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5 家族は離れていても家族です
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勢いよく玄関を入り家の中を見渡す。それと同時に仁王立ちした両親と、見た事のない男性……ではなく、大きく成長したジャンが立っていた。
「「「おかえりコレット」」」
三人の声が同時に発せられる。
「た、ただいま。どうしたの皆勢揃いで」
その瞬間、母親は泣きながら抱きついてきた。その後ろから父親がきつく抱きしめてくる。訳が分からずに肩越しに目があったジャンも、うっすら目を赤くしていた。
「どうしてジャンがいるの? また休暇申請? 卒業出来るの?」
「ココが帰って来るって叔父様から連絡を頂いていたから、わざわざ休暇を取ったんだよ。全く、無駄に待たせやがって」
「ごめんね、交流戦に行けなくて」
「もうそんな事どうでもいいよ。手紙でも伝えたけど、ココが来なくても圧勝だったから」
そういうジャンは見上げる程に背が伸びており、身体もずっと大きくなっている。白金の髪も短く切って、どこからどう見ても騎士のような体躯になっていた。
「なんだよ。変な所でもあるか?」
「大きくなったなと思って。私がいない間に弟がすり替えられたのかと思ったわ。あぁ、やっぱり交流戦での活躍が見たかった」
「今年も選ばれるだろうから今年見たらいいだろ。それよりどうして手紙を寄越さなかったんだよ!」
「手紙は手違いで出しそびれしまっただけなの。うちにもトリスタン様にもちゃんと準備はしていたのよ」
「手紙は出さなければ意味がない」
「……仰る通り」
「二人共止めなさい。取り敢えずコレットは着替えて居間に来るように。向こうでの事を報告してくれ」
「あなたったら、コレットを少しは休ませてあげて頂戴。グレンツェ領はとても遠いのよ?」
「しかし陛下からせっつかれているんだよ。コレットの功績は思っている以上に国益に関わる大きな事業になってしまったからね」
頬を撫でられた母親は唇を尖らせながら、コレットを離した。
「お母様、私なら大丈夫よ。着替えてすぐに戻るわ」
久しぶりの自室も常に掃除がされていたのだろう。綺麗で空気も淀んでいない。ずっとワンピースを着て過ごしていたコレットは、久しぶりにドレスに袖を通した。着慣れたずっしりとした重みが身体に加わる事で、侯爵令嬢としても肩書も一緒にのし掛かってきたように思えた。
「この感覚は久しぶりね」
「本来のお姿ですよ。でもやはりこうして見るとお嬢様は所作の一つ一つが美しくていらっしゃいますね」
王都に戻りドレスを着れば、嫌でも侯爵家の令嬢としての立ち振舞が出てきてしまう。それは幼い頃から叩き込まれた習慣であり、一年や二年離れた所で何も変わりはしない。グレンツェ領でも夜会はあったが、王都で開催されるような堅苦しいものではなく、貴族も少なく商人達の集まりのようなものだったので、ダンスも音楽に合わせて適当に踊れば良かったし、そこまで酷くなければ誰も所作についてうるさく言ってくる者達はいなかった。
広間に向かうと、そこには父親とジャンだけが座っていた。仕事の話になる為、母親は席を外したのだろう。母親は根っからの貴族令嬢で、仕事は夫に任せ、自身は侯爵家の妻として社交に精を出す。それが本来女性として望まれている姿なのだと思う。コレットは内心溜め息を吐きながら、父親の前に座った。
「大体の事は報告を受けているが、向こうでは随分活躍していたそうだな」
「お褒め頂きありがとうございます。それと、まずは学園での事についてお礼を言わせてください。長い間学園に通わず申し訳ありませんでした。卒業出来るようお話を通し、課題を送って下さった事にも感謝しております」
すると父親は控えめな目を見開いた。
「改まられると妙な気分だな。別に珍しい事ではないから気にするな。学園に通わないで自分の家の事業に専念したり、それこそ我儘で行かなくなったりと事情はさまざまだが、だからこそ卒業させる為のカリキュラムもあるいるくらいだ。得にお前は遊んでいた訳でも、登校拒否を起こしていた訳でもない事は誰もが知っている。これから茶会や夜会に呼ばれた際にも胸を張って出席しなさい」
