ブラインド レディは 笑わない

神泉灯

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30・研究

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 カジウラの孫は、五十歳近くの女性だった。
 年代的に考えて、女性で医者になるのは難しいだろう。
 しかし、独立して精神科のクリニックを構えるほどの成功者ならば、きっとそれだけの実力があってのことだ。
 白い巨塔で出世するには、ゴマすりとコネが必要だが、独立に必要なのは金と実力だ。
 女性医師は淡々と質問する。
「初診ね。それで、どういったことを相談したいのかしら?」
「その、お嬢さまのことで……」
「お嬢さま? 現代日本でそんな呼ばれ方をする人がいるのね。やんごとなきお方なのかしら」
「大企業の会長をされておられるかたです。ただ、お嬢さまも色々事情を抱えておりまして。
 わたくしは侍女として、お嬢さまのお世話をさせていただいているのですが、その……」
「お嬢さまの世話で悩みがあるのね」
「ええ、その……」
 メイドは言い淀む。
 カジウラ記念病院の話を聞きたいのに、質問する材料がない。
 なにか話を引き出す方法はないかと思い、周囲を見渡して、医師免許が壁に掛けられているのが目に映った。
 そこには女性医師の名字である、カジウラの文字があった。
「あ、あの、そこの医師免許の名前なのですが、カジウラって、前に事件が起きたカジウラ記念病院と関係があるのですか?」
「私の祖父が設立した病院よ」
「そうなのですか。昔の病院にしては大きいですよね。やはり、お祖父さまは それだけすごい医者だったということでしょうか」
 女性医師の目付きが少し鋭くなった。
「貴女は自分の心の声から逃げているのね」
「え? なんのことでしょうか?」
「貴女が相談したいのは、世話をしている人との関係について。それは必ずしも楽しいだけのものではない。辛いことや苦しいこともある。
 それを誰にも相談することができずに、一人で悩んでいる。だからここへ来たのでしょう。
 でも、いざ来てみれば、打ち明けるのが怖くなってしまい、偶然 祖父の名前を知っていたことを理由に、自分の心から逃げようとしている」
「そ、それは、その……」
「取り引きをしましょう。貴女が自分の心を正直に話してくれるのなら、私も祖父について知っていることを話すわ。だから本心を打ち明けてくれないかしら」
 メイドは、感心しながら、自分の真情を吐露し始めた。


 メイドがなんともいえない表情でクリニックから出てきた。
 ブラインド レディは訊く。
「どうだった?」
「とても優れたカウンセラーでした。ここまで素直に話してしまうとは」
「ごめんなさい。私の付き添いは大変だから」
「いえ、そんなことはありません。
 それに、有力情報は得られました」


 祖父のカジウラは八十二歳の時に老衰で亡くなった。
 カジウラ記念病院は政府の支援を受けて設立したが、その出資には、旧日本陸軍がかなりの額を出していた。
 そして、なにかの軍事研究をカジウラに命じた。
 何の研究なのかは不明だが、旧日本軍は、神風特攻隊や人間魚雷回天などを考えるような軍だ。
 ろくなものではなかっただろう。
 しかし、カジウラは断ることができなかった。
 当時の世相を考えれば、断れば、軍は勿論、警察が自分や家族を徹底的にマークして、生活と人生を潰す。
 しかたなく研究を引き受けはしたが、当然 気乗りではなかった。
 その研究も成果が出ることなく、終戦と同時に打ち切りとなり、祖父はホッとしたそうだ。
 その時の研究資料は、どうなったのかはわからない。


 ブラインド レディは推測する。
「つまり、もしかすると研究資料は、あの病院のどこかに隠されているかもしれないということね」
「わたくしもそう思います」
「もう一度、病院を調査してみましょう」


 二人は病院を再調査することにした。


 その頃、カジウラ記念病院では、一組のカップルが病院内に入った。
 もう日が暮れているのに、なぜこんな場所に来たのか?
 それは もちろん、肝試しのためだ。
「ほら、行こうぜ」
 彼氏は軽く興奮していたが、彼女のほうは気乗りではなかった。
「ちょっと、ホラー映画を見に行く話じゃなかった」
「映画は観るだけ。でも これは実際に体験するだろ。もっと楽しい」
「もー」
 彼女のほうは不満そう。
「ここ、前に殺人事件があった場所でしょ。しかも殺人犯、自殺してるし。ホントにユーレーとか出てきたらどうするのよ?」
「大丈夫だって、まだ夜になったばかりだ。ホントに幽霊なんて出やしないよ」
 カップルはしばらく進んだが、彼女のほうは早くも音を上げた。
「私 もう帰りたーい」
「もうちょっとだけ進もうぜ。ほら、あの部屋。あそこに入って最後」
 彼女は頭を振る。
「もー、いや」
「わかった わかった。俺、少しだけ覗いてくるから、ここで待ってて。それで帰ろう」
 そして 彼氏が部屋に入ると、扉が独りでに閉まった。
「あれ? ちょっとイタズラ止めろよ」
 彼氏は彼女の仕業だと思った。
 しかし別の部屋から誰かが現れた。
 彼氏は彼女だと思う。
「なんだよ、けっこうお前だって楽しんでんじゃん。ビビらせようとして。まったくよー」
 と言うと、遠くから誰かの声が聞こえてくる。
「ねー、早く戻ってきてよー」
 それは彼女の声。
 目の前にいるのは誰だ?


