魔術師の恋〜力の代償は愛のようです〜

山田ランチ

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25 そして魔力が尽きました

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 まさか誰も、空に浮かぶ魔術師の山から敵が現れるとは思ってもいなかった。
 転送陣の間から現れたのは人一倍大きな体の男と、その後ろに銀髪の青年。転送陣の間に控えていた魔術師は、突然現れた二人に驚いたまま体を剣で貫かれていた。蹴り飛ばされて遠くまで飛ばされる。現れた二人の体はすでに赤く染まっていた。

「まさかこれ程までに上手くいくとはさすがです、ヘルムート殿下」

 わざとらしく辺りを見渡す姿は余裕すらある。そして集まったまま驚いて立ち尽くしている者達を嘲笑うように血の付いた剣を振った。床に赤い染みが点々と出来ている。広間に居たのはこの国を動かす重鎮ばかり。結界が消えた為、指揮を執る場を城からどこよりも安全であろう魔術師の山へと移し、その時に取り敢えず目に付いた者達から避難させていた所だった。だから下にはまだ沢山の人々がいる。王妃に第二王子、王城努めの貴族達に文官、使用人に兵達。そしてどす黒く濡れた姿は、ここに来るまでにその多くの者達を手に掛けてきた証拠だった。

「その者達を殺してしまってはお前達も戻れなくなったぞ」

 国王は遠くに飛ばされたまま動かない魔術師を見ながら顔を顰めた。これで下へ戻る事は出来なくなってしまった。出払った魔術師達が戻るまでここで耐えなくてはならない。

「あぁ、お前達はこれを持たないんだったな」

 銀髪の青年が手を上げると部屋中に風が起こる。涼しい顔で強力な魔力を使うその姿は人間離れして見えた。小柄と言っていい位の体は風に靡くことなく、風は更に力を増していく。しかし怯えていた人々の視線が広間の通路に向けられた瞬間、銀髪の青年は広げていた手を握り締めた。風がぴたりと止まる。クラウスが魔術師達のいなくなった住居塔に取り敢えずに避難させた者達を移し、今まさに広間へと戻ってきた所だった。一瞬にして理解したのか、すぐに国王の前に立った。

「お前達は先日の使者達か。大人しく帰って妙だとは思っていたが、まさかこんなに大それた事を考えていたとは。お前は……あの時いなかったな」

 紫の離宮で会った時、大きな男はミュラーと名乗っていた。しかしクラウスの目はその横に立つ銀髪の男を捉えていた。紫の離宮にはいなかった男だった。

「さすがにここに来るまで魔術師達に見つかるかと思ったが、やはりこの国の者達は結界に守られていたせいか平和呆けしているようだ。まさかこれほど簡単に魔術師達を外へおびき出せるとは思わなかったよ」

 主従関係は見てすぐに分かる。ミュラーの方が一歩引くようにして銀髪の青年の言葉を聞いていた。

「縁談の申込みは最初から国に侵入する為の口実だったと言う訳か」

 クラウスは腰から剣を引き抜くと、真っ直ぐに構えた。

「最初はな。でも今はこの国の他にも、個人的に褒美が欲しくなった所だ」
「殿下そろそろ……」

 クラウスは国王と目を合わせた。

「まさかお前がヘルムートか?」
「口を慎め! ヴィルヘルミナ帝国の第三皇太子ヘルムート殿下であらせられるぞ!」

 ミュラーの地を這うような低い声が広間に響き渡る。するとヘルムートは少し鼻に掛かった声で楽しそうに笑った。

「いいじゃないか、向こうも一応王子なんだから」
「殿下、遊ぶのもそろそろお終いにして下さい。早く済ませましょう」
「分かった分かった。お前達に望む事は一つ、降伏だ。死にたくなければ大人しく国を明渡し、ヴィルヘルミナ帝国の属国となれ。そうすればむやみやたらに殺しはしない。しかし断れば、分かるな?」

 ヘルムートは辺りを見渡した。冗談には聞こえない。クラウスは剣を構えたまま動けずにいた。おそらくここにいる誰もが同じなのだろう。それほどにヘルムートが放つ殺気は異質だった。