「お父様……」
きっとそう言う影には、コレットが戻ってきた時の為に好奇の目で見られないように根回しをしてくれた両親の努力があるのだろう。学園といっても貴族の学園はひとえに勉学に励むだけではない。学園生活の中で社交を学び、貴族通しの繋がりを作り、家の為に人脈を広げるのも大事な学びの一つだった。それをほぼ丸ごと投げ捨ててしまった事を申し訳ないと思わない訳がない。ジャンも訓練所に入り、どちらかというと社交とは無縁の道を歩み始めてしまった。それを思うと父親の気苦労は大きなものだろう。不意に熱くなる目頭から涙を引こうと、深く深呼吸をした。
「まずはレア王国との取引についてだが、幾つかの品目でお前が専売契約を結んだと聞いたが、それは本当か?」
「本当よ、お父様。今までは商人が独自のルートで買い付けて高値で王都で売っていた生地と、レア王国独自の加工技術を施した宝石は、どれもレア加工という付加価値を付けて取引を開始しているわ。今は仲介に叔父様が入っているけれど、本格的な輸入が始まれば我が家からも人を出した方がいいわね」
「それはすぐにでも手配しよう。それと手紙に書いてあった事だが……」
「ああ、香油の件ね! レア王国では一般的な香油で、庶民が日常的に使っているものだそうなの。あまりに一般的過ぎて皆気がついていないようだったけれど、とっても素晴らしい効果があるのよ。陽射しが強いはずのレア王国の人々の肌は乾燥知らずで、庶民も日常的に身体を美しく保つ事が出来るのよ。なおかつ継続しやすい価格なの。これらを庶民を中心に流通させる事が出来れば大きな国益になるわ。そこに高価な香油をブレンドした物は貴族中心に人気が出ると思うの。差別化は必要よね」
「それらもお前が専売なのか?」
「いいえ、我が国全てに浸透させようと思ったら我が家やグレンツェ家だけでは手が足りないもの。それに商人達から反発を受けかねないわ。だからいくつかの商会を通して小さなお店が少量ずつでも買い付け出来るようしていきたいと思っているの。仮に誰かが買い占めたとしてもレア王国では一般的な物だから、値上がりは一時的なものですぐに値崩れを起こすと思うわ。専門店に行かなくとも、食品や日用品と一緒に手に取れて、長く国民の生活に浸透していく事こそが、国民の健康と商人が長く安定した収益を得られるの理想形だと思うのよね」
父親はしばらく黙っていたが、深く頷いた。
「全く、少しの旅行気分だと思っていたがまさかお前に商才があったとは驚きだな。これから我が国の権力図は大きく変わるだろう。お前の身も危険になるだろうから、くれぐれも気を付けるように。外出の時は必ず護衛を連れていけ。すぐそこまでだとしても必ずだ」
突拍子もない言葉にとっさにジャンを見ると、ジャンも厳しい顔をしたまま頷いていた。
「事業を成功させたから命を狙われるの?」
「それでなくとも我が家は侯爵家で親類には辺境伯のグレンツェ家もある。国益を豊かにする事業を始めれば陛下からの評価はおのずと高くなるだろう。しかし高すぎる時は同時に王族にすら疎まれるようになるかもしれん。微妙なバランスを保ちながらこの事業を進めていく必要があるのだ」
そこまでは考えてもいなかった。家の為になると思い、何より楽しいと思える仕事に出会えた事にずっと舞い上がっていた。でも、それが同時にロシニョール家の足元を掬いかねない事になるとは思いもしなかった。
「偶然だろうが、その香油を専売にしなかったのは得策だったな」
「シモンお兄様がそうご助言下さったの」
「シモンか。お前が向こうにいる間はずっと面倒を見てくれたと言っていたな。シモンはどんな男になっていた?」
「お兄様は凄く女性におモテになられて、飽きもせずよく……って、そういう事ではないわよね。お兄様は常に客観的なご意見を下さったわ。レア王国の商会と会う時はシモンお兄様が交渉されたの。私は女ですし、男性達の社会では疎まれてしまうから」
