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am01:22~

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   am01:22

 事務所の二階、社長室兼応接室で、松川が舎弟と、いつものように遊戯に興じていると、内線専用の電話機がコール音を鳴らした。
 普段なら突然楽しみを中断してくれたことに苛立つだろうが、電話機から鳴るその音はいつもとは明らかに違った。
「おい。二人、下へ行け」
 松川は舎弟の二人に端的に指示を出す。
 それだけで状況を汲み取り、二人は了承の意を示して首肯すると立ち上がり、一人は事務机の引き出しに入れてあった拳銃を手にし、もう一人のほうは飾りとして壁にかけてあった、しかし本物の日本刀を手にして、社長室兼応接室を出た。
 社長室に残った四人の舎弟も用心して、それぞれ壁の絵の額裏や、ソファの下などに隠してあった拳銃を取り出した。
 そして松川は、掛け軸の裏に隠してあったサブマシンガンを取り出す。
 元警察格闘技官の松川。
 組の中では、ガキの頃に少しばかり喧嘩で鳴らした程度で勘違いして本職に転向したアホどもと違う、真の実力を持った武闘派と、自他ともに認めていた。
 ヤクザという組織は実質的に暴力によって上下関係が決定される。
 その意味では松川はヤクザに適任だった。
 体を鍛えることに至上の喜びを見出し、いくつかの格闘技で段位を保有し、その強さに誰もが一目置かれていた。
 警察に入ったのも、実戦で犯罪者相手に格闘技を試せるからだった。
 やがて格闘技指導官に任命され指導にあたるが、その頃から松川は部下の女性警官に繰り返しセクハラを行い始めた。
 上司はなにかの間違いだと松川を庇う処置を行ったが、それが彼の行為を助長させ、強い人間はなにをしても許されるのだという認識に至らせてしまった。
 何人もの女性警官を暴行し、彼女たちの裸体を映像になどに収め、沈黙を強制し、そして繰り返し欲望の相手をするように脅迫して、終には自殺者が現れた。
 この時点でようやく内部犯罪に警察も重い腰を上げ、松川を処罰した。
 だが内部の腐敗を表ざたにしたくなかった警察は、事件としては扱わず、秘密裏に松川を解雇処分しただけだった。
 被害者の声は、自分たちが玩ばれたことを表ざたにしたいのかと、担当者自身から脅迫めいた言葉で沈黙させられ、松川の暴行事件は強引に有耶無耶にして終わらせられた。
 しかし松川は、一度知った暴力による支配欲求が満足されることの快楽を忘れられなかった。
 道すがら目に留まる女性が現れると尾行し、好機が訪れると暴行する。
 完全なレイプ常習犯となった彼は、そのことに罪悪感など一切なかった。
 逞しい肉体に抱かれることを女は喜ぶのだ。
 だから格闘技で鍛えた自分に抱かれて、本心では喜んでいるはずだと、そう信じて疑わなかった。
 そういった行為を何十回と繰り返した結果、ついに彼の常習犯罪が発覚し逮捕され、裁判にかけられることになった。
 だが彼には反省という概念が完全に欠落しており、暴行した女性の証言を聞くと、いい思いをさせてやったのに恩を仇で返すのか、と罵るほどだった。
 なぜこんな人間が一時期でも警官になれたのか、誰もが疑問に思った。
 だが、有罪確定同然の松川の裁判前に、氷川と名乗る人物が接触してきた。
 調査の結果、格闘技によって鍛えられた肉体と能力を大いに買っていると言い、弁護士をつける話を持ちかけた。
 その弁護士は敏腕として、そして金額しだいでどんな人間でも無罪にすることで悪名高い人物だった。
 条件は、自分の所属する機関の一員となり、部下になること。
 松川は自分が悪いことをしたなどと一切思っていなかったが、しかし有罪が確定的だというのは理解していたので、その話に乗った。
 弁護士は金額分の仕事をこなし、松川は無罪となった。
 それだけではなく、氷川は復讐する機会を松川に与えた。
 告訴した女どもを調査し、その家族を含めて全員拉致し、長時間監禁し、男はサンドバックの代わりにし、女は性欲の捌け口にした。
 松川は、復讐する相手が全員死亡するまで続け、全ての欲求を果たした
 その死体は氷川が処理し、全ての証拠は完全に消された。
 そして氷川の部下になる。
 仕事内容が暴力団系だということは教えられたが、警察とは敵対関係にある組織に対して、松川は寧ろ望むところだと喜んで承諾した。
 復讐を果たさせてくれた恩もある。
 それ以来、氷川の下で働いている。
 組の一員となってからは、押し入りでは先陣を切って入り、組を探る人間が現れれば脅し、あるいは暴行して殺害する。
 やがて功績が認められ、この小さいながらも店を構える金融業を任された。
 融資した相手を脅迫するのも、彼の得意分野だった。
 特に彼が好んだ仕事は、返済のかたに非合法の成人向け販売ビデオの女優として出演させることだった。
 融資した人間の家族に好みの女がいれば、共演男優は勿論松川だ。
 一部の人間は氷川が引き取っている。
 子供を引き取るという名目で、借金のかたに人身売買を行っているらしいが、詳細は知らされていない。
 だが、松川は、これから先は人身売買の仕込みの仕事もしたいと思っているが、今のところ手間暇がかかるという理由でビデオ販売だけにしている。
 だがそのうちそういった商売も始めるつもりだ。
 その時を期待して夢想している。
 松川は他にも、路上で鬱屈した感情を吐き出す場所を求めて徘徊する凶暴な若者や、一攫千金を求める無計画な者、日々を無気力に生き、金さえ渡せばなんでもする考えのない者など、優秀な人材、都合のいい駒を集めた。
 そうして兵力を充実させた松川は、駒を最大限に駆使し、金融業を中心とした様々な非合法的な商売に手を伸ばし、莫大な利益を得ている。
 それに比例して数多くの命が失われ、あるいは地獄のような環境に身を落とすことになったが、それで松川の良心が咎めることは全くなかった。
 強い人間がいい思いをするのは当然であり、弱い人間は踏み躙られて当然なのだ。
 人権だの良心だのと戯言をほざくのは無能で弱い人間だ。
 そして自分は反対側にいる。
 それだけの話だ。
 強い自分が搾取する側にいるのは当然のことなのだ。


