ブラインド レディは 笑わない

神泉灯

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40・カーチェイス

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 私は編集部に戻ると、ブラインド レディに連絡を取ることにした。
 メールを送る作業をしていると、ヤマモトが同僚と話をしていた。
「先輩、市長が殺されたそうです。交通事故で」
「市長まで? 彼はヘイトを黙認していたのだろう。なぜ彼まで」
 とにかく、私はその事もメールに追加し、送信すると電話をかけた。
「緊急事態だ。至急、私の送ったメールの所に来て欲しい」


 その日の夜に、ブラインド レディは街に到着した。
 ブラインド レディは私に言う。
「あなたのメールは読んだ。鍵は母親よ。一連の被害者の共通点を知っているのは、ヤマモト氏の母親」
 我々は母親のところへ向かった。


 ヤマモトは母に聞く。
「もう四人の人間が殺されている。俺自身も殺されそうになった。先輩も。
 母さん、知っていることがあるなら、教えて欲しい」
「私は、その……」
 言い淀んでいる彼女を、ブラインド レディが促す。
「貴女には守るべき者がいる。最後に残された貴女の息子を守れるのは、貴女の証言だけよ」
 母はしばらくの沈黙の後、説明を始めた。


「昔は今よりずっと差別が酷かったわ。
 今も酷いけれど、昔は比較にならないほどだった。
 日本人と在日が結婚するなんて考えられないほど。
 でも、日本人の私と、在日の夫は結婚を前提に交際していたの。
 だけど、私に結婚を迫ってくる日本人がいた。そいつは在日を始めとした差別を楽しんでいるような人間だった。弟と二人で在日をリンチして怪我させることも度々あったわ。
 私は結婚を断ったわ。人を加害して喜ぶ人間と生活するなんて。
 でも彼は執拗につきまとってきた。今ならストーカーと言ってやめさせることも出来たかもしれないけれど、昔はストーカーの認知度が低かったから、警察に言ってもやめさせることなんて出来なかった。
 ましてや私は在日と付き合っている。間違いなく警察はストーカーのほうに味方するわ。
 そしてストーカーは、私と夫の関係を知った。
 彼はわたしをストーキングし、彼に執拗な嫌がらせを行うようになってきた。嫌がらせを止めて欲しかったら、自分と結婚しろと。
 そんな脅迫で結婚を迫る男だった。
 断ると、夫を直接 狙った。
 夜、夫の仕事帰りを狙って、鉄パイプで滅多打ちにしようとした。
 でも、夫は反撃して、逆に男を返り討ちにして殺してしまったの。
 夫は友人に相談したわ。
 死んだ友人と編集長よ。
 警察には言えない。警察は、悪いのは在日ということにするから。夫は正当防衛ではなく、不当に殺人をしたと追求される。
 だから三人で死体を処理したの。
 山の中に埋めたわ。
 ストーカーは行方不明扱いになったけど、警察は捜査で三人に疑いを向けた。
 その時、庇ってくれたのが市長よ。
 市長は事情に気付いたの。でも、嘘の証言をして、三人のアリバイを作ってくれた。
 在日差別問題について話していたと。
 そうして、男は行方不明扱いとなって、迷宮入りになった。
 時が流れて、在日への差別も少しずつ改善している。ヘイト禁止法も出来た。
 このまま平和に暮らしていけると思っていた。
 でも、四人とも死んだ。殺されてしまった。
 弟よ。
 あの男の弟しか犯人は考えられない。
 弟が真相を突き止めて、復讐しているんだわ。
 次は私たちよ」


 告白は終わった。
 長い沈黙が訪れた。
 始めに言葉を発するのは私。
「これからどうする?」
 ブラインド レディが答える。
「貴方がメールで送ってきた資料で、能力についてはわかっている。
 あおりをするときは車体を大きくし、逃げるときには小さくしていた。
 だから、前方しか映さないドライブレコーダーには映らなかった」
「物質の大きさを変える能力か」


「さしずめ、小さなあおりスモール テイルガッティング


「今、能力者がどこにいるかわからない。だから、こちらから仕掛けることは出来ない。
 でも、罠にかけることは出来る。次に狙われるのはヤマモト氏。それを逆に利用する」
 ヤマモトは理解した。
「つまり、俺を囮に使うんだね」
「その通りよ。命をかけた戦いになる。その覚悟はあるかしら」
「覚悟は出来ている。父さんの仇をとれるなら、なんでもやる」
「なら、作戦を伝えるわ」


 一時間後、私はブラインド レディが用意した車を運転している。
 私はこう見えてもアマチュアレーサーの経験があるのだ。
 運転は得意だ。
「先輩、俺の命、預けました」
 助手席のヤマモトが微笑んでいた。
 私は苦笑いする。
「プレッシャーをかけてくるな」
「命がかかっていますから」
 しばらく運転して、ヤマモトの父が亡くなった場所に差し掛かった。
 トラックの姿が見えた。
「来たぞ」
 私はアクセルを踏む。
 トラックは猛速度で追跡してきた。
 こちらは百キロを超えているのに、それでもあの車体の大きさで、簡単に追跡できていることから、なんらかの改造を施してあるのだろう。
 しかし、今回はこちらも同じ。
 ブラインド レディは、用意した特別車は、急カーブを曲がる切ることが出来ると保証した。
 今まで、彼女の言葉に間違いはない。
 私は微塵の迷いもなく、急カーブに突入した。
 そしてタイヤがドリフトし、カーブを曲がりきった。
「やった! 先輩! やりました!」
「まだだ。ここからが本番だ」
 トラックも急カーブを曲がりきった。
 あの大きさでどうやったのか、あるいは異能力の応用なのかもしれない。
 私は車を運転しながら、道路標識を確認した。
 標識だ。
 標識を目印にしろ。
「先輩、今 見えました」
「わかっている」
 ここを百メートルで左折だ。
 我々が曲がると、トラックも曲がる。
 直進五百メートル、右折。
 トラックはまだ追跡している。
 見逃したりするなよ。
 そして思惑に気付くな。
 我々を追いかけろ。
 ヤマモトを殺すことに熱中しろ。
 私はトラックの運転手を励ますようなことを考えていた。
 そして直線道路、二百メートル。
 ここだ。
 ここでアクセルを緩め、スピードダウンする。
 ただし、トラックに気付かれない程度に。
 そして この道は、視覚が意味を成さない。
 ここは記憶に頼るしかない。
 ある意味、今の私は盲目だ。
 百メートル。
 五十メートル。
 三十メートル。
 十メートル。
 目の前は直進道路が続いている。
 しかし、違うのだ。


 今だ!


 私は、急ハンドルを切って右折した。
 トラックが後ろから衝突させようとした瞬間を狙って、ハンドルを切り、そしてトラックはそのまま私たちの後ろを通過した。
 そして……


 凄まじい激突音。


 大型トラックは姿が消えていた。
 周囲の景色が薄くなっていき、そしてトラックが消えた直進道路だったはずの場所には、下水川があった。
 トラックは猛速度で川に落下したのだ。
 私たちは車を降りて確認する。
 トラックの運転席は完全に潰れている。
 あれでは生きてはいないだろう。
 ブラインド レディがやって来た。
「どう?」
「成功したよ」
「娯楽用の立体映像装置も、使い方では役に立つのね」
 彼女の企業が開発した、娯楽施設で使用する立体映像装置。
 それによって、この道の光景を変えたのだ。
 直進道路が続いているように見えていたが、実際は川があるT字路。
 運転手はそれに気付かず、そのまま猛速度で川に突っ込んだのだ。


 後日、警察の発表では、犯人は交通事故で死亡したとだけ。


「先輩、今回はありがとうございました」
 別れ際、礼をいうヤマモトに、アドバイスを送る。
「母親と、お互いに助け合っていけ」


 日本は世界に対して、表向きは、差別の少ない国と報じているが、どんな国にも差別はある。
 そしてヘイトスピーチは在日に限らず、あらゆるマイノリティに対して行われている。
 政府は理解を促進させる方針を打ち立ててはいるが、見当違いの政策ばかりだ。
 根深い問題が解決される日は、程遠いのだ。
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