4 / 67
4・失敗作
しおりを挟む老夫婦がタクシーで二人を住宅街の一軒に案内した。
「ここが私たちの家です」
家は意外と大きく、二階建てのちょっとした屋敷のようだった。
二人は裕福な暮らしをしているようだ。
「わたしたちは二人で暮らしているんですよ。だから お客様を招くのがささやかな楽しみでして」
二人に招かれ、家に入ると、二階からトレーナー姿の三十中頃の男が降りてきた。
「ああ、連れてきたんだ。じゃあ そこの二人、さっさと上がってよ」
三十路の男は、死んだ魚のような眼で、レディとメイドにぞんざいに命令した。
やる気も生気も感じられない男で、無精ひげが生えており、髪はボサボサ。
体もメタボ気味だった。
メイドは老夫婦に聞く。
「お二人だけで暮らしているんじゃなかったんですか?」
老夫婦は答えなかった。
答えたのは、三十路の男だった。
「なにしてんだよ。早く上がれよ」
男はいらついていた。
ひ弱な女が自分の言葉に素直に従わないことに。
ブラインド レディが質問する。
「百五十件の行方不明事件の犯人は貴方たちね」
それは断定だった。
レディの質問に、三十路の男はキレた。
「なんだテメェ! 警察か! シャアァッッスオマァアアア!!」
意味の分からない奇声を上げて、男は襲いかかってきた。
爪が一瞬で三十センチも伸び、それは鋭利な刃物のようだった。
十本の爪の刃が迫る。
しかし、ブラインドレディは無言で杖を向けた。
シュパンッ! という音がして、杖が数メートル伸び、三十路男の心臓を貫いた。
男は自分に杖が刺さっていることが理解できないかのように呟いた。
「あ?……なんで?」
そして 男は息絶えた。
ブラインド レディは杖を心臓から抜く。
老婦人がレディに聞いた。
「し、死んだんですか?」
ブライド レディは冷淡に答えた。
「そうよ」
老紳士が重ねて質問した。
「こ、殺したんですか?」
ブライド レディはやはり冷淡に答えた。
「その通り」
ブラインド レディは説明を始めた。
「今から 私の推測を話す。間違っていたら指摘して。
この男は貴方たちの息子ね」
老紳士は肯定する。
「そうです」
「そして引きこもりのニートだった」
「中学二年生からです。学校にも行かず、毎日 部屋にこもりきりで。出てくるのは食事やトイレ、風呂に入るときくらい。二十年近く家を出ていません」
「そして この爪を操る能力が突然 使えるようになった。でも、同時に異常な食欲を憶えるようになった。
特に肉に関して。
食肉を毎日 大量に要求するようになり、そして ついには人肉を食べたいと言い始めた。
貴方たちは息子の要求に従い、人間の肉を与え始めた。主な標的は観光客。
息子は始めは人間なら誰でも良かったみたいだけど、その内 若い女性が良いと言い始めた。
だから 行方不明事件の初期は男性や年配の人も混じっていた。
そして 貴方たちは十年間、息子に人肉を与え続けていた」
老紳士は全て肯定した。
「その通りです。言うとおりにしないと、息子に殺されると思って、それで仕方なく……ううぅぅ……」
老夫婦は泣き出した。
しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。
老婦人は言った。
「息子を殺してくれてありがとうございます」
メイドは老婦人が何を言ったのか、一瞬 理解できなかった。
しかし老婦人は重ねて感謝した。
「貴女のおかげで、もう息子に怯える必要がなくなった。これで穏やかな老後が送れる。本当に息子を殺してくれてありがとう」
さらに老紳士もブラインド レディに感謝した。
「貴女のおかげで私たちは安心です。もう人を殺す必要はない。こんな息子のために、人生を これ以上 潰されることのない 暮らしが出来る。本当に感謝しても仕切れません」
そして老婦人は自分の息子の死をこう言った。
「失敗作が死んでくれて本当に良かった」
パンッ。
パンッ。
甲高い その音は、ブラインド レディが老夫婦の頬を平手打ちした音だった。
二人は何をされたのか理解できないように呆然としていた。
そんな老夫婦にブラインド レディは奇妙に冷淡に吐き捨てた。
「最低な親ね」
ブラインド レディとメイドは、バスでホテルへ向かっていた。
メイドは まだ全てを理解しておらず、隣に座るレディに質問する。
「お嬢さま、最低な親とはどういう意味でしょうか?
