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23 そしてもう一度妻に恋をする

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 侍女に身体を丁寧に磨かれた後、落ち着かない気持ちで窓に手を付けた。ひんやりとした感覚に昂ぶっていた心臓が徐々に落ち着きを取り戻していく。その時、扉が叩かれた。

「入ってもいいか?」

 急いで扉の前に行くと、フレデリックはいつもより軽装だがちゃんと服を着ていた。とっさに薄い夜着の上にガウンを羽織っていただけの自分の格好に恥ずかしさが押し寄せてくる。胸元を引き寄せると、身体を滑らせるように入ってきたフレデリックからは石鹸の匂いがした。

「湯浴みをされたのですか?」

 思わず聞くと、振り返らないままそっけない返事が返ってくる。そのまま机の上に置いていたジルの手紙を手に取った。

「これを見ていたのか?」
「これはジルの心の叫びだと思っています。側にいたのに拾えなかった私が一生背負うものだと思っています」

 用意していたポットに手を掛けた所でその手を掴まれた。

「……今ここに二人でいるのは奇跡だと思っている。無事だったからいいじゃないかとは到底思えないんだ。だからジルには同情するが誰であろうとアンを奪う奴は許せない。それに、俺以外の事をずっと心に留めておくなんて止めてくれ」

 見上げたフレデリックの顔は真っ赤だった。

「そういう意味ではありませんよ?」
「分かっている」

 そう言うとソファに浅く座った。

「あの、フレデリック様?」

 顔を上げようとしないフレデリックに腕を掴まれ引き寄せられる。思わずフレデリックの胸に飛び込む形になってしまった。立ち上がろうとしたが後頭部を押さえられ、硬い胸に押し付けられたまま身動きが取れなかった。そして初めてフレデリックの心臓が激しく鼓動を打っているのが聞こえた。

「みっともないだろう? アンの事になるとこんなに緊張もするし、無様に嫉妬もするなんて」

 気のせいか声も上擦っている気がする。なんとか上を見ようと身じろぐと、後頭部を押さえていた手の力が僅かに弱まった。そのすきに胸に腕をついて顔を上げた。

「いつも嫉妬するのも、緊張するのも私だけだと思っていました。ですから嬉しいです」

 すると腕が背中に絡みついて再び強く抱き締められた。肺から空気が押し出されるのではと思う程の熱い抱擁を受け入れると、フレデリックは縋るように首に顔を埋めてきた。

「本当にすまなかった。沢山辛い想いをさせた事を後悔している。本当に……」

 声が震えている。アナスタシアは子供をあやすように少し硬い髪を楽しむように頭を撫でた。

「フレデリック様、助けて下さりありがとうございました」
「俺は記憶がなくても気がつくと君をまた愛し始めていた。それを認めるのが怖かったのかもしれない。いや、別に認めたくなかったと言う訳じゃないぞ」
「分かっていますよ」
「……戦争は本当に酷いものだった。無念のまま死んでいった者達がいて、沢山の命を奪った自分が幸せになっていいのか分からなくなった。戦わなくては自分が死んでしまうが、戦えば戦う程に葛藤が生まれていった。その塵は心の中で積もっていき、いつしか越えられない山となっていったように思う。それに俺のいない間も君の生活は続いていて、もう俺の事など忘れてしまっているんじゃないかと何度も思っていた。色んな事が頭の中を一杯にして、本当に大事なものを見失っていたんだ」
「……なぜ戦争の最前線へ志願されたのかお伺いしても宜しいですか?」

 ずっと、何年も聞けなかった事。言えなかった事がようやく口を滑り出ていく。その代わり、どんな答えが返ってきても受け止めるという思いでフレデリックの大きな身体を抱き締めた。

「あの時はお互いにまだ若かったという事を踏まえて聞いて欲しい。その、決して責任を感じてほしくはないんだが、君が昔ぽろりと本音を溢した事があったんだ。将来が不安だと」
「将来、ですか? 記憶にありませんが……」
「確か兄夫婦に一人目の子供が生まれて二人で領地に会いに行った時だ。その時に話しているのを聞いてしまったんだよ」