「仕事はちゃんとしているみたいで安心したよ。だがそもそもその商品を専売にしたのはお前の功績だと聞いている。そこから話を詰めていくのはまた別の手腕が必要だ。なるほど、お前達は良いパートナーだったという事だな」
「そうね。そう言えばシモンお兄様も近々王都に来ると言っていたわ。こちらに用があるみたい」
「それならコレットが世話になった礼も兼ねて盛大に迎えねばならんな」
ふと不安が過り黙り込むと、すかさずジャンが横に座り直してきた。
「ココ、どうかした? 無理しているんじゃないか?」
「そうじゃないの。ただシモンお兄様が王都に来るのが心配で……」
不思議そうにするジャンを安心させる為に首を振った。
「なんでもないわ。私は大丈夫だからそんなに心配しないで。それよりもジャンは変わりない?」
何気なく聞いたつもりだったが、黙り込んでしまったジャンの頬を持ち上げた。
「何かあったのはあなたの方じゃない?」
「休暇が明けたら王太子付きとしての勉強が始まるんだよ」
「まだ卒業していないのにそれって凄いじゃない! やっぱり交流戦の代表に選ばれた人は出世間違いなしなのね。という事は……」
盛大なため息が溢れてジャンは机に突っ伏した。
「トリスタン様と一緒に働くって事さ」
「トリスタン様とね。なるほど」
「なるほどじゃない! なぜトリスタン様に帰る事を教えなかったんだよ! きっと僕が責められるだろ!」
「ジャンを責める訳がないじゃない。だってあのトリスタン様よ? あぁ帰って来たか、くらいにしか思わないわ」
「ココ、お前は本当に何も分かっていないな。お前がグレンツェ領に行ってからのトリスタン様は本当に大変だったんだからな」
「まさかお怒りだったとか? 確かに勝手と言えば勝手よね。でもちゃんと近況はご報告していたし、もちろん事業に関する事は詳しくは書けなかったけれど。それがお怒りに触れたのかしら」
「もういいから、コレットは早急にトリスタン様にお手紙を出すように。いいね?」
なぜだか呆れている父親とジャンを交互に見ながら、訳が分からずに返事をした。
コレットは自室に戻ってから何度も手紙を書いては捨てを繰り返し、結局書き上げるのに一時間を要してしまった。封蝋をして灯りを消すと長旅の疲れもあってか睡魔が一気に襲ってくる。そのまま机に突っ伏すように眠りに落ちてしまった。
「「「おかえりコレット」」」
三人の声が同時に発せられる。
「た、ただいま。どうしたの皆勢揃いで」
その瞬間、母親は泣きながら抱きついてきた。その後ろから父親がきつく抱きしめてくる。訳が分からずに肩越しに目があったジャンも、うっすら目を赤くしていた。
「どうしてジャンがいるの? また休暇申請? 卒業出来るの?」
「ココが帰って来るって叔父様から連絡を頂いていたから、わざわざ休暇を取ったんだよ。全く、無駄に待たせやがって」
「ごめんね、交流戦に行けなくて」
「もうそんな事どうでもいいよ。手紙でも伝えたけど、ココが来なくても圧勝だったから」
そういうジャンは見上げる程に背が伸びており、身体もずっと大きくなっている。白金の髪も短く切って、どこからどう見ても騎士のような体躯になっていた。
「なんだよ。変な所でもあるか?」
「大きくなったなと思って。私がいない間に弟がすり替えられたのかと思ったわ。あぁ、やっぱり交流戦での活躍が見たかった」
「今年も選ばれるだろうから今年見たらいいだろ。それよりどうして手紙を寄越さなかったんだよ!」
「手紙は手違いで出しそびれしまっただけなの。うちにもトリスタン様にもちゃんと準備はしていたのよ」
「手紙は出さなければ意味がない」
「……仰る通り」
「二人共止めなさい。取り敢えずコレットは着替えて居間に来るように。向こうでの事を報告してくれ」
「あなたったら、コレットを少しは休ませてあげて頂戴。グレンツェ領はとても遠いのよ?」
「しかし陛下からせっつかれているんだよ。コレットの功績は思っている以上に国益に関わる大きな事業になってしまったからね」
頬を撫でられた母親は唇を尖らせながら、コレットを離した。
「お母様、私なら大丈夫よ。着替えてすぐに戻るわ」
