151 / 168
151・ポニーテール
しおりを挟む
「あ、ごくろうさま」
台所から戻った俺を迎えてくれたのは、宮のそんな言葉だった。
「流し台、けっこう狭かったと思うけど、お鍋とか平気だった。洗いにくかったりとかしなかったかな?」
「別に大丈夫だった。うちもあれくらいだし。それより乾燥機を一時間でセットしておいたんだけど、それで良かったかな」
「そこまでしてくれたんだ。洗ってくれるだけでも充分だったのに。さすがっていうか、。ホント気が利くよね。ありがと」
それはいつもと変わらぬ最上級にフレンドリーなノリで、さっきまでの様子は見当たらない。
よくわからないけど、あの奇妙な空気というか雰囲気は一時の偶発的な現象だったのだろうか。
熱帯雨林地域のスコールみたいなもんで、発生時のインパクトは強烈だが長くは続かないとか。
真偽は不明だけど、事態は解決したみたいだし、深く考えても仕方がない。
なので、俺もなるべく意識せずに普段通りに接することにした。
「でね、眞鳥さんって、カラオケで意外にヘビメタとか歌う派でね」
「堅物の委員長がヘビメタとは」
交わされるそんな何でもない会話。
それは他愛のない日常話で、いつも通りの気安いものだった。
「そうだ、カラオケと言えば、この前出た、エンジェルプリンスの新曲ってもう聴いた?」
「いや、まだ。もう出てるのか」
「うん、まろうどミラーチューン。先週の水曜日に発表。凄くいい曲だよ。今回は割とハードな感じなんだけど、それはそれでまた新しい方向性って言うか。良かったら聴いてみる?
今、コンポに入ってるはずだから」
「ああ、お願いするよ」
「えっと、リモコンはっと」
ベッド横のリビングボードに置いてあったリモコンらしきものを宮が操作する。
微かな稼働音とともにコンポが起動して、スピーカーからメロディが流れ出した。
「おぉ……」
「どうどう。いい感じじゃない」
心地よく響く歌声。
今までの曲風とは少し違った感じで、それでも根底に流れているものは共通しているのか、すんなりと耳に入ってくる。
「確かにいい感じ」
「でしょ? 君なら絶対気に入ると思ったんだー」
嬉しそうに宮は笑顔を見せる。
「やっぱり君とは曲の趣味が合うのかもね。好きなアーティストとかもかぶってるし、考えてみれば、君と初めて寄り道したのも、エンジェルプリンスのCDを買いに行った時だったんだよね」
「ああ、そういえば」
少し前に文化祭の実行委員会を一緒にやっていた頃。
宮が販売されたばかりの新曲アルバムを買いたいと、店に案内したんだ。
「確かあれって、あたしがこっちに転校してきてすぐだったかな? ってことは、あれからもう半年か。早いな-」
ちょっと遠くを見るような目になる宮。
「考えてみると色々あったよねー。文化祭もそうだし、クリスマス前の買い物とか初もお出とか、この前の温泉旅行とか。っていうか、そもそも君と初めて会ったのなんて、ロンドンだしね」
「そうだったな」
宮と知り合ってからのこの半年は、本当に様々な出来事が満載だった。
次から次へと色々なイベントが押し寄せてきた感じで、ある意味忘れられない六ヶ月だっただろう。
「でも、ほんとはね、最初は結構 不安だったんだよ」
宮がぽつりと言った。
「こっちに転校してきたとき。あたし転校って言うか、沖縄から出ること自体初めてだったし。本土の人ってどうなんだろうとか色々考えちゃって。だから初めて登校した日、君がたまたま同じクラスにいてちょっとホッとしたりもしたんだよ」
「そうなのか」
「うん、おかげでやっと自分らしくなれたって言うか、安心できた感じかな」
そんな裏事情があったのか。
このフレンドリーでアウェー感を匂わせない雰囲気からは、そう言った様子は微塵も感じられなかったんだが。
すると宮はこっちをジーと見て、
「あー、なんか疑ってる? そんなことあるかーって目してるよ」
「いや、そういうわけじゃ」