   am01:23

 一階の照明は消されており視界が限定されている。
 その暗闇の中で電話機が、受話器の外されている状態を示す明かりが点灯しているが、受話器そのものは階段半ばの位置からは見えない。
 だが、受付付近の床と壁に紅い液体が撒き散らされているのが、暗闇の状態でもわかった。
 松川の舎弟は刀を構え、先頭の拳銃を持つ新入りを促す。
「おい、早く行け」
 背後から恫喝を含んだ声音で急かした。
 先日は入ったばかりのこの新入りは、どうも気が弱い。
 血を見ただけで怖気づいてしまっている。
 それでも背後の自分よりはましと思ったのか、階段を一段一段確認するように下りる。
 敵がいるのが間違いないが、せいぜい二人、多くても三人程度だ。
 武器は音がしなかったことからナイフか、それとも消音器つきの拳銃か。
 新入りの拳銃にも消音器がつけられている。
 市街戦では常識的な装備だった。
 自分たちが派手に音を鳴らせば、無関係の人間に知られ、警察に通報される。
 となると当然敵も同じような仕事をしているのだろう。
 その程度の心得はあるだろうが、たいしたことのない相手だ。
 床が濡れていると滑って転倒する危険もあるにもかかわらず、血を撒き散らすような殺し方をしている。
 殺し屋気取りの素人かもしれない。
 新入りがさらに一段下がる。
 突然、何者かが一階から階段の手すりを飛び越えて新入りの前に踊り出た。
 新入りは反射的に二発発砲した。
 だが、敵は着地寸前に拳銃を持つ腕を花瓶で横殴りに弾き、銃口は標的から大きく逸れて外れた。
 違う、素人じゃねえ。
 刀を持つ舎弟は自分の分析の誤りに気付いた。
 一発でも命中すれば重症を負い、致命傷となりうる拳銃だが、それは命中すればの話だ。
 弾道の位置から外れていれば弾丸は命中することなく、そして弾道は銃口の方向によって決定する。
 敵はそのことを知っており、拳銃を持つ腕を鈍器で殴りつけたのだ。
 理屈はわかっていても実行できる人間は少ない。
 拳銃を向けられる恐怖は計り知れず、素人などはそれだけで竦んでしまいかねない。
「くそ!」
 新入りが距離を取るために、相手を蹴り押そうと足を振り上げた。
 狭い階段では避けるだけの空間の余裕はない。
 だが焦った行動は予想されてしまい、敵は足場の悪い階段で体軸をずらし、蹴りを一足分移動しただけで避けた。
 そして手にする花瓶を新入りの額に叩きつけ、同時に体当たりするかのように密着した。
 頭部への衝撃で一瞬意識が乱れたようだが、若く頑強な男はすぐに回復し、密着している状態の敵の首に腕を回した。
 これだけ接近されると拳銃は役に立たない。
「投げ飛ばせ!」
 新入りに向かって、刀を持つ舎弟は指示する。新入りはテレビで見たプロレス技でも思い出したのか、見よう見まねで階段の向こうへ投げ飛ばそうとしたが、それは決まらなかった。
 密着状態の相手は、右胸の肋骨の隙間に的確にナイフを差し込んだ。
「はう!」
 的確に人体の急所に差し込まれたナイフは、心臓に達し、同時に鼓動が停止し、連動している肺の空気の吸引も止まった。
 血液循環の全てが失われたことで脳への酸素供給もなくなり、精神活動が急速に低下し、三秒後には完全に消失した。
 敵と組み合う新入りの肉体から漲る力が突然なくなったことで、松川の側近は日本刀を逆手に構えて、新入りの懐にいる敵に向かって跳躍した。
 新入りは死んだらしい。
 背後にいたためはっきりわからないが、心臓を突き刺したのは確かのようだ。
 その技を自分にも実行される前に殺す。
 相手に技を使わせる前に倒す。
 それが松川から教えられた戦いの基本だ。
 驚異的な跳躍力で二人の頭上を跳び越え、敵の背後に回り、心臓を一刺し。
 偶然にも新入りが死亡した技と共通の方法を採用したが、それは最後まで行われなかった。
 新入りと敵の頭上を越える寸前、一瞬視界でなにかの煌き捉え、次の瞬間額に衝撃が襲い、バランスを崩した。
 だが体の感覚によって体勢を立て直し、一瞬遅れることになったが、予定通り敵の背後に攻撃を加えようと、着地と同時に日本刀を持つ手を振り上げようとした。
 だが自分の意思とは無関係に、日本刀を持つ右手は攻撃に備えて防御に構えた。
 なんだ?
 おかしな動きを見せる右手から左手に持ち替えようとすると、左手が相手に正拳突きをしようと腰溜めに構えた。
 なんだ?
 左蹴りを放とうとしたが、それより早く右足が蹴りを放とうとしたので、転倒することになった。
 なんだ!?
 自分の体が全く思い通りに動かないことに混乱状態に陥り始め、しかし跳躍の時に衝撃を受けた額の部分から血が流れていることに気付いた。
 額に左手が勝手に動き、だが感触だけは正確に伝わってくるそれから、ナイフの持ち手の部分がなぜか額に張り付いていることがわかった。
 なぜナイフの持ち手だけが真っ直ぐ額に張り付いているのかはわからなかったが。
 そうだ、刃の部分はどこへ行った?
 持ち手があるなら刃はどこへ行った?
 思い当たることがあって、後頭部へ左手を回そうとした。
 だが動いたのは右手だった。
 しかし目的だけは達成できた。
 後頭部から鋭い金属の先端が少し生えていた。
 ナイフの刃の先端だ。
 だがナイフの刃があるなら持ち手はどこへ行った?
 右手が額へ添えて、そして左手が入れ替わりに後頭部へ回そうとしたので、おかしな具合に体が捻れ、仰向けの状態から、うつ伏せの状態になった。
 そういえば、脳は右脳と左脳に分かれていて、普段は無意識にお互いが意志の疎通をしているが、本来は右脳と左脳は別々に独立した意思を持っていて、連結している神経がなんらかの理由で、例えばナイフが額のど真ん中に突き刺さったりして、切断されると、体の左側と右側が勝手に動くんだったか。
 明確に思い出せないが、以前テレビでたまたま見た、人体に関する知識を想起した時には、意識は右脳左脳にかかわらず思考ができないほど低下しており、さらに数秒後にはそれも消失していた。


   am01:25

 背広の男は、奇妙な様子を見せていた、刀を持った男をしばらく観察していたが、数秒でそれも終り、全く動かなくなった二つの人間の生命活動が停止していることを確認すると、二階へ向かった。
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