確かに自分の息子の死を喜んでいたときは、わたしも呆然としましたが、しかし それは、自分の子供に殺されるかもしれないと怯えていたからでしょう。
それだけで、最低だと断じるのはいかがな者かと思いますが」
ブラインド レディは説明する。
「人肉を食べさせる必要はなかったのよ」
「え? どういう意味ですか? あの男は、能力が覚醒した代償に、人肉を食べなくてはならなかったと言うことではないと?」
「それは半分正解。だけど、代替が可能だった。人肉の代わりに、市販されている大量の肉を食べさせれば良かっただけ。でも あの二人はそれが分かっていながら、人肉を食べさせていた。
理由は、お金」
「お金?」
「そうよ。安い肉でも大量に買えば高くなる。それが あの二人の生活費を圧迫していた。豊かな老後のためのお金が足りなくて、自分たちが贅沢することが出来なくなったの。だから人間を連れてきて、あの男に殺させ、そして人肉を料理して食べさせていた。
つまり食費を軽く済ませるために、人肉を息子に与えていたの。
そもそも 息子が引きこもりになった原因も、中学二年の頃に成長期が始まり、心と体のバランスが崩れて問題行動を起こした際、あの二人が息子に言った言葉が原因」
「なんて言ったんですか」
「これ以上 問題を起こすな。無駄な金を使うことになる。私たちの老後資金がなくなるだろ、と」
メイドは全てを理解し、今度こそ愕然とした。
「自分の子供にそんなことを言ったんですか。じゃあ、あの二人は、本当にお金をケチっていただけだったって言うんですか」
「その通りよ」
「そんなことのために 百五十人近くも殺したなんて」
「子供の死を願う親なんて、自分の事しか考えていない者よ。
これも虐待の一種かしら」
ホテルのスィートルームに戻ると、部屋の机にメッセージカードが置かれていた。
「お嬢さま、メッセージカードです」
「誰から?」
「名前は書いてありません。でも、これ……」
「どうしたの?」
「笑顔がデフォルメされたイラストが描かれています」
笑い男からのメッセージだった。
「なんて書いてあるのかしら」
「よく分かりません。いくつかのアルファベットと数字だけです」
「館に戻り次第、解析しましょう」
これが、今回 メイドから取材した、ブライド レディの事件だった。
問題のある子供が増えているという記事が、昨今 増えているというが、しかし 昔から 「最近の若者は」 と いう言葉はあった。
問題のある子供を、はたして本人が元からそう言う人間なのだと断ずることは、正解なのだろうか。
そして、笑い男とは何者なのか?
私は引き続き、ブラインド レディの事件を追っていく。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
乾坤一擲
響 恭也
SF
織田信長には片腕と頼む弟がいた。喜六郎秀隆である。事故死したはずの弟が目覚めたとき、この世にありえぬ知識も同時によみがえっていたのである。
これは兄弟二人が手を取り合って戦国の世を綱渡りのように歩いてゆく物語である。
思い付きのため不定期連載です。
日本が日露戦争後大陸利権を売却していたら? ~ノートが繋ぐ歴史改変~
うみ
SF
ロシアと戦争がはじまる。
突如、現代日本の少年のノートにこのような落書きが成された。少年はいたずらと思いつつ、ノートに冗談で返信を書き込むと、また相手から書き込みが成される。
なんとノートに書き込んだ人物は日露戦争中だということだったのだ!