「えー、怪しいなー。どうせあたしは、どんなとこでもお家気分でやっていける能天気なお気楽娘とか思ってんじゃないのー?」
からかうように俺の額を指でつんつんとついて、見事に図星もついてくる。
湖瑠璃ちゃんといい、女はそういう勘が鋭いな。
俺が顔に出すぎているだけかもしれないけど。
俺はコホンと咳払いをすると、少し話題を変えて、
「転校と言えば、宮はこっちに来る前はどんなんだったんだ?」
「え?」
「沖縄に住んでたって行ってたよな。向こうではどんな感じだったんだ?」
それは話題転換のためになんとなく訊いてみたことだが、実際興味のある話だった。
考えてみれば俺はこっちに転校してくる前の宮のことはほとんど知らない。
わかっていることと言えば、ピアノをやっていてロンドンのコンクールに出場してたってことくらい。
あとは確実に沖縄を誇りにしていることだろうか。
その質問に宮もうなずいて。
「そっか、そう言われてみれば、あんまりあっちのことって離したことがなかったよね。
別に隠してたってわけじゃないんだけど、改めて話す機会もなかったからなー。
んー、何から話したらいいんだろ……あ、そうだ、写真とかあるけど見る?」
「ホントか?」
「うん、そんなにたくさんはないんだけど。えっと、確かこの辺に……」
そう言って宮は、ベッドのすぐ脇にある小棚の引き出しから、アルバムを取り出した。
「今あるのだと、だいたいこれくらいかな」
「おお」
小さな箱に入った数冊のミニアルバム。
「大きなアルバムとか卒業アルバムとかは、さすがに実家においてきちゃったから、そんなにたくさんはないんだけど」
そうは言うものの、それでもけっこうな量である。
「見ていいの?」
「どうぞ、大丈夫」
宮がうなずくのを確認して、アルバムをめくっていく。
「お、これ宮か?」
最初のページでさっそく昔の宮を発見した。
今よりも少しだけ、子供っぽい表情でピースサインとともに、にっこりと笑っている姿。
その活発でフレンドリーな雰囲気は、現在の宮のままだが、今と一つ違うのは、
「宮、昔は髪型違うんだな」
「うん、そうだよ」
写真の中の宮はポニーテールだった。
ずいぶん見た目の印象が違った。
「高校入学を機に、髪型変えてみたんだ。三月の下旬くらいだったかな。色々試してみて、今はツインテールに落ち着いた」
今のツインテールを見慣れていると、ポニーテールはまた違った雰囲気が在っていい感じだ。
しかしまたなんで髪型を変えたんだろう?
失恋とか?
いや、失恋なら普通髪を切るとかだよな。
でも、今は髪を切るんじゃなくて髪型を変えるとか?
俺が考えていると、宮は慌てた様子になって、
「いや、何考えてるの。失恋とかじゃないよ。
ただ、高校入学で気分を変えたいなーって思っただけで。特に深い意味はないんだよ」
なぜか焦ったように、ぱたぱたと両手を動かす。
「いや、俺、そんなこと一言も言ってないって」
「考えてた顔してたー」
やっぱり俺、顔に出やすいんだな。
そして宮は小声で、
「……だって、こんな気持ちになったのは、君が初めてなんだもん……」
なにかを言ったが、小さくてよく聞こえなかった。
「とにかく、大したことじゃないんだよ。気にしないで」
「あ、ああ、うん」
よくわかんないけど、そういうことらしい。
とにかく、写真閲覧を続行していく。
「これは中学の頃の写真か」
「あ、そうだね。中二の秋くらいのやつだ。懐かしいな-」
「こっちのブレザーを着てるのは……」
「それは向こうの高校の頃のかな。公立校だったんだよ。ちなみに一緒に写っているのは、友達の舞葉と華ちゃんって言うんだー」
そんな感じにアルバムを見ていった。
写真はだいたい中学入学からこっちに転校してくる直前までのもので、それぞれ多彩なラインナップが揃っていたため、見ていて飽きなかった。
「あ、それでこっちの写真は中三の頃に、家族でお花見に行ったときのでね-。
弟たちが桜に登ったりしちゃって大変だったんだよ。
そっちには妹も写ってるかな」
