悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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165・はかなく

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「じゃあさ、きみに幾つか訊きたいことがあるんだけど、いいかな」
 宮の罰ゲームは、秘密の告白。
「つまり、答えにくい事でも正直に答えなきゃいけないと」
「その通り。黙秘権はなしだからね。
 それじゃあいい? まずは最初の質問。きみの初恋の人の名前は?」
「う……」
 いきなり答えにくい質問だった。
 地味ながら確実に罰ゲームのツボを押さえてきている。
「ほらほらー、どうしたのー。早く吐いちゃえー」
 宮がつんつんと俺の胸を突っつきながら急かしてくる。
 うう、仕方ないか……
「……か……が……」
「えー? なに? 聞こえないよー?」
「上永先生だ……」
「え? 上永先生?」
「実は、そうなんだ。俺の一生の不覚というか、黒歴史だったんだけど、俺が初めて上永先生に会ったのは、高校に入学した直後。担任の紹介が行われたときだったんだけど。
 見た目だけは物凄い美人だったから、見事に騙されてしまった」
「へー、そうなんだ。あ、でも、そんなに意外でもないかなー。上永先生、確かに美人だし」
「美人だとしても中身が。一週間もしないうちに、アレすぎる本性をさらけ出して、俺の初恋は夜空を流れる流れ星の如く、はかなく消え去った」
「んー、でも そっかそっか。なるほどね。きみの初恋の人は上永先生、と」
「じゃあ、次の質問ね。きみは女の子の髪型で、好みってある?」
「え? 髪型?」
「そう、髪型。ツインテールとポニーテール。それとも吉祥院さんみたいなロールを巻いた方が好き?」
 なんか、このフレンドリー娘にしては意外な内容な感じがするな。
 そのことを突っ込んでみると、
「え、そうかな? そんなつもりはなかったんだけど。たまにはそういうことも訊いてみたいなーって思っただけなんだけど……ダメかな?」
「いや、ダメって事はないけど」
 珍しいなと思っただけで。
「あー、で、髪型か。俺、特にこだわりはないなー。なんでも好きだ。っていうか似合っていればなんでも蟻だと思う。
 宮だって、今のツインテールも良いと思うし、写真で見た昔のポニーテールも良かったし。
 うん、どっちも似合ってると思うぞ」
 その答えに宮は、つつと目を逸らして、
「その答えは、ずるいと思う……」
 なにやら小さな声でもにょもにょと呟いていた。
「なんでもない。じゃあ、もうこれはいいや。次の質問に……」
「待ってくれ。質問は幾つ続くんだ」
「え?」
「質問の数だ。いくらなんでも無制限ってのはきりがないだろ」
「あ、それもそっか。うん、そうだよね。分かった、だったら、次の質問で最後にするね」
「ああ、そうしてくれると」
「うん。……あのさ、ちょっと変なこと訊いたりしても良いかな?」
「それは、聞いてみないことには」
「そう。じゃあね……」
 そこで一度言葉を止めると、何かを決意するように、俺の顔を真っ直ぐに見て、


「あのさ、きみって、今、ラブい人とかはいるの?」


「……は?」
「だ、だからラブい人だよ。何て言うか、その、気になる人っていうか、好きな人って事で。
 あ、別にそんな深い意味はないんだよ。ほら、きみとはあんまりそういう話ってしたことがなかったから、ちょっと興味あるなーって」
 ぶんぶんと物凄い勢いで顔の前で両手を振ってそう言ってくる。
「あ、ん、ああ……」
 まあ、そこまで慌てて釈明しなくても分かってるけど。
 うーん、好きな人……か。
 それはもちろん友達として好きとか、家族として好きとかの、好きじゃなくて、異性として、男女としての好きって事なんだよな。
「……」
 真っ先に思い浮かんでくるのは当然、麗しの高貴なる令嬢。
 セルニア。
 今頃は、スリーピースプロダクションの事務所でにゃーにゃーとレッスンを受けている、吉祥院家長女。
 それ以外には、今のところ考えられない。
 だが、それも、こうハッキリ言われると、急に分からなくなってしまった。
 いや、分からないというか、心の中の大きな部分を占めているのは、セルニアであることは間違いない。
 そういった質問に対する回答の候補に、一番に上がるのはセルニアであるのは間違いないのだけれど、俺自身、それまで誰かを好きになったという経験がなかった。
 それこそ初恋の上永先生だとか、中学の時に、隣の席の女子が気になっただとか、そういうレベルで。
 だから今のこれが本当の意味で、宮が言っている好きと同じものを指しているのかが、分からない。
 だから、ハッキリとそれを明言しても良いものなのか……
「……」
 分からない。
 分からないというか、現段階では答えを出しようがないというか。
 俺、セルニアの事、本当はどう思っているんだ?
 返答ができずに沈黙してしまっていると、目の前の宮が下を向いたまま、小さな声で、
「……やっぱり、吉祥院さんなのかな……」
「え?」
 今、なんて言った?
「あ、や、やっぱりいいや! 今の質問はなし!」
「え?」
「なしっていうか、撤回! 忘れて!」
 慌てたように両手を振りながら、その場で立ち上がろうとして、
「あっ……」
 その足がテーブルの重心台に引っ掛かり、反動でぐらりとバランスを崩す。
「宮!」
 慌てて手を伸ばして助けようとするものの、俺も不安定な体勢から半ば無理やりに支えたため、まともな姿勢を維持できず、
「ぬおっ!」
「きゃあっ!」
 そのままふたりして、もつれ合うようにソファに倒れ込んだ。
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