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1 似てない双子は辛いものです
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ルゥセーブル王国。
近衛騎士を育成する為の第一訓練所の門で、ジャン・ロシニョールは双子の姉であるコレットの到着を待っていた。
訓練所は第一から第四まであり、それぞれ訓練所を卒業後に派遣される場所が異なっている。第一は近衛騎士団もしくは指揮官の養成、第ニ~三は王城および王都を守る王立兵団。そして第四は一般兵団で、主に平民の居住区を守る為の兵団だった。その中でも第一は貴族のみが入所出来る訓練所だった。
訓練所自体はそれぞれが離れており、普段は顔を会わせる事はない。しかし今日は人の少ない第一訓練所には、第二から第四訓練所の者達で溢れ返り、年に一回開催される各訓練所入り混じっての交流戦がこれから始まろうとしていた。
ジャンは第一訓練所に入所していたが、他の貴族子息達のように第一至上主義を掲げている訳ではない。それでも、第一というだけで他の者達からは好奇とも怯えともとれる視線を投げられるのは不快だった。何となくひと目を避けるようにして門から離れた所で背をついて立っていると、チラチラとこちらを見てくる女性達と視線がかち合った。貴族の令嬢達は男性との関わりについて厳しく躾けられているだろうから、あのように不躾な視線は送ってこない。おそらく庶民の娘達なのだろう。ぱっと見、身なりは綺麗にしているところを見るとおしゃれをしてきたのかどこか商家の娘なのかもしれない。ジャンは深い溜め息をつくと組んでいた腕を解いて門の方へ歩き出した。後ろからはあからさまにがっかりした声と、茶化し合うような声が聞こえてくる。煩わしいだけの声を遮断するように更に足を早めた。
年に一度のお祭り騒ぎとなるこの日だけは、普段は女性立入禁止の訓練所にも女性が入る事が許されている。これを機会に恋人や伴侶を得る者達もいるが、ジャンのような高位貴族のほとんどは幼い頃から婚約者がいる為、もっぱら第二~第四の男達の盛り上がりだけが最高潮になるのだった。それでもこの時期は浮気がバレて婚約解消になる者や、時には退所処分を受ける者達も一定数は必ずいる。それほどの危険を冒してまで入れ込む価値が女にあるのか婚約者も恋人もいないジャンには理解出来なかった。
ようやく見慣れた馬車が目に映ると、ジャンは柄にもなく走り出していた。
「ココ!」
馬車から降りたコレットは、双子の弟に抱き締められながら背中を叩いた。
「こら、お姉様と呼びなさい!」
言いながらもジャンの愛くるしい顔に頬を寄せると、周りにいた年頃のご令嬢達は頬を赤らめて俯いた。ジャンはプラチナブロンドのサラサラの髪に、ぱっちりと大きな目をした容姿をしている。背もコレットとさほど変わらないので、訓練用の服の麻のズボンと綿のシャツでなければ女性だと言えそうな程に美しく、腰に下げている剣はあまりにも不釣り合いだった。どんな地味な格好をしていても目を惹く者は確かに存在するのだと、しみじみ実感しながらコレットはジャンの頬を両手で掴んだ。
ジャンとコレットの顔は似てはいなかったが背格好や髪の色は全く同じで、昔は入れ替わって両親の目を欺こうともしたりしていた。
「あまり変わっていないのね? 身長は伸びた? でも目線はあまり変わらないみたい」
まじまじとそんな事を言い出すコレットに半ば呆れながら、頬を掴んでいる手を勢い任せに振り解いた。
「僕が伸びたって事はココも伸びたって事だろ。それにそんな急激に伸びたりしないんだよ」
「僕かに私も身長は伸びたように感じていたから、きっと二人共伸びたのね!」
にこりと笑うコレットに毒気が抜かれてしまう。ジャンはコレットの手と掴み直した。
「席を取っておいたんだ。溢れた人で廊下が通れなくなるから急ぐぞ」
