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44・失踪

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 夜、八時頃のことだった。
 十歳の少年が、高画質テレビで映画を見ていた。
 夜更かしは止めなさいと両親に言われているが、その両親は、今日は残業で帰りが遅くなると連絡してきた。
 だから少年はこっそりと、楽しみだった映画をじっくり観ることにしたのだった。
 夢中で映画を観ていると、不意に窓の外から奇妙な音が聞こえた。
 GURORORORO……
 低い動物の唸り声のような音だった。
 少年は怪訝に思い、映画を一時停止すると、自分のいるアパートの二階の窓から外を見た。
 外のゴミ捨て場で、いつも優しくしてくれるお姉さん、イケガミさんがゴミを出していた。
 GURORORORO……
 また奇妙な唸り声が聞こえた。
 イケガミさんも聞こえたらしく、彼女は周囲を見渡す。
 そして音が聞こえる駐車場へ様子を見に行くと、
「きゃぁあーっ!」
 突然イケガミさんの悲鳴が響いた。
 イケガミさんは駐車場から逃げようとしたが、陰にいる何かに掴まり、そして引きずられるようにして姿を消した。
 GURORORORO……
 獣の唸り声がまた聞こえた。
 少年はすぐに警察に連絡した。


 これが、とある地方都市で起きた最新の失踪事件だ。
 私と、ブラインド レディ、そしてメイドの三人で、ホテルの部屋で、警察から入手した情報を整理している最中だ。
 私は二人に説明する。
「この街は行方不明者が多い。この二年間だけで四十人以上も失踪者が出ている。そして、全員帰ってきていない。
 失踪したイケガミを目撃した少年の証言は、警察は重要視していないな。理由はまだ子供である他に、目撃時に観ていた映画が、ハリウッド版ゴジラだったからだ。
 そして、失踪したイケガミは、家族全員がパートで生計を立てている、低所得者層。警察はそのことを踏まえ、成功を夢見て都会に行っただけだろうと見て、ほとんど捜査していない。
 イケガミの家庭に問題はない。DVなどもなく、経歴も学歴も平凡。日本の典型的な低所得者層。
 はっきりいって狙われる理由がないことから、一連の行方不明事件に巻き込まれたと考えるべきだと、私は思う」
 メイドもパソコンで資料を閲覧しながら言う。
「しかし、能力者はなにを目的としているのでしょうか? 貧困層ですから、身代金目的の誘拐とは思えませんし、今までの行方不明者と共通点もありません」
「警察はこれらの連続失踪事件に関して、本腰を上げて捜査はしていない。理由は、失踪した人間のほとんどが、低所得者層だからだ。
 みんな、都会に憧れて家出しただけだろうとして、処理している」
 ブラインド レディは沈黙して説明を聞いていたが、次にちょっとした要求をした。
「今までの失踪者のリストを具体的にチェックしてみましょう。資料を出して貰えるかしら」
 メイドが請け負う。
「かしこまりました」
 そしてビジネスバッグを確認しようとして、怪訝な声を上げた。
「あれ? どこに?」
「どうしたの?」
「すみません、お嬢さま。資料を入れたバッグを、リムジンに忘れてきてしまったようです。
 すぐに取りに行ってまいりますので」
「慌てないで行きなさい」
「はい、お嬢さま」
 メイドは部屋を出て、資料の入ったバッグを取りに行った。


 そして三十分後。
「遅い」
 私は疑念を呟いた。
 メイドが三十分経過しても戻ってこないのだ。
「彼女になにかあったのか?」
「様子を見に行ってみましょう」
 我々が駐車場に行くと、そこには資料の入ったバッグがアスファルトの上に落ちていた。
 私はそれを拾い上げ、周囲を見渡すが、メイドの姿はない。
「バッグが落ちているのに、彼女が見当たらない」
 私はブラインド レディに簡単に説明すると、大声でメイドの名前を何度も呼ぶ。
 しかし返事はない。
「フロントで聞いてみよう」
 私は足早にフロントに行くと、メイドのことを聞いた。
 しかし、メイドは外に出た後、戻ってきていないとのこと。
 私は愕然とする。
「まさか、そんなことが……」
 ブラインド レディははっきりと肯定した。
「彼女も拉致された」


