ブラインド レディは 笑わない

神泉灯

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45・狩り

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 その時、金属製の扉の鍵が開いた。
 扉が開き、二人の男が入ってくる。
 にやにやと薄気味悪い笑みを浮かべ、衣服はお洒落なアウトドア服だった。
 一人は手に食事。
 もう一人は猟銃を手にしていた。
「飯だぞ」
 男は牢屋に食べ物の入った皿を入れる。
 そして男たちは去っていき、再び扉に鍵がかかった。
 イケガミは皿を手にすると、貪るように食べ始める。
「食事は朝と夜の二回よ。脱出の時の為に、しっかり食べておいて。
 鍵は操作盤でロックしているみたい。でも、やつらは必ずわたしたちをレイプして殺すと思う。
 でも、逆に言えば、その時が脱出のチャンスよ」
 メイドはその話を聞きながら、猟銃のことを思い出していた。
 あの二人は猟銃に頼っていた。
 まさか……
「あの、イケガミさん。犯人は不思議な力を使うことはありませんでしたか?
 まるで手品のように、なにか説明の付けられない現象とかは?」
 イケガミは食事の手を止め、怪訝にメイドに聞き返す。
「あなた、さっきからなんの話をしているの?」
 メイドは理解した。
 犯人たちは、能力者じゃない。
 普通の人間だ。


 その時だった。
 牢屋内の電気が一斉に消え、同時に扉の鍵が外れる音がした。
 そしてイケガミの牢の扉が、少しだけ開いた。
 イケガミは慎重に外に出る。
「やった、停電が起きて、鍵が外れたんだわ。脱出できる」
 しかしメイドの牢屋の鍵は外れていない。
「だめね、あなたの牢は旧式の鍵なんだわ。電子ロックじゃないから、停電じゃ開かないのよ。
 待ってて。いったん、わたし一人で逃げるから。必ず脱出して、警察に連絡する。それまでなんとか頑張って」
「わかりました。気をつけてください」
 イケガミは牢から出ていった。
 メイドには彼女の無事を祈ることしかできなかった。


 五分ほどして、再び明かりが付いた。
 電力が回復したのか。
 そして牢に二人の男がやってきた。
 二人とも薄ら笑いを浮かべている。
 メイドの前に一台のノートパソコンを置いた。
 画面が映っている。
 二分割画面になっていて、山林の中が映っている。
「これはなに?」
「見ていればわかる」
 男は気持ち悪い笑みで答えた。
 画面は二つとも移動している。
 しばらくすると、イケガミの姿が映し出された。
 メイドは理解する。
 これは、イケガミを追跡している人間が映している映像だ。
 画面は走り始めたのか速度を増し、イケガミに襲い掛かった。
「きゃぁーっ!」
 日本刀を振り回す何者かから、イケガミは走り始めて逃走する。
 メイドは目の前の二人に向かって叫ぶ。
「あなたたち! 彼女になにするつもりなの!?」
「黙って見ていなよ」
 イケガミは以外と足が速く、追跡者を引き離し始めた。
 しかし、もう片方の画面の何者かが、弓矢を構えた。
 矢を放ち、イケガミの左足に命中する。
「ギャッ!」
 悲鳴を上げて転倒するイケガミ。
 そこに日本刀を持った男が走ってきた。
 大きく日本刀を振りかざし、イケガミを思いっ切り斬り裂いた。
 首筋から胸にかけて斬られたイケガミは、血が噴水のように噴き出し、ビクッビクッと痙攣し、息絶えた。
 画面の男たちは「ウッヒョー!」などと奇声を上げている。
「なんてことを……」
 メイドの前の男たちは、なにも答えず、ノートパソコンを持って去っていった。
 メイドは奴らの目的を理解した。
 狩りだ。
 人間を狩るゲームをしているんだ。