「あの! お嬢様、私は本当に同行しなくて宜しいのですか? 今日は沢山の男性が集まるのですよね。私は心配で心配で、すでに吐きそうです」
侍女のルネは不安そうに見上げながら、城とも屋敷ともかけ離れた無骨な門を見上げた。
「大げさね。ジャンがいるんだから大丈夫よ。あなたも待っている間に誰か良い人がいたら声を掛けてみるといいわ」
するとルネは顔を真赤にして首を振った。
「私はいいんです! お嬢様のお付きとして参ったのですから馬車の中で待機しております」
「私としてはずっとルネにはそばに居て欲しいけれど、あなたももう年頃なんだからちゃんとデートする相手くらいいないと駄目よ」
「お言葉は心に刻んでおきます。それではジャン様、くれぐれもお嬢様の事をお願い致しますね!」
「ジャンは出場しないんだからずっと私のそばにいてくれるわよ。そんなに心配しないで」
満面の笑みとは対象的に、ジャンは不貞腐れた表情でコレットを睨み付けた。
「悪かったな、僕は選ばれなくて」
「ジャンが頑張っている事はもちろん知っているもの。それにあと一年あるんだから気を落とさないで。きっと来年は選ばれるから!」
「その応援がむしろ辛いよ」
訓練所は三年制で、十五歳までは一般の教養を身につける為に学園へ通い、その後騎士団や兵団を目指す者はこの訓練所が学校兼寮となるのだった。コレットは久しぶりに会った弟に手を引かれながら、キョロキョロと辺りを見渡していた。
「トリスタン様ならこの時間は広場だよ。選手達は今頃段取りの説明を受けているだろうからね」
「そ、そういえばトリスタン様は選手なのよね。さすがだわ」
「白々しい。どうせ知らせがきてるんだろ? “もちろん代表に選ばれたから見に来るといい”とかなんとかさ。ココの言う通り第一訓練所の選手代表なんてエリート中のエリートだよ。それで公爵家の嫡男であの容姿とか、天は二物も三物も与えているって事だよな」
コレットは足を止めると、急に動かなくなってしまった。
「ココ?」
「……ってない」
「なんだって?」
「手紙、貰ってないの」
「は?」
「だから、トリスタン様から今日の交流戦についてのお手紙を頂いていないの」
「い、忙しいんだよ! 訓練に授業に予行練習に予定が詰め込まれているんだから! ……それかココは手紙なんか出さなくても来るだろうと思われているんじゃないか? 先月も出待ちしてただろ。僕には会いに来ないくせに、ちゃんと知っているんだからな」
ぎくっとしたコレットは苦笑いを浮かべた。
「毎月弟に会いに来る方が変でしょう? というかどうして知っているの? まさかトリスタン様がお話されたとか?」
「まさか! トリスタン様はご自分からそんなくだらない話はされないよ。周りの訓練生達が皆見てたんだ。あのトリスタン様を冷やかせる奴なんてそうそういないけど、ちゃんと相手の事も考えてやれよ」
「婚約者が会いに来て何が悪いのよ」
すると、ジャンはここぞとばかりに渋い顔をしてみせた。
「それだよ! 婚約者なんだからそうまでして会わなくてもそのうち結婚するんだ。全く、中には入れないけれど呼び出したり外で待つのはいいなんて抜け道みたいな規則を作るから、ココみたいな奴が現れるんだ」
呆れるように言われ、コレットは思わず俯いてしまった。
「それはトリスタン様もそう思っていらっしゃるの?」
「知らないよ。でもそうなんじゃないか? 公爵家の次期ご当主だから婚約者に無下な態度は取らないだろうけどね。無口だし何を考えているのか分かりづらいけど、取り敢えず優しいのは間違いないだろう?」
「確かにお会いしても嫌な顔はされないわ。私が満足するまでお話に付き合ってくださるもの。……でも、喜んでもいないかもしれないけれど」
ジャンは俯いているコレットの顎を持ち上げた。
「トリスタン様はとても優秀なお方だよ。文武両道とはまさにトリスタン様の事を言うんだと思う。だからココも侯爵家の令嬢として、トリスタン様の婚約者として恥ずかしくない行動をしろと言っているんだ。身分は申し分ないんだから他の所でケチつけられないようにしろよ。いいな?」