「お前達が皆死んだ後にオルフェンが戻ったらどんな顔をするのか、それを見るのもまた一興だが、どうせ手に入るなら出来るだけ綺麗な状態でこの国を手に入れたい。分かってくれるな?」
「到底受け入れられない。忘れていないか? ここは敵国の中枢だぞ、追い込まれているのはお前達の方だ!」

 するとヘルムートは更に大きな声で笑い出した。

「さっきの魔術を見ていなかったのか? もしそれでも力の差が分からないというのなら、なんと愚かな奴だ。あの女も早々に見切りをつけるべきだったな」

 クラウスの頬が強張る。剣を持ち直してヘルムートを見据えた。

「まさかお前の欲しい褒美と言うのは……」
「お前の妻になる者だ。この国を手に入れたらあの女も貰う」

 クラウスはヘルムートに向かって斬りかかった。しかし前に出たミュラーの剣に弾かれて後ろに退く。
「エーリカは絶対に渡さない!」
「誰の意志も関係ない。俺が欲しいと思った時点で全て俺の物だ。この国も、女も!」

 クラウスとミュラーの剣が交わる。何度も打ち合う刃の音だけが王の間に響いた。ミュラーはクラウスよりも大きい。一太刀毎に伝わってくる振動が腕を痺れさせ、何度も打ち合っていては確実に先に消耗するのはクラウスの方だった。しかしミュラーの力む顔が変わった瞬間、押し切られる前に力を抜いて流した。ミュラーの剣が床にぶつかる。クラウスは前屈みになったその巨体に剣を振り下ろした。その瞬間強風が体を押し、後ろに吹き飛ばされた。銀髪がふわりと上がっている。ヘルムートは踵を鳴らしてミュラーの元に行くと、ミュラーは欠けた剣の切っ先を見て唸った。

「申し訳ありません。オルフェンが戻ってくる前に城を落としましょう」
「しかし魔術師がいないとこうもつまらないものなのか」

 その時、転送陣が明るく光った。

「魔術師ならここにいます」

 ピンクブロンドの髪を揺らし、美しい姿が入ってくる。
 エーリカは地面に横たわるクラウスに目を向けた。気を失っているようだったが、僅かに動いた事に胸を撫で下ろす。そしてクラウスから敵の意識を逸らす為にわざと、更に一歩近付いた。

「結界魔術師なら相手に不足はなくて?」

 するとヘルムートは珍しく歓喜の表情を顕にした。

「まさかオルフェンではなくお前が来たのか」

 エーリカは不快そうに眉を寄せると、ヘルムートは手の上で魔石を見せた。

「共に庭へ行っただろう?」

 エーリカの顔からさっと血の気が引いていた。

「あの侍女なの?」
「この方はヘルムート皇太子殿下だ」

 目眩が起きそうになりながら銀髪の男を見ると、瞳の奥に魔力の塊を感じた。あの時は気のせいかと思った瞳の色が今は間違いなく多色をはらんでいる。ホフマン伯爵の領地で見た、得体の知れない太古の魔術の気配。ヘルムート達がこちらに気を取られている間に兵達が動き出す。止める間はなかった。ヘルムートは振り返りもせずに掌を後ろに向けると指先を動かした。

――あんなに簡単に魔術を発動出来るなんて。

 火の塊が幾つも飛び、兵達に降り掛かっていく。悲鳴と共に赤く燃え上がる兵士が三人。火はすぐに消されたが三人はぐったりとしたまま動かなかった。

「魔術師の相手は魔術師よ!」
「あなたには魔術ではなく寝所で相手をしてもらいたいな。あぁ、でも互いに魔力を使ったあと激しく睦み合うのも悪くないか。魔術師同士のまぐわいは非魔術師相手よりもずっと激しいから、私はそちらの方が好みなんだ。あなたの婚約者候補よりも私の方がずっと良いと思うよ?」
「あなたなんか絶対にお断りよ」

 するとヘルムートの目がクラウスに向いた。その瞬間、エーリカは宙にマークを描いて片手を前に出した。クラウスに向って放たれた火の玉が何かにぶつかったように上に立ち昇って消える。