 するとアナスタシアは目を瞬いた。

「別に気しなくていいと言っだろう? 不安に思うのは仕方ない事だ。だから俺は爵位を賜るべく功績を作ろうと思った」
「待ってくださいフレデリック様! それは勘違いです!」

 今度はフレデリックが目を瞬く番だった。

「勘違い?」
「私は何もフレデリック様との事を不安だと言った訳ではありません。特別秀でた所のない私は自分に自信がありませんでした。出会いを忘れていた私は、自分が選ばれた事がずっと信じられなかったんです。ミレーユ様を失った一時の気の迷いだと思いました。自分に自信が持てないから、フレデリック様の好意も信じる事が出来なかったんです」
「それじゃあ俺に愛想を尽かされるかもしれないという不安、という事か?」

 腰に回った腕から力が抜けていく。とっさに肩を掴んだ。

「申し訳ございません。私がちゃんとお話出来ていれば良かったです」
「そうじゃないだろ。出来なかったから兄上達に相談したんだ。それに、それを言うなら俺も同じだ。君に確かめる事が出来なかった。面と向かって聞く事が怖かったんだ。結婚を無理強いした自覚はあったから」

 少し離れて目を見合わせる。そしてどちらとともなく、ふっと笑い合った。

「俺達、二人共自信がなかったんだな」
「そうみたいですね」
「だから俺は戦場へ行き、君は事業を始めた。互いの為に何かをしようとして」

 緩んでいた腰に回っていた腕に再び力が戻ってくる。アナスタシアも肩に置いていた手をしっかりした首に回した。 


「随分と遠回りしてしまったようだ」
「でもこれで良かったとも思います」

 するとフレデリックは目を細めて頷いた。触れ合うだけの口付けを何度かすると、離れた目には、さっきまでなかった熱が宿っていた。

「愛しているよ、アナスタシア」
「私もです、愛しています。フレデリック様」

 軽々と持ち上げられた身体を奥の部屋の寝台へとそっと置かれる。ランプの小さな灯りに照らされた頬に大きな手がそっと撫でるように過ぎていく。しばらく見つめられた後、頬の横に肘を着いて顔を埋めてしまった。体重は掛けないようにしているがそれなりに重い。どうしたのかと背中に手を回すと、耳元で小さな溜め息が漏れた。

「愛しているんだ。本当に。だからこそ俺は自分が許せない。君の記憶を失った事も、その後の事も。俺こそいつか愛想を尽かされてしまうんじゃないかと、今だって不安で堪らないんだよ」
「先の事は分かりませんからね」

 すると抱きしめていた大きな体がびくりと跳ねた。

「私はこの先あなたよりもずっと好きな人が出来るかもしれません。だからそうなったらきっとフレデリック様を放おっておいてしまうかもしれませんよ」

 ぐいっと顔を上げたフレデリックは不機嫌そうに顔を顰めていた。

「それは他に誰か気になる男が出来るかもしれないという事か?」

 フレデリックの両頬を手で挟んだ。

「男の子か、女の子かもしれません。私が子育てで忙しくなった時、拗ねないでくださいね? ディミトリ様は拗ねていたようですから」

 すると深い口付けが落ちてきた。そのまま優しくも激しい口付けを受け入れる。何度も舌を絡ませていく。どちらかともなく追いかけ擦り合わせていくと、吸い取るように舌を吸われ、唇を食まれて離れた。

「今は他の男の名前は口にするな。誰であっても」

 夜着の上から両手で包まれ乳房が揺れる。そのたびに掌に擦られた頂きからくる心地よさに思わず声が出そうになった。唇をきつく結ぶと開くようにぺろりと舐められる。見上げてくるフレデリックは目眩がしそうな程強烈な色気を放っていた。動く度にしなやかな筋肉が波打つ。すっぽりと隠れてしまう程の背中を撫でながら揺さぶられるままに夢中で頂きを口に含んでいるフレデリックの頭を撫でる。次第に服の上からの刺激に堪らなくなってきた頃、大きな手で腰を撫でられた。

