ブラインド レディは 笑わない

神泉灯

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22・不倫

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 その日俺達が訪れたのはなんの変哲もないアパートの一室だった。
 「この部屋です」とアパートの管理人が案内してくれたその部屋は傍目にはとても普通に見えたが玄関扉の前に立った俺はぞくっと肌を粟立てさせた。

「御堂、ここ……」
「うん、そうだね」
「外観は綺麗に掃除したんですけど、やっぱり分かりますか?」
「まぁ、僕達はそれが仕事なんで」

 御堂は不安げな表情を見せる管理人ににこりと笑みを見せた。だけど俺はそんな風に御堂が笑っていられる意味が分からない。それはもう明らかな敵意が扉の向こうから漏れ出してきていて俺は既に帰りたくて仕方がない。

「実は室内はまだちゃんと片付けが済んでいないんですよ。入ろうとすると……ひっ!」

 鍵を開けて扉を開けようとした管理人が扉から手を放した。まぁ、それは俺にも見えたよ、扉を掴んだ管理人の腕を掴んだ半透明な指をな。

「あ、鍵だけ預けてくれたら管理人さんはもう大丈夫ですよ。片付いたら呼ぶんで管理人室でお待ちください」

 やはり御堂はにこにこと笑みを崩さない。素でもにこにこしている事の多い御堂だけれど、こんな場面でも営業スマイルを崩さないの尊敬するよ。俺には無理だわ、だってさっきから室内から嫌な気配が漂って来てる。
 管理人さんは明らかにほっとしたような表情で御堂に鍵を手渡すと逃げるように管理人室へと戻っていった。

「なぁ、御堂ここヤバくね?」
「うん、ヤバいね」

 敵意は完全に俺達に向いている、それでも平気な顔で御堂は部屋の鍵を開けた。そして開けた途端にまず鼻をついたのは異様な悪臭。

『御堂! おいらの鼻がもげるっ!』

 俺の肩の上に乗っていたコン太が苦しそうに鼻を抑えている。まぁ、人間より鼻が利くだろうから余計にだよな。

「とりあえず入ってみようか」

 そう言って御堂が部屋に入ろうとした瞬間、部屋の中から嫌な破裂音がした。それは壁が軋んでいるような、乾いた木が折れるようなそんな音だ。

「あはは、大歓迎だ」
「お前、よく笑ってられるな」

 もうこれはあからさまな怪奇現象、いわゆるラップ音というやつだ。

「いつも言ってるけどさあやを得た僕は無敵だよ」

 そう言って御堂は軽く俺の肩を抱いてから靴も脱がずに部屋へと上がり込む。さりげなく力奪ってくのやめろよな、俺にだって心構えがあるっちゅうのに。
 室内は荒れに荒れていて到底裸足では上がれない状態になっている、俺も恐る恐る室内へと足を踏み入れた。
 その部屋は一般的な単身者用のアパート、1LDKの室内はさして広くもないのだがその室内のあちこちにゴミが取っ散らかっていて悪臭を放っている。
 言ってしまえばここは汚部屋で、そんな中でこの部屋に住んでいた住人は数日前に孤独死したのだと聞いている。
 死体は既に警察が回収したあとなのだそうだが、その部屋を片付けようとした清掃員が異常を訴え俺達に依頼が回ってきた。

「こういう依頼って意外と多いんだよね。たぶんこれからもっと増える」

 そう言って御堂は奥の部屋まで踏み込んでカーテンを開け放った。室内に差し込む日差し、けれど明るくなっているはずの室内はやはり何処か薄暗い。

「窓は開けないのか?」
「この悪臭は近所迷惑だしね」

 まぁ、確かにそれはそうだよな。俺も室内に踏み込んではみたけれど、コン太は扉の外から中に入ってこようとしない。
 俺自身もチリチリと肌を刺激されるようなその感覚が先程から不快で仕方がない。たぶん御堂が居なかったら確実に逃げてた。