「さすがに姉妹だけあって、宮に似てる感じだな」
繰り広げられるそう言った楽しげな会話。
気付けば、
「ん、おお、もうこんな時間だ……」
鍋焼きうどんを終えてからずいぶんと時間が経過していた。
窓の外ではとっぷりと日が落ちて、イカスミのような暗闇に包まれている。
「ついつい長居しちゃったな。さすがにそろそろ帰らないとまずいな」
「え、そう……なの?」
「ああ、いいかげん時間も時間だしな」
「そっか……」
椎名の声がちょっとだけ沈んだ感じになる。
「あ、でも、しょうがないよね。君にだってなにか用事とか合ったりもするだろうし……」
「いや、俺は全然ヒマなんだが」
家でやることといえば、姉たちへのえさやりくらいである。
だがさっきも言ったが、そもそもお見舞い目的で気体状、へたにダラダラ居座って逆に宮に迷惑をかけることになったら、何をしに来たんだかわからなくなってしまう
それを告げると、宮は首をブンブン振って、
「あたしは大丈夫だよ!」
「え?」
「あたしは全然 大丈夫! 迷惑なんてことはこれっぽっちもないって! それどころかまだ一緒に居て欲しいっていうか……」
「え?」
そこで 宮はなにかに気付いたかのようにはっとした顔になって、
「あ、ご、ごめん、何言ってるんだろ、あたし。君にだって都合があるのに」
「……」
「えっと、ごめん、今のは忘れてくれるかな、あ、あははは……」
頭の後ろに手を当てながら笑う。
その、どこか寂しそうな様子に、少し前の宮の言葉が思い出された。
なんかいいね、こういうのって。
ご飯の時に一人じゃなくて、誰かが一緒に居るのって。あたしいつも一人だから。
こっちに来てからは、こうやって誰かとご飯を食べるのは久し振りなんだけど、やっぱり一人で食べるよりずっとおいしいね。
本人はなんともなしに言っていたそれらの言葉。
普段の明るくフレンドリーな表情からは、まったく窺い知れないけれど、もしかしたら心の内では本当は宮は寂しい思いをしているのかも。
だったら……
「もう少し、いても大丈夫か?」
「え……?」
「やっぱり帰るのはもう少し後にしようと思うんだ。今日はまだなんとなく話をしていたい気分なんだ」
俺のその言葉に宮は少しの間パチパチと瞬きをして、
「うん! もちろんだよ!」
満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
そういうわけで、もう少しだけ球竜宅に滞在することになった。
台所から戻った俺を迎えてくれたのは、宮のそんな言葉だった。
「流し台、けっこう狭かったと思うけど、お鍋とか平気だった。洗いにくかったりとかしなかったかな?」
「別に大丈夫だった。うちもあれくらいだし。それより乾燥機を一時間でセットしておいたんだけど、それで良かったかな」
「そこまでしてくれたんだ。洗ってくれるだけでも充分だったのに。さすがっていうか、。ホント気が利くよね。ありがと」
それはいつもと変わらぬ最上級にフレンドリーなノリで、さっきまでの様子は見当たらない。
よくわからないけど、あの奇妙な空気というか雰囲気は一時の偶発的な現象だったのだろうか。
熱帯雨林地域のスコールみたいなもんで、発生時のインパクトは強烈だが長くは続かないとか。
真偽は不明だけど、事態は解決したみたいだし、深く考えても仕方がない。
なので、俺もなるべく意識せずに普段通りに接することにした。
「でね、眞鳥さんって、カラオケで意外にヘビメタとか歌う派でね」
「堅物の委員長がヘビメタとは」
交わされるそんな何でもない会話。
それは他愛のない日常話で、いつも通りの気安いものだった。
「そうだ、カラオケと言えば、この前出た、エンジェルプリンスの新曲ってもう聴いた?」
「いや、まだ。もう出てるのか」
「うん、まろうどミラーチューン。先週の水曜日に発表。凄くいい曲だよ。今回は割とハードな感じなんだけど、それはそれでまた新しい方向性って言うか。良かったら聴いてみる?
