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   am04:25

「こちら№31。№13、標的は緊急病院から移動した。次の場所を捕捉してくれ」
 コンパクトセダンに戻った仲峰司は、荒城啓次と連絡を取った。
「こちら№13。標的は現在八号線を東へ移動中。市街地から外れ始めてる。この先は……高速線に乗るつもりなのかな?」
「わかった、とにかく八号線に乗る。位置をもう少し正確に補足できたらまた連絡してくれ」
「№31! 絶対に取り逃がすんじゃないわよ! わかってるわね!」
 返答は荒木啓次ではなく、副所長杉原友恵だった。
 甲高い声で叫ぶ彼女に、冷淡に答える。
「了解」
 そんなことは言われなくともわかっている。
 美鶴の安全を保障するには、他に方法がないのだから。
 仲峰司は、金坂大学第三研究所とは異なる、他の機関の研究所によって生み出された。
 遺伝子工学の産物、試験管ベイビー。
 遺伝子の母体となった人間が実験事故で死亡し、その能力の継承のためだけに複製《クローン》された。
 研究所には同じように複製された人間が無数、無菌室の中に閉じ込められ、その中で彼は暮らしていた。
 人権を剥奪されたモルモットとして。
 いや、人為的に製造された自分に、人権などという高尚なものが初めから在ったのか、大いに疑問だが。
 仲峰司が能力に目覚めたのは五歳の頃だった。
 比較的早い段階で発現し、能力は順調に成長。
 始めは小さなコイン一つを十センチ転移させるだけだったのが、やがて自分自身を移動させることができるようになった。
 その遺伝子に期待され、二人目の同一遺伝子による実験体が製造された。
 モルモットは全員番号で呼ばれ名前はなかったが、実験体の間で戯れにお互いの名前を付け合った。
 自分の名前も他の実験体が贈ってくれた名前だ。
 そして自分と同じ遺伝子によって生み出された、自分の妹とも呼べる存在に、司は美鶴と名付けた。
 美鶴が五歳を迎えた頃、司と同じように最初の能力の覚醒が始まった。
 その力は大きく、劇的に成長し、司と同じように実験体の中ですぐに高ランクに位置付けられた。
 けれども二人は外の世界に憧れた。
 二人で一緒に外の世界を自由に動きたかった。
 その願いが届いたのか、あるいはただの偶然か、ある日、実験施設が別組織から襲撃を受けた。
 その襲撃がいかなる目的だったのか、また組織の正体はなんだったのか、二人は知らない。
 ただ襲撃を利用し、混乱と喧騒を利用して実験体全員で脱走を図った。
 結果、生きて脱出に成功したのは、司と美鶴だけだった。
 自由を得た二人は放浪し、やがて孤児として養護施設に保護された。
 しばらく平穏な日々が続いたが、政府の人間を称する男たちが現れ、二人を引き取った。
 それは別の組織によって運営されている研究所の人間だった。
 二人の記録は最初の実験施設に残っており、そして高度の力を有していたため、その捕獲が重要視されていたのだ。
 そして再び実験の日々が始まった。
 だがその時には、二人の能力は強大に成長しており、駆使活用すれば脱走も逃亡も難しくなかった。
 しかし逃げてもすぐに見つかってしまう。
 そして接触を受け、その場から逃げるか、実験施設に連行されたあと脱走するかのどちらかだった。
 何度、養護施設や仕事を変えたかわからない。
 研究所の人間から逃れるため全国を放浪し、養護施設を転々とし、しかも二人のことは公にできない学会や政府関係者の間で有名になっており、あらゆる組織が捕獲しようと追跡してきた。
 自由は結局どこにもなかった。
 そんな生活が五年ほど続き、逃亡生活に疲れた美鶴を見て、仲峰司はある決意をする。
 自分からどこかの組織に売り込み、そして積極的に実験に協力することで高ランクに位置づけることができれば、高待遇を得られる。
 自分たちは実験体として扱われるが、それは同時に研究所そのものに自分たちを守らせることでもあるのだ。
 交渉のやり方しだいでは職員になることも可能かもしれない。
 安全で安定した生活を手に入れられるかもしれない。
 この考えを実行するに当たり、今まで接触してきた研究組織を調べ、そして金坂大学の関係者だった氷川結城に連絡を入れた。
 元々出世街道に乗り始めていた氷川結城は、二人を連れてきた業績で地位を一気に向上させた。
 その影では仲峰司の暗躍もあった。
 数年後、氷川結城は大学長になり、仲峰兄妹は研究所職員として採用された。
 望んだ人並みの生活を手に入れたのだ。
 傍らでかつての自分たちのように苦しむ実験体を尻目に、自分と妹のために研究所の仕事をこなしてきた。
 時折良心の呵責が起きないでもないが、美鶴と他人を天秤にかければ、答えは決まっていた。
 長い逃亡生活で得た答えは、他者を犠牲にしてでも大切な人を守るということだった。
 一番大切ななにかを守るためなら、他者を犠牲にすることなど厭わない覚悟を決することだった。
 荒城啓次から受信が入る。
「仲峰君、わかったよ。秦港に向かってるんだ」
「秦港? なぜ断定できる」
 方角を考えてのことかもしれないが、決定するには判断不足に思える。
「標的は八号線を直線で走って、もう県境を越えようとしている。今までは街中をぐるぐる回っているだけだったのに。で、少し気になってネットで調べてみたんだ。午前六時に出向する貨物船がある。今からだと余計な回り道ができないんだ。でも、あたしたちも時間の余裕がない。出港されたらもうダメだ。このために時間稼ぎしてたんだよ」
 となると、こちらも全速力で追跡するしか方法がない。
「わかった」
 仲峰司はアクセルを踏み込もうとした時、無線から荒城啓次以外の、小さな声を聞き取った。
「私たちのほうが早く到着する。№32、お前が捕まえなさい」
 それはこちらに聞こえないと思ってのことだったのか。
 しかし仲峰司の耳朶に届いた。
「わかりました」
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