 そして我々の方では、車を特定した。
 ヤマギシ刑事は説明する。
「十五台の車の中で、古い車種は一台だけ。物凄い骨董車で一千万はする代物ですよ。低所得者にはとうてい入手できない代物です。
 持ち主は、企業の御曹司。これは外れですね。犯人ではありません」
「なぜ、犯人ではないと?」
 私が聞くと、彼女は得意気に答える。
「名門大学の学生ですよ。親も企業の会長。一流の教育を受けた、模範的日本人青年です。犯罪をするなど、有り得ません」
「すると、低学歴は犯罪をするとでも?」
「当然です。彼らはそう言う人間だから低学歴で低所得なのです。もとからそう言う人間なのですよ。
 成功者は、素晴らしい人格者だからこそ、成功したのです」
 なんというか、この刑事は明らかに偏見を持っている。
 私はなにも言えず、その成功者であるブラインド レディに眼を向けた。
 彼女に私の視線が気付くはずもないが、しかし盲目の淑女は質問する。
「その御曹司は、今どこに?」
「大きな別荘で、サークルの仲間と休暇中だそうです」
「行ってみましょう」
 ヤマギシは眉根をひそめる。
「そんな無駄なことを。この犯人は低所得者層の、金銭目的の誘拐です。すぐに他の警官から連絡が来ますよ」
「かまわない」
 ヤマギシは嘆息する。
「わかりました。ですが、失礼のないようにしてください」


 我々は街から外れた別荘に到着した。
 大きな別荘が離れた場所に見える。
 ヤマギシ刑事は我々に言う。
「あなたたちはここで待っていてください。やはり、相手に失礼なことをしそうですから」
「そんなことはしない。それに、きみ一人では危険だ」
 ヤマギシは不意に、私に手錠をかけた。
「なにを?!」
「こうすればなにもできないでしょう」
 そしてブラインド レディに眼を向ける。
「あなたは介護する人がいなければなにもできない。
 いいですね、ここは私一人で話をします。あなたたちはここで待っていてください。
 大丈夫ですよ。犯人だなんてあり得ませんから」
 そして一人で行ってしまう。


 ヤマギシ刑事は、別荘に到着した。
 玄関のチャイムを鳴らし、十秒ほど過ぎて、温和な青年が対応に出てきた。
「いらっしゃい。どうされました?」
 ヤマギシは警察手帳を見せる。
「ああ、私、警察の者ですが。実は行方不明者の捜索をしています。それで警備カメラに、あなたたちの車が映っていたのですが」
「さあ、憶えていないな。警備カメラなんて、一々気にしているわけじゃないから。でも、昨日どこに行ったかくらいは憶えているけど」
「ホテルには行きましたか」
「ええ、行きました。急にトイレに行きたくなりまして、それでホテルのトイレを借りたんです」
「なるほど、そういうことでしたか」
 青年はテキパキと受け答えして、不審な点は見られない。
 やはり、外れだ。
 ヤマギシが確信した時、温和な青年は一言言った。
「痛いぞ」
「? なにがですか?」
 不意に後頭部に劇痛が走った。
 倒れるヤマギシの目に映ったのは、スコップを手にした、別の青年。
 二人は薄気味悪い笑みで、ヤマギシを見ていた。


 ヤマギシが目を覚ますと、牢屋の中だった
「こ……ここは……」
「よかった、目を覚ました」
 正面には、メイドがいた。
 ヤマギシは写真を見てその顔を知っていた。
「あなた、盲目のお嬢さまが探していた人ね」
「お嬢さまが来ているのですね」
「あ、でも……」
「どうしました?」
「記者のほうを手錠で車に繋いできた」
「そうですか。大丈夫です。たぶん、あの二人ならなんとかします」
「それより、ここの人たちはなに? 上流階級の人たちじゃないの?」
「なんの話ですか?」
 ヤマギシの意図はメイドには通じなかった。
 ヤマギシにとって上流階級の人々は、模範的日本国民。
 素晴らしき人格者であり、犯罪とは無縁の人々だった。
 それが犯罪に手を染めるなど。
 犯罪をするのは底辺の人間だけのはずだという偏見が、ヤマギシに現実を受け入れることを拒絶させていた。


 メイドはヤマギシに自己紹介し、奴らが何をしているのかを簡単に説明する。
「そ、そんなこと、ありえない。あるはずがない」
「でも、事実なんです。兎や鹿を狩るように、人間を狩っている」
「そんなこと……」
 ヤマギシは呆然としていた。
 そこに足音がしてきた。
「奴らが来ました」
 メイドが言うと、ヤマギシは恐怖でビクッとからだが硬直する。
 そして扉が開いて、現れたのは、
「よかった。ここに居たか」
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