上 下
50 / 67

50・心霊探偵

しおりを挟む
 と ある町にて。
 夜 十時頃、三人の男女が、町外れの廃屋にやって来た。
 周囲は放置された田畑が広がっており、人家はまばら。
 この廃屋だけ、周囲から孤立しているように思えた。
 一人だけの女子大生は、その雰囲気に恐怖で身を震わせた。
 男子大学生の一人は、明るい声で簡単に説明する。
「ここが、幽霊が出没する、この町じゃ有名な心霊スポット。呪われた幽霊屋敷だ」
 しかし、もう一人の男子大学生は否定的だった。
「ただの廃屋にしか見えないぞ」
「ちゃんと曰くがあるんだって」
「どんな?」
「昭和の戦前、父親が四人の娘を殺したんだ。その後、父親も自殺。
 それ以来、女性だけを狙う父親の幽霊が現れる」
「よくありそうな話だな」
「まあ とにかく、行ってみようぜ」
 先程から沈黙している女子大生は、明らかに怯えているようだ。
 否定的だった男子大学生が優しく声をかける。
「手、握ってあげようか」
「いらないわ」
「じゃあ、他の所を触ってあげようか」
 女子大生は男子大学生を小突く。
「もう。行くわよ」


 三人は中に入ると、そこは典型的な古い昭和の家。
 壁に落書きがされているのを、女子大生が見付けた。
「なにかしら、これ? なにかの おまじない?」
「無理心中するような父親だから。なにかのカルト宗教にはまってたって噂だ。
 幽霊が出るのは食糧保存庫だ。さあ、心の準備は出来たか」
 案内役の男子大学生はノリノリだった。
 そして食糧保存庫。
 中には大小様々な壺が置かれていた。
 女子大生が蓋を開けると、ヘドロのような液体が入っていて、悪臭を放っていた。
 彼女は顔をしかめる。
「保存食も、百年も経てばダメね」
 案内役の男子大学生がハンディライトで一通り照らすが、幽霊はいない。
 否定的だった男子大学生が、得意気に言う。
「ほらな。幽霊なんていやしないだろ。もう帰ろうぜ。こんなことなら、家でホラー映画を観ている方がまだ怖かった」
 しかし案内役の男子大学生は沈黙して、彼の後ろをハンディライトで照らしていた。
「なんだよ? どうした?」
 そして女子大生の方も、彼の後ろを凝視していた。
 彼は嫌な予感がして、振り返ると、そこには……


 首つりした若い女がいた。
 その体は力無くぶら下がっており、眼は虚ろ。
 半開きの口からは舌が半ば出ている。
 完全に死んでいる。
 そして その隣に、鉈を持った男がいた。


 三人は一斉に悲鳴を上げ逃げ出した。


 リムジンを運転するメイドは、ブラインド レディからその説明を受けて、疑問に思った。
「お嬢さま、その話はどこで知ったのですか?」
心霊探偵オカルト・ディティクティブというサイトの記事」
「それ、オカルトマニアとかのサイトですよね。そんな話に信憑性があるのでしょうか?」
「一応、警察のデータと照合した結果、その町で、実際に通報があったわ。そして自殺者の遺体を発見。
 自殺した女性は、借金苦が理由みたいね。
 でも もちろん、鉈を持った大男なんて、警察は発見しなかった。
 錯乱した大学生たちが、思い込みで 幻覚のようなものを見ただけだろうとして、処理したわ」
「わたくしも、さすがに その警察の判断は正しいと思います」
「ただ、笑い男に繋がる有力な情報は今のところないようだし、笑い男の眼を攪乱する意味で、この事件を調査してみることにしたの」
「こんな囮の方法に引っ掛かるでしょうか」
「やってみなければわからないわ」


 リムジンは高速道路を降りた。


 まずは聞き込み。
 一人目は、肝試しに誘った男子大学生。
「幽霊は、二メートルくらいの大男だった」
 二人目は女子大生。
「小柄で意地汚い顔をした男の幽霊だったわ」
 三人目。否定的だった男子大学生。
「中肉中背で、貧相な顔をしていた幽霊だった」
 なんだか みんな証言がバラバラだった。
 ブラインド レディが、重要な質問をする。
「そもそも、幽霊屋敷の話は誰から聞いたの?」


