悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

文字の大きさ
上 下
154 / 168

154・合格通知

しおりを挟む
 二月の頭のとある土曜日の午後。
 俺はセルニアの部屋へと来ていた。
「それでは、開きますわよ」
 緊張した面持ちで隣のセルニアが確認を取ってくる。
 目の前にあるのは、とある一冊の雑誌。
 拍子にはデカい観覧車の下で、洒落た感じの外国人カップルが爽やかに笑い合っている写真が使われている。
「な、なんだか緊張しますわね。どこのページに載っているのでしょうか?」
「目次を見てみよう。特集がどうのとか言っていたし」
「あ、そうですわね」
 これは言うまでもなく、先日アミューズメントパークに参加したときのナンバーである。
 なんでも昨日見本誌が届いたとのことで、一緒に見ないかとセルニアに誘われて、部屋まで来たというわけなんだけど。
「えーと、目次の、あ、ありました。今月の特集、デートで行くアミューズメントパーク。ここですわね」
「ああ、たぶんな」
「どうなっているのでしょう。どきどきしますわ」
 宝くじの当選発表を見るような表情でセルニアがページをめくろうとして、
「あら、お兄さま、来られていたのですか」
 そんな声が背後からいきなりかけられた。
 見ればそこには、きれいな着物姿の将来 大和撫子 間違いなし、ただしむっつりの湖瑠璃ちゃんと、猪鹿蝶 晶さん、伊藤 春樹さんがいた。
「いつから来ていたのですか? 来ているならわたくしにも声をかけてくだされば良いのに。
 おや、二人でお洒落な感じの雑誌を読んで、何をしているのです。
 もしかして、次のデートのチェックとかですか?」
 ニコニコ笑顔の湖瑠璃ちゃん。
「あー、いや、これはだな」
「えっとですね、その」
 意味ありげな目を向けてくる湖瑠璃ちゃんから雑誌を隠す。
 イベントに参加して写真とかを撮って貰ったことは、一応二人だけの秘密にしておこうと言うことになっている。
 あれだ、曲がりなりにも二人だけのデートの記録であるわけだし。
 幸いというか、湖瑠璃ちゃんはそれには気付かなかったようで、
「うふふ、ようやくお兄さまにも甲斐性がわかるようになったのですね。
 でも、もうちょっとでしょうか。前にも言ったと思いますが、こうゆうのを二人で見るときはベッドの上で見なきゃダメですよ。
 ほらほら、座ってください」
「お、おいおい」
「えっと」
 そんなことを言いながら、俺とセルニアの背中を押してベッドの端に座らせる。
 そしてなぜかそのまま、子ネコのように俺の膝の上に、ころん、と仰向けに寝っ転がってきた。
「えへへ、お兄さまのお膝です」
「お、おい」
 いきなり甘えてきたな。
「これくらい別に良いではありませんか。お兄さまとは夜の学校で二人きりで逢い引きした仲なのですから」
 イタズラっぽく笑いながらそんなことを言ってくる。
「あれは違うって、明らかに」
「まあまあ、細かいことは気になさらないでください。
 わあ、お姉さまのお膝もふわふわです。暖かくて良い匂い」
「セシリア」
 そんなことを言いながら、湖瑠璃ちゃんは楽しげに俺とセルニアの膝の上をゴロゴロと行ったり来たりする。
 やれやれ、可愛い妹候補だな。


 そして、湖瑠璃ちゃんたちは、お茶を入れるために部屋から出ていったのを確認して、俺は一息つく。
「すみません。セシリアったら、あなたがいらっしゃると甘えてしまって」
「いや、大丈夫だ。全然構わないから」
 すまなさそうに頭を下げてくるセルニアに、俺は首を振る。
 湖瑠璃ちゃんに遊ばれている感じがするけど、まあ結局膝の上でゴロゴロされただけだし、なんだかんだで懐いてくれての行動だから、悪い気はしない。
「それより、今のうちに雑誌を見ないか。また湖瑠璃ちゃんたちが戻ってくると色々忙しいだろうから」
「そうですわね。それでは」
 うなずいて、セルニアは雑誌を膝の上に広げた。
 一瞬の静寂。
 次の瞬間、思い切ったかのように「えい」という掛け声とともに、件の特集ページを開く。
 そこには、
「お」
「あ」
 輝くような、セルニアの笑顔だった。
「本日のベストショット」
 と銘打たれた、ページの中でも一番目立つ場所に配置されている、とびっきりの笑顔。
 それがいつ撮られた物であるかは、どうも思い当たるフシがないんだけど、間違いなくセルニアの魅力を最高に引きだしている一枚だ。
 ちなみに同じ写真の中で、俺の顔面は端っこで見切れていたが、まあ、それは気にしないでおこう。
「スゴいよ。なんていうか、キレイだ」
 思わずそう漏らすと、セルニアは首を振って、
「い、いえ、そんな。でもこんなに素敵に撮っていただいていたなんて思いませんでしたわ」
 胸に手を当てて感激したように、息を吐く。
「とても感動ですわ。水原さんに感謝しませんと」
「水原さんか」
 考えてみれば、あの人もなんだかよくわからない人だな。
 大晦日やアミューズメントパークと、接触回数は多いけど、結局なにがしたかったのかは不明だった。
 そんなことを考えていると、
「あ、そういえば、水原さんと言えば、あれからも何回かお会いしましたわ」
「え?」
「ここ最近のことなのですが、お稽古先によくいらしていましたわ。
 乗馬やピアノ、ダンスにフェンシング。
 なんでもまた取材をしているとのことで、写真などを撮っていらしたみたいです。
 偶然ってある物ですわね」
「……」
 それ、本当に偶然か?
 俺が本当に頭を捻らせていると、
「でも、こんなに笑えているのは、あなたがいてくれたからだと思いますわ」
 とセルニアがぽつりと言った。
「わたしが笑顔でいられる理由です。
 もちろん水原さんやカメラマンさんたちの力もあると思いますが、でも一番大きいのは、あなたが側にいてくれたことですわ。
 あなたが近くに立っていてくれたから、隣で優しく見守っていてくれますから、わたくしはこうやって笑えていたのですわ。
 それは、九ヶ月前のあの時から、わたくしの秘密を共有したときから変わりませんわ」
「セルニア……」
「だから……」
 セルニアは、そこでこっちの手を握ってきて、
「だから、そ、その、わたくしは、これからも、あなたがいいです。できれば、ずっと、これからもわたくしを笑顔でいさせてくださいな」
 最後の方はほとんど消えてしまいそうな声だった。
「セルニア」
 思わず握られた手を握り返す。
 細くて小さな手。
 そしてその先には、頬を赤くして少しだけ目を潤ませた、セルニアの整った顔が合った。


 イケる。
 今日こそ、邪魔さえ入らなければ、最後まで行ける。
 邪魔が入る前に、俺はやるんだ!
 イッくぞー!


 と、その時だった。
「お姉さま! 大変です!」
 当然の如く邪魔が入った。
 なぜにいつも邪魔が入るんだ。
 シクシク。
 ドアを開けて入ってきた湖瑠璃ちゃんは、転がるように俺達の所へ。
 俺はとりあえず、
「どうした? なにかあったのか? そんなに慌てて」
「お兄さま! どうしたもこうしたもありません! いいからこれを見てください!」
 湖瑠璃ちゃんの手に握られていたのは、封筒と紙。
 そこに書かれていたのは、


 アイドルオーディション合格通知。


「え? オーディション合格通知って書いてあるんだけど、これってまさか、セルニアがアイドルになるってことなのか!?」


 続く……
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...