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バッドエンド回避計画

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「えっと、えっと」

セイラに嫌味を言う役割を何とかこなしたいリリニーナだが、そう上手い具合に台詞は出てこない。こういうときの為に芝居や小説に出てくる悪役にもっと感情移入すべきだったとリリニーナは反省する。

そんな様子が見て取れるのか、セイラは目で訴えかけてきた。

(もーちょっと、意地悪そうにしてもらわないと泣けないですよ?)

「うぅ。わっ、わたしの魔法だって、負けてないんだからねっ!」
「……ふっ、ごめんなさい」

なんだか逆に微笑ましくなってきてセイラは思わず笑みを溢しそうになる。王子がそこまでやって来ているのだから悲しそうにしないといけないのに。きっとリリニーナの声は王子に聞こえているだろうが、これではただの負け犬の遠吠えだ。

「あなたなんか、目じゃないんだからっ」

(ああもう、これでどう泣けというんでしょうか?)

セイラの目はカラカラに渇いていた。

「君達、どうしたんだ?」

光に照らされた雲の様な銀色の髪に、緑風を思わせるエメラルドの瞳。端正な顔立ちにすらりとした長い足。ゲームのヒロインであるセイラが選んだ攻略相手、シーザニア王国の王子エルクリードが二人の間にやってきて何事かと話しかける。

ストーリーイベントがいよいよ始まったのだ。

学力も魔力もアカデミートップクラス。実力も人望もあり、まるで非の打ち所がないような青年、エルクリードの唯一の欠点といえば無口で冷淡な婚約者との間に愛情がないことだろう。エルクリードはリリニーナをちらと見た後、俯いたセイラを心配そうに覗き込む。

「えっと、君は確か……」
「はっ、はい! あのときはー!!」

セイラは推している王子に話しかけられるも、初対面で抱きつきそうになったことを思い出して沸騰寸前になってしまう。

「その、無礼を働いてしまい失礼いたしました! 許してくださいっ!!」

彼の顔を見てはまともに話せないわ、とセイラは勢いよく頭を下げる。その様子がエルクリードは面白おかしいのか、気さくに笑いかけた。

「ははは。そんなことで怒りはしないさ」

王子に優しく宥められ、眩しい笑顔でセイラは今にも卒倒しそうだ。王子はまるでここにはリリニーナなどいないかの様に彼女に背を向け、セイラに語りかける。

「それで。こんなところで何してるんだい?」
「えっと、えっと」
「俺の婚約者が君に何か言っていた様だが」

俺の婚約者。彼が婚約者である侯爵令嬢に対して名前で呼ぶことは正式な場を除いては滅多にない。そして王子のリリニーナに対する扱いを周りは当然と捉えており、あまり咎める者はいない。

よくこんな扱いにも耐えてきたものだ、とリリニーナは自分で感心する。だから王子を前に咎められるべき態度をさらけ見せようが、もうどうでも良かった。

リリニーナとセイラは王子の肩越しに目配せする。

(あなたが私に意地悪されてるって言ったら?)
(むりです! 私、イケメンという生き物とはまとも話せませんから!)

「セイラちゃんが、意地悪されていたんですよぅ」

突然、ビアンカがセイラの後ろからやってきて甘ったるい声で王子に話しかける。

「私一部始終見てましたぁ。なんかー、リリニーナ様ったら、セイラちゃんの方が魔法が上手なのが気に入らないみたいでぇ」

リリニーナは予想外の展開にセイラを見やる。セイラは俯いたままこくこくと頷いている。

(せっかく都合良く色々喋ってくれてるのだし、合わせましょう!)