「さて、分かってると思うけど、ここはもう君の家じゃない。即刻退去願おうか?」

 また室内で乾いた破裂音が響く。

「嫌がっても無駄だよ、大人しく成仏すればよし、抗うようなら強制退去って事になるけれど」

 御堂の右手にはいつの間にか刀が握られていた。相変らず仕事中の御堂の笑みは胡散臭い悪人面だ。
 部屋の隅にうっすらと暗い影が立ち上がり人のような形をなして、こちらへ来るなと威嚇する。自分の城である部屋にずかずかと上がり込まれたあげくこんな悪人面で退去を要請されたら嫌だよなぁ。まぁその気持ち分らんでもない。

「こいつ、自分が死んだこと分かってない?」
「いや、たぶん分かってて何か隠してる、その押し入れ見せてもらおうか?」

 黒い影が目に見えて抵抗感を強くする。先程までチリチリしていた肌への刺激が強くなって不快な事この上ないのだが、まるで意に介さない御堂は遠慮もなく押し入れを開け放った。

「おっと、これは……」

 荒れ放題の室内とは対照的にその押し入れの中はきちんと整えられていた。

「この部屋の主って女だっけ?」
「いや、三十後半の男性だって聞いてる」

 そこにあったのはキラキラと可愛らしい女性用の服や雑貨や愛らしいぬいぐるみ、そして少女漫画などがずらりと並んでそこだけがまるで異空間だ。

「彼女の置き土産?」
「そもそも彼女が居たらこんな汚部屋にならないだろうし、孤独死だってしなかったと思うけど」
「元カノのとか?」

 その時また室内に大きな音が鳴り響き、微かに部屋が揺れた気がした。

「地震!?」
「いや、そうじゃない。触るなって怒ってる」
「やっぱり元カノとかの思い出の品なんじゃね?」
「その割には服のサイズが……さあや、ちょうど似合いそう」
「は!?」

 またしても家鳴りが激しくなった。

「これはもしかして君の秘密のコレクションかい? なんなら業者が入る前に秘密裏に片付けようか?」

 突然家鳴りがぴたりと収まった。え? なに?

「うんうん、それで成仏してくれるならお安い御用さ。大丈夫だよ、僕が請け負った」
「え? え? なに??」

 急に部屋の空気が軽くなったと同時に肌へのピリピリとした刺激が消えた。

「さぁ、さあや、この荷物片付けようか」
「え? お祓いは?」
「荷物片づけたら消えるって」
「はぁ!?」

 俺は訳が分からない。けれど、明らかに部屋の様子が変わる。先程まで拒絶一辺倒だった部屋の空気が浄化されていくのが分かって俺にはまったく理解が追い付かない。
 御堂が適当な段ボールにそのキラキラした品物たちを放り込み、ぱたんとその蓋を閉めると部屋の悪臭も気持ち薄くなって、それに気付いたのかコン太が恐る恐るという感じで部屋へと入ってきた。
 すると窓も開いていないのに何処からかふわりと生温い風が吹きコン太へと纏わりつく。

『やっ! なんだお前っ! やめっ! こらっ!』
『可愛い、なにこの子めっちゃ可愛いぃぃぃ!』

 何故かハイテンションな声が室内に響いて俺はコン太を見やる。するとコン太に纏わりついてた影がふわりと笑んで『ありがとう』と笑って消えていった。

「え? どういう事?」
「この家の家主は極度の可愛いもの好きだったんだろうね。だけどそれを隠してた。まぁ三十も後半の男性が女性ものの服や小物を収集してるなんてなかなか言い出せなかっただろうしね」
「じゃあこれ……」
「故人の私物。さあやと体格同じくらいみたいだね、着てみる?」
「遠慮しとく」

 無事に成仏したとはいえ、死んだ人の遺品を勝手に私的流用しようとするのどうかと思うし、なんで俺が女物の服を着ると思うのだ? そういう所、無神経にも程がある。
 「絶対似合うよ」と御堂は笑みを見せたけれど、断言されても嬉しくないしそんなモノは真っ平ごめんだ!

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