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14 嫉妬は醜いものです

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 トリスタンと店を出て、窓から見て気になっていた雑貨屋に向かおうとした所で、誰かに呼び止められた。歩いて来たのは清楚なドレスに身を包んだ女性だった。護衛の持つ日傘から覗いた顔は知らない女性だったのでトリスタンを見上げると、トリスタンはあからさまに嫌そうな顔をしていた。

「お久し振りですね、トリスタン様」
「……久しいな。シルヴィー嬢」

 名前を聞いてハッと目の前に立つ女性を見てしまう。家を出る時にシモンの言っていた言葉が蘇った。しかしどう見ても沢山の男性に自ら声を掛けているような女性には見えない。愛らしい顔立ちに、薄化粧で肌の白さときめ細やかさが際立っている。どちらかというと声を掛けるよりも掛けられる方だと思ってしまう。まじまじと見ていたのを気づかれたのか、シルヴィーはにこりと微笑みながらコレットを見つめてきた。爵位の高いこちらから挨拶をしなくては相手は話しかけられない。上手く笑えているか分からなかったが、ワンピースの端を少し摘んで挨拶をした。

「初めまして、コレット・ロシニョールです」
「シルヴィー・ペレスと申します。お初にお目にかかります」
「ペレス子爵のお嬢様ですね。お噂の通りお美しいですね」

 するとシルヴィーは小さく赤い唇で微笑んだ。

「コレット様にそう仰っていただけるのは大変うれしいです。コレット様も大変お可愛らしいお方ですのね。トリスタン様とはお仕事でご一緒なのですか?」

 何故か棘のある言葉に一瞬トリスタンを見ると、眉に寄せたしわが一層深くなったように見えた。思い切り肩を抱き寄せられ、トリスタンにぶつかるようにして止まった。

「婚約者なのだからこうして街に遊びに来ているだけだ。さあ行こう、コレット」

 そのまま歩き出すその後ろからシルヴィーの声が追いかけてきた。

「トリスタン様! 父が会いたいと申しておりました。ご都合はいかがでしょうか?」
「こちらから遣いをやるから少し待っていてくれ」
「ですが父も私ももう待ちきれません」
「分かっている」

 吐き捨てるようにそう言うと、トリスタンの足は一層早くなった。

「トリスタン様? トリスタン様!」

 止まらない足にコレットは思わず繋いでいる手を引き止めた。我に帰ったトリスタンが焦ったように手を離す。そして俯いたまま黙り込んでしまった。

「トリスタン様、何か仰いたい事はお有りですか?」
「ッ」

 顔は上げたが、その表情は気まずそうに眉を寄せていた。

「何を仰っても大丈夫ですから、どうかお話ください」 

 心臓がチクチクと痛み出す。それでもこのまま何も知らない振りをしてはいけないような気がする。嫌な予感は訓練所にシルヴィーが会いに来ていたと聞いた時からしていた。

「……結婚の事なんだが、少しだけ待っていてほしい」
「理由を聞いても?」
「家族が関わる事だから今は言えない。うちは母がかなり前に亡くなっているから、父は公爵家当主として俺を厳しく育ててくれた。だから父とちゃんと話をして、納得いく結果になったらコレットにも話したいと思っている」

 胸の奥のチクチクが激しさを増していく。言ってはいけないのに、思い付いた言葉は止まりそうになかった。

「分かりました。厳密にはどのくらい待てば宜しいのですか?」
「期間も今は言えないんだ。すまない」

 コレットは深呼吸をしてから、自分でも驚く程冷静に言った。

「それなら、一度この婚約は破談に致しましょう」
「はッ? 何故だ? なぜ破談になるんだ」
「ご自分のお心によくお聞き下さいませ。私から婚約を取り止める事は出来ませんので、デュボワ家からお願い致します」
「待ってくれ、こんな事で俺達の結婚はなかった事になってしまうのか?」
「こんな事? シルヴィー様との事はこんな事だと仰るのですか?」
「そうだ! 子供が出来たくらいでなぜそうなるんだ! 確かに障害にはなるが……」
「子供? 子供ですって?」
「コレット話を聞いてくれ! ちゃんと綺麗に片付いたら俺は君と結婚したいと思っている」
「……トリスタン様、一年八ヶ月前の交流戦の日を覚えていらっしゃいますか?」

 突然変わった話題にトリスタンは戸惑いながらも思考を巡らせているようだった。

「覚えていらっしゃらないようですね。私、あの日聞いてしまったんです。トリスタン様と御学友の方々との会話を」
「確かあの日はコレットは来ていないと聞いた記憶があるんだが」

 自分の気持ちを落ち着かせるように深く細く息を吐くと、真っ直ぐにトリスタンの目を見た。

「トリスタン様は私の容姿を中の下だと表現なさっておいででした。お忘れですか?」
「ま、待ってくれ! それは言ったかもしれないが間違いだ」
「私は恥ずかしかったです。お慕いしていたトリスタン様にそんな風に思われていたと知って。自分の今までの行動が恥ずかしくて耐えられませんでした」
「まさか、もしかして、そのせいで学園を休んでまでグレンツェ領に行ったのか?」
「……でも今はその事に感謝しております。あの件がなければ私は今もこの地で自分に自信が持てないままだったでしょう。今の話を聞いてもきっと何も言えないまま、トリスタン様に縋っていたと思います」
「今は違うと?」
「今も変わらずにお慕いしております。でも、もう自分を卑下して悲しむような思いをしたくはないのです。ですからどうか婚約はなかった事にしてください」

――これ以上惨めな思いはしたくない。

 逸らしたい思いをぐっと堪えてトリスタンを見つめ続けた。

「コレットの想いは尊重したい。でもそれには頷けない。すまない」
「少しお時間を差し上げます。それまでにお考えを改めてくださいませ。お子に罪はありませんからお大事になさってください」
「コレット!」

 呼び止められる声に一瞬足が止まりそうになる。それでも今は進むしかなかった。涙が溢れてくるのをトリスタンに見られない為に。物陰に隠れていたルネが飛び出してくる。その手を掴むと帽子を深く被り、用意されていた馬車へと飛び乗った。
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