 それから十分後、ブラインド レディとメイドは病院に入った。
 メイドは懐中電灯を頼りに進む。
 ブラインド レディは盲目なので暗闇は意味がない。
 病院の資料室に入るが、しかし どこかへ運ばれた後で、なにも残っていない。
「ダメですね。ここにはなにも残されていません。棚は全て空です」
「次は院長室に行ってみましょう」


 そして院長室に向かう途中、ブラインド レディが制する。
「止まって」
「どうされました?」
「静かに」
 メイドは静かにしていると、しばらくしてブラインド レディは別の方向へ。
「こっちよ」
 病室の中の、壊れかけたベッドの陰に隠れる者。
 それは彼氏に肝試しに連れてこられた女性だった。
 怯える彼女に、ブラインド レディは淡々と告げる。
「大丈夫、私たちは幽霊ではないわ。怖がらないで」
「そ、そうみたいね。よかった」
「どうしてこんなところに? それに、なにがあったの?」
「あ、あの、私、彼氏に連れてこられて肝試しに来たの。そうしたら幽霊が、ホントに幽霊が出たの」
「幽霊?」
「人がいたんだけど、彼じゃなかったの。それで怖くなって逃げ出して、その後はずっとここに隠れてて」
「彼は今どこにいるの?」
「わからない。少し離れただけなのに、どこに行ったのかわからなくなっちゃって」
「探しましょう」


 ブラインド レディはメイドと彼女を先導する。
「この方角から男性用オーデコロンの匂いがする」
 彼女は答える。
「あいつ、いつも匂いのきついの使ってるから」
 しばらく進むと、彼氏が倒れている。
「ねえ! 大丈夫!?」
 彼女がすぐさま駆け寄って揺らすと、彼はすぐに目を覚ました。
「うわ! 幽霊!」
「違うわよ!」
 否定する彼女に、彼は安心する。
「なんだ、おまえか。良かった」
 そしてブラインド レディたちに気付く。
「って、この人たちは?」
「よくわかんないけど、幽霊じゃないから」
 ブラインド レディは彼に話を聞く。
「貴方はなにがあったの?」
「幽霊だ。幽霊を見た。
 ちょっと彼女と別れたら、扉が独りでに閉まって。それで てっきりこいつの仕業だと思ったんだけど。
 でも、現れた人影が、こいつじゃなくて。初めはこいつだと思ったんだけど、でも別の場所から、こいつの俺を呼ぶ声が聞こえて来て、その時になって初めて別人だって気付いた。
 幽霊だ。マジモンの幽霊だ」
 ブラインド レディは否定する。
「幽霊などいない。ここには私たち以外の誰かがいる」
 彼氏は疑念に眉を寄せる。
「誰かって?」
「それはわからない。でも、いつまでもここにいない方が良いわね。貴方たちは帰りなさい」
「もちろん そうする」
 彼氏は全面的に賛成した。


 ブラインド レディたちは、とりあえず二人を、病院の出入り口の所まで連れてきた。
「後は もう大丈夫ね」
 彼女は感謝する。
「ええ、助けてくれてありがとう」
 ブラインド レディは質問をする。
「貴方たち、ホラー映画は見る」
「見るけど」
「なら学習しなさい。危険に近づくとろくな目に遭わないと」
 その言葉を受けて、彼女は彼の腕を強く叩いた。
「この人の言うとおり。もう二度と肝試しなんかに連れてこないで」
 彼氏はバツが悪そうに謝る。
「悪かったよ」


 ブラインド レディとメイドは院長室へ向かい、そして 彼と彼女は外に出ようとして、扉のノブを回し、扉を開けようとした
 だが、次には彼の疑念の声。
「あれ?」
 扉が開かないことに気付いた。


 院長室に到着したブラインド レディは、鋭敏な感覚に集中する。
 そして、空気の不自然な流れを感知した。
 手の平を泳がせるようにして、空気の流れを感じ取り、導かれるようにその場所へ。
 壁の一角を触れると、微かな隙間がある。
「ここになにかあるわね」
 メイドが懐中電灯で照らし、その隙間に指を入れて開けた。
「隠し棚がありました。中には、なにかのファイルが一冊あります」
「読んでちょうだい」
「これは……人体実験の研究資料ですよ。旧日本軍がカジウラに命令した実験の内容が記されています。
 薬物投与に電気ショック等。脳改造まで。
 目的は……」
 メイドは言葉に詰まった。
「どうしたの?」
 ブラインド レディが促すと、メイドは震える声で告げた。
「これ、人為的に能力者を造り出す研究です」
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