おでこを小突かれて、コレットは何も言わずに涙の溜まった目でジャンを見つめた。
「会いに来るのがそんなにいけない事なの? もっと来たい所を月に一度だけにしていたのに」
「月に一度!? そんなに来てたのか?」
呆れたように破顔したジャンから目を逸らすようにして唇と尖らせた。
「だってトリスタン様は駄目だなんて言わないもの」
「このバカ姉!」
その瞬間、コレットの目から涙が零れ落ちた。
「泣くな!」
「酷い、ジャンなんか嫌いよ」
「擦るな! 化粧が取れるぞ!」
その言葉に涙を飲み込む勢いでごくりと喉を鳴らしたコレットは、上を向いてハンカチで溢れた涙だけを押さえた。
「大丈夫? 崩れていない?」
「ギリギリ。そのその化粧もいい加減に止めろよ。全く似合ってない。久々に見るとびっくりする」
コレットの通う学園では化粧は基本自由だ。確かに他の令嬢に比べてアイメイクが濃い自覚はある。それでも滅茶苦茶に濃い訳ではなく、屋敷に呼び寄せた化粧品専門店の店員から侍女達が流行りの化粧の仕方を手ほどきを受け、そのメイクをして貰っているのだ。
「あなたはいいわよね。どうして私もお母様に似なかったのかしら」
「こればかりは仕方ないな。ココはお父様似だから諦めろ。でも素朴は悪い事じゃないんだぞ。元が悪い訳じゃないんだからもうちょい薄く……」
「無理! これが限界の薄さなの。そうじゃないともう外には出られないと思う」
「それだけ濃くしたら、そりゃもう戻れないよな」
「私だって自分の顔の作りが凄く悪いとは思っていないけど、少しでも綺麗に思われたいもの」
「それこそトリスタン様は気にされないだろうよ。まぁ政略結婚とはいえ、好かれるに越した事はないけどさ」
「あなたはどうなのよ。いずれ侯爵家を継ぐ立場なのにまだ婚約者がいないなんて、私の事をとやかく言える立場なの? 今まで紹介されたご令嬢達は皆美人だったし爵位もそれなりだったのに、うちの美青年は何が不満だったのかしら」
ジャンが口を閉ざしたのをきっかけに不穏な空気になってしまった二人は、そのまま広場への道をただひたすらに歩いていった。
近衛騎士を育成する為の第一訓練所の門で、ジャン・ロシニョールは双子の姉であるコレットの到着を待っていた。
訓練所は第一から第四まであり、それぞれ訓練所を卒業後に派遣される場所が異なっている。第一は近衛騎士団もしくは指揮官の養成、第ニ~三は王城および王都を守る王立兵団。そして第四は一般兵団で、主に平民の居住区を守る為の兵団だった。その中でも第一は貴族のみが入所出来る訓練所だった。
訓練所自体はそれぞれが離れており、普段は顔を会わせる事はない。しかし今日は人の少ない第一訓練所には、第二から第四訓練所の者達で溢れ返り、年に一回開催される各訓練所入り混じっての交流戦がこれから始まろうとしていた。
ジャンは第一訓練所に入所していたが、他の貴族子息達のように第一至上主義を掲げている訳ではない。それでも、第一というだけで他の者達からは好奇とも怯えともとれる視線を投げられるのは不快だった。何となくひと目を避けるようにして門から離れた所で背をついて立っていると、チラチラとこちらを見てくる女性達と視線がかち合った。貴族の令嬢達は男性との関わりについて厳しく躾けられているだろうから、あのように不躾な視線は送ってこない。おそらく庶民の娘達なのだろう。ぱっと見、身なりは綺麗にしているところを見るとおしゃれをしてきたのかどこか商家の娘なのかもしれない。ジャンは深い溜め息をつくと組んでいた腕を解いて門の方へ歩き出した。後ろからはあからさまにがっかりした声と、茶化し合うような声が聞こえてくる。煩わしいだけの声を遮断するように更に足を早めた。
