ブラインド レディは 笑わない

神泉灯

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10・海

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 その様子を目撃していた者が、我々の他にも数人いた。
 そして すぐさま通報し、警官に状況を報告した結果、我々が彼に向かって警告していたことも伝えられた。
 その結果、我々は重要参考人として拘束された。
 正式な逮捕ではないが、重要参考人と言ったところ。
 いわゆる任意同行。
 しかし、実質的な逮捕だ。
 もっとも、ブラインド レディの身分が分かり、そして彼女が手を回せば、簡単に釈放されるだろう。
 そして 私の考えは正しく、私は すぐに出ることが出来た。
 我々が、彼のボートに直接 何かしたのではなく、明らかに危険を警告していたことも、釈放理由の一つとされた。
 そして ハタナカ氏が現れた。
「君たちは一体何者だ? なぜ彼が次の犠牲者になると分かった?」
 私とブライド レディは、被害者の共通事項を簡単に説明した。
「つまり、中学時代の水泳部のメンバーと、その家族が狙われていると?」
「その通りよ」
「だが、あいつは精神病院だ。出ることが出来ないのに、どうやって殺せると言うんだ?」
「それは分からないけれど、でも 私たちの考えが正しければ、次に狙われるのは、貴方の娘さんとお孫さん」
「あの子たちが狙われると」
「手口は分からない。でも、法則性からすると、家族を殺して精神的な苦痛を味合わせた後に、本人を殺害するという順番。
 そして事実、貴方の娘婿も溺死している。次は間違いなく、貴方の娘と孫。そして最後に貴方」
 ハタナカ氏は信じ切れていないようだが、しかし もしかしたらという疑いを感じ始めている。
 私は畳みかける。
「とにかく、二人のところへ行こう。なにか対策を採って、二人を守らないと」
「わ、わかった」


 私たちが、ハタナカ氏の娘と孫の家に到着すると同時に、子供の悲鳴が上がった。
「なにか あったんだ」
 玄関のドアは開いていたので、我々は上がると、風呂から叫び声が聞こえた。
 風呂場に急いで向かうと、そこでは 湯船で溺れる娘さんの姿。
 私とハタナカ氏は、彼女を力任せに引き上げる。
「ゲホッ、ゲホッ、ウェッ」
 肺の中に入った水を吐き出す彼女。
 ハタナカ氏は信じられない思いで呟く。
「風呂場で溺れるなんて事があるのか」
 娘は父親にしがみついた。
「こ、声が……声が聞こえた」
 ブラインド レディが質問する。
「なんて言っていたの?」
「いっしょに遊ぼうって」
 ハタナカ氏の顔は真っ青になっていた。
「あり得ない。そんなこと あり得ない。幽霊なんてあるわけがない。あいつは生きている」


 ブラインド レディは能力者の力を見抜いた。
「水ね。水を操る力を手に入れたんだわ。水を媒体にすれば、遠距離からでも 殺すことが出来る。
 さしずめ、水に潜む恐怖フィアー イン ザ ウォーター


 私は周囲を見渡すと、あることに気付いた。
「子供はどこへ行った?」
 いつのまにか孫の姿がなかった。
 ハタナカ氏は呟く。
「まさか、海に行ったんじゃ……」
 その言葉を聞くと同時に、我々は家の外へ出て、海へ走った。
 数百メートル先の海に到着すると、そこには海に入ろうとする子供の姿。
 ハタナカ氏は叫ぶ。
「ダメだ! 海に入るな! 海に入るんじゃない!」
 しかし その瞬間、子供は海に引きずり込まれた。
 その時、子供の脇に見えたのは、中学生ほどの少年の姿。
 ハタナカ氏は悲鳴のような叫び声。
「あいつだ! 中学の時のあいつが!」


 私は そのまま走りながら上着を脱ぐと、海へ飛び込んだ。
 続けて、ブライド レディも飛び込む。
 子供が引きずり込まれた海中を、大まかな見当を付けて潜り、子供の姿を探すが、見つからない。
 しばらくして、息が続かなくなり、いったん海面に上昇する。
 海辺にはバスローブ姿の娘さんの姿。
「あの子は!? あの子はどこなの!?」
「見つからない!」
 私が叫ぶと、ハタナカ氏が海の中に入った。


「許してくれ。孫は許してくれ。私が虐めたんだ。虐めたのは私たちなんだ。娘と孫は関係ない。だから私を殺して、終わりにしてくれ」
 私は 彼に向かって叫ぶ。
「ダメだ! 海へ入るな!」
「殺すなら 私を殺せー!!」
 その瞬間、少年の姿が海から出現し、ハタナカ氏を海中へ引きずり込んだ。
 娘が悲鳴を上げる。
「お父さん!?!」
 ダメだ。
 彼は助からない。
 せめて子供だけでも助けなければ。
 私は再び海中に潜る。
 だが、どんなに目をこらしても、澱んだ海水では視界が遮られ、子供の姿を見つけることは出来なかった。
 息が限界だ。
 私は再び海面に上がった。
 周囲を見渡したが、子供が上がっている様子もない。
 娘さんが泣き崩れる。
「そんなぁあ! いやぁあああ!」


 その時、ブラインド レディが海面から上がってきた。
 子供を抱きかかえて。


 私は急いで手助けし、海から子供を引き上げ、容体を診る。
「大丈夫だ、息はしている」
 娘さんは息子を抱きしめる。
「よかった。よかった。二人とも ありがとうございます」
 そして続けて、子供が言った。
「ありがとう」
 娘さんは、驚いた顔をした。
「あなた、話せるようになったの」
「うん、お母さん。もう、大丈夫」
 母は再び息子を抱きしめた。


 その後のことを説明しよう。
 ブラインド レディは、能力者を遠方の病院に移転させることにした。
 水を媒体にすることが出来ると言っても、その距離には限界がある。
 遠くへ移動させてしまえば、もう二人に手出しは出来ない。
 能力者の両親には、ブラインド レディが経済的支援をすると言って、説得した。
 自分が死んだ後のことを心配していた両親は、その申し出を受け入れた。
 これで もう、自分たちが亡くなった後の、息子の心配はなくなったと、安心していた。
 そして 娘と孫は、別の地方へ引っ越しを決めた。
 能力が届かなくなったと言っても、海は もう怖くて近寄りたくないとのことだ。
 山の自然が豊かな地方で、二人でのんびり暮らすとのこと。
 これで、一応 問題は解決したことになる。
 全てが丸く収まったわけではないし、果たして これが正解と言えるのかも疑問だが、これ以上のことは ブラインド レディにも、そして私にも、なにも出来ない。


 そして 私たちは帰りの電車に乗るさい、娘と孫が見送りに来た。
「私たちも あとで引っ越しをします。助けていただいて本当にありがとうございました。
 それと、これは ささやかなお礼です。息子と一緒に作りました。お昼ご飯にどうぞ」
 紙パックに入った、手作りホットケーキだった。
 私は ご満悦といった気分だった。
「今日の お昼ご飯は ご馳走だ」
 そして 男の子は、ブライド レディに告白した。
「キレイなお姉さん。僕が大人になったら結婚して」
「おや おや」
「まあ、この子ったら」
 ブラインド レディは冷淡に答える。
「いい男になっていたらね」


 私は この時、ブラインド レディが笑顔であることを期待した。
 しかし、彼女は笑っていなかった。
 そう……


 ブラインド レディは 笑わない。
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