けた。女は抱き合うような姿勢で身動きが取れないまま悲鳴を上げていた。赤毛の髪は乱れ、服は全て剥ぎ取られている。男が一層腰を強めた瞬間、ヘルムートは部屋に飛び込み背中から男の胸に剣を突き刺した。切っ先はぎりぎり女には到達しない位置で止まる。男は体を震わせるとヘルムートに蹴られるままベッドから落ちていった。
「今夜の事は全て忘れろ」
女はまだ若かった。発育途中の硬そうな胸には歯型や肌を吸った赤い跡が幾つも散っている。返事をする訳がない。きっとこの女はもう壊れてしまっただろうか。しかしベッドから下りた時、後ろからか細い声が聞こせた。
「あの、ありがとう」
ヘルムートは無意識に足を止めていた。
いつの時代もどんな場所でも、弱い女は男の慰み物となり未来を選ぶ事は出来ない。戦場でも小さな村でも、王宮でも。それが世の常であり、自分もそうやって生きてきた。抱きたくなれば目に留まる女を犯し、その女の未来を見ようとはしなかった。
――まさかこんな日が来るとはな。
己の通った後には、すでに女の涙と血の道が出来ている。それでも今はこうして男達に汚された女に興味が沸いていた。尊厳を踏み躙られ、体を好き勝手に甚振られ心を傷付けられ、それでもなおどんな風に立ち上がるのか。ヘルムートは振り返り掛けて足を進めた。
「ここにシルビアはいなかった」
もう一つの部屋の前で立ち尽くすマッテオに、ヘルムートは耳を澄ませた。部屋の中からは喘ぎ声が漏れ出ている。さっきの少女の悲鳴とは違い、明らかに艷やかな声だった。
「入るぞ」
扉に手をかけたヘルムートの手をマッテオが止める。その顔は真っ青になり、目には涙が浮かんでいる。部屋の中から聞こえるのは嫌がる声ではない。男を欲しがる甘い女の声。
マッテオは息を荒くし、扉を蹴り開けた。壊された蝶番は廊下に弾け飛び扉が落ちる。煙たい部屋の中にいたのは、二人の男と一人の女。シルビアは寝台の上で均等に筋肉のついた男の上に跨がっていた。もう一人の若い男は煙草を吹かしながら半裸でソファに沈んでいる。シルビアはこれでもかと目を見開き、震える唇を動かした。
「違うの、これは、違うの」
「お前の男か?」
下から問われ、シルビアは動転しているのかコクコクと誰に向けてなのか分らないまま頷いた。
「それならとっておきを見せなくちゃな。可哀想に、もう少しだったろ?」
そう言うと男はシルビアの腰を掴み、なぶるように腰を押し付けた。シルビアは甘い悲鳴を上げながら体を揺らして盛大に達した。
「あんたの女はな、こうやってやると喜ぶのさ。やり方を教えてやろうか?」
ヘルムートは剣を床に捨てて壁に背を着いた。
「お前に譲ってやる」
マッテオは剣を握り締めると寝台に向かって歩き出した。しかし男は隠していた短剣を毛布の下から取り出すと、マッテオ目掛けて勢いよく投げた。短剣はマッテオの肩に突き刺さり、その隙に若い男はマッテオに突進してくる。しかし無造作に振った剣が男の脇腹を掠めた。
「クソッ、聞いてた話と違うじゃねぇか!」
上に乗っていたシルビアをマッテオの方に押し退けると、年の割に筋肉の付いた体に整った容姿の男は、見た目には似つかわしくない言葉を吐いた。
「怪我はなかったか?」
「そ、その人ね、私達の間じゃ有名なのよ。みんな一度はシてみたいって」
「怪我はなかったかと聞いたんだ」
静かだが怒りを湛えた声に、びくりと華奢な体を跳ねさせ嗚咽を漏らし始めた。
「おいおい、あいつらはどうした? なんで来ないんだよ。何の為の見張りだよ!」
すぐに増援が来ると思って高を括っていた男二人は、いつまで経っても現れない仲間を待って廊下に視線を送っていた。
「期待している所悪いが、下の奴らは皆死んでいる」
とっさに逃げようと窓に向かった若い男の背中をマッテオの剣が今度は的確に振り下ろされる。シルビアを下から嬲っていた男は、動かなくなった仲間を見ながら悲鳴を上げた。
「待て待て! 殺されるなんて聞いてない! 俺達は赤毛の女を犯すよう言われただけだ! どっちの女か分からなかったから二人共ヤッただけなんだよ!」
全裸で膝を震わせ、怒鳴るように言った男の足元には水溜りが出来ていく。男は自分の漏らした尿の上に座り込んだ。
「あれだけ立派だった物をそんなに縮こませて、可哀想に」
マッテオはゆっくり近づきながら座り込む男の前に立った。
「殺さないで、頼む。頼まれただけなんだよ!」
「誰に?」
「それは分からないッ」
拳が頬をかすめて壁にぶつかる。パラリと砂が落ちた。
「本当だ、本当に知らないんだ! でも高貴な男だった。ただ俺達は下の奴らと町に入って、指定された家の女を襲えって。こんな事で大金が入るんだから誰だってやるだろ? でも家の近くに赤毛が二人がいたから……」
捲し立てるようにしゃべっていた男は強張った笑みを貼り付けてマッテオに擦り寄った。
「良かったら俺が女の抱き方を教えてやるよ! 一緒にどこかの女で試そう! な!?」
「駄目よ! マッテオが他の女を抱くなんて嫌!」
「誰に指示されたのか言え」
「だから本当に知らないんだ! 二階にいた奴らは同業者なだけで、下にいた奴らの事はもっと知らねぇ!」
窓の下から怒声が聞こえ始める。近づいてくる声の波は家の下で乱闘が始まった事を知らせていた。
「あいつらが流れ込めばもう殺せなくなるぞ。王都の牢に入ればなおさら手出し出来なくなるな」
腕組をしたままどこか楽しそうなヘルムートの言葉に、マッテオは剣を振り上げた。
「待て、やめろ、助けてくれ! 分かった、それじゃあ王都の娼館で一番人気を抱かせてやる。あんたなんかじゃ絶対に手の届かないお貴族様専用の娼婦だぞ!」
「……その薄汚い口を閉じるんだ」
マッテオは剣を男の足の間に振り下ろした。町中に響き渡るかのような男の悲鳴が上がり、マッテオは剣を投げ捨てた。そのまま部屋を出ていく。シルビアは手を伸ばしかけて止めた。いつの間にか、腕にも男の吸い痕が残っていた。
「殺さなくて良かったのか?」
通り過ぎざま、ヘルムートは床に飛んだ物を見て笑った。
「死なすのはまた早い。それに死よりも恐ろしい罰を与えたつもりだ」
「まあ確かに、男としては耐え難いな」
町人が奮起し拘束出来たのは八名だけ。町の入り口を見張っていた野盗達は、異常に気付いたのかいつの間にか逃げ去っていた。
玄関先で飲み食いをしている男達に見つからないように裏口に回った所で、突然出てきた者の腕をヘルムートが掴んで地面に押し倒した。
「待て待て、俺だよ俺!」
地面に押し付けられていたのは、パン屋の主人だった。
「ヘルムート手を離して!」
開放されたパン屋の主人はマッテオの後ろに隠れながら怯えた目でヘルムートを見た。
「おじさん今はどういう状況なの?」
「あぁエマちゃん無事で良かった。どうもこうもないさ。あいつらすぐに厩を制圧してきたんだ。自警団の拠点も抑えられちまって武器もほとんどないんだよ」
「統制が取れているのか。だから今はあんなに油断しきっているんだろう」
マッテオは我慢できないとばかりに走り出そうとした。
「落ち着け」
「妻が酷い目に遭っているかもしれない時に冷静でいられない! あんたならどうなんだ!」
するとヘルムートは冷ややかな視線を町長の家に向けた。
「私なら皆殺しだ、その一族もな。だから危ない目には遭うなよ。周りの為だ」
そう言って向けられた視線から逃れるように俯いた。
「怪我人が多いから今は診療所に集まって対策を練っている所なんだ。異変を察知して王都へ知らせに出た奴らがいるが、救援はまだ先だと思った方がいい。さぁ、エマちゃん達も来てくれ」
「でもおじさんはどうしてここにいたの?」
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――え???
