上 下
12 / 15
バッドエンド回避計画

12

しおりを挟む
王子がヒロインを心配し、悪役令嬢の間に入るという、ゲーム上の物語では必ず通るというイベントの一幕。

セイラは悪役令嬢にいびられ悲劇のヒロインを演じ、選択した行動に沿うべく精一杯涙を流そうとする。だが実際は悲しくもないし、むしろリリニーナの新たな一面を見れて喜々としている程だ。

だが王子の前で泣くという選択肢を行動に繋げなければ、ここで王子からの好感度が上がることはないだろう。

(だけどだけど! 別に悲しくもないこの状況で泣くのは無理よー……! こうなったら!)

「このドライアイめっ! うぁああ!」
「セイラ嬢!?」

ドライアイってそういう意味だったかしら、とリリニーナが首を傾げる前にセイラは叫び、駆け出した。驚きおののく王子を放置したまま、ヒロインはその場から退場してしまう。

「ちょっと!」

すぐさまリリニーナは後を追おうとするが、気を取り直した王子にその手を掴まれてしまった。

「まだあの子に酷いことを言おうとしているのか?」

そんなの国を救う為なんだからねっ、と言いたい所だが、リリニーナは王子の前で蛇に睨まれた蛙の様に萎縮してしまう。だが元から無表情のリリニーナの変化は決して王子に読み取られることもなく、そのまま冷たい目で見下されてしまうのだった。

(ああ、どうしていつもこうなのだろう)

明るく聡明な王子に対し、リリニーナは正反対の性格だ。そのことに対して劣等感があるのは自覚している。でも今はそのことを気にしている場合じゃないのだ。

リリニーナは気を取り直し、王子に言葉を返す。

「あの、離してください。別に何も言いませんから」
「気にも留めないということか」
「……」

意地悪なことは言わない、という意味だったのだが。

どうも王子の頭の中ではリリニーナがすでに意地悪だという構図がすでに出来上がっているらしかった。こうやって王子と改めて接してみて、リリニーナはふと気づいてしまう。

(私達は、お互いに無関心なんかじゃない)

むしろ憎まれている。少なくとも王子の目や態度からはそんな感情がひしひしと伝わってくる。

(なぜ憎まれるのかはわからないけれど、大丈夫よ。これはむしろ好都合なはず)

リリニーナは気持ちを落ち着かせようと王子から視線を逸らした。何も言わないリリニーナを王子は不服そうに眺めると腕を掴むその手を離した。

「……。まぁいい。あの子は明日の俺の誕生日に招待することにしよう。婚約者が迷惑をかけた謝罪を込めて、な」

王子は胸ポケットからメモを取り出し、さらさらと何かをしたためた。そした隣にいる自身の側に立つ側近に手渡す。側近の彼は承知しました、と頷くと速やかに立ち去っていった。おそらくその手紙の中身はパーティーの件でセイラへの伝言か、執事への伝言だろうか。一人とはいえ明日のパーティーの招待客に変更があったのだ。段取りの変更など急遽伝えることがあるのだろう。

予め決めておいた選択肢を行動に移すのは叶わなかったが、セイラが王子へ接近するチャンスは作れたということだろうか。王子と自身の複雑な関係はさておき、リリニーナは少しだけほっとする。そこへ

「あのぅー、あの子だけじゃ不安だと思うので、私も付き添います!」

と、ビアンカがぴょこんと手を伸ばし提案する。

「君は…、ミランズ子爵のご令嬢か」
「はいっ! ビアンカと申します」

ビアンカはお辞儀し、パッと顔を輝かせる。

「セイラちゃんとは仲良しだし心配なので、パーティーに付いていきたいんです! もちろん王子のお誕生日もお祝いしたいですし、いいですよね?」

王子の誕生パーティーに王宮に来れるのは限られた貴族だけ。リリニーナは幼い頃からパーティーに参加しているが、ミランズ家が今までに来た記憶は少しもない。おそらく今回も招待客ではないのだろうに、なぜそんな提案をするのだろうと訝しむと同時に、セイラが言っていたビアンカについての言葉を思い返した。
 
ーーービアンカは自身のことを、この世界を見守る役目だと言っていましたーーー。

ビアンカがまともなことを言っているとしたら、物語の未来を決めるセイラと王子の動向や進展を確認するためだろうか、とリリニーナは考える。王子はそんなリリニーナの予想やビアンカの思惑など知らず、気さくな笑顔を浮かべている。

