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43・トラウマ
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リムジンはウエハラ家に到着し、ブラインド レディは家の中に駆け込んだ。
リビングでは、ノブアキが包丁を手にし、ナオコに迫っていた。
ブラインド レディとメイドが入ってきたのを見ると、目を向ける。
「やっぱりお姉さん、犯人を探していていたんだ。そして、ぼくが犯人だってわかったんだね。でも、警察じゃないよね。何者なの?」
「探偵のようなものよ」
「そうなんだ。でも邪魔しないで。こいつで最後だから。こいつを殺して終わらせるよ」
「そうはいかない。あなたを止めに来たの」
「ぼくを警察に引き渡すつもり? 構わないよ。こいつを殺せばそれでいい」
ナオコは息子に言う。
「わたしはなにもしていないわ。あなたを虐待なんてしていない」
「そうだ。あんたはなにもしなかった。ぼくが殴られている間、ただ無関心でテレビを見ていただけだった。すぐ隣にいたのに。
ぼくが何度も助けてって言ったのに、あんたはうるさそうにしてテレビを見ていただけだったんだ。
殺されて当然じゃないか」
ブラインド レディは告げる。
「でも、それは間違っているわ。せめて私の話を聞いてちょうだい」
ノブアキはしばらく考えてから応じた。
「いいよ、聞いてあげる。それでぼくの気持ちが変わるとは思えないけど」
「まず、あなたになにがあったのか聞かせて欲しいの」
「わかってるでしょ。虐待だよ。暴力を振るわれていたんだ。
あの二人は、ぼくを鍛えてやるって言って殴っていたんだ。少しでも理由を付けては、おまえが軟弱なのが原因なんだって言って、ぼくに暴力を振るった。
そしてこの女は、なにもせず、テレビを見ていただけだった。まるで、こんなのどこにでもある日常だって言うふうに。
ぼくがあの二人を殺すのは当然だし、この女だって殺されて当然だ」
「……あなたが子供の頃に受けた仕打ちは、確かに許されることではないわ。
でも、終わらせる方法はあった。あなたが警察や児童保護に言えば終わるわ。そうすればあの二人は刑罰を受けて、罰せられ、あなたは助かった。
終わったことを復讐して、これ以上、罪を重ねないで」
ノブアキは奇妙な笑みを浮かべた。
「終わったこと? 終わってなんかいない。今もだ」
ノブアキはシャツをめくり上げた。
メイドはその体を見て息を飲んだ。
ノブアキはブラインド レディに説明する。
「お姉さん、わかる? 目が見えないんだよね。でも、ぼくの体は……」
「言わなくていい。わかるわ」
ノブアキの腹部や胸には、無数の痣があった。
「今も殴られているんだ。この女が見ているところで、誰にも気付かれないように」
ブラインド レディは沈黙する。
ノブアキは続けた。
「悪夢にうなされる。起きているときでさえ。いつも殴られるんじゃないかとビクビクしている。
あの二人は殺したはずなのに、それでも殴られるんじゃないかって、怯えているんだ。
だから、この女を殺して、なにもかも終わらせるんだ」
ブラインド レディはしばらくの沈黙の後、言葉を発した。
「殺したところで、トラウマは消えない。むしろ悪化するだけ。私が手配して治療を受けさせるわ。
あの二人を殺したことも、司法に手を回す。私が言えば、おそらく情状酌量の余地で執行猶予を付けることが出来るはずよ」
「それでも、ぼくの悪夢は終わらない。ぼくは子供の頃を思い出すたびに、苦痛にさいなまされる」
「それでも、親を殺してはいけない。殺せば、今度は親殺しの罪のトラウマを背負うことになる。
すでに、父親と叔父を殺したことで、苦しみを感じているはず」
「ああ、そうだ。あんな奴らなのに、殺したことを後悔している」
「なら、もう止めてちょうだい」
「でも、ぼくは人生に決着を付けないといけないんだ」
次の瞬間、ノブアキが手にしていた包丁が空中を飛び、ナオコの額を貫通した。
さらに、台所の全ての包丁やナイフが飛来し、ナオコの体を立て続けに突き刺し、そのままの勢いでナオコは壁に磔になった。