今、コンポに入ってるはずだから」
「ああ、お願いするよ」
「えっと、リモコンはっと」
ベッド横のリビングボードに置いてあったリモコンらしきものを宮が操作する。
微かな稼働音とともにコンポが起動して、スピーカーからメロディが流れ出した。
「おぉ……」
「どうどう。いい感じじゃない」
心地よく響く歌声。
今までの曲風とは少し違った感じで、それでも根底に流れているものは共通しているのか、すんなりと耳に入ってくる。
「確かにいい感じ」
「でしょ? 君なら絶対気に入ると思ったんだー」
嬉しそうに宮は笑顔を見せる。
「やっぱり君とは曲の趣味が合うのかもね。好きなアーティストとかもかぶってるし、考えてみれば、君と初めて寄り道したのも、エンジェルプリンスのCDを買いに行った時だったんだよね」
「ああ、そういえば」
少し前に文化祭の実行委員会を一緒にやっていた頃。
宮が販売されたばかりの新曲アルバムを買いたいと、店に案内したんだ。
「確かあれって、あたしがこっちに転校してきてすぐだったかな? ってことは、あれからもう半年か。早いな-」
ちょっと遠くを見るような目になる宮。
「考えてみると色々あったよねー。文化祭もそうだし、クリスマス前の買い物とか初もお出とか、この前の温泉旅行とか。っていうか、そもそも君と初めて会ったのなんて、ロンドンだしね」
「そうだったな」
宮と知り合ってからのこの半年は、本当に様々な出来事が満載だった。
次から次へと色々なイベントが押し寄せてきた感じで、ある意味忘れられない六ヶ月だっただろう。
「でも、ほんとはね、最初は結構 不安だったんだよ」
宮がぽつりと言った。
「こっちに転校してきたとき。あたし転校って言うか、沖縄から出ること自体初めてだったし。本土の人ってどうなんだろうとか色々考えちゃって。だから初めて登校した日、君がたまたま同じクラスにいてちょっとホッとしたりもしたんだよ」
「そうなのか」
「うん、おかげでやっと自分らしくなれたって言うか、安心できた感じかな」
そんな裏事情があったのか。
このフレンドリーでアウェー感を匂わせない雰囲気からは、そう言った様子は微塵も感じられなかったんだが。
すると宮はこっちをジーと見て、
「あー、なんか疑ってる? そんなことあるかーって目してるよ」
「いや、そういうわけじゃ」
「えー、怪しいなー。どうせあたしは、どんなとこでもお家気分でやっていける能天気なお気楽娘とか思ってんじゃないのー?」
からかうように俺の額を指でつんつんとついて、見事に図星もついてくる。
湖瑠璃ちゃんといい、女はそういう勘が鋭いな。
俺が顔に出すぎているだけかもしれないけど。
俺はコホンと咳払いをすると、少し話題を変えて、
「転校と言えば、宮はこっちに来る前はどんなんだったんだ?」
「え?」
「沖縄に住んでたって行ってたよな。向こうではどんな感じだったんだ?」
それは話題転換のためになんとなく訊いてみたことだが、実際興味のある話だった。
考えてみれば俺はこっちに転校してくる前の宮のことはほとんど知らない。
わかっていることと言えば、ピアノをやっていてロンドンのコンクールに出場してたってことくらい。
あとは確実に沖縄を誇りにしていることだろうか。
その質問に宮もうなずいて。
「そっか、そう言われてみれば、あんまりあっちのことって離したことがなかったよね。
別に隠してたってわけじゃないんだけど、改めて話す機会もなかったからなー。
んー、何から話したらいいんだろ……あ、そうだ、写真とかあるけど見る?」
「ホントか?」
「うん、そんなにたくさんはないんだけど。えっと、確かこの辺に……」
そう言って宮は、ベッドのすぐ脇にある小棚の引き出しから、アルバムを取り出した。
「今あるのだと、だいたいこれくらいかな」
「おお」
小さな箱に入った数冊のミニアルバム。
「大きなアルバムとか卒業アルバムとかは、さすがに実家においてきちゃったから、そんなにたくさんはないんだけど」
そうは言うものの、それでもけっこうな量である。
「見ていいの?」
「どうぞ、大丈夫」
宮がうなずくのを確認して、アルバムをめくっていく。
「お、これ宮か?」
最初のページでさっそく昔の宮を発見した。
今よりも少しだけ、子供っぽい表情でピースサインとともに、にっこりと笑っている姿。
その活発でフレンドリーな雰囲気は、現在の宮のままだが、今と一つ違うのは、
「宮、昔は髪型違うんだな」
「うん、そうだよ」
写真の中の宮はポニーテールだった。
ずいぶん見た目の印象が違った。
「高校入学を機に、髪型変えてみたんだ。三月の下旬くらいだったかな。色々試してみて、今はツインテールに落ち着いた」
今のツインテールを見慣れていると、ポニーテールはまた違った雰囲気が在っていい感じだ。
しかしまたなんで髪型を変えたんだろう?
失恋とか?
いや、失恋なら普通髪を切るとかだよな。
でも、今は髪を切るんじゃなくて髪型を変えるとか?
