ブラインド レディは 笑わない

神泉灯

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56・呪いの肖像画

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 私が今回 取材をしたのは、画廊で勤めている三十代の男性からだった。
 彼のことは便宜上 トミオカとしておく。
 美術商の世界で成功することを夢見ており、健康の秘訣に、一日 一時間の運動と、九時間の睡眠を欠かさないという。
 彼がブラインド レディに出会ったのは、とある一枚の肖像画についてだった。
「正直、あんな世界があるのだと知っても、それでもまだ信じ切れない思いです」


 トミオカ氏が勤めている画廊にて、とある若い夫婦が、一枚の絵画を購入した
 とある家族の肖像画だった。
 夫婦と三人の幼い娘、計五人の姿が描かれている。
 妻や娘たちは正面を向いて、おそらくは画家の方を見ていたのだろう。
 しかし 父親だけが、左端の娘の頭を撫でて、その娘に視線を向けていた。
 その絵画を購入した若い夫婦は、店ではこんな感想を話していた。
 妻はその絵を見ていった。
「なんだか不気味な感じがするわ。あなた、こんなのがいいの?」
「ちょっとオカルトな雰囲気が良いんだ」
「この絵から幽霊とか出てきそう」
「大丈夫。その時は ぼくが守ってあげるから」
 そう言って 店を出て、その日の夕方には、肖像画は家に届けられた。


 その翌日、夫婦は喉を掻き切られた遺体で、家政婦に発見された。
 家の状態は密室だった。


 ブラインド レディはそのニュースを聞き、調査してみることにした。
「現実的に考えて、密室殺人というのは現実に起きたりしないものよ。もし本当に密室なら、能力者が関わっている可能性がある」
 そして メイドと共に、ネットで肖像画に関して調べてみた結果、過去 四十年間の記録で分かる範囲では、肖像画は持ち主を転々としており、その多くが殺害されている。
 画廊などでは問題ないが、それを購入した人間が、その日のうちに死亡。
 しかし、その肖像画を誰が描いたのか、また描かれている家族が誰なのかは、ブラインド レディの情報網では突き止められなかった。
 メイドは少し怯えた表情で、
「所有者が殺される、呪われた肖像画。なんだか都市伝説や怪談にありそうな話ですね」
「能力者が なぜ肖像画の持ち主を殺すのか、動機は分からないけれど、少なくとも この肖像画になにか秘密があるのは確かね。
 でも、ネットなどの記録では、これ以上 詳しくは分からない。
 今 肖像画は、再び画廊が引き取ったそうよ。
 次に開かれるオークションには、もう出品する。
 その前に、現地に行きましょう」


 ブラインド レディはまず、大企業会長の立場を利用して、画廊へ入った。
 オークション会場では、前段階として商品の陳列が行われていた。
 まずは それらを見せて、購入意欲を掻き立て、そしてオークションで競買させ、値段を上げるという寸法だ。
 経営者はブラインド レディが訪れると、自ら出迎え、そしてトミオカ氏を紹介した。
「この者が説明いたしますので、どうぞゆっくりと」
 トミオカ氏はブラインド レディが現れたとき、怪訝な表情をした。
「あー、貴方の名前は聞いております。世界的企業の会長であると。
 しかし、その、差別的な表現をしますが、貴女は視覚障害者だ。美術品の審美はできないのでは?」
「わたしではなく、彼女がするのよ」
 とメイドを示した。
 メイドは頭を下げて、挨拶する。
「よろしくお願いします」
 そしてブラインド レディは、
「私は美術を楽しむことはできないけれど、会社に飾るものは必要だから」
「そうですか、わかりました」
 トミオカ氏は釈然としない気持ちはあったが、それでもお客様だ。
 失礼のないようにしなくてはと 努める。
「それでは さっそく、問い合わせの肖像画に案内しましょう」
 問題の絵画の前に立った。
 トミオカ氏は語る。
「この肖像画に描かれている家族は、オオシマ一家。
 記録では、昭和のバブル時代に描かれたものとされております。
 描かれてから しばらくの間は、倉庫で保管されていたのですが、発見されてからは 持ち主を転々としております。
 不気味な雰囲気のする肖像画ですので、オカルト的な感性の持ち主には評価は高いのですが、しかし 購入しても長くは所有しないようですね。
 正直 申し上げますと、個人的に楽しむタイプのもので、会社のロビーに飾っておくものではないでしょう。
 よろしければ、もっと万人受けする、品の良い絵画を紹介させていただきますが」
 ブラインド レディは その説明を聞いているのか、無言で肖像画に顔を近付けると、匂いを嗅いだ。
「匂いからは特に手がかりはないわね」
「? なにがでしょう?」
「なんでもないわ。明日のオークション、参加させて貰うわ。良ければ他の美術品も紹介して貰えるかしら」
「ええ、もちろんです。お勧めの絵画がございます。あちらにありますのは、品も良く、会社のロビーなどに飾るには相応しいかと……」


 ブラインド レディは画廊から、肖像画に関する来歴を入手し、ホテルで再調査した。
「異能力の正体も、動機も不明。
 新たに分かった肖像画の来歴に関してだけれど、作者の画家は普通に寿命を全うしている。健康に問題はなく、人生にも特に問題はない。
 画家として大成したわけではないけれど、絵画だけで生活できるほどには評価されていた。
 幸せな人生だったようね。
 問題は、描かれた家族ね」
「オオシマ一家は殺害されていますね。
 父親が、妻と三人の娘をカミソリで喉を掻き切って殺害。
 その後、警察に逮捕される前に、父親は自殺。親族が 葬儀も上げずに 火葬にして墓に入れた」
「もしかすると、最初の犠牲者は このオオシマ一家なのかもしれない。父親の自殺も、殺害の可能性があるわ」
「でも、そうなると犯人は一体誰なのでしょうか?
 描いた画家も、描かれた家族も、犯人の疑いのある人物は みんな死んでいます」
 メイドはパソコンを操作しながら、ふと手を止める。
「あれ? 違う?」
「どうかしたの?」
「お嬢さま、描かれた当時の肖像画の写真を見付けたのですが、それがおかしいのです。
 画廊で見たときは、父親は左下の娘の頭に手を置いて、その娘を見ていました。
 でも、この写真では、娘に手を置かずに、視線も正面を向いているんです」
「つまり、この肖像画そのものに問題がある。
 肖像画を能力の媒体にし。肖像画を使えば、能力者が直接現れなくても、殺害が可能」


死を招く肖像画ポートライト デス


「お嬢さま、これでは能力者を特定することができません。いかがなさいますか?」
 ブラインド レディはしばらくの黙考の後、答える。
「肖像画を燃やしましょう」
「燃やすのですか。ずいぶんと思い切った対処をしますね」
「能力者を特定する手段がない以上、しかたがないわ。
 能力の媒体を燃やせば、能力者は なにかしらの反応を返してくる。それを逆に利用して、こちらが遠距離の能力者に攻撃することも可能かもしれない」
「それは賭けになりますね」
「しかたがないわ」
「では、明日のオーディションで競り落としましょう」
 ブラインド レディは すぐには答えなかった。
「お嬢さま、どうされました?」
「競り落とすのではなく、盗みましょう」
「え? 盗むのですか?」
「ええ。燃やすのに わざわざ お金を使いたくないわ。今日はなんだか お金を節約したい気分なのよ。
 大丈夫。あの画廊は、ちゃんと盗難保険に入っているから」
 メイドは、そう言う問題ではない気がしたけれど、何も言わなかった。
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