「なるほど、結界はこんな風にも使えるのか。便利なものだな」

 するとヘルムートは顔から一切の笑みを消し両腕を前に出した。色が混ざり合い黒くなった大きな塊が出来始める。ホフマンの領地で見た太古の魔術だった。黒い塊を床に向けて放つと足元がぐらりと揺れる。床にひびが入り始め、悲鳴が上がった。

「この神の山もどきを叩き落としたら一体どのくらいの者達が生き、そして死ぬと思う?」
「そんな事したらあなた達も死ぬわよ」
「それが面白いんじゃないか! でも残念、私とミュラーは助かってしまうよ。不公平な事に私の魔力は強大だからな」

 その間にもどんどん足元は斜めになり、天井に亀裂が入って崩れていく。柱は支えを失い、容赦なく倒れてくる。落ちてくる瓦礫にエーリカはとっさに守護のマークを両手で描くと、一方を天井にそしてもう一方を床に向けた。

「たった一人でこの崩壊からこいつらを救うつもりか?」

 足場がどんどん悪くなっていく。山は崩れながら斜めに下降し始め、あちこちから地鳴りが轟き始めた。

「あなたの対価はなに?」
「何?」

 オルフェンに問われた言葉の意味が今なら分かる気がした。力には対価が必要なのだと。

「それほど強大な力の対価よ」
「対価などないさ」
「……あなたには一人の中に収まるには大き過ぎる魔力が渦巻いているわ。あなたも何かを失っているはずよ」

 すると、ヘルムートは片眉を上げた。

「随分知った風な口の利き方だな」
「それだけの力を持てば孤独のはずだわ。だからこうして破壊しか出来ないのよ!」
 
 ヘルムートは苛立ったように黒い塊を更に床に押し込んだ。地割れと落下が早くなる。広場に居た者は流れていき、壁にぶつかっていく。天井から降る瓦礫の全ては抑えられない。当たりには砂煙が上がり視界が悪くなる。その時、意識を取り戻したクラウスが目に入った。しかしクラウスは気が付いた瞬間転びながら走り出した。
 視線の先にはミラがいた。飛び込むようにミラを庇うとその直後、大きな石の塊が落ちてくる。固まったままのミラを頭から覆いかぶさるように抱き締めていた。その瞬間、お腹の中で重たいものが一気に広がった。

――駄目よ、今は暴走しないで!

 目を固く瞑って力を込める。しかし瞼に焼き付いた光景が何度も襲ってくる。腹の底に溜まっていたものは蛇のように形を取ってのたうち回り、体中を暴れ回っている。気を抜けば外に飛び出してしまいそうだった。魔術を放出して山を支えながら、腹の中から飛び出そうとする力を抑え込む。膝が折れて限界を迎えようとした時、一際大きな揺れと激しい轟音と共に山は地上に落ちて体が投げ出された。




 ポツ、ポツと雨粒が頬を打っていく。
 守護山の落下で辺りの建物は全て倒壊し、滅茶苦茶な瓦礫の山となっていた。沢山の人達が倒れたまま動かない。エーリカは呆然としたまま、痛む体を起こして無意識に守護のマークを描こうと手を上げた。その時激しい足音が近づき、叫び声が上がった。

「いたぞ! 魔術を使っている! こいつだ!」

 砂煙が上がり視界が悪い中、何かがぶつかってきた。驚いた兵士の声と離された手。恐る恐る下を見ると、腹には剣が突き刺さっている。兵士は狼狽して後退りしていた。

「あ、まさか、そんな、今魔術師はいないはずじゃ……結界魔術師様ッ!」

 雨粒が強くなる。雨が体を伝い、血が流れていく。それでもエーリカは腹の中でのたうち回っていた魔力が鎮まっている事に安堵していた。血と共に魔力が抜けていく感覚がする。ふと、目の前に誰かが立った。髪は雨に濡れて黒ずんでいる。兵士は投げ飛ばされたのか地面に倒れていた。

――オルフェン? 

 一瞬、似ていると思った顔は嘲笑うように歪んだ。

「お前の中にあるのは初代ヴィルヘルミナ帝国の女王、ヴィルヘルミナの魔力の核だ。失う事は赦さない。返してもらうぞ」

 声は出ない。腹に刺さっていた剣がその者の手で引き抜かれる。視界が失われる寸前に、クラウスの声を聞いた気がした。
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