年に一度のお祭り騒ぎとなるこの日だけは、普段は女性立入禁止の訓練所にも女性が入る事が許されている。これを機会に恋人や伴侶を得る者達もいるが、ジャンのような高位貴族のほとんどは幼い頃から婚約者がいる為、もっぱら第二~第四の男達の盛り上がりだけが最高潮になるのだった。それでもこの時期は浮気がバレて婚約解消になる者や、時には退所処分を受ける者達も一定数は必ずいる。それほどの危険を冒してまで入れ込む価値が女にあるのか婚約者も恋人もいないジャンには理解出来なかった。
ようやく見慣れた馬車が目に映ると、ジャンは柄にもなく走り出していた。
「ココ!」
馬車から降りたコレットは、双子の弟に抱き締められながら背中を叩いた。
「こら、お姉様と呼びなさい!」
言いながらもジャンの愛くるしい顔に頬を寄せると、周りにいた年頃のご令嬢達は頬を赤らめて俯いた。ジャンはプラチナブロンドのサラサラの髪に、ぱっちりと大きな目をした容姿をしている。背もコレットとさほど変わらないので、訓練用の服の麻のズボンと綿のシャツでなければ女性だと言えそうな程に美しく、腰に下げている剣はあまりにも不釣り合いだった。どんな地味な格好をしていても目を惹く者は確かに存在するのだと、しみじみ実感しながらコレットはジャンの頬を両手で掴んだ。
ジャンとコレットの顔は似てはいなかったが背格好や髪の色は全く同じで、昔は入れ替わって両親の目を欺こうともしたりしていた。
「あまり変わっていないのね? 身長は伸びた? でも目線はあまり変わらないみたい」
まじまじとそんな事を言い出すコレットに半ば呆れながら、頬を掴んでいる手を勢い任せに振り解いた。
「僕が伸びたって事はココも伸びたって事だろ。それにそんな急激に伸びたりしないんだよ」
「僕かに私も身長は伸びたように感じていたから、きっと二人共伸びたのね!」
にこりと笑うコレットに毒気が抜かれてしまう。ジャンはコレットの手と掴み直した。
「席を取っておいたんだ。溢れた人で廊下が通れなくなるから急ぐぞ」
「あの! お嬢様、私は本当に同行しなくて宜しいのですか? 今日は沢山の男性が集まるのですよね。私は心配で心配で、すでに吐きそうです」
侍女のルネは不安そうに見上げながら、城とも屋敷ともかけ離れた無骨な門を見上げた。
「大げさね。ジャンがいるんだから大丈夫よ。あなたも待っている間に誰か良い人がいたら声を掛けてみるといいわ」
するとルネは顔を真赤にして首を振った。
「私はいいんです! お嬢様のお付きとして参ったのですから馬車の中で待機しております」
「私としてはずっとルネにはそばに居て欲しいけれど、あなたももう年頃なんだからちゃんとデートする相手くらいいないと駄目よ」
「お言葉は心に刻んでおきます。それではジャン様、くれぐれもお嬢様の事をお願い致しますね!」
「ジャンは出場しないんだからずっと私のそばにいてくれるわよ。そんなに心配しないで」
満面の笑みとは対象的に、ジャンは不貞腐れた表情でコレットを睨み付けた。
「悪かったな、僕は選ばれなくて」
「ジャンが頑張っている事はもちろん知っているもの。それにあと一年あるんだから気を落とさないで。きっと来年は選ばれるから!」
「その応援がむしろ辛いよ」
訓練所は三年制で、十五歳までは一般の教養を身につける為に学園へ通い、その後騎士団や兵団を目指す者はこの訓練所が学校兼寮となるのだった。コレットは久しぶりに会った弟に手を引かれながら、キョロキョロと辺りを見渡していた。
「トリスタン様ならこの時間は広場だよ。選手達は今頃段取りの説明を受けているだろうからね」
「そ、そういえばトリスタン様は選手なのよね。さすがだわ」
「白々しい。どうせ知らせがきてるんだろ? “もちろん代表に選ばれたから見に来るといい”とかなんとかさ。ココの言う通り第一訓練所の選手代表なんてエリート中のエリートだよ。それで公爵家の嫡男であの容姿とか、天は二物も三物も与えているって事だよな」
コレットは足を止めると、急に動かなくなってしまった。
「ココ?」
「……ってない」
「なんだって?」
「手紙、貰ってないの」
「は?」
「だから、トリスタン様から今日の交流戦についてのお手紙を頂いていないの」
