悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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166・マウントポジション

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 体の上に柔らかい感触が覆い被さっていた。
 羽毛布団のように柔らかく温かく、どこか柑橘類を思わせる良い匂いを纏った感触。
 目を開けてみればそこにあったのは、
「お……」
「あ……」
 宮の整った顔だった。
 目をパチパチとさせて、何が起きたのか分からないって顔を向けてくる。
 だがすぐに、
「あ、ご、ごめんっ!」
「い、いや、こっちこそ!」
 互いに即座に謝り合う。
 体勢は俺が下で宮が上。
 外観的にはちょうど宮が俺の体に重なるように覆い被さっているような形で、エロマウントポジション女性バージョン。
 しかも宮の反応が、戸惑っているというか、どこか恥ずかしがっているようなリアクション。
 顔を赤くして、こっちから目を逸らすようにして俯いてしまっている。
「あ、あー」
 これは正直かなり予想外だった。
 というか想定外な反応。
 俺の予想では、このフレンドリー娘ならきっと、これがどうかしたのかって顔であっけらかんと明るく笑って、
「え、別にこんなのいいっていいってー。ただちょっと押し倒しちゃったりされちゃったりしただけなんだからさー」
 今までの宮のキャラ的に、そういう声が戻ってくると思ったんだけど。
 だが、実際に返ってきたリアクションは、
「……」
「……」
 果てしなく微妙な空気が部屋の中を包む。
 気まずいような、どこか据わりが悪いようななんともいえない雰囲気。
 こ、これはあれだ、温泉の時や、この前の見舞いの時に瞬間発生したものと同じような。
 いや、もしかしたらあの時以上の。
 しかも それだけじゃない。
 今までの似たようなシチュエーションとは決定的に異なる事情。
 それは、
「……」
 な、なんだ。
 なんか宮の表情が違って見える。
 普段よりも女の子っぽいというか、大人っぽいというか、どこか色っぽさを感じさせる妙な気配があるというか。
 うまくは言えないけど、とにかくなんかいつもとは違う変な感じで。
「……」
 心臓がズゴゴンズゴゴーン! と微震を発生させる。
 耳の裏で血管がドゴゴンドゴゴーン! 鳴り響いているのが聞こえる。
 正直どうして良いのか分からない。
 この現状に、どう対処して良いのか分からない。
 それは宮も同じようで、顔を真っ赤にして、俺の上に折り重なったまま、できたての石像のように硬直してしまっている。
 いや、言ってしまえば宮がどくか、俺が動けば、この状況からは簡単に脱却できるんだけど、どうしてだか二人ともそれができなくて。
「……」
 これは本当にどうしたらいいんだろうね?
 体の上、特に腰の辺りに宮の柔らかさを感じながら、混乱した頭を悩ませ続けていて、どのくらいそのままの状態が続いただろう。
 やがて、
「あ、あのさ」
 宮の口から小さく言葉が漏れた。
「な、なんだ?」
「あ、あの、あのさ……」
 一途な表情。
 一生懸命にこっちを見ながら何かを言おうとするものの、だがすぐに何かにためらうかのように、ふるふると真っ赤な顔を振って目を瞑ってしまう。
 いや、本当に何なんだ。
 この触れたら壊れてしまいそうな生まれたての小鳥ちゃんみたいな反応は。
 かつて経験したことのないフレンドリー娘の表情。
 その普段との大きすぎるギャップに戸惑いというか、ほとんど混乱の領域に入っていると、
「あ、あたし……」
 再び宮が口を開いた。
「あたしね、きみの事が……」
「……」
「きみの事が……っ」
 そこで一度言葉を止め、時間にして五秒ほどの沈黙。
 そして何かを覚悟したかのように目を瞑ると、そのまま、その整った顔をゆっくりと近付けてきた。
 俺はおもわずビクンッと反応してしまう。
 これはどういうことなんだ!?
 一瞬にして思考停止状態になる。
 だって、今まで宮とそんな仲や雰囲気になったことなんて一度もなかったのに、ちょっとカラオケで二人っきりになっただけで、なんで一気にここまでの状況になるのか、理解が追い付かない。
 だが、俺の理解度などお構いなしに、眼前にある宮の顔はこっちに傾きながら、少しずつ接近してきている。
 お、俺は、どうすればいいんだ?



 その時だった。
 ガチャリ!
 突然、背後でドアの開く音が聞こえた。
「「!?」」
 同時に感じられる何人かの気配。
 その直後に部屋の中に入ってきたのは……


「すみませーん、遅れました-」
 眞鳥 凪さんが飛び込むように入ってきた。
 眞鳥さんだけじゃない。
 後ろから三バカトリオも。
「いやー、まいったぜ。ギターが川に流されて、回収するのに手間取ってよー。つーか、なんで高畑の巻き添えで小学生にドロップキックかまされなきゃならんのだ」
「まーまー。拙者の念動力で回収できたのであるから、許してくれでござるよ」
「もー、大変だったよ。結構 川の流れが速くてさー」
 そんなことを言っているみんなだが、ふと眞鳥さんが首を傾げ、
「あの、どうして二人ともそんなに離れて座っているんですか? なんか この個室において 可能な限り 距離をとろうとしているかのようなまでの 離れ具合ですよ」
 言えないけど、みんなが入ってくる直前、俺達は熱に反応する形状記憶合金の如く、二人 瞬時に離れて、エロマウントポジションを脱却していた。
「それに、なんだか二人とも顔が赤いですし。なにかあったんですか?」
「なに言ってるの、凪? 別に何もないよ」
「そうだぞ。おかしなことなんてこれっぽっちもない」
 何かあったのかと言われれば、密着状態で顔が接近していたけど、それはまかり間違ってもこの場で発覚させてはならないものだ。
 揃って首を振る俺達に、眞鳥さんは疑惑の視線を向けていたものの、五十嵐が、
「そんなことより早く歌おうぜ。三十分も遅刻したから、時間がもったいね-」
「むー、まあ、そうですね。わかりました。さっそくやっちゃいましょう」
 はしゃぎたい五十嵐のお陰で、助かったようだ。


 こうして、凪との間に発生した奇妙な空気は霧散し、その後はみんなと一緒にカラオケを楽しんだ。
 でも、宮はいったいなんのつもりだったんだ?
 どうして、あんな雰囲気に……
 カラオケをしている間も、そして終わった後も、その事が頭から離れることはなかった。


 続く……
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