久しぶりの自室も常に掃除がされていたのだろう。綺麗で空気も淀んでいない。ずっとワンピースを着て過ごしていたコレットは、久しぶりにドレスに袖を通した。着慣れたずっしりとした重みが身体に加わる事で、侯爵令嬢としても肩書も一緒にのし掛かってきたように思えた。
「この感覚は久しぶりね」
「本来のお姿ですよ。でもやはりこうして見るとお嬢様は所作の一つ一つが美しくていらっしゃいますね」
王都に戻りドレスを着れば、嫌でも侯爵家の令嬢としての立ち振舞が出てきてしまう。それは幼い頃から叩き込まれた習慣であり、一年や二年離れた所で何も変わりはしない。グレンツェ領でも夜会はあったが、王都で開催されるような堅苦しいものではなく、貴族も少なく商人達の集まりのようなものだったので、ダンスも音楽に合わせて適当に踊れば良かったし、そこまで酷くなければ誰も所作についてうるさく言ってくる者達はいなかった。
広間に向かうと、そこには父親とジャンだけが座っていた。仕事の話になる為、母親は席を外したのだろう。母親は根っからの貴族令嬢で、仕事は夫に任せ、自身は侯爵家の妻として社交に精を出す。それが本来女性として望まれている姿なのだと思う。コレットは内心溜め息を吐きながら、父親の前に座った。
「大体の事は報告を受けているが、向こうでは随分活躍していたそうだな」
「お褒め頂きありがとうございます。それと、まずは学園での事についてお礼を言わせてください。長い間学園に通わず申し訳ありませんでした。卒業出来るようお話を通し、課題を送って下さった事にも感謝しております」
すると父親は控えめな目を見開いた。
「改まられると妙な気分だな。別に珍しい事ではないから気にするな。学園に通わないで自分の家の事業に専念したり、それこそ我儘で行かなくなったりと事情はさまざまだが、だからこそ卒業させる為のカリキュラムもあるいるくらいだ。得にお前は遊んでいた訳でも、登校拒否を起こしていた訳でもない事は誰もが知っている。これから茶会や夜会に呼ばれた際にも胸を張って出席しなさい」
「お父様……」
きっとそう言う影には、コレットが戻ってきた時の為に好奇の目で見られないように根回しをしてくれた両親の努力があるのだろう。学園といっても貴族の学園はひとえに勉学に励むだけではない。学園生活の中で社交を学び、貴族通しの繋がりを作り、家の為に人脈を広げるのも大事な学びの一つだった。それをほぼ丸ごと投げ捨ててしまった事を申し訳ないと思わない訳がない。ジャンも訓練所に入り、どちらかというと社交とは無縁の道を歩み始めてしまった。それを思うと父親の気苦労は大きなものだろう。不意に熱くなる目頭から涙を引こうと、深く深呼吸をした。
「まずはレア王国との取引についてだが、幾つかの品目でお前が専売契約を結んだと聞いたが、それは本当か?」
「本当よ、お父様。今までは商人が独自のルートで買い付けて高値で王都で売っていた生地と、レア王国独自の加工技術を施した宝石は、どれもレア加工という付加価値を付けて取引を開始しているわ。今は仲介に叔父様が入っているけれど、本格的な輸入が始まれば我が家からも人を出した方がいいわね」
「それはすぐにでも手配しよう。それと手紙に書いてあった事だが……」
「ああ、香油の件ね! レア王国では一般的な香油で、庶民が日常的に使っているものだそうなの。あまりに一般的過ぎて皆気がついていないようだったけれど、とっても素晴らしい効果があるのよ。陽射しが強いはずのレア王国の人々の肌は乾燥知らずで、庶民も日常的に身体を美しく保つ事が出来るのよ。なおかつ継続しやすい価格なの。これらを庶民を中心に流通させる事が出来れば大きな国益になるわ。そこに高価な香油をブレンドした物は貴族中心に人気が出ると思うの。差別化は必要よね」
「それらもお前が専売なのか?」
「いいえ、我が国全てに浸透させようと思ったら我が家やグレンツェ家だけでは手が足りないもの。それに商人達から反発を受けかねないわ。だからいくつかの商会を通して小さなお店が少量ずつでも買い付け出来るようしていきたいと思っているの。仮に誰かが買い占めたとしてもレア王国では一般的な物だから、値上がりは一時的なものですぐに値崩れを起こすと思うわ。専門店に行かなくとも、食品や日用品と一緒に手に取れて、長く国民の生活に浸透していく事こそが、国民の健康と商人が長く安定した収益を得られるの理想形だと思うのよね」
