上 下
64 / 67

64・メイドの罪

しおりを挟む
 その頃、私とメイドは、ミニクーパーで件の家を張り込んでいた。
 時刻は夕暮れ。
 そろそろ 犯行が行われる時間だ。
 私は なんとかして笑い男の凶行を止め、母子を助けるつもりだったが、しかし メイドはどうなのだろう。
 彼女の険しい顔つきを見ると、それだけではないような気がした。
「念の為に聞いておきたいのだが、もし笑い男が現れたら、きみはどうする?」
 メイドはすぐに答えた。
「撃ち殺します」
 メイドはポケットから南部ゼロ式を取り出した。
「それは……金庫に入れたはずでは」
「こっそり金庫から出しました。
 笑い男は能力者ではありませんが、他の能力者に守られている。でも、この銃と弾なら、異能力を無効化して、確実に笑い男を殺すことができます」
「しかし それは……」
「お嬢さまは、笑い男を殺さないつもりだと言っておられましたが、私は許せません。
 笑い男が死ねば、もう お嬢さまは苦しまずにすむのです」
「だが それは、彼女の本意ではないはずだ」
「それでもかまいません。どんな形でも、この戦いは早く終わらせなければいけないのです」
 そのメイドの覚悟に、私は何も言えなくなってしまった。
 メイドは不意に いつもの温和な表情に戻った。
「あなたには色々とお世話になりました。
 あなたとの出会いは偶然だと思っておりましたが、今 考えると運命だったのかもしれませんね。
 貴方がいなければ この戦いに終止符を打つことはできなかったでしょう。
 念の為に伝えておきます」
「やめてくれ。そういうのを死亡フラグというんだ。きみの遺言なんて聞きたくないぞ」


 その時、エンジンを付けていないのに、カーナビが作動した。
 しかも 調子がおかしい。
 それだけではない。
 街灯の電灯も、部屋の照明も、一斉に明滅を繰り返している。
「笑い男がなにかを仕掛けた。行くぞ」
 私たちはクルマを降りると家に向かった。
 家の玄関は鍵がかかっていたが、私はピッキングで鍵を開けると、中に入る。
 薄暗い中 進んで行くと、突然、
「強盗め!」
 夫が金属バットを手に襲いかかってきた。
 メイドと私は、二人がかりで彼を取り押さえる。
「待ってくれ。私たちは強盗じゃない。助けに来たんだ」
「そんなこと信じるわけないだろう! 警察はもう呼んだ! 今すぐ出ていけ!」
 その時 二階から 妻の声がした。
「あなた! どうしたの!?」
「子どもを連れて逃げろ!」
 くそ、埒があかない。
「記者さん、彼は私が押さえていますから、母親と子どもを助けに行って下さい」
「わかった」
 私は夫をメイドに任せると、二階へ上がった。


 二階へ上がるとそこには、金縛りにあったかのように体が硬直している母親と、そしてベビーベッドの横に立つ一人の男。
「笑い男」
 笑い男は愉快そうな笑みを私に向ける。
「やあ。きみも とうとう異能力に目覚めたようだね。おめでとう。これで能力者の仲間入りだ。
 歓迎するよ。全ての真実を見届ける者。
 探索者シーカー


 そこにメイドがやって来た。
「笑い男!」
 南部ゼロ式を笑い男に向けて発砲した。
 だが、次の瞬間 笑い男の姿が消えた。
 同時に母親の金縛りが解けて自由になる。
 しかし 部屋に火の手が上がり、一気に燃え広がり始めた。
「きみは彼女を助けろ! 赤ん坊は私が!」
 私はメイドに言うと、ベビーベッドの赤ん坊を抱き上げた。
 そして 我々は階段を下りると、その時には 二階は炎の海となっていた。


 我々が家の外に出ると、夫が叫んでいた。
「妻と子どもを離せ!」
 しかし 妻が それを宥める。
「違うのよ あなた。彼らは助けてくれたの。命の恩人よ」
 それを聞いて夫は静かになった。
 私は母親に子どもを返すと、母は感謝を述べる。
「ありがとう」


 私たちが燃え盛る家を見つめると、二階の窓に笑い男の姿があった。
 メイドが叫ぶ。
「やつが中に!」
 彼女は火の中に飛び込もうとするが、私はすぐに止める。
「止めるんだ! もう無理だ!」
「あいつを殺すんです! なんとしてでも!」
「きみまで焼け死ぬぞ!」
「構いません!」
「落ち着け!」
 私は力で勝る彼女を抑えるのに必死だった。
 そうしているうちに、笑い男の姿は消えた。
 ようやくメイドは諦めてくれた。


 我々はホテルに戻って、ブラインド レディからの電話を待つ。
 メイドが恨みがましく私に言う。
「どうして止めたんですか?」
「当然だろう。あの中に入っていたら君まで死んでいたぞ」
「笑い男を殺すことができれば、私はそれでも構わなかったんです」
「そんなこと私は許さない。きみがいなくなったら彼女の面倒は誰が見る。彼女はきみの介護なしでは生きていけない」
「お嬢さまをあんな目にあわせてしまった償いです」
 私は その言葉に 以前 聞いたことを思い出した。
 メイドは罪を犯したことがあると。
「今まで聞いていなかったな。きみは以前、罪を犯したと告白したことがある。鏡の事件の時だ。あの時 言った罪とはなんだ?
 君が彼女に献身を尽くすのは それが理由なのか?」
「……そうですね。あなたには話しておかなくてはならないでしょう」
 彼女は訥々と語り始めた。


 メイドの母は難病で長年 入院しており、治る見込みはなく、入院費がかさみ、介護が大変だった。
 そこに 笑い男は、異能力によって母の病気を治そうと言った。
 条件は、ブラインド レディと その両親の居場所を教えること。
 笑い男はなにも怖いことなんてしないと言った。
 それが薄々 嘘だとわかっていながら、重なる入院費の支払いや、介護疲労から逃れたくて、居場所を教えてしまった。
 そして 笑い男は約束どおり、母の病気を治した。
 代わりにブラインド レディの両親は殺され、その時に彼女も失明した。


「これが 私がお嬢さまにしてしまった罪です。
 自分の責任から逃げた結果、私はお嬢さまのご両親を死なせ、お嬢さまから光を奪った。
 私は自分の罪を償わなくてはならない」
「だが、それは死ぬことではない。君が死んでも、彼女は喜ばない」


 その時、電話がかかってきた。
 番号はブラインド レディ。
「彼女からだ。無事だったか」
 私は安堵して電話に出た。
「やあ、君とこうして話をするのは初めてかな。もしかして、お姉さんだと思った?」
 その声はイガラシだった。


 続く……
しおりを挟む

処理中です...