「「「CDショップでバイトしている、ジュンイチから」」」


 ブラインド レディはCDショップへ行き、そのジュンイチから話を聞くことにした。
「ああ、例の話か。あんなの ただの噂だと思ってた」
 ジュンイチは、その話をすることに気乗りではないようだった。
 しかし ブラインド レディが、二十枚の万札を渡すと、彼の口は少し軽くなった。
「あの怪談は従兄から聞いたんだ。
 あそこの家は以前 農家だった。昭和の戦争の前の話だ。
 母を早くに亡くして、父一人で、四人の娘を育てていた。
  でも 大不作が起きた。一家まともに食べられずに、どんどん痩せ細っていった。そして、みんな衰弱していく中、思いあまった父親は無理心中して、全員 首つりした。
 それから、父親の幽霊が現れ、女の首を吊らせているという。
 それ以来、住んだ者は誰もいないって話だ」


 ブラインド レディは、昼間にその廃屋に行くことにした。
 外からは特に気になる事もなく、中に入り感覚を鋭敏にするが、得られるものはなかった。
 しかしメイドは、壁に描かれているマークが気になった。
「お嬢さま。ここの壁に、なにかの文字のようなマークが書かれています。
 インド仏教の梵字に似ていますが、多分違うと思います。いったい何でしょうか?
 わたくし、これと同じ物をどこかで見たような気がします」
 ブラインド レディは整った鼻をクンクンさせて、匂いを嗅いだ。
「ラッカースプレーの臭い。最近 描かれた物ね。例の無理心中の件とは無関係よ。
 でも、ホテルに戻ったら調べましょう。写真を撮っておいて」
「はい」
 メイドはスマホで写真を撮った。


 その時、食糧保存庫から カタリ と音がした。
「静かに」
「はい。わたくしにも聞こえました」
 二人が静かにそこへ行くと、そこには……


「「うわぁあああー!!」」


 怪しげな電子機器を装着した、おかしな二人組が悲鳴を上げた。
 二十代中頃の、男の二人組だ。
 一人は背の高いのっぽ。
 一人は背の低い筋肉質。
 ブラインド レディは怪訝に聞く。
「あなたたちは? ここで何をしているの?」
 背の低い筋肉質の男が答えた。
「きみらこそ何者?」
「不動産調査の者よ」
「ああ、そうなんだ。でも、ここの物件は止めた方が良いよ。幽霊が出るから。本物のね。おれたちは 心霊現象を調査している探偵さ」
 メイドはもしかしてと思う。
「もしかして、ネットにあった、心霊探偵オカルト・ディティクティブというのは、あなたたちですか?」
「そうだ。よく知ってるね。おれたちが心霊探偵だ」
 そして背の高いノッポが自己紹介する。
「ぼくはミッチ」
 続いて、背の低い筋肉質が自己紹介する。
「おれはマッキー」
 メイドは二人に質問する。
「どうして心霊調査などをされているのですか?」
「五年前のことだ。肝試しで、とある幽霊屋敷に行ってみたんだ。
 なんの変哲も無い空き家で、やっぱり幽霊なんていないと思った。
 だからさっさと 帰ろうとしたら、その時 机に置いてあった花瓶が、なんと……」
「な……なんと?」


「独りでに二十センチも転がったんだ」


 ……
「……」
「…………」
「……それだけですか?」
 ミッチは得意気に言う。
「そうだ。あの時の興奮は今でもはっきり憶えている」
「最高だったよな。あの時は」
「ぼくたちはその時 確信した。心霊現象はある。幽霊は実在するんだって。
 それ以来、こうして心霊現象を調査しているってわけさ。もちろん、科学的にね」
 メイドはなんともいえない気分になった。
「ああ、そうなんですか。それで、それから心霊現象を確認されたことは、どれくらいあるのでしょう」
「いや、まだ その一件だけ。でも、必ず発見してみせる。心霊現象を科学的に解き明かしてみせる。
 ぼくたちは偉大な発見をするんだ」
「まあ、頑張って下さい。それじゃあ、私たちは、これで失礼します」
「ああ、それじゃあね、お姉さんたち」
しおりを挟む

処理中です...