父親はしばらく黙っていたが、深く頷いた。
「全く、少しの旅行気分だと思っていたがまさかお前に商才があったとは驚きだな。これから我が国の権力図は大きく変わるだろう。お前の身も危険になるだろうから、くれぐれも気を付けるように。外出の時は必ず護衛を連れていけ。すぐそこまでだとしても必ずだ」
突拍子もない言葉にとっさにジャンを見ると、ジャンも厳しい顔をしたまま頷いていた。
「事業を成功させたから命を狙われるの?」
「それでなくとも我が家は侯爵家で親類には辺境伯のグレンツェ家もある。国益を豊かにする事業を始めれば陛下からの評価はおのずと高くなるだろう。しかし高すぎる時は同時に王族にすら疎まれるようになるかもしれん。微妙なバランスを保ちながらこの事業を進めていく必要があるのだ」
そこまでは考えてもいなかった。家の為になると思い、何より楽しいと思える仕事に出会えた事にずっと舞い上がっていた。でも、それが同時にロシニョール家の足元を掬いかねない事になるとは思いもしなかった。
「偶然だろうが、その香油を専売にしなかったのは得策だったな」
「シモンお兄様がそうご助言下さったの」
「シモンか。お前が向こうにいる間はずっと面倒を見てくれたと言っていたな。シモンはどんな男になっていた?」
「お兄様は凄く女性におモテになられて、飽きもせずよく……って、そういう事ではないわよね。お兄様は常に客観的なご意見を下さったわ。レア王国の商会と会う時はシモンお兄様が交渉されたの。私は女ですし、男性達の社会では疎まれてしまうから」
「仕事はちゃんとしているみたいで安心したよ。だがそもそもその商品を専売にしたのはお前の功績だと聞いている。そこから話を詰めていくのはまた別の手腕が必要だ。なるほど、お前達は良いパートナーだったという事だな」
「そうね。そう言えばシモンお兄様も近々王都に来ると言っていたわ。こちらに用があるみたい」
「それならコレットが世話になった礼も兼ねて盛大に迎えねばならんな」
ふと不安が過り黙り込むと、すかさずジャンが横に座り直してきた。
「ココ、どうかした? 無理しているんじゃないか?」
「そうじゃないの。ただシモンお兄様が王都に来るのが心配で……」
不思議そうにするジャンを安心させる為に首を振った。
「なんでもないわ。私は大丈夫だからそんなに心配しないで。それよりもジャンは変わりない?」
何気なく聞いたつもりだったが、黙り込んでしまったジャンの頬を持ち上げた。
「何かあったのはあなたの方じゃない?」
「休暇が明けたら王太子付きとしての勉強が始まるんだよ」
「まだ卒業していないのにそれって凄いじゃない! やっぱり交流戦の代表に選ばれた人は出世間違いなしなのね。という事は……」
盛大なため息が溢れてジャンは机に突っ伏した。
「トリスタン様と一緒に働くって事さ」
「トリスタン様とね。なるほど」
「なるほどじゃない! なぜトリスタン様に帰る事を教えなかったんだよ! きっと僕が責められるだろ!」
「ジャンを責める訳がないじゃない。だってあのトリスタン様よ? あぁ帰って来たか、くらいにしか思わないわ」
「ココ、お前は本当に何も分かっていないな。お前がグレンツェ領に行ってからのトリスタン様は本当に大変だったんだからな」
「まさかお怒りだったとか? 確かに勝手と言えば勝手よね。でもちゃんと近況はご報告していたし、もちろん事業に関する事は詳しくは書けなかったけれど。それがお怒りに触れたのかしら」
「もういいから、コレットは早急にトリスタン様にお手紙を出すように。いいね?」
なぜだか呆れている父親とジャンを交互に見ながら、訳が分からずに返事をした。
コレットは自室に戻ってから何度も手紙を書いては捨てを繰り返し、結局書き上げるのに一時間を要してしまった。封蝋をして灯りを消すと長旅の疲れもあってか睡魔が一気に襲ってくる。そのまま机に突っ伏すように眠りに落ちてしまった。
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