訪れたのは、長い静寂だった。
ただ、ノブアキのすすり泣きだけが聞こえた。
どれほどの時間が経過しただろうか、それは数分だったのかもしれない、ブラインド レディはノブアキに聞いた。
「……満足かしら」
「ああ、これでスッキリした」
「では これから、あなたの心的外傷、トラウマを治すわよ。罪に問うのはそれから」
ブラインド レディはこれでもなお、ノブアキを救おうとしていた。
しかし、ノブアキの返答は、拒絶だった。
「その必要はないよ」
ノブアキは、ナオコの額の包丁を引き抜くと、自分の喉を掻き切った。
次には噴水のように出血し、台所が鮮血に染まり、ノブアキはゆっくりと仰向けに倒れた。
喉からまだときおり、間欠泉のように血が吹き出ていた。
もう助からない。
濃厚な血の臭いが漂う中、ブラインド レディはただ沈黙していた。
それから数分して、ブラインド レディは警察に通報した。
警察の事情聴取では、異能力以外の全ての真実を話した。
警察は、これで事件は解決したと納得し、追求せず、関心を失った。
どこにでもある日常だという風に。
ホテルに戻ると、テーブルに一枚のディスクが置かれていた。
メイドが再生すると、予想通り笑い男が映っていた。
「お嬢さま、どうだった?
きみでも救えない者はいる。そして、きみが救った者たちは、果たして救う価値があったのかな?
あーっはっはっは」
笑い男の笑い声がいつまでも続いた。
メイドは事件の話を終えた。
「これが、今回の事件の内容です」
「……やりきれない事件だ」
「お嬢さまは、笑い男を追っている。笑い男の被害を少しでも防ぐために、多くの人々を救おうとされている。
しかし、時として救うこともできないこともある。
そして、救う価値などない人間もいる。
お嬢さまは、その事についてどう思われているのでしょうか?」
私は長い黙考のあと、彼女に答える。
「それは、私にはわからない。いや、彼女の心は、誰にも理解できない」
そう、けして笑わない盲目の淑女は、今回の事件をどのように思っているのか、その心境を推し量ることは誰にもできないのだ。
リビングでは、ノブアキが包丁を手にし、ナオコに迫っていた。
ブラインド レディとメイドが入ってきたのを見ると、目を向ける。
「やっぱりお姉さん、犯人を探していていたんだ。そして、ぼくが犯人だってわかったんだね。でも、警察じゃないよね。何者なの?」
「探偵のようなものよ」
「そうなんだ。でも邪魔しないで。こいつで最後だから。こいつを殺して終わらせるよ」
「そうはいかない。あなたを止めに来たの」
「ぼくを警察に引き渡すつもり? 構わないよ。こいつを殺せばそれでいい」
ナオコは息子に言う。
「わたしはなにもしていないわ。あなたを虐待なんてしていない」
「そうだ。あんたはなにもしなかった。ぼくが殴られている間、ただ無関心でテレビを見ていただけだった。すぐ隣にいたのに。
ぼくが何度も助けてって言ったのに、あんたはうるさそうにしてテレビを見ていただけだったんだ。
殺されて当然じゃないか」
ブラインド レディは告げる。
「でも、それは間違っているわ。せめて私の話を聞いてちょうだい」
ノブアキはしばらく考えてから応じた。
「いいよ、聞いてあげる。それでぼくの気持ちが変わるとは思えないけど」
「まず、あなたになにがあったのか聞かせて欲しいの」
「わかってるでしょ。虐待だよ。暴力を振るわれていたんだ。
あの二人は、ぼくを鍛えてやるって言って殴っていたんだ。少しでも理由を付けては、おまえが軟弱なのが原因なんだって言って、ぼくに暴力を振るった。
そしてこの女は、なにもせず、テレビを見ていただけだった。まるで、こんなのどこにでもある日常だって言うふうに。
ぼくがあの二人を殺すのは当然だし、この女だって殺されて当然だ」
「……あなたが子供の頃に受けた仕打ちは、確かに許されることではないわ。
でも、終わらせる方法はあった。あなたが警察や児童保護に言えば終わるわ。そうすればあの二人は刑罰を受けて、罰せられ、あなたは助かった。
終わったことを復讐して、これ以上、罪を重ねないで」
ノブアキは奇妙な笑みを浮かべた。
「終わったこと? 終わってなんかいない。今もだ」
ノブアキはシャツをめくり上げた。
メイドはその体を見て息を飲んだ。
ノブアキはブラインド レディに説明する。
「お姉さん、わかる? 目が見えないんだよね。でも、ぼくの体は……」
「言わなくていい。わかるわ」
ノブアキの腹部や胸には、無数の痣があった。
「今も殴られているんだ。この女が見ているところで、誰にも気付かれないように」
ブラインド レディは沈黙する。
ノブアキは続けた。
「悪夢にうなされる。起きているときでさえ。いつも殴られるんじゃないかとビクビクしている。
あの二人は殺したはずなのに、それでも殴られるんじゃないかって、怯えているんだ。
だから、この女を殺して、なにもかも終わらせるんだ」
ブラインド レディはしばらくの沈黙の後、言葉を発した。
「殺したところで、トラウマは消えない。むしろ悪化するだけ。私が手配して治療を受けさせるわ。
あの二人を殺したことも、司法に手を回す。私が言えば、おそらく情状酌量の余地で執行猶予を付けることが出来るはずよ」
「それでも、ぼくの悪夢は終わらない。ぼくは子供の頃を思い出すたびに、苦痛にさいなまされる」
「それでも、親を殺してはいけない。殺せば、今度は親殺しの罪のトラウマを背負うことになる。
すでに、父親と叔父を殺したことで、苦しみを感じているはず」
「ああ、そうだ。あんな奴らなのに、殺したことを後悔している」
「なら、もう止めてちょうだい」
「でも、ぼくは人生に決着を付けないといけないんだ」
次の瞬間、ノブアキが手にしていた包丁が空中を飛び、ナオコの額を貫通した。
さらに、台所の全ての包丁やナイフが飛来し、ナオコの体を立て続けに突き刺し、そのままの勢いでナオコは壁に磔になった。
訪れたのは、長い静寂だった。
ただ、ノブアキのすすり泣きだけが聞こえた。
どれほどの時間が経過しただろうか、それは数分だったのかもしれない、ブラインド レディはノブアキに聞いた。
「……満足かしら」
「ああ、これでスッキリした」
「では これから、あなたの心的外傷、トラウマを治すわよ。罪に問うのはそれから」
ブラインド レディはこれでもなお、ノブアキを救おうとしていた。
しかし、ノブアキの返答は、拒絶だった。
「その必要はないよ」
ノブアキは、ナオコの額の包丁を引き抜くと、自分の喉を掻き切った。
次には噴水のように出血し、台所が鮮血に染まり、ノブアキはゆっくりと仰向けに倒れた。
喉からまだときおり、間欠泉のように血が吹き出ていた。
もう助からない。
濃厚な血の臭いが漂う中、ブラインド レディはただ沈黙していた。
それから数分して、ブラインド レディは警察に通報した。
警察の事情聴取では、異能力以外の全ての真実を話した。
警察は、これで事件は解決したと納得し、追求せず、関心を失った。
どこにでもある日常だという風に。
ホテルに戻ると、テーブルに一枚のディスクが置かれていた。
メイドが再生すると、予想通り笑い男が映っていた。
「お嬢さま、どうだった?
きみでも救えない者はいる。そして、きみが救った者たちは、果たして救う価値があったのかな?
あーっはっはっは」
笑い男の笑い声がいつまでも続いた。
メイドは事件の話を終えた。
「これが、今回の事件の内容です」
「……やりきれない事件だ」
「お嬢さまは、笑い男を追っている。笑い男の被害を少しでも防ぐために、多くの人々を救おうとされている。
しかし、時として救うこともできないこともある。
そして、救う価値などない人間もいる。
お嬢さまは、その事についてどう思われているのでしょうか?」
私は長い黙考のあと、彼女に答える。
「それは、私にはわからない。いや、彼女の心は、誰にも理解できない」
そう、けして笑わない盲目の淑女は、今回の事件をどのように思っているのか、その心境を推し量ることは誰にもできないのだ。
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