「……物足りなかったか?」

 分かっているとばかりに夜着が捲られ、そのまま一気に脱がされた服を丁寧に寝台の横に置くと、フレデリックもそのまま上のシャツを脱ぎ落とした。

「怖い?」
「そうではなくて、その、下はよろしいのですか?」 

 シャツは脱いだがスラックスは履いたまま。自分は全てを晒してしまったのだから、フレデリックにもそうして欲しいという想いから言った言葉だったが、フレデリックは苦しそうな顔をしてからスラックスに手を掛けた。

「もう止められないからな」

 床にスラックスが落とされ、不意に目に入ったものに目を逸らす。それでも腿の辺りに熱くて硬いものが主張して当たっていた。
「怖がらないようにと思っていたのに」

 その間にも体中に無数の口付けが落ちてくる。恥ずかしくて背を向けると、今度は余す事なく舐めるように舌が背中を這った。

「はうッ」

 びくりとして身体を逸らすと、後ろから顎を掬われて振り向きざまに口付けをする。激しく貪るような口付けだった。離れた二人の間からねっとりとした糸が伸びていく。向かい合うように身体を戻すと、掌で下肢を擦られながら、次第に秘部に手が進んでいく。びくりと身体が震えたが、そのままフレデリックの指を受け入れた。

「待ち望んでくれていたようで嬉しいよ。俺にもっと触って欲しい?」
「は……い。フレデリック様の手は、とても安心します」

 離れていた手が再び戻ってきて優しく撫で始めていく。アナスタシアは堪らなくなって、口からは止められない甘い声が漏れ出ていた。

「待って、待って、ください」
「なぜ?」

 懇願するように下から啄むように唇に何度も甘い口付けが襲ってくる。下唇を引っ張られるようにした口付けを最後にフレデリックは下がると、膝を掴んで秘部に頭を沈めてしまった。
 舌は強烈な快感を生む場所に移動し、指が入ってくる。怖いとは思わない。それよりも期待の方が強く心を締めている。アナスタシアはシーツを掴みながら過ぎた快感から逃れようと上にずれようとした。

「……もう限界だ」

 快楽だけを送り続けられた秘部に熱いものが押し当てられる。はっとして顔を上げると、切ない顔をしたフレデリックと目が合った。

「愛している」

 そう言いながらフレデリックは腰を押し進めた。

「私も、フレデリック様だけですッ」

 熱い楔を打ち込まれ、アナスタシアは仰け反りながら息を止めた。フレデリックは苦しそうにしながらも下腹部を優しく撫でてくる。時折眉を寄せながら気遣うように口付けをしてきた。

「辛くないか?」
「フレデリック様の方が、お辛そうですッ」
「動いても?」

 こくりと頷くと、嬉しそうに一度軽く口付けをし、そのまま腰を掴んでゆるりと動き始める。アナスタシアは嬌声を上げるしか出来ない。それでも愛しい姿を見つめながら逞しい腕に触れた。目が合ったままフレデリックが腰を速めていく。声は止まらずひたすら喘いだ後、先程よりも深い快楽の感覚に腕を掴む力を込めてしまう。フレデリックはそれに答えるよう抱き締めてきた。
 アナスタシアは首を引き寄せて甘い声を耳に送り込んだ。その瞬間、フレデリックの腰が一際大きく叩きつけられた。その衝撃でアナスタシアも身体を震わせる。二人でしばらく動けないまま抱き合い呼吸が落ち着いてきた頃、ゆっくりと起き上がって離れていくフレデリックの身体にしがみついた。

「フレデリック様、愛しています」

 そして意識が遠退いていった。
 フレデリックはゆっくりと身体を離しながら、意識を失ってしまったアナスタシアの頬を撫でた。

「このままじゃ毎日抱き潰してしまうな」

 苦笑しながら幸せな寝息を立てるアナスタシアに毛布をかけてそっと抱き締めた。本当は身体を清めてやらなくてはいけない。それでも今はアナスタシアを見つめていたかった。自分勝手に離れていた六年と、記憶を失ってからの日々をよく捨てないでいてくれたと思う。申し訳なさと愛しさで胸が張り裂けそうだった。起こさないように抱きしめていると、アナスタシアはふにゃりと頬を緩めて頭を喉に擦り付けてきた。その全てが愛しくて堪らない。

「一生分の愛を君に捧げるよ」

 今はまだ夢の中のアナスタシアに呟くと、フレデリックもそっと目を閉じた。
 
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