「い、忙しいんだよ! 訓練に授業に予行練習に予定が詰め込まれているんだから! ……それかココは手紙なんか出さなくても来るだろうと思われているんじゃないか? 先月も出待ちしてただろ。僕には会いに来ないくせに、ちゃんと知っているんだからな」
ぎくっとしたコレットは苦笑いを浮かべた。
「毎月弟に会いに来る方が変でしょう? というかどうして知っているの? まさかトリスタン様がお話されたとか?」
「まさか! トリスタン様はご自分からそんなくだらない話はされないよ。周りの訓練生達が皆見てたんだ。あのトリスタン様を冷やかせる奴なんてそうそういないけど、ちゃんと相手の事も考えてやれよ」
「婚約者が会いに来て何が悪いのよ」
すると、ジャンはここぞとばかりに渋い顔をしてみせた。
「それだよ! 婚約者なんだからそうまでして会わなくてもそのうち結婚するんだ。全く、中には入れないけれど呼び出したり外で待つのはいいなんて抜け道みたいな規則を作るから、ココみたいな奴が現れるんだ」
呆れるように言われ、コレットは思わず俯いてしまった。
「それはトリスタン様もそう思っていらっしゃるの?」
「知らないよ。でもそうなんじゃないか? 公爵家の次期ご当主だから婚約者に無下な態度は取らないだろうけどね。無口だし何を考えているのか分かりづらいけど、取り敢えず優しいのは間違いないだろう?」
「確かにお会いしても嫌な顔はされないわ。私が満足するまでお話に付き合ってくださるもの。……でも、喜んでもいないかもしれないけれど」
ジャンは俯いているコレットの顎を持ち上げた。
「トリスタン様はとても優秀なお方だよ。文武両道とはまさにトリスタン様の事を言うんだと思う。だからココも侯爵家の令嬢として、トリスタン様の婚約者として恥ずかしくない行動をしろと言っているんだ。身分は申し分ないんだから他の所でケチつけられないようにしろよ。いいな?」
おでこを小突かれて、コレットは何も言わずに涙の溜まった目でジャンを見つめた。
「会いに来るのがそんなにいけない事なの? もっと来たい所を月に一度だけにしていたのに」
「月に一度!? そんなに来てたのか?」
呆れたように破顔したジャンから目を逸らすようにして唇と尖らせた。
「だってトリスタン様は駄目だなんて言わないもの」
「このバカ姉!」
その瞬間、コレットの目から涙が零れ落ちた。
「泣くな!」
「酷い、ジャンなんか嫌いよ」
「擦るな! 化粧が取れるぞ!」
その言葉に涙を飲み込む勢いでごくりと喉を鳴らしたコレットは、上を向いてハンカチで溢れた涙だけを押さえた。
「大丈夫? 崩れていない?」
「ギリギリ。そのその化粧もいい加減に止めろよ。全く似合ってない。久々に見るとびっくりする」
コレットの通う学園では化粧は基本自由だ。確かに他の令嬢に比べてアイメイクが濃い自覚はある。それでも滅茶苦茶に濃い訳ではなく、屋敷に呼び寄せた化粧品専門店の店員から侍女達が流行りの化粧の仕方を手ほどきを受け、そのメイクをして貰っているのだ。
「あなたはいいわよね。どうして私もお母様に似なかったのかしら」
「こればかりは仕方ないな。ココはお父様似だから諦めろ。でも素朴は悪い事じゃないんだぞ。元が悪い訳じゃないんだからもうちょい薄く……」
「無理! これが限界の薄さなの。そうじゃないともう外には出られないと思う」
「それだけ濃くしたら、そりゃもう戻れないよな」
「私だって自分の顔の作りが凄く悪いとは思っていないけど、少しでも綺麗に思われたいもの」
「それこそトリスタン様は気にされないだろうよ。まぁ政略結婚とはいえ、好かれるに越した事はないけどさ」
「あなたはどうなのよ。いずれ侯爵家を継ぐ立場なのにまだ婚約者がいないなんて、私の事をとやかく言える立場なの? 今まで紹介されたご令嬢達は皆美人だったし爵位もそれなりだったのに、うちの美青年は何が不満だったのかしら」
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