 我々はその街の警察署へ行き、署長と話を付けた。
 署長はブラインド レディにへりくだりながら、とある刑事を紹介した。
「ヤマギシです。よろしく」
 三十歳ほどの女性刑事だった。
 署長はブラインド レディに、
「後のことは彼女が対応いたしますので」
 そしてヤマギシ刑事に、
「きみ、この方に失礼のないように」
 そして署長は去っていった。
 いつも疑問に思うのだが、ブラインド レディは警察という国家権力者を、どのような手段で従わせることができるのだろう。
 しかし私はその疑問を口にはしなかった。
 ヤマギシ刑事は、我々の説明を聞いて、納得する。
「なるほど。おそらく身代金目的の誘拐でしょう。この街は低所得者層が多いのです。短絡的に一儲けしようと考えたのでしょうね。浅はかな連中です。
 しかし、おまかせを。我々がすぐに発見しますから」
 私はヤマギシ刑事を、高飛車で高慢な人間と感じた。
 明らかに低所得者層を見下し、みんななんらかの犯罪をしているのだと決めつけてかかっている。
 ブラインド レディはヤマギシ刑事に言う。
「私たちも捜査に同行したいのだけれど」
「心配なさらないでください。我々だけですぐに発見いたしますから」
「この街は行方不明者が多い。その内、見付けた数は?」
「それは、確かにご指摘の通りですが、失踪したのは低所得者ばかりです。都会に憧れて、家出して上京したと考えるのが自然です」
「でも、今回は違う。それに、署長から命令を受けたはず」
 ヤマギシ刑事は根負けしたようだ。
「わかりました。ですが、くれぐれも危険なことはしないように。あなたは日本に取ってなくてはならない方。いくらでも代えのきく底辺の者とは、価値が違います」


 ヤマギシ刑事はパソコンを操作し、行方不明者リストに、メイドの名前と写真を加え、捜索の手配をした。
「ホテルの駐車場で失踪したとのことですから、警備カメラと、周辺の交通カメラなどの映像をチェックしましょう」
 キーボードを叩いて、データをダウンロードする。
「そうですね。失踪した時間帯、駐車場を出た車は十五台ですね。その車のナンバープレートは映っていますから、すぐに持ち主を割り出します。
 あとは、地道に聞き込みして捜査します」
 私はヤマギシ刑事に指摘する。
「正直、それでは間に合わないと思う。身代金ではなく、殺人が目的なら一刻も争う。悠長に全員捜査している時間などない」
「しかし、他に方法がありませんので。それに、別に構わないではありませんか。身の回りの世話をさせるだけの雇用者のことなど、そこまで心配する必要はないでしょう」
 この女性は、下の人間を見下しすぎではないか。
 いったい人間をなんだと思っているのだ。
 ブラインド レディは沈黙していたが、その表情は微かに不機嫌な雰囲気が在った。


 そして我々が、聞き込みに回るために、警察署を出た。
 不意にブラインド レディが我々を制止する。
「待って。静かにして」
 どうしたのだろう?
「……獣の唸り声のような音が近付いてくる」
「それは、先日行方不明になった、イケガミが失踪したときの目撃情報の……」
 私は周囲を見渡すと、私の耳にも、その唸り声が聞こえ始めてきた。
 かなりの速度で近付いてくる。
 そして、その音は、警察署前の道路からだった。
 一台のクラシックカーが通過した。
 獣のような唸り声は、その車からだった。
 ヤマギシ刑事は肩すかしを食らったかのような表情。
「なんだ、ただの車ですよ。古い車種なので、音がうるさかったのですね」
 しかし、私は理解した。
「車の音だ。目撃情報にあった獣のような唸り声の正体は、古い車の音」
 ブラインド レディは捜査方針を固める。
「つまり、古い車に限定すればいいのよ」


 その頃、メイドは目を覚ました。
「うっ……ここは?」
 小さな牢屋の中だ。
 三方は壁で、正面だけ鉄格子。
 そして正面にも、もう一つ牢屋があり、そこには一人の若い女性がいた。
 彼女は安堵してメイドに声をかける。
「よかった、目を覚ましたのね」
 メイドはその女性の顔を知っていた。
「あなた、イケガミさんですね」
「わたしのこと知ってるの?」
「捜索願の資料を見ました。あなたが駐車場で何者かに拉致されたところを、二階の子供が見ていたんです」
「そうだったの」
「でも、わたくしまで捕まってしまった。でも、大丈夫です。お嬢さまたちも探していますので、すぐにわたしたちのことを発見するはずです」
「そうだといいんだけれど」
「犯人になにかされましたか?」
「いいえ、奴らに、まだレイプとかはされていないわ。でも、目的なんて他に考えられないから、その内に来ると思う」
「奴ら? 待ってください。犯人は複数ですか」
「そうよ。駐車場で、二人がかりで捕まえられたの。そしてここで、もう二人。全部で四人見たわ。それ以上いないと良いんだけれど」
「能力者は複数。どんな能力を使ってきたか、わかりますか?」
 イケガミは怪訝な表情をした。
「能力? なんのこと?」
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