悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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153・お赤飯

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「どうだい? 元気にしてたかな、宮。お父さんもう心配で心配で……」
「お、お父さん!」
 宮が驚いたように声を上げる。
 お父さん、ってことは、この人が球竜家の父なのか。
「どうしたのこんな時間に!? いつもは十時より早く帰ってくることなんてなかったのに」
 宮のその言葉に、
「どうしたもこうしたも、宮がこんな状態で仕事なんか出来るわけないじゃないか。仕事は持ち帰りにしてもらって帰ってきたんだよ。
 それより、ちゃんと安静にしてたか? ご飯とかはどうした? 栄養ドリンクとかもたくさん買ってきたから、これを飲んで早く元気に……ん?」
 と、そこで言葉が止まった。
 レンズ越しに不審がるような視線が俺の方に注がれる。
「あー、えーとですね」
 これはどう説明すれば良いんだろう?
 夜遅くの高校生の娘の部屋でサーターアンダギーを食べている男。
 しかも目の前には、両手を胸に当てながら少し目を潤ませた娘の姿。
 客観的には、明らかにゴミ虫の類いに思われても仕方がないというか、怒鳴られて叩き出されても文句は言えないような、なんかそんな感じの状況。
 しかし、球竜父の反応は、
「ええと、きみは……あ、もしかして宮の恋人とかかな?
 初めまして、わたしは宮の父で球竜良幸です。
 いやあ、宮にそんな人がいたとは知らなかったなあ。だったら、今晩はお赤飯を炊かないと。あれ、こういう場合はお寿司とかの方が良いんだったけ?」
「お父さん!?」
「それならそうと言ってくれれば良いのになあ。あ、ひょっとしてお父さん、おじゃまだったかな?
 ごめんごめん。すぐに退散するから。だめだな、ついつい出しゃばっちゃって」
 ペコペコと頭を下げながらそんなことを早口でまくし立てる。
「ち、違うの! 彼はそういうのじゃなくて、あ、あの」
「あ、大丈夫だよ。お父さんのことは気にしなくていいから。そうかそうか、でも宮もそういう年頃から。月日が経つのは早いって言うけど、お父さんも歳を取るわけだねぇ。ちょっとだけ寂し気分だなぁ」
「だから……」
「あの、一つだけ確認しておくんだけど。
 ……避妊はちゃんとしたよね?」
「お父さんは黙ってて!」
 ベッドの上の宮から枕を思いっ切りよく顔面に投げつけられ、球竜父はようやく沈黙した。



「ごめんね、なんか最後の方に変なことになっちゃって」
 玄関先で宮が顔を赤くしたままそう言った。
「もう、ほんとに恥ずかしいんだから。お父さん、あたしたち姉妹のことになるといっともあんな感じに、周りのことがあんまり見えなくなっちゃうんだよ。それで……」
「いや、大丈夫。なんて言うか、娘さん思いの良いお父さんって感じで……」
 俺の言葉に宮は苦笑いして、
「気を使ってくれなくって良いって。ああいうのを親バカって言うんだから」
 あの後、宮が状況を説明して、ようやく球竜父は理解してくれた。
「あ、ああ、なるほど。娘のクラスメイトなんだね。それでお見舞いと看病をしてくれていたと。そうなんだ、どうもありがとうね。良い友達がいてくれて椎名は幸せだなぁ。
 どうかこれからも仲良くしてやってください」
 と、こっちが恐縮するくらい、何度も頭を下げてきたのだった。
 で、その後も、
「あ、どうせなら夕食を食べていったらどうかな? なんなら寿司の出前でも取るのもありだし……」
 との誘いを受けたけど、さすがに時間も時間だったので丁重にお断りした。
 そして今は見送りのために宮が玄関まで来てくれている。
「それより、足は大丈夫なのか? ここまで送ってくれなくても良かったんだが……」
「うん、さっきよりもだいぶ良い感じだよ。もともとそこまで大げさな物じゃなかったのもホントだし、君のお陰でかなり良くなった感じかな」
 ウィンクしてあははと笑う。
 その見ているだけで、こっちの気持ちも明るくなってくるような笑顔は、いつものフレンドリーな宮で、どうやらわだかまりはだいぶ消えてくれたみたいだ。
 少し安心していると、
「でも、君で良かった」
「え?」
「さっきのこととか、嬉しかったよ。君の気持ちって言うか、心が伝わってきて、変に意識してたのがバカみたいになっちゃった。きっと君なら、そんなふうに構えたりしなくても、普通に接していればちゃんと答えてくれる。そう思えたから」
「なんのこと?」
「あ、いいのいいの、それはこっちのことだから」
 顔の前で両手をふるふると振る。
 まあ、そう言うんなら、良いんだけど。
「それじゃ、そろそろ帰るよ。今度こそまたな」
「うん、また明日、学校でね」
 ちょこんと経つ宮に手を振ってドアへと足を向けようとして、
「あ、待って。ほっぺにサーターアンダギーのかすがついてるよ」
 そう呼び止められた。
「え、どこだ?」
「その右の辺り。良かったら取ってあげるから、ちょっとしゃがんでくれるかな」
「ああ、お願い、頼むよ」
 そう言って、少しだけ身をかがめる。
 その瞬間。
 ちゅっ。
 なにか、指でないものすごく滑らかで柔らかな感触の物がタッチした。
「……」
「……」
「……宮?」
「もうとれたよ。何もついてないから」
「あ、ああ、ありがと。でも、今のは……」
 なにがなんだかわからない俺に、宮は少し目を逸らしつつ頬を赤くしてこう言ったのだった。
「大丈夫。これは、二回目だから」
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