ブラインド レディは 笑わない

神泉灯

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31・本心

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 旧日本軍の一部は、能力者の存在を知っており、その能力を軍事利用することを考えていた。
 しかし、自然発生した能力者は、自分の力を隠すよう行動しており、それらを突き止めることは困難だった。
 そこで考えたのは、人為的な異能力の発現。
 人体実験によって、能力者の大量生産を実現化し、兵士として戦場に投入する。
 そうなれば、戦争は大きく有利になるはずだった。
 だが、カジウラの研究では、実験体となった人間は、全て重い脳障害、薬物の副作用や後遺症によって、精神に異常をきたし、感情の枷が外れたように、暴れ出す者が続出した。
 能力者を人為的に作り出すことはできず、終戦と共に研究は廃棄となった。
 しかし、自分の部下が研究を続けるつもりでいるらしい。
 こんな研究など、日の目を見ることはなく、無駄な犠牲しか生まないというのに。
 後は、カジウラの悔恨の念が綴られていた。


「その部下が犯人ね。
 目的は人為的な能力者の誕生。
 さしずめ、覚醒させる者ウェイク アップ
 そして その人物は、この病院の中にいる」


 ふと、メイドは院長室の窓から、玄関の所へ眼を向けると、例の二人がまだいることに気付いた。
「お嬢さま。さっきの二人、まだ病院内に残っています」
「なにかあったのね。私はいいから、二人のところへ行ってあげて」
「わかりました」


 メイドが玄関に到着すると、カップル二人が泣いていた。
「どうして病院から出ていないのですか?」
 メイドが怪訝に訊くと、彼女が答える。
「ドアが開かないの。窓も全部 鉄格子で塞がってるし」
 メイドが開けようとすると、外に自転車盗難防止のチェーンが巻かれていた。
「犯人がチェーンをかけたんだわ。お嬢さまに知らせないと。
 貴方たちはここにいて下さい。お嬢さまなら、扉を破壊できます」
 その時、メイドのスマホに着信が入った。
 表示はブラインド レディから。
 出ると、ブラインド レディはすぐに指示を出した。
「すぐに地下室へきてちょうだい。犯人がいたわ」
「わかりました」
 メイドは電話を切ると、二人に告げる。
「良いですか、ここを動かないでください。私たちが来るまで、声も出さないで。いいですね」
「わかったわ」
 彼女が肯くが、彼氏は無言で泣いているだけだった。
 メイドが地下室へ向かうと、彼女は彼氏に告げる。
「ここを生きて出たら、あんたと別れるから」


 メイドは地下室に到着した。
「お嬢さま、どこにおられるのですか?」
 返事はない。
 おかしい。
 お嬢さまはここに来るように言ったはずなのに、なぜ返事をしないのか?
 地下室を進んで行き、奥の部屋に入った。
 そこには電子機器が並んでいた。
 その電子機器の中には、スマホなどの電話機能を電波ジャックする機械まであった。
 罠だ。
 メイドが気付いたその時、何者かが後ろからメイドの頭をわしづかみにした。
 頭に電撃が走る。
「キャァアアアアア!」
 その男は電撃を与え続けながら囁いた。
「お前は覚醒するかな?」


 しばらくして、ブラインド レディはメイドが戻ってくるのが遅いことを不審に思い、一人で出入り口まで来た。
「あ、貴女ね」
 彼女のほうが安心したように、胸をなで下ろした。
「あのメイドさんはどうしたの? 一緒じゃないの?」
「彼女はここに来なかったの?」
 ブラインド レディが訊くと、彼女は首を傾げる。
「何言ってるの? 貴女が地下室に呼んだじゃない」
 ブラインド レディは返事をせず、すぐさま地下室へ向かった。


 ブラインド レディが地下室に到着すると、メイドがいた。
「ああ、お嬢さま。ご無事でしたか」
「私は呼んでないわ」
「わかっています。罠でした。ここに、電波ジャックの機材がありました。これを使ったのでしょう」
「誰かに遭遇した?」
 メイドは首を振る。
「いいえ、誰にも。
 犯人はいったいなにが目的なのでしょうか?」
「ここに訪れる者を、能力覚醒の人体実験に使っているのでしょうね。
 警察官は、その最初の一人目。
 そして……」


 ブラインド レディは白杖を構えた。


「貴女が二人目」


 次の瞬間、メイドは目の色を変えて、ブラインド レディに襲ってきた。
「お嬢さま! なぜですか!? なぜ そこまで笑い男を追うのです!?
 もう良いではありませんか! 笑い男が何をしようと お嬢さまには関係ないではありませんか!
 ご両親も お嬢さまが戦いに身を投じていることを喜んでなどいません! 
 お嬢さま! 静かに暮らしましょう! なにもかも忘れて平穏な生活を送ろうではありませんか! わたくしめが一生世話をいたします!
 その足をへし折ればもう戦えませんよね!
 そして 貴女は安全で幸せな生活を送るのです!」
 メイドが本気で殴り、ブラインド レディは攻撃を回避し、その拳が壁に命中すると、壁に大きな穴があいた。
 武道の達人に匹敵する打撃。
 それは、メイドの鍛えた体によるものと、そして能力に覚醒したためだった。
 凄まじい怪力によるメイドの攻撃を、ブラインド レディは白杖でいなし、回避し続ける。
 そして、一瞬の隙を突いて、ブラインド レディは、白杖をメイドの頭に命中させ、同時にスタンガンの機能を発動させた。
「ギャンッ!」
 犬の悲鳴のような声を上げて、メイドは気を失った。


 そこに一人の老人が現れた。
「素晴らしい素材だ。目が見えないのに、この戦闘力。
 覚醒させれば、とてつもない能力を発現する。私のように。
 そして私は、政府が進める研究に多大な貢献をし、日本医学の歴史に名を残すのだ」
「なんの話かしら?」
「そうだな。医療において、説明と同意インフォームド・コンセントは重要だ。話くらいはせねば」
 老人は語りはじめた。
「日本政府は、再び日本が戦争可能になるよう、憲法改正を進めているが、その関係で、防衛費を増大させた。
 その金の一部は、能力者の開発に回されている。そう、旧日本軍が行った研究が再開されたのだ。
 もっとも、これはまだ極めて少数しか知らず、実験もまだまだ小規模だが。
 しかし、能力者の存在を上層部も知れば、その実験は大規模な物となる。
 その時、私の研究は日の目を見ることとなる。
 私の天才が日本医学を躍進させるのだ」


 ブラインド レディは白杖を構えた。
「そうはさせない」
 彼女の言葉が終わるや否や、老人は両手から電撃を放った。
 ブラインド レディは白杖を盾にして、電撃を防ぐ。
 だが、老人は構わず電撃を放出し続けた。
「わしの攻撃が一瞬で終わると思ったか。わしは自分を実験に使い、能力を高め続けた。
 一晩中、放ち続けていても構わぬのだぞ」
 白杖の盾に、やがてヒビが入り始めた。
「そぅら、もうすぐだ。もうすぐ、その盾も破壊される。
 しかし 安心していい。死ぬことはない。ただ、能力に覚醒するだけじゃ。そして、わしの命令を何でも聞く兵士となる」
 白杖の盾に入ったヒビが次第に大きくなり、次の瞬間、
「えいっ!」
 メイドが後ろから老人の脇腹に拳をめり込ませた。
「グボォ!」
 内臓破裂を起こし、肋骨が数本折れて、老人は吐血した。
 そして次には、ブラインド レディが白杖を刀に変えて、老人の両腕を切断した。
「あひゃ! あひゃぁあああ!」
 両腕の切断面から、血液がボトボトと流れ、そして十秒後、老人は大量出血で死亡した。


 メイドがブラインド レディに駆け寄り、謝罪する。
「お、お嬢さま、申し訳ありませんでした」
「いいのよ。それより、手を引いてちょうだい。電撃のせいで、杖が刀から元の形に戻らないの。機能しなくなってしまったわ」


 ブラインド レディが病院玄関の扉を破壊して、四人は病院から出た。
 別れ際、ブラインド レディはカップルの彼氏のほうに告げる。
「これに懲りたら、二度と肝試しなんてしないことね」
「そうします」
 彼氏は反省しているようだった。


 カップルが去った後、メイドは再びブラインド レディに謝罪した。
「お嬢さま、申し訳ありません。
 物凄い興奮状態になってしまって、自分をまるでコントロールできなかったのです」
「でも、今は落ち着いた。異能力が定着した様子もない。もちろん、あとで検査しなくてはならないけど」
「でも、あの時 言ったことは本心です。わたくしは、お嬢さまに平穏な生活を送って欲しい。笑い男のことなど忘れて、幸せな人生を送って欲しいのです」
 メイドは言いつつも、ブラインド レディがなんと答えるのかわかっていた。
「それはできないの。笑い男は私が止めないと」
 考えていたとおりの答えだった。
 だからメイドは誓うのだった。
「わかっています。わたくしは ずっとお嬢さまについていきます」


 ブラインド レディは館に戻ると、部下に、能力者の軍事利用研究に関しての調査を命じた。
 そしてシャワーを浴びて、寝室に入ると、メイドが電話を持ってきた。
「お嬢さま、お電話です」
 バトラーからだった。


「お嬢さま、彼女から少し話を聞きましたが、わたくしめはメールを送っておりません。
 それは、笑い男からのメールです」
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