三人の顔を見ると顔を真っ赤にして答えた。
「多分飯炊き要員だよ! 変な想像をするな!」
「外に集まっている奴らだけでも十人くらいだな。どのくらいで襲ってきたんだ?」
「二方向から襲ってきたからな。おそらく二十人……あぁでも三十人位いるかもしれない」
「統制が取れ、武器が扱える野盗ねぇ」
「話し合いはもう沢山だ! 無駄だと分かっていても助けに行く」
「私も行くわ!」
腰に腕を回されてエーリカは思わず上ずった声を出した。
「やめてよこんな時に!」
「こんな時じゃなかったらいいみたいだな」
さり気なく後ろに追いやられると、ヘルムートは手をヒラヒラと振った。
「私一人でいい。ああ、違うな。私達だけでいい」
ヘルムートの横にはいつの間にか大きなモフが現れた。
「一応聞いておくが、中にいる奴らを殺ったらもうここにはいられないぞ」
確かに、数日で王都から兵士達が来るだろう。そうすれば町は調べ尽くされるだろうし、当然助けに入った者についても話は普及する。それでもエーリカは頷くとヘルムートに一歩近付いた。
「任せてしまってごめんなさい」
「私が野盗ごときに負けるものか」
不敵な笑みだが今は不安で一杯だった。
「おい、こいつを安全な場所に連れて行け。なにかあれば俺がお前達を滅ぼすからな」
「俺も行く! 妻を助けたいんだ」
「剣は?」
「扱える」
「人を殺した事は?」
「ない」
「なら躊躇わずに斬れ」
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「エマちゃん、俺達は足手まといだろうし診療所に行こう!」
エーリカは急ぐパン屋の主人に続いて町の中を走った。
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通路の入り口付近に立っていた男の背後に首に剣の切っ先を当てて引く。ヘルムートは切っ先を抜き切ると同時に男の膝を素早く折って後頭部を押して床に向けた。男達には、仲間が急に座り込んだ事と、その後ろに見知らぬ男が立っている事に思考が止まったようだった。その隙にヘルムートは机の上に飛び乗ると円を描くようにして剣を振り、鮮やかに三人を仕留めた。驚いた女と目が合う。そのまま悲鳴に繋がりそうな口をとっさに塞ぐと、真下に剣を振り下ろす。切っ先は床を這っていた男の鼻先をかすめて床に突き刺さっていた。
「お前には聞きたい事がある」
机の下から出てきたのは中年の痩せた男。顔は酒なのか垢なのか、赤黒く染まっており、腰を抜かして座り込んでいた。
「仲間は何人いる」
「お、俺は関係ない! 飯があ、ある所に、連れて行ってやると、い、言われただけで」
「質問の答えと違うな。次間違えた小指から切り落としてやるぞ」
「わかった! 上に四人だ。いや、三人か」
「どっちだ!」
「三人だ。でも分からねえ、本当だ。俺も見張りの奴らも連れて来られただけなんだ!」
「誰に連れて来られた?」
「知らない! 上の奴らは仕事だから俺達には来るなと言って女達を連れて行ったんだ! 畜生ッ」
ヘルムートは床から剣を引き抜くと、座り込む男の胸に突き刺した。驚いた男が刃を握る。そのまま足で蹴り押すと廊下に出た。部屋の中を覗いたマッテオは青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「上にはおそらく三人だ。でも気を抜くなよ」
「あんた、人を殺す事をなんとも思わないのか」
部屋は二つ、どこにいるのかはすぐに分かる。聞き覚えのある声や音が部屋から漏れ出ていた。扉だけを押し開くと、廊下に身を隠した。室内からは肉を打つ音と女の悲鳴が露わになった。
「来るなと、言った、だろ!」
荒い呼吸で体格のいい男は、腰を激しく打ち付けながら開いた扉に目を向けた。女は抱き合うような姿勢で身動きが取れないまま悲鳴を上げていた。赤毛の髪は乱れ、服は全て剥ぎ取られている。男が一層腰を強めた瞬間、ヘルムートは部屋に飛び込み背中から男の胸に剣を突き刺した。切っ先はぎりぎり女には到達しない位置で止まる。男は体を震わせるとヘルムートに蹴られるままベッドから落ちていった。
「今夜の事は全て忘れろ」
女はまだ若かった。発育途中の硬そうな胸には歯型や肌を吸った赤い跡が幾つも散っている。返事をする訳がない。きっとこの女はもう壊れてしまっただろうか。しかしベッドから下りた時、後ろからか細い声が聞こせた。
「あの、ありがとう」
ヘルムートは無意識に足を止めていた。
いつの時代もどんな場所でも、弱い女は男の慰み物となり未来を選ぶ事は出来ない。戦場でも小さな村でも、王宮でも。それが世の常であり、自分もそうやって生きてきた。抱きたくなれば目に留まる女を犯し、その女の未来を見ようとはしなかった。
――まさかこんな日が来るとはな。
己の通った後には、すでに女の涙と血の道が出来ている。それでも今はこうして男達に汚された女に興味が沸いていた。尊厳を踏み躙られ、体を好き勝手に甚振られ心を傷付けられ、それでもなおどんな風に立ち上がるのか。ヘルムートは振り返り掛けて足を進めた。