「おい、そうなのか?」

王子がリリニーナの方を振り返り、問いかける。

(おい、とは)

リリニーナは首を傾げ、王子を見る。私はおいという名ではありませんが何と答えたら意地悪そうに聞こえるかしら、と考えていると

「答えないってことは、そうなんだな」

と勝手に結論付けられる。エルクリードの凛とした声が、落胆に近い声色に変わっていく。

「君はセイラ・トーリアといったか。大丈夫かい?」

王子はセイラの方に歩み寄った。

エルクリード王子は自由を愛し堅苦しいことを嫌う、気さくな性格で知られている。平民の生徒にも別け隔てなく接する王子だが、その反面身内を除いて特別誰かを特別視することもあまりない。

その点ではセイラのことをフルネームでしっかり覚えていたし、彼女がアカデミーに転入してきた際には髪色のことといい気にかけていたのは異例の様に思える。

物語のヒロインであるセイラは、単純に容姿も王子の好みである可能性はあるのかもしれない、とリリニーナはその様子を冷静に眺めていた。

当のセイラはというと、王子が優しげに近づいてきたこともあり、ドギマギが止まらなかった。

「わわわわわ」
「可哀想に、こんなに震えてっ!」

ビアンカが援護する。確かにセイラは小刻みに震えているが、それは怯えているからではない。王子の美麗さに震えているだけだ。だがもう、この際都合よく話を進めてくれるなら本当に何でもいい。

リリニーナは、自分の役割、つまり悪役令嬢に徹する事に集中する。

「ふ、ふん!」

だがいくら集中したところで、リリニーナに台詞の引き出しがないのは今更で仕方が無い。セイラも自分のするべきことに意識を戻す。

(こ、行動を! 選択肢を! なんだっけ!)

「嘘泣きすればいいのよ」

ビアンカが耳元で囁く。ビアンカは言っていた。悲しいことがあると素直に泣くような女性を王子は守りたくなると。そうすれば多分、王子からの好感度は上がるのだろう。

リリニーナとも、その選択肢でいこうと決めた。そうすれば王子の反応次第でビアンカの言う事が信じるに値するか判るから。

だけど言葉に甘えるまま、王子の好感度を上げてしまっていいのだろうかとセイラは躊躇する。そのままハッピーエンドが来たらリリニーナは魔界に追放される運命が待っている。

リリニーナは、魔界に行ける程の魔力を自分は持っていないから大丈夫だと言った。だがそんなもの今後の展開で変わってくるのではないか。

リリニーナはゲームの中でヒロインに冷たい態度を取る王子の婚約者で、その隠れた正体は闇の魔法に魅入られている悪役令嬢という設定だ。現にリリニーナの手には闇の魔術痕があり、本人もそれを認めている。つまりリリニーナは魔界との何か特別な繋がりがあるのかもしれないのだから油断は出来ない。

(どうしよう!? 本当にハッピーエンドに向かっていいのかしら!?)

セイラは悩みに悩み、困り果ててみるもののふと我に帰る。

おそらく、というかほぼ間違いなく今はバッドエンド寄りかしら、と。今まで王子の前で変な態度を取るか、イベントから逃げ出してばかりだったのだから、このままいけば間違いなくバッドエンドに突入である。悲しいことにハッピーエンドになったらどうしよう!なんて心配は今、無用なのだ。

ゲームは会話の選択肢の積み重ねでエンドルートが決まるわけで、たかがイベント一つクリアしたところでモテないヒロインの好感度が急に覆ることはないのだから。

セイラは頭の中で、選ぶべき行動を決定した。

(よし、セイラ、泣きます)

ぐっと握りこぶしを握り俯いたセイラを王子が心配そうに覗き込もうとしている。

(あ! すっごく心配してくれてる! 抱きついていいかしら!)

そしてまたふと、我に帰る。

(……嘘泣きってどうやってするのかしら)

セイラは元来、不器用な性格である。

眉間に力を込め、目尻を下げてみるが涙は出てこない。こんな表情で口先だけシクシク言ったら不審さMAXだ。そんな中、中々行動に移せないセイラをリリニーナが心配そうに眺めていた。
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