俺が考えていると、宮は慌てた様子になって、
「いや、何考えてるの。失恋とかじゃないよ。
ただ、高校入学で気分を変えたいなーって思っただけで。特に深い意味はないんだよ」
なぜか焦ったように、ぱたぱたと両手を動かす。
「いや、俺、そんなこと一言も言ってないって」
「考えてた顔してたー」
やっぱり俺、顔に出やすいんだな。
そして宮は小声で、
「……だって、こんな気持ちになったのは、君が初めてなんだもん……」
なにかを言ったが、小さくてよく聞こえなかった。
「とにかく、大したことじゃないんだよ。気にしないで」
「あ、ああ、うん」
よくわかんないけど、そういうことらしい。
とにかく、写真閲覧を続行していく。
「これは中学の頃の写真か」
「あ、そうだね。中二の秋くらいのやつだ。懐かしいな-」
「こっちのブレザーを着てるのは……」
「それは向こうの高校の頃のかな。公立校だったんだよ。ちなみに一緒に写っているのは、友達の舞葉と華ちゃんって言うんだー」
そんな感じにアルバムを見ていった。
写真はだいたい中学入学からこっちに転校してくる直前までのもので、それぞれ多彩なラインナップが揃っていたため、見ていて飽きなかった。
「あ、それでこっちの写真は中三の頃に、家族でお花見に行ったときのでね-。
弟たちが桜に登ったりしちゃって大変だったんだよ。
そっちには妹も写ってるかな」
「さすがに姉妹だけあって、宮に似てる感じだな」
繰り広げられるそう言った楽しげな会話。
気付けば、
「ん、おお、もうこんな時間だ……」
鍋焼きうどんを終えてからずいぶんと時間が経過していた。
窓の外ではとっぷりと日が落ちて、イカスミのような暗闇に包まれている。
「ついつい長居しちゃったな。さすがにそろそろ帰らないとまずいな」
「え、そう……なの?」
「ああ、いいかげん時間も時間だしな」
「そっか……」
椎名の声がちょっとだけ沈んだ感じになる。
「あ、でも、しょうがないよね。君にだってなにか用事とか合ったりもするだろうし……」
「いや、俺は全然ヒマなんだが」
家でやることといえば、姉たちへのえさやりくらいである。
だがさっきも言ったが、そもそもお見舞い目的で気体状、へたにダラダラ居座って逆に宮に迷惑をかけることになったら、何をしに来たんだかわからなくなってしまう
それを告げると、宮は首をブンブン振って、
「あたしは大丈夫だよ!」
「え?」
「あたしは全然 大丈夫! 迷惑なんてことはこれっぽっちもないって! それどころかまだ一緒に居て欲しいっていうか……」
「え?」
そこで 宮はなにかに気付いたかのようにはっとした顔になって、
「あ、ご、ごめん、何言ってるんだろ、あたし。君にだって都合があるのに」
「……」
「えっと、ごめん、今のは忘れてくれるかな、あ、あははは……」
頭の後ろに手を当てながら笑う。
その、どこか寂しそうな様子に、少し前の宮の言葉が思い出された。
なんかいいね、こういうのって。
ご飯の時に一人じゃなくて、誰かが一緒に居るのって。あたしいつも一人だから。
こっちに来てからは、こうやって誰かとご飯を食べるのは久し振りなんだけど、やっぱり一人で食べるよりずっとおいしいね。
本人はなんともなしに言っていたそれらの言葉。
普段の明るくフレンドリーな表情からは、まったく窺い知れないけれど、もしかしたら心の内では本当は宮は寂しい思いをしているのかも。
だったら……
「もう少し、いても大丈夫か?」
「え……?」
「やっぱり帰るのはもう少し後にしようと思うんだ。今日はまだなんとなく話をしていたい気分なんだ」
俺のその言葉に宮は少しの間パチパチと瞬きをして、
「うん! もちろんだよ!」
満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
そういうわけで、もう少しだけ球竜宅に滞在することになった。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています
平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。
自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?
tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」
「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」
子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。
姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……
踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです
(カクヨム、小説家になろうでも公開中です)
悪役令嬢に転生しても、腐女子だから全然OKです!
味噌村 幸太郎
ファンタジー
キャッチコピー
「構想3年の悪役令嬢ですわ!」
アラサーで腐女子のWebデザイナー、八百井田 百合子。(やおいだ ゆりこ)
念願の大型液晶ペンタブレットを購入。
しかし、浮かれていた彼女は、床に置いていた同人誌で足を滑らせて……。
彼女を待っていたのは、夢にまで見た世界。
乙女ゲームだった!
そして、赤髪の美男子、アラン王子にこう言われるのだ。
「ユリ、お前とは婚約を破棄する!」と……。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる