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バッドエンド回避計画

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風、火、水、土。

この4つの魔法がシーザニア王国には存在する。
全ての国民が魔法を使えるわけではない。
魔法は基本的に国によって管理されており、誰がどの魔法を使えるか把握し、また国民もそれを知らせる義務がある。

王都アカデミーは国で唯一、魔法の授業を扱う学校である。それゆえに貴族だけでなく平民の入学も可能となっている。

だが生徒の全員が魔法の能力に秀でているわけではなく、魔法を使う学問だけを学んでいるわけではない。それは教師陣も同じであった。



リリニーナとセイラが、国の未来を守る為の密談を交わして数日後。王都にあるアカデミーではバタバタと教師陣が慌ただしく廊下を急いでいた。

校内で魔物の侵入が確認されたのだ。

「早く寮へ! そこ、押し合わないで!」

女性教諭の一人が叫んでいる。
生徒を避難させるべく指示を出しているようだ。

「どけよ! 平民!」
「はぁ? 魔力のないポンコツ貴族め!」

人混みで狭くなった通路で、生徒同士が我先にと押し合い、罵倒しあっている。

余裕のなくなった場面で、礼儀というものがなくなっているのはお互い様か。殴り合いに発展しそうな言い合いでもさすがに彼らも避難が先だと思ったのだろう。人の流れに乗り、散り散りになりながら出口へと向かい始める。

「ゴブリンよ! 薬草室にゴブリンがいたの見たわ!」

どこからともなく女子生徒の声が響き、生徒達の恐れに拍車をかける。

昼休みに中庭に現れたのが始まりで、それは中庭から続く薬草学の教室へと侵入してきた。どうやら先日の嵐のさなかに王都に面する山から紛れ込んだらしいそれを、先に複数の生徒が目撃し教員室に駆け込むなり、知らせてきたのだった。



そのときちょうどリリニーナは中庭を望むカフェテリアの、三階のテラス席にいた。そこからは中庭を挟んだ所に位置するガラス張りの薬草室がよく見える。

「リリニーナ様! 逃げなくて良いのですか?」

優雅に茶を飲んでいるリリニーナを見て、学友の貴族令嬢が目を丸くする。

こんな日に限って魔物討伐が専門の魔法騎士学の教諭は王宮に呼ばれて不在だったし、魔法騎士学を選択している生徒は午後の授業が休みになったこともあって、騒ぎの中役に立ちそうな者はほとんどいなかった。それもあってのこの混乱である。

リリニーナは刈り込まれた中庭の芝生の上を二人の人影が素早く移動していくのを眺めていた。

「大丈夫よ。彼らが向かったみたい」

リリニーナは静かにつぶやき、ティーカップを手に取った。



教師や警備の者たちが薬草室に駆け付けたころには、5体のゴブリンが本棚や薬草が入った瓶、机や椅子を荒らしていた。
魔法薬学の教諭は魔物用の催涙玉を投げつけるが、素早いゴブリンに逆に打ち返され弾けてしまう。

教師たちの周りを濁った水色のガスが覆い始める。ある者はハンカチで顔を覆い、ある者はくしゃみが止まらなくなっている。ゴブリンはゲラゲラと笑い、さらに部屋を荒らし始めた。

そのとき、魔法を詠唱する声が凛と響く。

「ウィンドクリアヴェール、風よ浄化しろ!」

ゴブリンが顔を見合わせる。シルバーヘアの青年が教諭たちの横に現れ魔法を詠唱した。
空気中に飛散する水色の催涙ガスが拡散、空気が浄化されていく。

「ウィンドランスウィアード、風よ疾風となり纏え! 今です、モルタボルト先生!」

すぐさま先ほどとは別の場所から、先ほどとは別の爽やかな声が魔法詠唱を唱えるとともに教諭に向かって指示を出す。そこにはラベンダーの髪をした青年が、剣を握りしめた教師の脇に立っていた。

剣技の教諭モルタボルトは疾風に乗り、華麗な剣さばきでゴブリンに向かって回転切りを放った。

今の攻撃により3体のゴブリンが奇声をあげ、霧となって消滅した。
残りは2体。机やガラス片を教師陣に投げつけてくるゴブリンに対し、モルタボルトが応戦している。

「先生、あれやっていいですか?」

銀髪の青年はにやりと白い歯をのぞかせ、教頭である女性に確認をとる。
だが教頭は静かに首を横に振った。

「だめです。ここは室内ですよ。学舎が壊れます」
「ちぇー」
「ではあれを使ってはどうでしょうか」

もう1人の青年が指さす先には、棚から散らばった薬草。乾燥したとげとげしい三角の葉。しびれ薬の原料が大量に散らばっていた。

「よーし了解。ウィンドダンシニア。風よ舞い踊れ」

銀髪の青年が指揮を振るように腕を動かす。ワルツのリズムに乗った風は三角の葉を拾い上げ、次第にテンポを上げていく。くるくると風に乗ったしびれ葉は激しく舞い、ゴブリンにまとわりついていく。

しびれ葉が付着し、ゴブリンの動きの遅くなったその好機に警備隊が矢を放った。ゴブリンたちは先ほどの3体と同じような奇声を上げ、先程の1体と同じように消滅していった。

部屋の中はどう片付けようかと頭が痛くなるほどに散々だ。だが魔物専門の教師が不在の中でどうにか事態を収めた事に、教師や警備の者達は安堵の表情を浮かべる。

教頭は活躍した二人の生徒に向き直る。

「生徒会で残っていたあなた方がいて助かりました。評価点を与えましょう」
「「ありがとうございます!」」

銀と紫の髪の青年は目を合わすことをなくとも、息の合った返事とハイタッチを決めた。

彼らが中庭に出ると、拍手喝采が沸き起こった。どうやら避難や見回りの手伝いに残っていた生徒達がすっかり観客となっていたらしい。

「エルクリード王子! さすが生徒会長!」
「エルクリード王子様!」

銀髪の青年は声がした方に向かって手をひらひらと振る。

「この国の王子は民衆の支持が高く、何よりだ」

紫髪の青年は隣に立つエルクリード王子に向かって微笑んだ。

「カイルヴァン様ー!」
「副会長ー! 素敵!」

「女子の声はほとんど君のものだな」

エルクリード王子はそんな紫髪の青年であり従兄弟でもあるカイルヴァン公爵子息をにやりとからかう。だがカイルヴァンは気にも留めない様子でエルクを宥める。

「そりゃそうだよ、エルク。君にはあの……、じゃなくて立派婚約者がいるんだから」

そう言いながら睫毛を伏せるカイルヴァン。

「はは、何を言おうとしたのか気になるな。それより来週の誕生日パーティーには来てくれよ?」
「返事はすでに出してあるよ」

にこりと微笑むカイルヴァンにエルクリードはぽんとたたくのであった。



リリニーナはそんな眩し気な王子達をテラスから冷静な目で見つめていた。

王国の栄光。王子の威厳。民衆からの支持。それを一身に受け止める立派な人物。

リリニーナと王子はお互いにほとんど無関心ではあったし、用がない限り会ったり話したりすることはない。そして王と同じく、意外と婚約の利害関係だけはきっちりと考える王子だ。国のことを思えば、ある意味施政者の鑑とも言うべきか。

フィアレス家は国の創立にも関わり、王家との関係は強固だ。侯爵家が私情で婚約を破棄するなどもっての他である。

ゲーム内の分岐未来として、セイラと王子が仲睦まじくなれば王子側から婚約破棄を言い出してくるらしい。が、現時点でそんな気配は毛頭ない。

リリニーナはセイラと交わした、国を救う作戦の切り口を思い返す。

1つ。リリニーナは出来るだけ王子に嫌われるよう行動すること。
2つ。セイラは出来るだけ王子に接触し、出来るだけ好感度を上げていくこと。

危ない橋を渡らずに済む方法で、どこまで未来が変わるのかは判らない。だが彼女達には出来るだけのことをするのみ、と約束したのだ。

そう、強く約束を交わした相手。いつのまにか背後に立っていたセイラが静かに話しかけてきた。ピンク色の髪が青々とした空によく映えている。

「素敵ですね、王子。リリニーナ様は蛇みたいって言うけど、どこがですか?」
「……目つきとか、話し方とか」
「あんなに爽やか満点なのに!?」

セイラは信じられない、といった顔をする。

「私と話すときは、あんなに笑わないわ」
「そうなんですね……。
 にしてもあーあ、やっぱり薬草室に行くべきだったな」
「どういうこと?」
「ゲーム内だと、薬草室に取り残されたヒロイン、つまり私ですね。私が王子に協力してゴブリンを倒すんです! そうして好感度アップ!」

セイラはきゃっと頬を染める。

「……? もしかして貴女、ゴブリンが来ること知っていたの?」
「はい! この世界で起こることは私、大体知ってますから。言いませんでした?」
「大ざっぱな未来だけなのかと」
「ひどっ」

仰け反るセイラに、リリニーナは気にせず話を続ける。

「それに好感度アップしてない様だけど? それにチャンスがあると分かって、どうしてここにいるのかしら?」

畳み掛けるようなリリニーナの冷静な問いかけにセイラはえへへ、と笑う。
 
「攻撃に使えそうな薬草を選ぶ場面があるんですが、それが何か忘れちゃって」

リリニーナはさらに畳み掛ける。

「薬草室なら、しびれ草が使えるわ。トゲトゲの三角の葉。今から行ってくれば?」
「はい?」
「ゴブリン一匹、私ならこっそり山から連れてこれる」

リリニーナはしれっと言い、セイラに問いかけた。

「この世界を救ってくれるんでしょう?」
「いいい、いえそうですけど! そんな危ない橋は渡れませんって。バレたらリリニーナ様が大変じゃないですか。次! 次のチャンスは絶対逃しませんから!」
「……。ふーん」
「え、リリニーナ様、ちょっと笑ってます?」
「ふ、ふ、ふ」
「棒読みぃっ!」

リリニーナは少しだけ嬉しかった。
高貴な生まれであるも、高貴な道具としてしか見られてこなかった自分のことをセイラは当たり前のように案じてきた。
薔薇の微笑みまでとはいかないものの、蕾くらいの微笑みを。リリニーナはその整った顔に浮かばせていたのであった。
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