「そうだな……。君にも婚約者が迷惑をかけてしまったし、セイラ嬢が安心出来るなら君も招待させてもらおう。来てくれるかい?」
「きゃあっ、喜んで行きます!! 広いお心遣い、感謝いたしますぅっ」

ビアンカは目をキラキラと輝かせ王子を見つめる。王子も楽しげにそんな大袈裟な、と笑ってみせる。

ああ、こういう会話のやり取りをヒロインであるセイラが王子に対して出来たのなら、この物語は余裕でハッピーエンドに行き着くのだろう。だけどそれだとどこか抜けていて、気の許せるセイラではなくなるのだろうし、それはちょっと寂しいとリリニーナは思う。

王子が先程と同じようにメモにペンを走らせている間に、どういうつもりだろうとリリニーナはビアンカを見つめる。その視線に気づいていないのか、あるいは気づいていてわざとなのか、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

(一体どういうつもりなのかしら)

リリニーナは王子のいる場から早く逃れたいと思うが、ビアンカには尋ねることがありそうだとその場に留まる。

「セイラ嬢をよろしく頼むが、君も楽しんでくれ。ではまた明日」

エルクリードはビアンカに告げるとリリニーナには目もくれず、王子を取り巻く学生を引き連れ立ち去って行った。



「エルクリード王子と、初めてまともに喋っちゃたー!」

王子達が立ち去った後、ビアンカは両手を頬に乗せきゃっきゃとはしゃいでいた。そんな彼女をリリニーナは不信な目で眺めている。

「あなたは一体何者なの? この世界を見守る役目とは、一体どういうことなの?」
「もー、そんな目で見ないで頂けるかしら? 私だって役得というものがありますのよ」
「役得?」
「うふふ。今に分かりますわ。だけどそんなこと気にしている場合でして? 王子の誕生日パーティーにセイラ様が誘われた意味に気づかなくては」
「まさか、それもイベントということ? ……会話と選択肢は何なのかしら?」

未来の結末を決める上で大事なこの2点を知りたく思い深刻そうな表情を浮かべ尋ねるリリニーナを見て、ビアンカはさも愉快そうに口を歪ませる。

「きゃははっ。私はヒントくらいは与えられますけどー、ハッキリキッパリ手伝える立場ではありませんの。せめて少しはセイラ様が頭を使ってくれたらいいのに、ねぇ? リリニーナ様も大変ですわよねぇー?」
「……そう。よくわかりました」

こちらが困っているのがそんなに面白いのだろうか、それを馬鹿にしたような態度を取る人物にこれ以上尋ねた所でまともな答えは聞けまいと、リリニーナはビアンカに背を向け立去ろうとする。

そこへ息を切らせながらセイラが駆け戻ってきた。どういうわけか髪と顔がびしょ濡れである。頭から水を被ったかのように。

「すみません、ちょっと洗面所で目を濡らしてきました! 目から垂れて涙に見えるように、ほら多目に! あの、エルクリード王子はどちらに?」
「……」

セイラの様子にリリニーナが言葉を失っていると、それを見たビアンカが突如高笑いを始めた。

「きゃはははは! きゃははっ! いいわよ貴女!」

高笑いが過ぎる。と思う反面、気持ちは分からなくもないとリリニーナは思うが、やはりセイラが哀れになりビアンカの嘲笑を静止しようとそちらを見やる。

だがビアンカは王子に向けたのと同じ様に再び勝ち誇ったような表情を浮かべており、そのことにリリニーナはどういうわけか何か引っ掛かりを覚え、逆に静止してしまう。

「きゃはは、あー笑い疲れた。セイラちゃん、明日もぜひまたよろしくね。……ではご機嫌よう、リリニーナ様、セイラ様」
「? はい。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、ビアンカ様」

訳がわかっていないセイラと、凍てついた表情のリリニーナだったがここは揃って挨拶を返す。

ビアンカはその様子に更に満足げに高笑いを抑えながら去って行ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

乙女ゲームの悪役令嬢になった妹はこの世界で兄と結ばれたい⁉ ~another world of dreams~

二コ・タケナカ
ファンタジー
ある日、佐野朝日(さのあさひ)が嵐の中を帰宅すると、近くに落ちた雷によって異世界へと転移してしまいます。そこは彼女がプレイしていたゲーム『another world of dreams』通称アナドリと瓜二つのパラレルワールドでした。 彼女はゲームの悪役令嬢の姿に。しかも一緒に転移した兄の佐野明星(さのあきと)とは婚約者という設定です。 二人は協力して日本に帰る方法を探します。妹は兄に対する許されない想いを秘めたまま……

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...