「ここにシルビアはいなかった」
もう一つの部屋の前で立ち尽くすマッテオに、ヘルムートは耳を澄ませた。部屋の中からは喘ぎ声が漏れ出ている。さっきの少女の悲鳴とは違い、明らかに艷やかな声だった。
「入るぞ」
扉に手をかけたヘルムートの手をマッテオが止める。その顔は真っ青になり、目には涙が浮かんでいる。部屋の中から聞こえるのは嫌がる声ではない。男を欲しがる甘い女の声。
マッテオは息を荒くし、扉を蹴り開けた。壊された蝶番は廊下に弾け飛び扉が落ちる。煙たい部屋の中にいたのは、二人の男と一人の女。シルビアは寝台の上で均等に筋肉のついた男の上に跨がっていた。もう一人の若い男は煙草を吹かしながら半裸でソファに沈んでいる。シルビアはこれでもかと目を見開き、震える唇を動かした。
「違うの、これは、違うの」
「お前の男か?」
下から問われ、シルビアは動転しているのかコクコクと誰に向けてなのか分らないまま頷いた。
「それならとっておきを見せなくちゃな。可哀想に、もう少しだったろ?」
そう言うと男はシルビアの腰を掴み、なぶるように腰を押し付けた。シルビアは甘い悲鳴を上げながら体を揺らして盛大に達した。
「あんたの女はな、こうやってやると喜ぶのさ。やり方を教えてやろうか?」
ヘルムートは剣を床に捨てて壁に背を着いた。
「お前に譲ってやる」
マッテオは剣を握り締めると寝台に向かって歩き出した。しかし男は隠していた短剣を毛布の下から取り出すと、マッテオ目掛けて勢いよく投げた。短剣はマッテオの肩に突き刺さり、その隙に若い男はマッテオに突進してくる。しかし無造作に振った剣が男の脇腹を掠めた。
「クソッ、聞いてた話と違うじゃねぇか!」
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「怪我はなかったか?」
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静かだが怒りを湛えた声に、びくりと華奢な体を跳ねさせ嗚咽を漏らし始めた。
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とっさに逃げようと窓に向かった若い男の背中をマッテオの剣が今度は的確に振り下ろされる。シルビアを下から嬲っていた男は、動かなくなった仲間を見ながら悲鳴を上げた。
「待て待て! 殺されるなんて聞いてない! 俺達は赤毛の女を犯すよう言われただけだ! どっちの女か分からなかったから二人共ヤッただけなんだよ!」
全裸で膝を震わせ、怒鳴るように言った男の足元には水溜りが出来ていく。男は自分の漏らした尿の上に座り込んだ。
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マッテオはゆっくり近づきながら座り込む男の前に立った。
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「誰に?」
「それは分からないッ」
拳が頬をかすめて壁にぶつかる。パラリと砂が落ちた。
「本当だ、本当に知らないんだ! でも高貴な男だった。ただ俺達は下の奴らと町に入って、指定された家の女を襲えって。こんな事で大金が入るんだから誰だってやるだろ? でも家の近くに赤毛が二人がいたから……」
捲し立てるようにしゃべっていた男は強張った笑みを貼り付けてマッテオに擦り寄った。
「良かったら俺が女の抱き方を教えてやるよ! 一緒にどこかの女で試そう! な!?」
「駄目よ! マッテオが他の女を抱くなんて嫌!」
「誰に指示されたのか言え」
「だから本当に知らないんだ! 二階にいた奴らは同業者なだけで、下にいた奴らの事はもっと知らねぇ!」
窓の下から怒声が聞こえ始める。近づいてくる声の波は家の下で乱闘が始まった事を知らせていた。
「あいつらが流れ込めばもう殺せなくなるぞ。王都の牢に入ればなおさら手出し出来なくなるな」
腕組をしたままどこか楽しそうなヘルムートの言葉に、マッテオは剣を振り上げた。
「待て、やめろ、助けてくれ! 分かった、それじゃあ王都の娼館で一番人気を抱かせてやる。あんたなんかじゃ絶対に手の届かないお貴族様専用の娼婦だぞ!」
「……その薄汚い口を閉じるんだ」
マッテオは剣を男の足の間に振り下ろした。町中に響き渡るかのような男の悲鳴が上がり、マッテオは剣を投げ捨てた。そのまま部屋を出ていく。シルビアは手を伸ばしかけて止めた。いつの間にか、腕にも男の吸い痕が残っていた。
「殺さなくて良かったのか?」
通り過ぎざま、ヘルムートは床に飛んだ物を見て笑った。
「死なすのはまた早い。それに死よりも恐ろしい罰を与えたつもりだ」
「まあ確かに、男としては耐え難いな」
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