ブラインド レディは 笑わない

神泉灯

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19・妄想

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 ナギサのアパートにメイドがやって来た。
「あ、先輩。調査はどうですか?」
「ええ、そのことで話があるの」
 ナギサはメイドを招き入れると、調査の話を聞いた。
「つまり、他人に変身できる能力者の犯行だと」
「そうよ。信じられないかも知れないけれど、これが事実なの」
「犯行の目的は金ですか?」
「それもあるけれど、実は別の目的があるの」
「別の目的?」
「人間観察よ」
「人間観察ですか?」
「その人間になりすまし、その人間その者になりきるの。そうすれば、その人間を深く理解することになる。
 犯人は殺人をするけれど、実は人間に興味津々なの。言ってしまえば人間研究をしているのね。
 お金は二次的な物でしかないわ。
 経済的に困らなければ、人間観察に集中できるから。
 特に殺されることになる人間の反応に興味がある。もっとも信頼する相手に殺されるとき、その人間はどんな反応をするのか。
 絶望するのか、それとも何かの間違いなのだと、信じるのか。
 信頼する者に殺されたときの人間の表情。
 愛する者に殺されたときの人間の反応。
 それは人間の心の奥底が見える。
 そして犯人は、人間を深く理解し、やがては人間に愛されるような存在になることができるのよ」
「そ、そうですか」
 ナギサは、メイドが悦に浸るように語る様に不気味さを覚えた。
「犯人は愛された経験がないのよ。だから人間が分からない。人間を理解すれば愛される。そして愛することができる。
 私も人間に興味があるわ。お嬢さまは目が見えない分、見えないことをよく理解されている。
 私も お嬢さまの側に居て、人間の見えない部分を多く学んだわ。
 そして自分が他人を理解すれば、他の人も自分を理解してくれるようになる。
 自分を愛してくれるようになる。
 貴女も人間を知りたいと思わない」
「そう、ですね」
 歯切れの悪い返答をするナギサの太ももを、メイドは触った。
「ちょっと、先輩」
 メイドは服をはだけ始め、舌なめずりをする。
「肌を合わせれば、お互いのことをよく理解できると思わない」
 ナギサはメイドを突き飛ばした。
「何を考えているんですか!? 姉さんが大変なときに!」
 メイドの表情が一変した。
「おまえも私を拒むのね!」
 メイドはテーブルにあった花瓶を手にすると、ナギサの頭を殴打した。


 同時刻、本物のメイドの方では……
「ここに居たのね」
 ブラインド レディがメイドを見つけていた。
「お嬢さま、ご無事でしたか」
「ごめんなさい。あなたが捕まったことに気付くのが遅れたわ」
「それより、犯人はわたくしの姿に化けました。ナギサの所へ行くと」
「下水道を出て、警察に連絡しましょう」
 二人は急いで下水道を出ると、すぐに警察に通報した。


 ナギサの部屋に警官が到着すると、ナギサは椅子に縛られていたが、ケガはなかった。
 犯人はすでに逃走したあとで、姿はなかった。
 保護されたナギサは、メイドにやられたと警察に証言した。
 これで、メイドが容疑者になった。
 ブラインド レディはメイドに言う。
「この街の、企業の支部に連絡して、あなたを保護してもらうわ。しばらく、そこでかくまってもらいなさい。
 私は、ナギサのところへ行って、事情を説明する」
「話を聞いてもらえるでしょうか? ナギサはわたくしが犯人だと思っています」
「私は目が見えないから、少なくとも危険はないと思うでしょう」


 その後、保護されたメイドは、支店の客室で 待機していたが、しばらくすると 決意して立ち上がった。
 今回は自分の失態のせいで事態を悪化させてしまった。
 お嬢さまばかりに負担をかけてはいられない。
 自分で解決しなくては。
 給湯室にあった果物ナイフを手にすると、メイドはこっそり支店を出て、下水道へ向かった。


 ブラインド レディはナギサの部屋に到着した。
 ナギサは明らかに警戒していた。
「なんの用なの? 私にあんなことして」
「そのことで弁明させて欲しいの。確かに疑うのは当然だけれど、せめて説明だけはさせてちょうだい」
「私に危害を加えたのに、部屋に入れると思うの?」
「私は目が見えないわ。それに一人。無力な人間よ」
「……わかったわ」
 ナギサはブラインド レディを部屋に入れると、質問する。
「それで、あの女が突然 私に暴行した理由は何?」
 ブラインドレディは、他者に変身する能力者について説明した。
「そんな話を信じろって言うの?」
「確かに信じられないとは思うけれど、私たちが調査した結果なの」
 ナギサは嘲笑する。
「先輩だった女が言っていた通りね。あなた頭がおかしい。
 能力者なんているわけない。全部あなたの妄想よ。
 両親が殺されたことと、目が見えなくなったことで、妄想の世界に浸っているだけ。
 世界の危機と闘っているつもりになって、自分の不幸を見て見ぬ振りしているだけでしょ。
 ああ、そうだった。あなた目が見えないんだったわね。だから真実が見えないのよ。
 先輩だったあの女は、あなたの妄想に付き合わされていただけよ。
 能力者との戦いなんてない。全部あなたの作り話。
 そんな話に付き合わされていたせいで、先輩までおかしくなったのよ。
 現実逃避もいい加減にしたら!」
 ナギサの暴言を、ブラインド レディは無言で受けていた。


 メイドは下水道に入り、最初に犯人に遭遇した場所に行ってみた。
 そこに、誰かがロープで縛られていた。
「ナギサ!?」
 後輩のナギサの姿だった。
 メイドはロープをナイフで切ると、ナギサは狼狽してメイドにすがりつく。
「あいつはなんなの!? 先輩の姿だったのに 目の前で自分に化けた!」
「じゃあ、今 お嬢さまが会っている相手は……」


 メイドとナギサは急いでアパートへ向かった。
 部屋は静かで、話し声は聞こえなかった。
 まさか……
 メイドは嫌な予感がして部屋の中に入ると、そこにはソファに腰掛けたブラインド レディの姿があった。
「早かったわね」
 床にはナギサの姿をした犯人が倒れていた。
 心臓部に小さな穴が空き、死んでいた。
 嫌な予感は外れたのだった。


 警察は窃盗殺害の組織的犯行とした。
 整形して油断させる手口。
 この異常な手口に、犯人の精神状態に警察は興味を持ったが、しかし盲目の女性と乱闘になって、逆に殺害された。
 精神鑑定はもうできない。
 しかし仲間が居る可能性が高いとして、引き続き捜査をするとのこと。
 だが、事件が全て解決することはないのだ。 



 ナギサは弁護士から姉のことの連絡を受けた。
 すぐに釈放されるとのこと。
 精神的ショックは大きいが、ナギサが支えになる。
 そして その後、メイドから自分たちが何をしているのか、そして今回の事件のあらましについて簡単が説明を受けた。
「先輩たち、凄いことをしているんですね。
 なにかあったら連絡してください。わたしも力になります」
「ありがとう」
 こうしてナギサと別れた。


 帰り道、メイドはブラインド レディに聞いた。
「お嬢さま、犯人は お嬢さまになにか言っていましたか?」
 ブラインドレディは淡々と答えた。
「いいえ、なにも。すぐにニセモノだと気付いたから、戦いになって話はできなかった。笑い男の手がかりも得られないでね」
「……そうでしたか」
 それが真実なのか、メイドは追求しなかった。
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