ずっと冗談と思っている少年は、日露戦争の経緯を書き込んだ結果、相手から今後の日本について助言を求められる。こうして少年による思わぬ歴史改変がはじまったのだった。
※地名、話し方など全て現代基準で記載しています。違和感があることと思いますが、なるべく分かりやすくをテーマとしているため、ご了承ください。
※この小説はなろうとカクヨムへも投稿しております。
セルリアン
吉谷新次
SF
銀河連邦軍の上官と拗れたことをキッカケに銀河連邦から離れて、
賞金稼ぎをすることとなったセルリアン・リップルは、
希少な資源を手に入れることに成功する。
しかし、突如として現れたカッツィ団という
魔界から独立を試みる団体によって襲撃を受け、資源の強奪をされたうえ、
賞金稼ぎの相棒を暗殺されてしまう。
人界の銀河連邦と魔界が一触即発となっている時代。
各星団から独立を試みる団体が増える傾向にあり、
無所属の団体や個人が無法地帯で衝突する事件も多発し始めていた。
リップルは強靭な身体と念力を持ち合わせていたため、
生きたままカッツィ団のゴミと一緒に魔界の惑星に捨てられてしまう。
その惑星で出会ったランスという見習い魔術師の少女に助けられ、
次第に会話が弾み、意気投合する。
だが、またしても、
カッツィ団の襲撃とランスの誘拐を目の当たりにしてしまう。
リップルにとってカッツィ団に対する敵対心が強まり、
賞金稼ぎとしてではなく、一個人として、
カッツィ団の頭首ジャンに会いに行くことを決意する。
カッツィ団のいる惑星に侵入するためには、
ブーチという女性操縦士がいる輸送船が必要となり、
彼女を説得することから始まる。
また、その輸送船は、
魔術師から見つからないように隠す迷彩妖術が必要となるため、
妖精の住む惑星で同行ができる妖精を募集する。
加えて、魔界が人界科学の真似事をしている、ということで、
警備システムを弱体化できるハッキング技術の習得者を探すことになる。
リップルは強引な手段を使ってでも、
ランスの救出とカッツィ団の頭首に会うことを目的に行動を起こす。
底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~
阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。
転生した先は俺がやっていたゲームの世界。
前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。
だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……!
そんなとき、街が魔獣に襲撃される。
迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。
だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。
平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。
だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。
隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。
G.o.D 完結篇 ~ノロイの星に カミは集う~
風見星治
SF
平凡な男と美貌の新兵、救世の英雄が死の運命の次に抗うは邪悪な神の奸計
※ノベルアップ+で公開中の「G.o.D 神を巡る物語 前章」の続編となります。読まなくても楽しめるように配慮したつもりですが、興味があればご一読頂けると喜びます。
※一部にイラストAIで作った挿絵を挿入していましたが、全て削除しました。
話自体は全て書き終わっており、週3回程度、奇数日に更新を行います。
ジャンルは現代を舞台としたSFですが、魔法も登場する現代ファンタジー要素もあり
英雄は神か悪魔か? 20XX年12月22日に勃発した地球と宇宙との戦いは伊佐凪竜一とルミナ=AZ1の二人が解析不能の異能に目覚めたことで終息した。それからおよそ半年後。桁違いの戦闘能力を持ち英雄と称賛される伊佐凪竜一は自らの異能を制御すべく奮闘し、同じく英雄となったルミナ=AZ1は神が不在となった旗艦アマテラス復興の為に忙しい日々を送る。
一見すれば平穏に見える日々、しかし二人の元に次の戦いの足音が忍び寄り始める。ソレは二人を分断し、陥れ、騙し、最後には亡き者にしようとする。半年前の戦いはどうして起こったのか、いまだ見えぬ正体不明の敵の狙いは何か、なぜ英雄は狙われるのか。物語は久方ぶりに故郷である地球へと帰還した伊佐凪竜一が謎の少女と出会う事で大きく動き始める。神を巡る物語が進むにつれ、英雄に再び絶望が襲い掛かる。
主要人物
伊佐凪竜一⇒半年前の戦いを経て英雄となった地球人の男。他者とは比較にならない、文字通り桁違いの戦闘能力を持つ反面で戦闘技術は未熟であるためにひたすら訓練の日々を送る。
ルミナ=AZ1⇒同じく半年前の戦いを経て英雄となった旗艦アマテラス出身のアマツ(人類)。その高い能力と美貌故に多くの関心を集める彼女はある日、自らの出生を知る事になる。
謎の少女⇒伊佐凪竜一が地球に帰還した日に出会った謎の少女。一見すればとても品があり、相当高貴な血筋であるように見えるがその正体は不明。二人が出会ったのは偶然か必然か。
※SEGAのPSO2のEP4をオマージュした物語ですが、固有名詞を含め殆ど面影がありません。世界観をビジュアル的に把握する参考になるかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる