魔術師の恋〜力の代償は愛のようです〜

山田ランチ

文字の大きさ
上 下
26 / 63

26 全ての始まり

しおりを挟む
 千年以上前

 小国シュヴァルツシルト王国の都は、炎に包まれていた。

 突然、都を囲っていた壁は炎によって突き破られ、人々を焼き尽くし、生きているかのようにうねりながら通りを進み、家々に燃え広がっていく。逃げる間はなく、戦う相手はいなかった。炎は一人の女が握る石から放たれていた。

 砂漠に住む蛮族の娘。炎によって開かれた道を進みながら迷う事なく王宮へと入ると、王と王妃を炎ではなく短剣で切り裂いた。
 鮮やかなタイルの壁に血飛沫が模様のように付き、床に血が広がっていく。その血を踏んだ足が指跡を残して窓に向かった。血に染まった短剣を持ちながら黒髪を束ねた女は燃える都を見下げて吠えた。目尻から頬に入った入れ墨が三本、黒い涙のように見えた。

「ヴィー?」

 王の間に辿り着いた三人の兄妹達は、床に倒れている両親に駆け寄った。

「遅かったね、オルフェン。あんたの親は殺してしまったよ」

 三つ上の兄と五つ下の妹は、泣きながら息絶えている両親の体を抱き上げ、嗚咽を漏らしている。オルフェンは呆然としたままゆっくりと振り返った。

「ヴィー、何があったんだ」

 ヴィーと呼ばれた女はオルフェンを睨み付けた。

「先に襲ってきたのはお前達だ! 私達部族を野蛮だと決めつけ村を襲ってきた!」
「誓って襲っていない! 現に俺達は夫婦になろうって……」
「黙れ! もう騙されない! お前は私を裏切った。私に近づき父に取り入り、我が部族の秘宝が欲しかっただけだろう!」
「違う! ヴィー信じてくれ!」

 オルフェンを睨み付ける黒い瞳が赤く染まる。その後、青と緑、そして金色が混じり合っていく。体からは湯気のような陽炎が立ち昇り始めた。

「まさか、まさかヴィー、秘宝を持っているのか」
「そうしなければお前達に奪われていた」
「そんな事したら体が壊れてしまう!!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! もう何も聞きたくない! 村は滅んだ! 男達は殺され、女達は汚された。全部お前達のせいだ!」

 陽炎が大きくなる。オルフェンは後ろにいる兄妹達を立たせた。

「お前達は逃げろ」
「オルフェン、もうヴィーは駄目だ、行こう!」
「オルフェン兄様早く! ヴィーはもう秘宝に取り込まれています、諦めましょう!」
「いいから二人で逃げろ!」
「置いていけません!」
「大丈夫、誰も逃しはしないよ」

 秘宝を握っている手が窓から都に向かって伸びる。その手の先から竜巻のような火柱が上がった。火は勢いを増し、空を旋回して地上に落ちていく。

「あぁぁ! 湧き上がってくる。お前達にも復讐しなくてはね。私達一族が受けた悲しみと苦しみを増幅させて、嫌という程に味あわせてやる!」

 掌がこちらに向く。手の甲に彫られた入れ墨の縁が光った。

「どんな力も使えるの。試してみる?」
「やめろ、ヴィルヘルミナ!」

 オルフェンは走り出すと差し出された腕ごと抱き締めた。

「兄様!」
「オルフェン!」

 声と幾つもの光が重なると同時に、王宮は激しい光に包まれた。





 体の痛みに目が覚めたオルフェンは、瓦礫の上で半身を起こした。立ち込めている焦げた臭いに顔を顰める。そして周囲を見て呆然とした。
 王宮の中にいたはずが建物は瓦礫と化し、高い山となっている。眼下には燃えていたはずの都が水に沈み、大地には底の見えない亀裂が走っていた。家々は崩れて飲まれ、そこに水が吸い込まれる様に落ちていく。あまりに酷い、信じ難い光景だった。

「ヴィー? ヴィルヘルミナどこだ!」

 声はこだまのように遠くに消えていく。視線を彷徨わせた先、下の方で水に半身を漬けた妹を見つけた。瓦礫を駆け下りていく。足がもつれて転びながら妹の首に恐る恐る触れた。

――生きている! 

 引っ張り上げようとして、足が水の中で瓦礫に埋れているのが見えた。オルフェンは冷たい水に入りながら力を入れたが全く動かない。その時大きな手が重なった。

「兄上!」

 大きな手はいとも簡単に水の中の瓦礫を持ち上げた。

「早くしろ!」

 瓦礫の下から妹を引きずり出すと、うっすら目が開き、青い唇が微笑んだ。

「兄様達、良かった。ご無事ね」

 そして足先に当たる水を見下げ、その下に続く大きな水溜りに悲鳴を上げた。これだけ大量の水を見た事がない。突然現れたのは、王都が沈む程の巨大な湖だった。

「いや! あっちにいって!」

 オルフェンの体にしがみつくと、水は言葉を理解したかのように水位を下げていく。大量の水は大地の亀裂に飲まれるようにして引いていった。

「……どうなっているんだ」
「体の中に妙な力を感じないか?」

 オルフェンはしばらく意識を体内に向けた後、顔を上げた。

「なんだこれ」

 腹の中に蠢くのはまるで太さの違う蛇。気持ち悪くて腹を掻くが、その行為はただ嫌な感覚を自覚しただけだった。

「ヴィーは? ヴィーを見ていないか!」
「オルフェン、俺達はヴィルヘルミナを見つけ出して殺さなくちゃならない」
「ヴィーを殺す? ふざけるな!」
「よく見るんだ! 全員死んだんだ。国を殺された! 全部ヴィルヘルミナがやったんだ。民と、父上と母上の仇を取るんだ!」

 遠目からでも分かる程、瓦礫と化した家々の間には幾つもの死体が見え隠れしている。崩れた王宮を背に、三人の兄妹は失った王国を前に立ち尽くすしかなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】お前とは結婚しない!そう言ったあなた。私はいいのですよ。むしろ感謝いたしますわ。

まりぃべる
恋愛
「お前とは結婚しない!オレにはお前みたいな奴は相応しくないからな!」 そう私の婚約者であった、この国の第一王子が言った。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

処理中です...