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バッドエンド回避計画

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この国において魔法を学べる場所は王都アカデミーのみとされている。だが一方で貴族の場合は平民と異なり、幼少期より家庭教育の一環で魔法も学ぶことを許可されている。

リリニーナも幼少期からアカデミー入学前まで魔法の家庭教師に教えを受けていたことがある。そのときの家庭教師に言われた言葉を、リリニーナは度々思い返すことがあった。

『君は珍しい魔力を持っている、リリニーナ』

フィアレス家は建国時に尽力した家でもあり、この国に火の魔力を広めた家でもある。政治面、魔力面ともに指折りの名家だ。

そんな火魔法の祖家と呼ばれるフィアレス家の面々だが、けして魔法関連の仕事ばかりに就いている訳ではない。リリニーナの父親は産業関連の大臣職、従兄弟の二人も魔法に関連のない道を進んでいた。

それでも代々、彼らは火の魔法を大切に扱うことを忘れていない。フィアレス家の面々は当然の様に火の魔法を訓練しているし、リリニーナもそれに倣ってきた。そんなリリニーナの魔力は、周りの同級生に比べるとけして低くはなく、高い方でもない。

だが彼女の放つ火の魔法は父親や親族達、あるいは国の魔法使いと少し違う色をしていて、それを家庭教師ジェイドは大変珍しがった。

大抵の火の魔法使いからはオレンジの炎が生み出される。だがリリニーナの場合は白に近い淡い光のような炎だった。

珍しい色だと聞いて一時は喜んだリリニーナだが、家庭教師ジェイドはこうも言っていた。

『珍しい魔力を持つ者は、魔界のものに好かれている』

と。リリニーナが今まで生きてきた中で、とりわけ何か魔物に狙われやすかったり、魔物を引き寄せやすいと感じたことはない。だから今まではその言葉にはあまり実感が持てずにいたのだが。

だが現に今、リリニーナの手の内には魔物が棲み着いている。

「ねえ、オレオ」

リリニーナの手に潜む闇の魔術痕。それが彼女に見える形で顕現した黒い霧の球に向かって、寮の自室で寛ぎながらリリニーナは話しかける。

彼女はその霧に『オレオ』と名前を付けて可愛がっていた。オレオは気ままに顕れることもあれば、リリニーナに呼ばれたときに彼女の部屋をふよふよ浮かんで散歩したり、彼女が読む本を興味深げに覗いてきたり気ままに過ごしていることが殆どだ。

宵闇にまぎれそうなその魔を、リリニーナが呼び寄せた理由はこうだった。

「王子の誕生日パーティーに、お抱えパティシエのタルトが出ると思うの。上に乗る果物は何だと思う?」

リリニーナはノートの紙を2枚用意し、1枚にリンゴ、もう1枚にイチゴ、と書いて窓際の机の上に並べてみせる。

宙に浮かぶ魔の霧、オレオはふよふよと楽しげに浮かび、右往左往したのちにリンゴの方に移動した。 

「リンゴね。私もそう思うわ」

(先日王妃様が視察に行った果樹園のリンゴがとても甘くて美味しいと評価されたみたい。だからきっとパティシエ自慢のタルトに使われるに違いないわ)

オレオは果たして楽しいのか、呆れているのかはリリニーナには分からない。だがこうして呼び掛けに応じて現れてくれるということはきっと悪くは思っていないのだろう。

こうしてリリニーナは時折、オレオと紙を使って対話することがあった。オレオの存在に気付き、この魔が何の魔法による術かを尋ねたときもこの方法だった。

火でもなく、風でもない。土でもなく、水でもない。

あり得ないと思ったが、光と闇の2種類のカードを用意した。そしてオレオが選択した答えにリリニーナは鳥肌が立つ程に驚愕し、そして気持ちが高揚した。

光と闇の魔法は今はなき帝国で使われていた魔法であり、もはや魔界にしか存在しないとされている。

闇の魔法と聞いて当初は恐れる気持ちが無かったわけではない。だがリリニーナが退屈しているときや孤独を感じているとき程、オレオは自主的に姿を現し、彼女を癒やしてくれた。それに闇の魔法だと言ってもそれがどんなものかはこの国に伝わってもいないのだ。オレオの魔法がけして悪い魔法なわけがない、とリリニーナは信じることにした。

(王子の誕生日パーティー、どんな雰囲気になるかは前日のイベント次第だわ。何があってもオレオが付いてる。大丈夫、乗り越えられるわよ)

リリニーナは意志を固く、オレオと共に星空を眺めるのだった。



翌日。ゲームのイベント時の会話内容を思い出したというセイラが放課後の教室前でリリニーナを待っていた。まずは来週に迫っている、授業後に王子が接触してくるという場面について説明するというセイラ。ここで王子に対してセイラの好感度を上げられる様に対策を練らなければならない。

セイラはノートに書いたメモを広げ、読み上げる。

「まずはヒロイン、つまり私は授業の課題テストで優秀な成績を納めます。王子との接触イベントが起きるのはその授業後の廊下です。そのときヒロインはテストの出来のことをリリニーナ嬢に責められています。ええ、ズケズケグチグチと」
「ふーん?」
「……個人の感想です」

セイラは目を逸し、急いで話題を戻す。

「とにかく私とリリニーナ様がやり取りをしてると、通りがかった王子が話しかけてくるんです。大丈夫か、意地悪されていないか、とかいう感じで」 

どうも王子はリリニーナがセイラに意地悪をしていないか疑う気満々で話を進めてくるとのことだった。失礼な、と嫌味のひとつも言いたくなりそうなものだが、リリニーナは受けて立つとばかりに目をキラリと光らせる。

「では私はここで本当に意地悪したらいいのね?」
「はい!! それはもう、リリニーナ様は悪女設定ですから。存分に!」

セイラは自信たっぷりに頷いた後に、リリニーナにメモ用紙を見せる。

「で、1番の問題。困っているヒロインの選択肢なんですが。選択肢は3つあって、それぞれに得られる好感度が違っている仕様なんですよ」

セイラが指差しているメモの場所にはヒロインが選ぶべき選択肢が、箇条書きにこう記されていた。

1、リリニーナ嬢をぶっ叩く
2、涙を流す
3、自分を殴る

「どう思いますか? これ」
「うーん」
「前にプレイしたときは迷わず1を選んだんですが……、ぅあ!」
「……ふーん?」

セイラはどうやら正直者らしい。そんなセイラをリリニーナは氷のような微笑みで見つめていたのだった。
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