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62・焼死

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 とある 小さな寺にて、住職が経文を読んでいた。
 それは彼にとっては普段の日常であり、そして悟りへ至るための修行の一つであった。
 そこに一人の若い男性が声をかけてきた。
「すみません、ちょっといいですか」
「はい、なんでしょう?」
「実は 経を上げて欲しいのですが、構わないでしょうか」
「もちろん かまいません。しかし、なぜ 経を上げて欲しいのでしょうか」
「今まで俺が殺した者たちが成仏するように」
 イガラシはニタリと笑う。
 温和な住職の表情が一変し、厳しく鋭い眼光になった。
「喝!」
 凄まじい衝撃波が発生し、イガラシの体を打ち据えた。
 しかしイガラシは平然と意に返さない。
 住職は油断なく問う。
「なにが目的だ?」
「盲目のお嬢さま」
「彼女とは もう三年も会っていない。ここへ来ても無駄だ」
「そうだな。だが 伝えることはできる」
 次の瞬間、住職の喉がパックリと切り裂かれ、血液が噴水のように吹き出した。
 住職は なにをされたのか まったく理解できないまま、数秒で失血死した。
「さて、お嬢さまに連絡しないとな」
 イガラシは住職の遺体を スマホのカメラで撮り始めた。


 その頃、ブラインド レディと私たちは、執事からの調査報告を聞いていた。
「笑い男 自身は能力者ではありません。しかし、能力者を扇動し、そして能力者たちもそれに従っている。
 笑い男は慎重で、どの事件にも自分自身の痕跡や証拠を残しません。
 しかし、唯一の例外が お嬢さまです。お嬢さまにだけは、自分から手がかりを残していく。まるで 誘っているかのように。
 私は先に伝えたとおり、笑い男に関する手がかりを得ました。そして お嬢さまが囮になることによって、確信となりました。
 その一つが南部ゼロ式。笑い男はこの銃を欲しがっている。なにかの目的のために。
 そして それには、弾が揃っていなくてはならない。拳銃の弾はあと四発」
 私は指摘する。
「ならば、笑い男の陰謀をとめるには、拳銃を処分すれば良いのではないのか?」
「そうすると、笑い男を誘い出すための罠を仕掛けることができなくなります。つまり、この南部ゼロ式は、笑い男を誘き出すための餌であり、さらなる事件を引き起こす鍵でもある、諸刃の剣。
 慎重に扱わねばなりません」
「だが、その拳銃だけでは、罠にかけることはできないだろう。材料が一つだけでは」
「その通りでございます。しかし、手がかりは他にもあります。
 実は今年に入ってから、日本全国で、女性が立て続けに焼死する事件が連続しております。
 焼死した女性の年齢は二十二歳。お嬢さまと同じ歳でございます。
 そして その女性には、子どもが生誕しております。焼死するのは、その子どもが、生後 六ヶ月経過したとき。
 正確には、生後六ヶ月六日。そして どうやら 六時きっかりに、母親が焼死しておるようなのです」
「キリスト教における 獣の数字と同じ? 笑い男はなぜそんなことを?」
「動機や理由は不明です。しかし、笑い男の仕業であることは間違いないのです」
「次に狙われる可能性の女性は?」
「三百人ほど。リストはここに」
「数が多い。狙われる条件を絞り込まないと、笑い男を誘い出すことができない」


 その時、メイドのスマホの電話が鳴った。
「はい、はい。どうされました? ええ……わかりました」
 メイドは応対すると、しばらくしてブラインド レディにスマホを渡した。
「お嬢さま、緊急連絡です」
 ブラインド レディはスマホを受け取り耳に当てる。
「どうしたの? ええ、そう……わかったわ」
 電話は終えた。
 私は聞く。
「なにかあったのか?」
「私に能力者のことを教えた師匠の一人が、何者かに殺されたわ」
「殺された? 前の事件のように、能力者の狩りに失敗したのか?」
「メッセージが残されていた。盲目のお嬢さまへ、まずは一人目と」
「笑い男か。君の関係者を殺している。南部ゼロ式を我々が手に入れたことを知ったんだ」
「至急、次に狙われる女性を特定して、保護しなくてはならないわね」
「しかし 手がかりがない。数は三百人以上いる。共通しているのは、二十二歳で生後六ヶ月の子どもがいることだけ。
 しかも 日本中に分布していては、調べようがないぞ」


 その時 私は眩暈がした。
「うぅ……」
「どうしたの?」
「いや、眩暈が。疲れているのかな……」
 そう答えた瞬間、私に激しい頭痛が襲った。
「うわぁあああー!!」


 激しい痛みの中、私は幻を見た。
 明るい日差しの中、富士山が見える。
 遠いところに 新幹線が走っていた。
 周囲は茶畑が広がっていた。
 ベビーカーを押す若い女性。
 雨が降ってきたので傘を差す。
 大きな一軒家に帰ると、優しそうな夫が出迎えた。
 仲良く家に入る。
 夜。
 子ども部屋に幻灯が点いている。
 幻灯の人形が踊る。
 ベビーベッドの上でベッドメリーが回っていた。
 赤ん坊が笑っている。
 男がそれを覗き込み、ニッコリと微笑む。
 笑い男。
 母親が入ってきた。
 彼女は叫ぶ。
 誰?!
 笑い男が笑顔を向けると、女性は金縛りにあったかのように体が動かなくなる。
 そして手足からメラメラと音を立てて燃えはじめた。
 人体発火。
 笑い男はそれを見て、ただ笑っていた。


 ブラインド レディが呼んでいる。
「しっかりしなさい」
 私は正気に返った。
「あ……なんだ、今のは?」
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