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38・後輩との再会
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今回の事件は、私が昔 勤めていた雑誌の後輩からの連絡が始まりだった。
彼のことは便宜上ヤマモトとしておこう。
「お久しぶりです、先輩」
私は一時期、小さな雑誌編集の会社に勤めており、そのさい新入社員のヤマモトの指導を行った。
それ以来、なぜかヤマモトは私のことを慕うようになり、記者としてのテクニックなどを教授してほしいと願ったものだった。
私が退職したあと、その雑誌のコラムの担当は彼になった。
いわば、その雑誌では、私の後継者とも言える。
私も教えた甲斐があったと笑みで目を細めたものだ。
そんな彼が数年ぶりに連絡を寄越してきた。
しかし、思い出話に花を咲かせたいわけではないようだ。
「実は先輩、俺の父が亡くなりました。
警察は交通事故として処理して、事件性はないと言っていましたが、俺は父が殺されたのだと思っています」
「話を聞こう」
ヤマモトの父は、自動車販売店の店長をしており、仕事柄 安全運転を心掛けていた。
事故が起きたのは、友人と一緒に、とある集会から帰宅するところだった。
制限速度四十キロの道路を、百キロを超えるスピードで走ったのだ。
運転席の車載カメラには、父と友人が叫ぶ姿。
「トラックがあおってくる!」
猛速度でカーブに入り、曲がりきることが出来ずに横転し、電信柱に激突。
二人とも即死だった。
車体前方に取り付けられたドライブレコーダーは無事で、走り去る車などの姿を確認したが、トラックなどの姿は映っていない。
警察はなんらかの理由で精神錯乱に陥り、危険運転をしたと見ている。
だが、警察の姿勢には問題がある。
ヤマモト家族は、在日なのだ。
そのために様々な差別を受けており、警察もそういった感情があるのは公認の秘密というものだ。
おそらく、まともに事故の調査はしていないだろう。
そして、二人の参加した集会というのは、ヘイトスピーチ反対運動なのだ。
この交通事故は、ヘイトの過激な人間がやったのではないかと考えるのは自然なことだった。
「お願いします、先輩。手を貸して貰えませんか」
私は承諾したのだった。
「お久しぶりです、先輩」
久し振りに会うヤマモトは、以前のような甘さがなくなっていた。
目付きからして違う。
父の死が起因しているのか、それとも第一線の記者としての経験によるものか。
少なくとも、以前のヤマモトとは違う。
「先輩、さっそくですが編集長に会ってください」
「ああ、確か替わったのだったな」
私が務めていた頃の編集長は定年退職し、新しく抜擢された人物が編集長に就いたそうだ。
私は雑誌の編集部に行った。
編集長は厳しい眼差しをした人物だった。
「きみが、ヤマモトが話していた先輩か。他の者からも、噂は聞いているよ。きみの記事も読ませて貰った。良い記事を書いている。
もし良ければ、うちの編集部に再就職できるよう、会長に口をきいても良いが」
「いえ、わたしは現状に満足していますので」
「そうか。まあ、スカウトするためにきみに連絡したわけではないしな」
編集長は、私に一枚のディスクを渡した。
「ここに資料が入っている。この街の、在日を始めとした差別問題。集会やヘイトスピーチ。そして、事故当時のドライブレコーダーの記録も」
「わかりました。じっくり目を通していただきます」
「実はわたしも在日でね。長年差別に苦しめられてきた。記者になったのも、日本国内で黙認されている、在日を始めとする差別を報道するためだ。
どうか、ヤマモトと共に、真実を明らかにして欲しい」
「任せてください」
そこに一人の年輩男性が現れた。
「話があるんだ」
編集長がうんざりしたように答える。
「また来たのか」
誰だ?
私が疑問に思うと、それが表情に出ていたのか、ヤマモトが耳打ちしてくれた。
「この街の市長です」
その市長は編集長に、穏やかにだが、一方的に話をする。
「事故の記事だが、在日差別と関連付けるのをやめて欲しい」
「圧力をかけているつもりか。我が社は体制には屈しない」
「そうではない、忠告だ。ヘイトの連中は過激だ。迂闊に刺激すれば、なにをするかわからん。逆に事態が悪化しかねない。
それに、亡くなったのは担当記者の父親だ。個人的感情が入っていると思われるぞ」
「つまり大事にするなということか。そんなに投票数が大事か。ヘイトを庇えば、自分が次の選挙で、また市長になれると思っているのだろう」
「否定はしないが、わたし自身はヘイトではない。それはきみも知っているだろう」
「それとこれとは話が別だ。
とにかく、あなたの話は断る。我々は、記事を掲載する。事故の真相を突き止めてみせる」
市長は諦めた表情になり、沈黙して帰った。
その後、わたしはヤマモトの父と友人の合同葬儀に出席した。
故人を前に、焼香を上げ、手を合わせた。
そして私はヤマモトの母に面会する。
「このたびは、お悔やみを申し上げます」
母はぼんやりとした表情で、なにも答えなかった。
「お辛いでしょうが、故人について少し聞きたいことがあるのですが」
「……今はちょっと。大切な人が二人も死んだのですよ……」
「……わかりました」
彼女の表情を見ればわかる。
とても話ができる精神状態ではない。
次の日、私はヤマモトと一緒に、現場の調査に向かった。
「ここで父は亡くなりました。友人と一緒に」
事故現場はすでに片付けられ、車の破片も残っていない。
カーブはかなり急だ。
百キロも出していては、曲がることなど不可能だろう。
いったいなにがそこまでの速度を出させたのか?
トラックにあおられていたというが。
激突した電柱には、花が添えられていた。
私とヤマモトは、そっと手を合わせた。
その時だった。
「在日が暴走運転しました!」
三十人ほどの集団が、スピーカーを手に叫んでデモ行進してきた。
「在日は迷惑人間です! そういう人間なのです! 日本から出て行けー!」
「「「日本から出て行けー!!!」」」
ヤマモトは憎しみの目で呟く。
「あいつら、父さんたちと対立していた、ヘイトの連中だ」
彼らはヤマモトの姿を見ると嬉しそうに指差した。
「在日がいました! なにかとんでもないことをするに違いありません! 危険です! 近寄らないでください!」
私はヤマモトの手を引く。
「離れよう。数が多すぎる。なにをされるかわからない」
「わかりました」
そして私たちはその場を離れた。
「在日が逃げようとしています! 臆病者です! やはりそう言う人間なんですよ! 在日は日本から出て行ってください!」
背後からヘイトが叫んでいるのが聞こえ続けた。
彼のことは便宜上ヤマモトとしておこう。
「お久しぶりです、先輩」
私は一時期、小さな雑誌編集の会社に勤めており、そのさい新入社員のヤマモトの指導を行った。
それ以来、なぜかヤマモトは私のことを慕うようになり、記者としてのテクニックなどを教授してほしいと願ったものだった。
私が退職したあと、その雑誌のコラムの担当は彼になった。
いわば、その雑誌では、私の後継者とも言える。
私も教えた甲斐があったと笑みで目を細めたものだ。
そんな彼が数年ぶりに連絡を寄越してきた。
しかし、思い出話に花を咲かせたいわけではないようだ。
「実は先輩、俺の父が亡くなりました。
警察は交通事故として処理して、事件性はないと言っていましたが、俺は父が殺されたのだと思っています」
「話を聞こう」
ヤマモトの父は、自動車販売店の店長をしており、仕事柄 安全運転を心掛けていた。
事故が起きたのは、友人と一緒に、とある集会から帰宅するところだった。
制限速度四十キロの道路を、百キロを超えるスピードで走ったのだ。
運転席の車載カメラには、父と友人が叫ぶ姿。
「トラックがあおってくる!」
猛速度でカーブに入り、曲がりきることが出来ずに横転し、電信柱に激突。
二人とも即死だった。
車体前方に取り付けられたドライブレコーダーは無事で、走り去る車などの姿を確認したが、トラックなどの姿は映っていない。
警察はなんらかの理由で精神錯乱に陥り、危険運転をしたと見ている。
だが、警察の姿勢には問題がある。
ヤマモト家族は、在日なのだ。
そのために様々な差別を受けており、警察もそういった感情があるのは公認の秘密というものだ。
おそらく、まともに事故の調査はしていないだろう。
そして、二人の参加した集会というのは、ヘイトスピーチ反対運動なのだ。
この交通事故は、ヘイトの過激な人間がやったのではないかと考えるのは自然なことだった。
「お願いします、先輩。手を貸して貰えませんか」
私は承諾したのだった。
「お久しぶりです、先輩」
久し振りに会うヤマモトは、以前のような甘さがなくなっていた。
目付きからして違う。
父の死が起因しているのか、それとも第一線の記者としての経験によるものか。
少なくとも、以前のヤマモトとは違う。
「先輩、さっそくですが編集長に会ってください」
「ああ、確か替わったのだったな」
私が務めていた頃の編集長は定年退職し、新しく抜擢された人物が編集長に就いたそうだ。
私は雑誌の編集部に行った。
編集長は厳しい眼差しをした人物だった。
「きみが、ヤマモトが話していた先輩か。他の者からも、噂は聞いているよ。きみの記事も読ませて貰った。良い記事を書いている。
もし良ければ、うちの編集部に再就職できるよう、会長に口をきいても良いが」
「いえ、わたしは現状に満足していますので」
「そうか。まあ、スカウトするためにきみに連絡したわけではないしな」
編集長は、私に一枚のディスクを渡した。
「ここに資料が入っている。この街の、在日を始めとした差別問題。集会やヘイトスピーチ。そして、事故当時のドライブレコーダーの記録も」
「わかりました。じっくり目を通していただきます」
「実はわたしも在日でね。長年差別に苦しめられてきた。記者になったのも、日本国内で黙認されている、在日を始めとする差別を報道するためだ。
どうか、ヤマモトと共に、真実を明らかにして欲しい」
「任せてください」
そこに一人の年輩男性が現れた。
「話があるんだ」
編集長がうんざりしたように答える。
「また来たのか」
誰だ?
私が疑問に思うと、それが表情に出ていたのか、ヤマモトが耳打ちしてくれた。
「この街の市長です」
その市長は編集長に、穏やかにだが、一方的に話をする。
「事故の記事だが、在日差別と関連付けるのをやめて欲しい」
「圧力をかけているつもりか。我が社は体制には屈しない」
「そうではない、忠告だ。ヘイトの連中は過激だ。迂闊に刺激すれば、なにをするかわからん。逆に事態が悪化しかねない。
それに、亡くなったのは担当記者の父親だ。個人的感情が入っていると思われるぞ」
「つまり大事にするなということか。そんなに投票数が大事か。ヘイトを庇えば、自分が次の選挙で、また市長になれると思っているのだろう」
「否定はしないが、わたし自身はヘイトではない。それはきみも知っているだろう」
「それとこれとは話が別だ。
とにかく、あなたの話は断る。我々は、記事を掲載する。事故の真相を突き止めてみせる」
市長は諦めた表情になり、沈黙して帰った。
その後、わたしはヤマモトの父と友人の合同葬儀に出席した。
故人を前に、焼香を上げ、手を合わせた。
そして私はヤマモトの母に面会する。
「このたびは、お悔やみを申し上げます」
母はぼんやりとした表情で、なにも答えなかった。
「お辛いでしょうが、故人について少し聞きたいことがあるのですが」
「……今はちょっと。大切な人が二人も死んだのですよ……」
「……わかりました」
彼女の表情を見ればわかる。
とても話ができる精神状態ではない。
次の日、私はヤマモトと一緒に、現場の調査に向かった。
「ここで父は亡くなりました。友人と一緒に」
事故現場はすでに片付けられ、車の破片も残っていない。
カーブはかなり急だ。
百キロも出していては、曲がることなど不可能だろう。
いったいなにがそこまでの速度を出させたのか?
トラックにあおられていたというが。
激突した電柱には、花が添えられていた。
私とヤマモトは、そっと手を合わせた。
その時だった。
「在日が暴走運転しました!」
三十人ほどの集団が、スピーカーを手に叫んでデモ行進してきた。
「在日は迷惑人間です! そういう人間なのです! 日本から出て行けー!」
「「「日本から出て行けー!!!」」」
ヤマモトは憎しみの目で呟く。
「あいつら、父さんたちと対立していた、ヘイトの連中だ」
彼らはヤマモトの姿を見ると嬉しそうに指差した。
「在日がいました! なにかとんでもないことをするに違いありません! 危険です! 近寄らないでください!」
私はヤマモトの手を引く。
「離れよう。数が多すぎる。なにをされるかわからない」
「わかりました」
そして私たちはその場を離れた。
「在日が逃げようとしています! 臆病者です! やはりそう言う人間なんですよ! 在日は日本から出て行ってください!」
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